実験室のフラスコ(2L)   作:にえる

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ふんたー2

 

 --1

 

 崩れかけ、瓦礫が山となっている廃屋、それが危険度Aクラスの賞金首の集団『幻影旅団』がヨークシンで活動するために選んだアジトだった。オークション会場にそれほど遠いわけでもなく、周囲に人影もない。都合のいい潜伏場所だった。だが、マフィアの連中を皆殺しにすると活気立っていた初めの頃の明るさや士気は、今のアジト内に一切存在しなかった。

 

 ここに訪れた当初は十三人いたメンバーが、今では十二人となっている。失ったメンバーはウボォーギン、強化系能力者らしい単細胞の男だった。粗野だが馬鹿では無く、戦闘では特攻して相手の戦線を破壊する役割だった。言ってしまえば死ぬまで戦うのが仕事だ。仲間のために、盾にも矛にもなる、それがウボォーギンの役割だった。

 だが、オークションの襲撃の際、ウボォーギンは見知らぬ念能力者に捕らえられ、それっきりだった。鎖状の念能力で縛られ、連れ去られたのをシャルナークは今でも明確に憶えている。正体不明、ハンター専用のネットにすら載っていない鎖を扱う能力者。最初は報酬に目が眩んで襲ったのだろう、そう思ってコミュニティーを襲い、成り済まし、情報とともに取り返すつもりだった。高いレベルで纏まっている強化系のウボォーギンを殺すのは容易いことではない。マフィアンコミュニティーに所属するレベルの能力者では殺すことは愚か傷つけることもできない程度で、そうなれば生きたまま引き取らせようとするはずだ。そう考えた。だが、いくら待っても梨の礫だった。焦燥や怒りを抱えるメンバーを宥め賺し、アジトへと戻った。見えない蟠りが、その場の雰囲気の底に、黒い澱みのように沈んでいくのを感じた。

 

 今思えばウボォーギンを連れ去るまでの全てが鎖の能力者である『鎖野郎』の策略だった可能性が、シャルナークの頭の片隅で息衝いていた。ウボォーギンが一人で戦うことで調子に乗り、慢心している隙を突かれて毒を流され、連れ去られる、その全てが。シャルナークたちが交戦した陰獣や、マチが交戦した二人組のプロハンターによる足止めすらも、全て。ノブナガはマフィア連中は動いておらず鎖野郎が単独で動いていると示唆した。私怨で動いているなど納得のできる線もいくつかあるが、不明瞭な点も多い。賞金目当てで尾行していた二人組の子供が鎖野郎と繋がっているというマチの勘。マチの勘が当たるとはいえ、パクノダに記憶を読ませても接点は無かった。だが、やはり何か関係しているのかもしれない。思考が纏まらない。相手を考えれば考えるほど、まるで一貫していないように思える。穴が空いていて初めからピースの存在していないパズルを解かされている気分だ。

 

 確かに過去にも罠に嵌められ、窮地に陥ったこともあったが、誰も死ぬことなく逆に仕掛けた連中を一網打尽にした。だが、今回は以前とは全く違うようにシャルナークには感じられた。言葉にはできないが、嫌な空気を感じる。まるでかつて八番目の団員が殺されたときのような、澱んだ流れのような空気を。

 

 帰ってこないウボォーギンは死んだと断じられた。旅団の団長であるクロロが、そう判断した。その決定に旅団内でもちょっとした不和が起きたが、団長の手腕で収まった。あいつは死ぬことが役割だと、みんなわかっている。わかっているが、割り切れない。仲間のために死ぬはずが、ただ一人何処ともわからない場所で死んだ。だから苛立ったのだろう。覚悟していなかった。想定していなかった。戦場だったら、目の前で死に逝く姿を見送れたはずだったから。

 

 ウボォーギンへの手向けとして、マフィアンコミュニティーへの襲撃を行った。暴れるのが好きだったあの男が喜ぶように派手に、騒がしく。死者への鎮魂曲に似つかわしくないが、喜んでくれるような騒がしい祭りのような物だと、そう思っていた。

 

 

 

 

 

 全身に裂傷を負っていた団長がアジトへと帰還した。話を聞けば、あの名立たるゾルディック家の二人に狙われたらしいが、何とか凌ぐことができたという。だが、凌いだことで気が緩んだ隙を突かれて追撃を受けたらしい。その追撃してきた相手というのが、マチが交戦したというプロハンターの二人組だ。名前はディオ・ブランドーとアマガツ・アマギだ。まだルーキーらしく、調べてもあまり情報を得ることは出来なかった。「ハンター殺し」の肩書は、どこかで聞いた気がした。

 

