実験室のフラスコ(2L)   作:にえる

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ペルソナ3

 

 二階の隅にあった俺の部屋を中心にガス爆発によって吹き飛んだ我が家。両親が俺の部屋に駆けつけて、何もかもが消し飛んだ様子に唖然とし、周囲の家が通報したために救急車やら消防車、警察などが集まってきた。

 ただ、問題が起きたのは我が家だけでなく、他にも沢山の家で騒ぎが起き、何故か事故から助かり、警察署にカチコミがあったらしい。

 俺とアマガツは優雅にリビングでプリンを食ってたから、そういう騒ぎに気付くのが遅くなった。なんだか今夜は騒がしいという話を二人でしていただけである。しかし、久しぶりのリビングは物が散らかっていて、まるで強盗にあったかのようだ。そういえば俺が荒らした上に、アマガツが爆発を起こしたんだった。忘れてたな。

 警察や保険屋との話し合いがこれからあると思うと面倒だ。面倒だと思うのも悪くない。眠くなるのも悪くない。ああ、何もかもが悪くない……。

 

 

 

 

 

 

 3章 『Magnificent!』

 

 

 

 

 

 --1

 

 住む場所の関係で、家族が離散状態となった。父は社宅に住めるらしく、生活能力がないからと母も付いて行った。両親がどんな人だったかおぼろげだったので、これはこれで良かったのだと思う。顔を見たら薄らと思い出したが、それでも遠い気がするのだ。

 俺は高校に通うため、そう遠くない場所にあるアパートを借りた。取引業者に手数料を払い、築三十六年、八畳一間、風呂とトイレは共同、事故物件なので格安という、ロマン溢れる部屋と契約した。部屋に置く物もないので広さなどどうでもいいのだが、問題は学校の場所を忘れつつあることだ。電車の乗り換えなどが有り、意外と困難を極めるかもしれない。

 俺が暮らすことになった二階建ての古き良きアパートは、玄関から階段横の共同廊下を通って部屋に向かう必要がある。ちなみに俺は角部屋を借りたのに、何故か壁がなく廊下が延々と伸びているし、階段も二階から上に続いている。屋根裏部屋かと思って様子見したら、ゾンビが彷徨う異世界だった。

 そういえばここを紹介してくれた人が、他の住人はここ数か月一切姿を見せておらず、アパートの持ち主も行方不明という賃貸だと教えてくれた。むしろ珍貸か。警察もちょっと動いたがそれきりらしい。

 

「いいねー、異界付きの物件なんて贅沢だねー。しびれるねー」

 

 と、白い兎姿のアマガツはご満悦だった。

 確かに家賃も安く、他の住人もいないので風呂やトイレは好きなときに使い放題と好条件ではある。一日ばかり過ごしてみた感じとしては、時々廊下の奥や階段の上からうめき声や奇声が聞こえることくらいしか欠点が無いことか。あとは外に出ると、近所のおばちゃん連中が憐れむような視線でひそひそ話をしてくるくらい。

 

「そういえば家賃を受け取る相手がいない気がするんだが、そこのところはどうなのだろうか」

 

 しゅごいよぉぉぉ、と日に焼けた畳に転がって喜ぶアマガツに聞いてみる。こいつなら、手だけ蘇らせたから渡せばいいよ、とハートフルな対応をしてくれるはずだからだ。

 しかし、アマガツは何も答えない。尻尾を振ってアピールしてくる。腰のあたりわしゃわしゃと撫でると、耳がぴこぴこと動いていた。

 

「ああああああ、いいよおぉぉぉ、そこだよぉぉぉ……。あ、ここのオーナーだっけ? 屋根裏で見かけたよ。とりあえず階段のところにお金を置いたら受け取るんじゃないかな」

 

「なるほど」

 

 アマガツの言葉に従い、今月分を階段に置いてみる。

 地を這うような怨嗟とともに、枯れ腐った人間だった物が階段を滑り落ち、現金を掴んだ。すると、老若男女の声が入り混じった絶叫とともに、黒い腕のような影が伸びてきて、人間だった物に絡みつく。人間だった物は掠れた声で「タスケテ……タスケテ……」と呟きながらこちらに顔ごと窪んだ眼窩を向けてきた。

 

「今月分は支払いました」

 

 俺がそう告げると、悲鳴とともに、黒い腕に宙吊りにされ始めた。必死に抵抗したのか、まるで夏場に干上がった蚯蚓のような指で壁や床、階段を引っ掻かいて耐えていたが、やがて残っていた残骸のような爪が剥がれ、指が折れ、腕が千切れると、上の階へと引き摺られる速度が上がった。それでも人間だった物は諦めなかった。段差に齧りついて、必死の抵抗を見せたのだ。だが、長くは続かなかった。階段奥から幾本もの影が伸びてきて、頭部を砕いたのだ。後は寄せていた潮が引くように、吸い込まれるように、人間だった物は闇へと呑まれた。