 つい最近交戦したマチが「あの時殺しておけば」と呟くのをシャルナークは耳にした。それほどの事でもない。誰もこの二人には殺されていないのだから。ただ、鎖野郎の襲撃と重なって都合が悪くなっているだけだ。いや、そもそも鎖野郎と別に行動していることを考えるのが愚かなのかもしれない。確かに互いを活かす有機的な動きはそれほど見せていない。だが、ウボォーギンが攫われたときには足止めとして働いていた。利害関係にある可能性、そこに結び付いた。マフィアに雇われての仕事の可能性もあったが、報酬が解除されて戦闘を止めたゾルディックと違い、執拗に団長を攻撃していたというのだ。つまるところ、鎖野郎とプロハンターは私怨によって結びついている可能性がある。

 

 今後の予定を決めるため、目下の敵について話を詰めていく。マチと団長が交戦したハンターの二人は手足が千切れようとも構わずに特攻してきたらしい。命すらも捨てるタイプの能力者だ。命を賭けた私怨による報復、それは大なり小なりとも念能力に強い力を与える。嫌な流れだ。捨て身ほど厄介な相手もそういない。力量が低ければ無視しても良かった。だが、手負いだったが、それでも団長を追い詰めていった。殺した際に残る『死者の念』はどれほどの物になるのか。さらに言えば、手足が切れてもオーラを消費して回復する素振りも見せていたという。『死者の念』となった時、死後も旅団を狙い続ける刺客となる憂いもある。

 

 単独ならば厄介ではない。今最も厄介なのはウボォーギンを捕らえられる程の鎖野郎の鎖だろう。プロハンターどもによって消耗された隙を狙われた時、旅団が、『蜘蛛』が、形を保っていられるか。脚を失わなくて済むのか。すでに一本の脚を失っているというのに、相手の情報はマフィアに雇われているプロハンターが二人であるということとそいつらの表面的な力量だけだ。肝心の鎖野郎はそういう念能力者がいるということだけしかわかっていない。鎖野郎とハンター、三人が己の死をも計算に入れて襲い掛かってくるほどの執念があった場合、『蜘蛛』は脚の大半を失うだろう。いや、それどころか最も重要な『頭』を?がれ、形すらも失いかねない。

 

 団長はどう動くのか。シャルナークは静かに、少しだけ未来が知りたいと思った。絶対の答えが記された、未来を。

 

 

 

 

 

 幻影旅団の方針が決まった。来週いっぱいはヨークシンに留まることになった。オークションが終わっていないこと、鎖野郎やプロハンターへの対策のためだ。ただ、大きな要因としては団長とマチが謎の念を喰らわされたことだ。瞬間移動させられる能力。凝によって丹念に調べたが、何も見つからなかった。痕跡の一つとして。隠によって隠されている可能性もないだろう。だが、それは発動条件が揃っていないだけの可能性もある。

 ノブナガの言うように、私怨だとしたら単純な能力のはずがない。慎重過ぎるかもしれないが、大胆過ぎて失敗するわけにもいかない。もしかすると離れて発動するタイプかもしれない。マチだけなら良かった。だが、団長も喰らっているとなるとダメだ。最低でも発動条件、効果の二つを得られなければこの街を離れようとする団員は出ないだろう。己の勘が、問題視するほどでもないと囁いているマチも同様だ。頭が無ければ蜘蛛は死ぬ、守るためならば脚を犠牲にすることだって厭わない。

 

 

 

 

 

 --2

 

 コルトピの念によって生み出された複製品は円の役割も果たすため、事細かな位置もわかる。ノストラード組に買われた競売品を追い、情報を収集することになった。団長の命令に従って二人一組でアジトを出ていく団員の後ろ姿を見送りながら、シャルナークはカードゲームに興じていた。情報処理を主に行っている後衛であるシャルナーク、シズク、パクノダ、コルトピはアジトにて待機を命じられていたため、暇になったからだ。かつてなら有り得るはずもないことだが、ノストラードへの情報収集の際に例の三人に囲まれて失う可能性を考慮してのことだった。

 

 パクノダとシズクはレアな念能力だ、無駄なことで損なわれるにはあまりに惜しい。シャルナークとしては団長にも残ってほしいというのが本音だった。コルトピはアジトを増やしての攪乱、シャルナークは万が一のときの指示誘導だ。団長が主な指揮を執るが、有事の際にはシャルナークも参謀として働くことがある。後方にて情報を集め、メンバー各自へと指示を伝えることもできる。

 

「シャル」

 

 シャルナークは団長に呼ばれ、カードゲームを中断した。少し休憩を入れることで、ゲームで負けている流れが変わることを期待しつつ、団長の元に行く。シャルナークから見た団長は常と変らない、普段通りだ。ウボォーギンが死のうとも、揺らぐことは無い。それが頼もしく、少しだけ不安を煽る。

 

「他のメンバーにも伝えたが、何かあったらすぐにでも連絡を取れ。少なくとも二名以上で事に当たることも忘れるなよ」

 

「わかってるけど、連中はアジトまで来ないでしょ。コルトピが用意したダミーもあるし、そもそも……」

 

「だとしてもだ。ウボォーが死んだ、誰も予想していなかったことだろう」

 

 有り得ないことなど無い、そんな流れに今の旅団は乗っている。飲まれつつある。目に見えない、粘つくような悪意の空気。その澱みの底で、何かが渦巻いている。言語化できない気持ち悪さが、シャルナークの胸中に再び顔を出していた。

 

「戦いが避けられない場合は成るべく距離を取れ。体術が研ぎ澄まされていた、油断なくとも近寄ればどうなるかわからない」

 

「それはディオってやつの話? 餓鬼の話?」

 

「両方ともだ」と団長が呟いた。

 

「ディオ・ブランドーもそうだ。オーラを吸収する能力と凄まじい速さで再生する能力を持っていた。おそらく強化系か、それに準ずる系統だろう」

 

 重い制約を己に課したのであろう凄まじい継戦能力と殺傷性を秘めた能力。保有するオーラ量は一目でわかるほどに莫大だという話だ。「だが……」と団長が続けた。

 

「アマガツ・アマギは更に厄介だ、多分な。見た目は幼い子供だが、体術はかなり巧かった。途中でナイフも掏られた、盗賊から掠めるとは手癖の悪い奴だ」

 

 団長が裾を捲り、「出会ったら注意しろよ。危うく腕ごと持っていかれるところだった」と外観が黒く歪に変化した右腕を見せてきた。鬼気迫る表情を貼り付けたマチが念糸縫合によって傷口を塞いだはずだが、骨にまで達しようとしていた深い傷の痕が残っているのだ。まるで永い時間をかけて締め付けられたように右の指先から方にかけるまでの広い範囲に凹凸が出来ていて痛々しい、ナイフを奪われる一瞬の交差で、ついでとばかりに皮膚や肉を削ぎ落すように削られたために刻まれた傷跡だった。

 

 血はあまり流れなかったと団長が笑ったが、右腕が調子を取り戻すのはどれほどの時間を要するのか。それに血が流れなかったのもディオに吸い取られていたためという落ちが付く、シャルナークには全く笑えなかった。人間を相手にするよりも、肉食の動物や寄生虫を相手にしている気分を抱くほどだ。

 

 

 

 

 

「あとはほとんど力は無かった。オーラで強化していたようだが、素の力は見た目通り子供そのものだった」

 

 団長とマチが交戦してわかったのは、手足どころか頭を割り、半身を消し飛ばしてもアマガツは痛みも無いようで怯むことなく動き続けたこと。体術が極めて高いレベルで纏まっているが、オーラを抜きにすればひどく虚弱だということくらいだ。さらに瞬間移動のような能力で距離を一瞬にして詰められたという。それも何度も、執拗に。狙いは旅団のメンバーだろうが団長を狙う姿からは執念すらも感じたらしい。

 

 また、消耗したディオが躊躇いなくアマガツを食っていたことから補給用の念獣であると考えることもできる。しかし、術者が遠くにいては発揮できないであろうほどに近接戦闘能力が高く、動きがあまりに巧み過ぎた。ディオの能力とも予想したが、本人の能力を顧みるにそれほど緻密な動作を行える念獣を生み出せる余裕があるとは思えない。

 

 別の能力者による成長する念獣の線もあったが、存在したとしても結果はプログラミングのバリエーションに近い動きしかできないだろう。己で思考する余地を付け加えられるとは思えない。

 

 戦い続け、成長する『死者の念』と考えることも出来るが、込められた念が尽きて止まるだけだ。マフィアに雇われて働くほどに自我もオーラも、保っていられるはずがない。

 

 やはり能力者が生み出した念と考えるのが自然なのだろうか、あまりに情報が少ない。何故鎖野郎と連携するのか、それすらも疑問だ。マチとも団長とも、勝てないと察するとすぐに逃げに転じたという話だ。その時には興味を失ったように、すぐに逃亡していたという。復讐するために生み出した能力だと仮定すると、そんなに簡単に諦めるのだろうか。

 

 ウボォーギンが死んだと判断したときの団員は、各々の反応が異なるとはいえ揺らぎ、殺意に駆られていた。それに反してアマガツ・アマギという何らかの念の反応は淡泊すぎるように思えた。団員全員を倒すために力を温存していると取ってもいいが、それだけではない。そう思えて仕方がない。