 

「成仏したか」

 

「いや、全然そんな雰囲気じゃなかったよね。限界が近くて魂が朽ちて或る意味で解放されるところだったのに、イチルくんが金銭を見せるから無駄に執念が甦ってたじゃないか。よっぽどお金が好きだったようだけど、また長く苦しむことになって可哀そうだよ」

 

「マジか。……次から分割するわ」

 

 ちょいちょい餌付けしとけばそれだけ長く頑張ってくれるはずだ。

 様子見て燃料を差し上げよう。

 

「悪魔か何かか、君は」

 

「大家がいなくなったら家賃払えないだろ」

 

「確かに。隙の一切ない理論で論破されたよ」

 

 大家が苦しもうがどうでもいい。俺はただ、家賃を払いたいのだ。

 普通ってそういうことだろう。

 

「飽きるまではちゃんと餌やるんだよ」

 

「俺は消しゴムもキチンと使い切る男だ」

 

「消しゴムと同列に語るとか確かに凄い男だよ、君は」

 

 俺は物持ちが良いと言うか独占欲が強いと言うか、とりあえず手にした物は最後まで手元に置いておきたくなる。

 流石にゴミなどは捨てるが。

 なので部屋に不要な物が集まりつつあったので、今回の爆破はリセットするという意味でも悪くなかった。そもそも用途とか貰った理由とか、ほとんど忘れてしまったし。

 

「消しゴム扱いとは大家も不運だったね、色々な意味で。まあ、集まってきた怨霊によって苦しめられてるから、生きてるのか死んでるのかわからないような状態になってるし。それの期間が伸びただけだろうから誤差かな。生霊もいたし、悪い事しすぎたんだろうね。やり過ぎると肉体や精神が弱ったときに自分の罪を数えることになるから、日ごろの行いが大事だってわかったね」

 

「アマガツは日頃の行いに自信あるのか。俺は暇だったらなんか善行を重ねていい感じに生きるつもりだけど」

 

「え、ふわっとしすぎじゃない? ボクはあれだよ、ライドウに邪魔されたやつ。不思議の国を作ってみんなに楽しんでもらおうとしたんだけど」

 

「結果が暴走とか日頃の行いとはいったい」

 

「嫌がる人とかも入場させようとしたし、ちょっと無理やり過ぎたのがダメだったのかな」

 

「そうだな、無理矢理は良くない。機会があれば頭や心を弄って合意の上で行うべきだ」

 

「死体は?」

 

「死人に口は無い、そして意志もない。ならば意志ある者が受け継けばいい。ということでセーフ」

 

「なにそれかっこいい」

 

 何処かで途切れようとも、意味を見出した者が勝手に受け継いで意志は紡がれていくんだ……!

 

 

 

 

 

 --2

 

 夏の暑さが尾を引く九月の第二週。

 アパート前の掃除を終え、予定を決める。

 いつもだったらゴロゴロと寝転がりながら漫画や本を読むか、時折浮かんでいる人魂を潰す作業に入るのだが今日は違う。

 

「学校行くか」

 

「あー、イチルくんは学生だったっけ。忘れてた」

 

 朝起きて思い出したのだが、高校に行くのを完全に忘れていた。そういえば家電は通じていないし、携帯電話は吹き飛び、アパートの住所は学校に知らせていない状況だったので、連絡も来るはずない。

 危うく存在を忘れて毎日がえぶりでい!って感じで過ごすところだった。

 空っぽの鞄を背負い、アマガツを腕に抱き、部屋を出る。鍵はかけない。盗られる物などあんまりない。逆に泥棒が命を盗られる程度だから安全性も抜群。

 行ってきます、と玄関で声を掛ければ我が家の安心セコムである黒い腕たちがひらひら手を振って送り出してくれた。これが家族との日常ってやつか……。

 

 

 

 

 

「道がわからん」

 

 方角だけは何となく勘でわかるのだが、何処をどう行けば辿り着くのかが抜け落ちている。理由は明らかだ。そう……。

 

「これは、経験がリセットされたとやらのせいだろうな」

 

「違うよ。全然違うよ。単に忘れてるだけだよ」

 

 違うらしい。しかも全然違うときた。恥かいた。

 

 

 

「経験リセットの話をしておこうか」

 

「あぁ? あー、うん、頼む」

 

 日差しの強さや照り返しの暑さ、セミの鳴き声を楽しんでいると、アマガツが思い出したように言った。

 そういえばそんな話もあったな。完全に忘れてた。

 