 

 復讐ならば何故鎖野郎と組むのか。己の手で成し遂げたいとは考えないのか。弱ければ徒党を組むだろうが、組まなければ勝てないほどに弱いとは思えない。肉体の虚弱さ、脆弱さを制約にしたようにも感じられる。ならばそれを埋めるために、鎖野郎やディオと組んでいるのか。あまり利巧とは言えず、互いに噛みあっていない能力の相性にも思える。旅団には見せていない鬼札がいくつかあるとしても、あまりに不確かだ。

 

「念の技術もかなり高かった。いや、あれは巧かったというべきかな」

 

 餓鬼の見た目と裏腹に、噴出したかのように膨大なオーラを纏っているらしい。あまりのオーラ量と操作技術に、系統すらも見分けがつかなかったと言う話だ。団長を襲ったゾルディックが使っていた技も模倣して見せたという話だ。使用した系統の威力で系統の得意不得意だけでも判別しようとしたらしいが、膨大なオーラ量によって同一の練度に見せられたという。

 

 厄介な相手だ。

 

 ただし、団長とマチの話から弱点のような物を見つけることは出来た。アマガツの近くには常に本が浮遊しているらしい。戦闘中は巧みに背に隠しているが、やはり漂っているという。念獣である場合はそれが操作機や受信機、動力源の可能性が高い。

 

 アマガツが念獣ではなく、能力者自身ならば本はなんらかの誓約を課している道具であるはずだ。操作系や具現化系ならば破壊さえしてしまえば弱体化する。フェイクの可能性もあるが奇妙な能力を考えると、本が欠点の可能性は高い。

 

 

 

 

 

 --3

 

 団長がノストラードの娘が何故わざわざヨークシンに来ていたのか、そこから鎖野郎とディオ、アマガツの関連性を見つけた。その娘は必中する占いの能力者で、狙っていたのだが、アマガツとディオに邪魔されたという。その話をしている最中に、団長はその娘が人体収集家であること、オークションに緋の眼が出品されていること、ディオが赤い瞳であることに着目した。そして逡巡の末に目的が復讐であることだと導き出した。

 

 復讐も果たせ、そして緋の眼を回収できる。そのためのノストラードファミリーだった。すべてを満たせる条件はただ一つ、連中がクルタ族であることだ。もしくは三人の中で一人か二人だけがクルタ族で、残りはまた別の出身、そして復讐が互いを繋ぎ合わせた。赤い瞳のディオがクルタの可能性が高く、長く供に仕事している様子のアマガツも同様の可能性がある。よくあることだ。復讐のために襲撃してくる命知らずなど、何人も屠ってきた。

 

 ハンター証を得た時期はディオが一期早い。だが、奇妙なことにアマガツは落ち続けている。おそらく待っていたのだろう、復讐を果たせる能力を持つ同胞を。互いをカバーしない能力なのは、組織として行動していなかったからだ。待ち続けて、機会が訪れた際に復讐を果たせる力量と能力を持ったのがその三人だった。そんな話なのだろう。

 

 だが、相手の狙いに気付けたのは日曜日だった。コルトピの能力によって作り出した緋の眼は消えていた。流れが繋がらない。すぐに途絶えた。シャルナークはどうにも気が乗らないながらも、ハンター証によってノストラードファミリーの情報を集める。その結果、アマガツがオークションにグリードアイランドというゲームを出品するという情報を得た。それも今週の火曜日。旅団を釣りだす餌かと疑いも出た。確かにオークション襲撃の際、ダミーの死体を撒いたが団長は交戦している。それを信じていない可能性がある。だが、あれほどまで固執して狙ってきていたアマガツやディオ、鎖野郎の動きが絶えたのだ。団員が情報集めついでの囮として街を練り歩いていたのに襲撃してくることは無かった。騙されている線も捨てきれない。

 

 ノストラードファミリーの情報では、以前は増えていなかったはずの構成員が増えている。ファミリーの動きも確認できたが、すでに娘とともにホームに戻っているようだった。つまり、ダミーに気付いていればこの中の誰かしらが残っていて、そいつが鎖野郎なのだ。鎖野郎がいれば、かなり高い確率でアマガツ、ディオも気付いている可能性がある。アマガツに団長とマチがかけられた念を解除するためには、鎖野郎を見つけることも重要になってくるだろう。

 

 アジトに戻ってきた団長が集まった情報を確認し終えた。ノブナガの熱望も、フランクリンの諌める声も、マチの慎重を期すべきだという姿勢も、無視するように静かに目を瞑って考えていた。ゆっくりと目を開き、アマガツの誘いに乗ると言った。

 アマガツやコミュニティーに大きな動きは無い。多くの念能力者を雇って不意打ちをするという狙いも無いのだろう。目的は復讐だ。己の手で成し遂げるのが当然だと考える。やはり復讐者たちは気づいていないのだろうか。

 

 

 

 

 

 火曜日となり、団長を中心とした団員たちがアジトを後にした。シズクやパクノダ、コルトピ、ヒソカたちとともにシャルナークはアジトで待機することとなっていた。コルトピとシャルナークは団員内でもあまり戦闘向きではないため、シズクとパクノダは団員内でもレアな能力を持っているための待機だった。”もしも”の事態を恐れての保険でもあった。ウボォーギンが死んだときから、復讐者を殺すまでは警戒する必要があった。アジトに似せたダミーを周囲に展開している。このダミー一つ一つが円となっている、侵入者が来ても不意を討たれることはないだろう。

 

 ヒソカは悪巧みするために残ることを主張し、団長はそれを許可した。ヒソカは団員内でいい感情を持たれていない。好き勝手動くことが多いからだ。だが、シャルナークはそれほど気にすることもないと考えている。単独行動が多いが、これまでに旅団に迷惑をかけるようなことを起こしていない。信頼するほどでもないが、わざわざ警戒するほどでもないだろう。

 

 シャルナークは、悪巧みするからと携帯電話を揺らして暗がりの奥へと姿を消したヒソカを疑いも無く見送った。

 

「ダウト」

 

「げっ」

 

 シャルナークたちは、団長たちが出て行って暇になったためにカードゲームに興じることにした。これで3ゲーム目だ。そしてすべてをシャルナークは負け続けていた。

 

 能力を使っているわけでもない。純粋なゲームの腕で競っているのだが、シャルナークは弱かった。過去に遡って勝ち星を探しても、あまりに少なくて憐れみを抱かれるほどに。

 

 次こそは、とシャルナークが気合を入れる。

 コルトピが、侵入者だと呟いた。

 

「速くて大きい? ……一人、いや、ふた」

 

 コルトピの言葉に重ねるように、天井から小さな音が響いた。言葉による情報伝達よりも遥かに速い破壊行動だった。

 超人的な瞬発力で異常を察知したシャルナークを含めたメンバーたちが、跳ねるように下がる。

 刹那、耳を劈く音が鳴り響き、天井が砕けた。

 団員たちが置き去りにしたカードがゆっくりと舞っていた。

 

「ロードローラーだッ!」

 

 心の隙間に入りこむような怪しい色香のある大声が聞こえた。砕けた天井とともにアジトに粉塵を撒き散らして建設機械が姿を現した。

 遅れて、少し前までは天井や床石だった瓦礫が、爆ぜるように飛び散って、舞っていたカードを潰した。破砕音が、シャルナークの耳に入ってきた。

 

 シャルナークは見た。鎖によって拘束されたパクノダが、奥の暗がりへと引き摺られて行く姿を。さらに、ロードローラーから飛び降りるように駆け抜けた男によって、コルトピも連れ去られた。

 ロードローラーが天井を貫いてアジトを破壊する、その被害から逃れるためにメンバーが咄嗟に飛び退くと、魅力的な声によって思考が一瞬だけ奪われた。そして、畳みかけるようにロードローラーという思慮の範囲外の物が降ってきた。そんな奇妙な手によって作らされた隙を狙われた。

 

「ディオと鎖野郎か!」

 

 シャルナークが発した声に押されたように、パクノダが消えた方へとシズクが駆けた。どちらかを追わなければならない。二手に分かれるべきか、片方に人員を割くべきか。

 

 

 

 

 

 

 --4

 

 パクノダとシズクは貴重だ。失われるわけにはいかない。アジトを襲撃してきたというのなら、何か目的があるのだろう。シャルナークは奥へと引き摺り込まれていったコルトピに、一瞬で見切りを付けた。

 

 シャルナークは、パクノダの後を追うつもりだったが、ロードローラーから発されているオーラに足を止める。か弱いオーラ量だが、そこに念能力者がいることがわかった。まるで誘うように、わざと漂わせているかのように、僅かなオーラ。

 

 舞い上がっていた砂煙が晴れていく。崩れた天井からはぱらぱらと瓦礫の端が落ちてきていた。床を陥没させて鎮座するロードローラーの上に、とても小柄な子供が乗っていた。ジャポンの住人に見られる、艶のある黒い髪と黒い瞳の子供だった。纏っている子供用のスーツから辛うじて少年だとわかるほどに美しい顔立ちは少年と少女の中間のようでもあり、すらりと伸びた細い手足は背徳的な空気を纏っていた。

 

「え、えっと。ボクね? しらないひとにつれてこられて、ここはどこ? とおさまかあさまは……」

 

 オドオドと手足を震えさせ、伏し目がちの目には怯えた感情が灯っていた。声も震えていた。高く美しい、幼い子供の声だった。

 

 

 

 シャルナークは躊躇いなく、子供へアンテナを投げつけた。一アンテナが刺されば、その対象者を操ることが出来る。そういう能力だ。一般人であっても、念能力者であっても、間違いのない選択肢だ。アジトに飛び込んできた中で残された子供だ、操作しておくだろう。それが、襲撃してきた敵の一人だったら運が良い。

 

 腕に貫通するほどアンテナが深く刺さったが、操作することはできなかった。アンテナへと目を向けることなく、少年が躊躇いなく自らの腕を切り捨てたためだった。アンテナが突き刺さった勢いで奥へと腕が飛んで行き、壁に縫いとめた。そして、形を失ったオーラが霧散し、壁にはアンテナのみが残った。アンテナで突き破れるほどのひどく脆いオーラで構成されている身体だった。

 

「なんでばれたのかな。ばれてない?」

 

 それはとろけるように甘い声だった。

 子供特有の無邪気な雰囲気を纏いながら、狂人の如く視線が定まっていない。彷徨う瞳は宙を眺め、あどけない笑みを浮かべた少年は膨大なオーラを纏った。

 シャルナークは少年が件のアマガツだと確信した。

 

 

 

 

 

 

 アマガツが膨大なオーラを纏う直前、刹那の時間ではあるが後ろ手に隠している本からオーラが漏れ出すのを、事前の知識からシャルナークは見逃さなかった。

 纏っているのは肌がざわつくほどのオーラ量だ。シャルナークが今まで生きてきた中では、お目にかかったことが無いほど。知っている最大オーラの量を優に超えている。莫大すぎて正確な量がわからないほどだった。シャルナークをして、限界を推し量れない。

 

「ねえ、しんでくれる?」

 

 いたずらっ子のような笑みをアマガツが告げた。

 その声は、舌っ足らずで、甘美な響きを伴っていた。

 

「あはは、冗談でしょ」

 

 シャルナークは笑いながら、相手の一挙一投足に気を配る。アマガツの手に、オーラが集中する。だが、身体に纏っているオーラが多すぎて、変化はほとんど見て取れない。何をしてくるのか。

 おそらくはオーラの放出だろう。もしくは瞬間移動する能力を発動させるための条件を満たすステップか。瞬間移動は触れる必要があるはずだ、ならば接近を許さなければいい。

 

「うそなんてつかないよ。ほんとほんと」

 

 アマガツが、体外に放出していたオーラを凝縮させた。見た限りでは半球のようだ。アマガツを中心に構成されている、濃密なオーラによって輝く半球。あまりにも多いオーラを凝縮させているためか、凝をしているシャルナークにはほとんど中は見えない。

 そこから龍を象ったオーラが飛び出してきた。

 

「おぉっと!?」

 

 シャルナークが驚きに声を挙げながら、オーラを避けた。速度はあまり速くない。が、球体にばかり意識を向けていたのが回避を遅らせた。初速と終速にほとんど違いが無かったのか、加速してきたように見えた。

 頭部を狙ってきていた攻撃を反射で避けられた。オーラによってダメージを負った肩から鈍い痛みが奔った。

 それほど速くない攻撃だ、集中すれば対処はできる。そう思った矢先に、オーラが膨れ上がり、球体も巨大化した。

 一体どれほどのオーラを保有しているのか。

 暴力的なオーラ量の範囲が広がった。今のシャルナークには、相手のオーラを見破る凝がひどく煩わしく感じた。膨大なオーラによって、何もかもが曇っている状態だ。攻撃の初動が全く見えない。狭いアジトとロードローラーも手伝って、突然飛び出してくる龍状のオーラを避けるのが難しい。

 小賢しい手に舌打ちを一つして凝を解く。半球の隠ぺいは薄らいだが、それでもアマガツは半透明の膜に包まれているかのようだった。どれだけのオーラを纏っているのか。

 

 責め立てるように龍状に変化したオーラが迫る。速度自体はやはり速いわけではないが、動きが巧みだ。シャルナークの回避先へと先回りするように蛇行しながら咢が迫る。

 アマガツの右手から伸びているオーラを見て、変化系の能力だと判断した。放出と異なり、オーラを費やして伸ばす。流麗なほどの美しさを伴った動きをする龍を見て、変化の練度が如何ほどか。おそらく凄まじく高い位置にあるだろうと辺りを付けた。

 

 シャルナークが速度のギアを上げる。それだけで龍は追随できなくなった。出てくる位置さえわかってしまえば攻撃の遅さは致命的だった。あの球体状のオーラを突き破れるか、と不安を抱きながら壁に突き刺さっていたアンテナを抜き、都合のいい位置へと移動しようとして、凄まじい衝撃とともに壁に縫いつけられた。腹部を主にダメージを受けたのか、肩よりも酷い鈍痛を感じる。

 凝を目に纏わせる。先ほどまで攻撃してきていた龍とは異なる左手から伸びた龍だった。アマガツが絶で隠していたのだ。

 球体のオーラは凝を強制的に解かせるための仕込みだった。追撃とばかりに、もう一体の龍が開いた咢で飛び込んできた。狙いはシャルナークの頭部だった。

 

 すでに食いつかれている龍による圧力は強大だった。縫いとめられている壁など容易く食い破られていた。追撃の龍に噛まれれ抜け出すこともできずに圧殺されるだろう。

 なんとか動く手でアンテナを投げつけた。賭けに出たのだ。オーラを纏って周の状態となったアンテナは、抵抗が無いかのようにアマガツのオーラの球体に侵入し、突き刺さった。最初の焼き増しのように、アマガツはアンテナが刺さる直前に切り捨てた。アンテナが刺さるはずだった頭部を。

 その瞬間、シャルナークを拘束していた龍が消え去っていた。追撃に向かってきていたもう一つの念による龍と、アマガツを包むオーラも同様だった。

 瞬きの間に、先ほどと同じオーラによる球体が展開される。それでも、一瞬だけ全てが消え去るという事実は変わらない。また、オーラの球体もただ濃密なだけで、念能力者が纏で留めているようなオーラと変わらない。肉体が脆弱すぎるのだろう。重点的に肉体を強化していない限り、攻撃が当たれば突き破ることが可能なようだった。最初のアンテナで貫通できた時の強度を顧みると、オーラを纏っている状態でもアマガツの肉体は同年代の子供と同等かそれ以下だ。

 そしてアマガツの最大の欠点は、動体視力が全くないことだ。アンテナが刺さる部位への見切りの速さ、変化させたオーラによる攻撃の遅さはそれに影響されているのだろう。現に、シャルナークが速度を上げ、残像とともにアマガツの周りを走る。目で追う様は確認できるが、全く追い付けていない。初撃でアンテナに目を向けなかったのは、追い付けていなかったためだろう。

 

 

 

 アマガツの欠点が露呈した。見た目通りの幼い肉体強度、筋力、敏捷性、動体視力しか持たないという特徴を。オーラによって強化しようとも、隠し切れない弱所。

 ディオとのタッグによって巧みに隠していたのだろう弱みを、シャルナークは見破った。

 

 ならば、とシャルナークは音もなく距離を詰めた。

 

 

 

 

 

 --5

 

 アマガツの認識速度を上回り、シャルナークは死角から腹部を貫いた。はずだった。感じるはずの手ごたえは空を切り、突き出した腕に裂傷を負わされ、結果として宙を舞っていた。

 空中を回転させられていたシャルナークは、優れた空間認識と動体視力で地面の位置を把握すると、猫のようにしなやかに着地した。その衝撃は、音や砂ぼこりすらも立たせなかった。

 受けたダメージを確認する。オーラを纏っていたために軽症だ。ただ、確実に決めるはずだった一撃が空打った事実が腑に落ちない。明らかにアマガツの反応を置き去りにしていたはずだ。それが結果はどうだ。アマガツは先ほどと同じ位置に立っていて、シャルナークは宙へと投げ出されていた。

 

 

 

「オレの攻撃、絶対に当たると思ったんだけど? 瞬間移動?」

 

 シャルナークは疑問を口にした。受けたダメージの回復もあるが、タネを知りたいとも思っていた。

 

「ん? んー……。うん、それそれ。それでやった。やったと思う」

 

 アマガツが子供がお菓子を貰ったように邪気のない笑みを浮かべて答えた。その姿は、見た目通りの年齢としか思えない。

 だが、纏っているオーラだけを見れば化け物でしかない。この二つの差が、アマガツを何か得体の知れないモノに見せていた。

 

「発動条件は?」

 

「さわると飛べる、みたいな。そうだったらいいなって思う。思わない?」

 

 きゃっきゃと笑いながらアマガツが手で触れればいいと付け加えたが、そんなに簡単なモノではないだろう。二つか三つの行程を踏む必要があるはずだ。それもシャルナークに何かしなければならない行程が。触るのが本当だとしても簡単すぎる。何か困難な行程があるはずだ。だが、それを答える気はないのだろう。アマガツは変わらず笑みを浮かべて、それで全部だと告げた。

 はぐらかすような態度は当然のことか。能力者にとって、能力の詳細が知れ渡ることは避けるものだ。この薄暗い業界で自らの手の内を明かすのは、死ぬことと同義だった。

 

「……オレたち蜘蛛を狙う理由は?」

 

「おなか空いてたらごはん、食べるでしょ。好きなのがあったら、何回だって食べたいっておもうよね。そんな感じ。きっとそう。つまりお得意様だよ、優しくかんげいしてね?」

 

 アマガツが纏っていたオーラを変形させる。不定形だったそれが、徐々に形を成していく。そして靄のようなオーラをラクガキに変化させた。それはまるで空に浮かぶ雲が象ったようでもあったが、特徴を上手く描き出しているのか、メニューの名前が簡単にわかった。レストランにあるようなメニューからファーストフード、デザートと、オーラで描いていく。俺はハンバーグが好きかな、と完全にシャルナークから視線を外し、オーラでハンバーグを描いている。完全に表情は好きな食べ物を前にした子どもだった。

 

 シャルナークは内心で本当に言葉が通じているのか、訝しむようになっていた。オーラを操って絵を描く技量は驚異的だが、知能は低そうだ。

 念獣の線が濃くなってきていた。頭が痛くなるのを感じながら、それでもシャルナークは相手から情報を引き出そうと質問を続けた。

 

「君さ、復讐とか興味ないの?」

 

「ふくしゅー? ああー、うん。あるかな。すっごくだいじ。ふくしゅーするはわれにありってだれかがいってたもんね」

 

 アマガツはそう言うとオーラの絵に目を向けて、精巧な人形のように美しい顔を緩めて「あーハンバーグ食いたいなー」と漏らした。湯気の出ているハンバーグが二つに切れている絵に変化していた。ちょっと上手な子供のラクガキのようで、無駄に器用だ。

 

「……クルタ族じゃない?」

 

「なんで? くるただよ。そうでしょ。そうじゃない?」

 

 オーラの絵がちょっとだけ上手くなっていた。二つに割れたハンバーグから肉汁が滴っている。

 

「緋の眼が狙いってわけでもないんだね」

 

 盗品の中にある宝を思い浮かべながら、シャルナークは呟いた。

 かつての仲間のため、そういった行動原理の復讐者も過去に存在していたからだ。もしかしたら、アマガツもその可能性があるのではないか。そんな思いからだ。

 

「めはいらないよ。ヒソカスがなんかしてると思う」

 

 アマガツがひとり言のような声量で答えた。返事が来るとは思っていなかったが、アマガツは律儀にも一つ一つ返事している。攻撃してくる気配もない、念獣の行動指針から外れているのだろうか。このまま大人しくしているのなら、放置することも考えられた。

 

「ヒソカス? それって仲間?」

 

 鎖野郎の仲間だろうか。もしくは更なる敵か。チラリと、メンバーにいる道化師姿の男が浮かんだ。

 

「ヒソカスはなかまじゃない。クズだし、カスだもん。たのまれてもムリ。どっちかと言うと、そっちのなかまだったかなって」

 

 「ちがう? ちがわない?」そう呟くアマガツ。子供のラクガキのようであった、オーラによる絵が更に変化する。鉛筆で描かれた精巧な模写のように、オーラが変化した。今までのラクガキとは遥かに異なる技量。アニメーションのように、オーラの絵がゆっくりと動く。顔や起伏のない外形で辛うじて人間だと思える絵が、潰され、捏ねられて、整形されて、ハンバーグのタネが形作られた。その肉がフォークで抑えられ、ナイフで切られた。断面から汁が流れている。

 

「やっぱりハンバーグはレアがいいと思うよ、俺は」

 

 アマガツの隣に寄り添うように浮かぶ本の上、そこに兎がいた。

 頭部が割れ、脳が露出し、全身が腐ったひどく醜い兎だった。それが、腐った臓腑を撒き散らしながら、後ろ足で立っている。

 腐臭がシャルナークのすぐ傍まで這い寄る様だった。

 自らの頭部から流れ出る体液と脳髄をカップに注ぎ、自らの露出した前足の骨でかき混ぜながら、兎が醜悪に嗤っている。

 

「さあ、素敵なお茶会をしましょうか。君と俺と可愛いうさぎの三人で」

 

 お茶はこっちで用意した。お菓子のお肉になるけれど、文句は無いよね?

 

 理性が宿った声音でアマガツが狂って謳う。その様は、無垢で何処までも純粋な子供だった。

 

 

 

 

 

 

 

 




ヒソカスがチクった場所にディオがオリ主からオーラを貰いながら、ロードローラーにクラピカも乗せて全力疾走するとかマジシュール。



ふんたーのオリ主は天使系愛され型です。
まさかのアテクシ系ですまない……。

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