「忘れてたでしょ。そんな難しい話でもないよ。単に停止世界だと法則が異なってるって言ったと思うんだけど。そこで適応した部分を物質世界に置き換えたため、覚えているけど体は経験していないような状態になってるってだけだから」

 

「ん? つまり完全に失ったわけではないのか?」

 

「うん、擦り合わせが上手くいけば修得できるんじゃないかな。どのくらいの時間や反復動作が必要かは知らないけど」

 

 なるほど。

 石ころを投げ続けながら、東京タワーから落下すれば投擲術と受け身を修得できるだろうか。投げた石にダーツを投げて破壊すればダーツの練習のついでになるかもしれない。

 ともするば、ビルや東京タワーにフリークライムすれば……。

 

「技術の取り直しも大事かもしれないけど、もっと大事なことがあるよ。イチルくんは強くならなければならない」

 

 アマガツが言うには、俺は悪魔を倒して人間としての存在を強くしなければならないようだ。ペルソナが時空を支配する神と繋がっている現状は、限りなく強い力に俺という存在が囚われ、徐々に引っ張られているようなものらしい。それは引力によって引き寄せられる隕石にも似ていてるが、引き寄せる星の質量はあまりに大きく、近づくほどに存在が破壊されるとも。今は神による引力と、アマガツによる遠心力で影響がほとんど無いが、時間をかけた分だけ存在が近くなり、気付けばブラックホールと化した力に引き寄せられるだろうとのことだ。引き摺り込まれないためには、自力で力を付けて安全な位置まで離れ、観測しながらエネルギーだけを取り出すのが理想だと締めくくった。

 

 

 

「ついでに言っておくと、今のイチルくんのレベルは1だよ」

 

「1? そんなに弱いのか、俺」

 

 山道を歩きながら驚く。指標がわからないが、なんとなくあなたはスライムです、と言われているような気分になった。

 ファンタジー小説でも漫画でも最初に撫で斬りにされる存在、それがスライム。

 媒体によっては呼吸器を塞いだり、その粘性の身体で物理攻撃に優れた耐性を持っていて強敵の場合もあるが。

 

「そんなことないよ。1が基準で普通なんだ。レベルが5もあればスポーツで輝かしい成績を残せるし、10もあれば世界でも類を見ないアスリートのような超人的な身体能力を持つし」

 

「それならいい……のか? で、ペルソナの元になっている神はどのくらいなんだ?」

 

「不明だよ。多分数百はぶっちぎってるよ」

 

「数百……。俺が強くなっても誤差だろ」

 

 時々、ハイキングしている老夫婦と挨拶を交わしながら進む。

 

「誤差じゃないよ。そもそも神は実在していない、そういう風に決められてるから物質世界への影響には限度があるんだ。だからイチルくんが強くなれば影響を受けず、逆に力の一部を操れるようになるのさ」

 

「うーん、ピンと来ないな」

 

「まあ、強い弱いって数字で測れない部分もあるから、目安として段々覚えればいいよ」

 

「そういえばレベルはどうやって上がるんだ? 無差別?」

 

「いや、悪魔を倒すのが一番手っ取り早いよ。強い存在を倒すことで、そいつらよりも強い存在だと法則に書き換えるだけだから。あ、でも格下じゃなければ悪魔を倒せばいいし、敵を倒して経験値を手に入れるような物かな」

 

「なんだかな」

 

「弱いからって悪い事ばかりじゃないよ。イチルくんが死んだ時、一日前くらいなら戻せるよ。イチルくんの器を蛇口として見立てた時、出てくる水量が少ないから、目的の分だけ取り出して使えている感じだよ。今だけの特典だね。凄い、まるで主人公みたいだ。羨ましいなー、抱いて。あ、ボクたちって魂レベルで繋がってたね!」

 

 騒ぎ出したアマガツの言葉を聞き流しながら、山頂から街並みを眺める。

 澄んだ空気、緑の香り、心地よい風。生きてるって素晴らしい。土からの反作用も足裏を楽しませてくれたし、山はいい。

 問題は……。

 

「ここはどこだよ」

 

「学校は無さそうだね」

 

 ここから帰るのか。自殺して一日前に戻るとか。いや、この面倒くささも逆に悪くないな。止めておこう。

 お土産として饅頭だけ買って帰った。

 

 

 

 

 

 帰宅後、迎えてくれた黒い腕たちも交えて玄関で反省会。

 饅頭をもそもそと食べながら、アマガツや黒い腕に千切って与える。

 

「警察に道を聞いたら?」

 

「天才かよ」

 

 

 

 

 

 --3

 

 

 

 

 俺が在籍する射賦高校は生徒数七百人前後の、ほどほどに名の通った普通の高校だ。

 高校までの道程やちょっとした情報を交番のお巡りさんに教えてもらったので、不安はない。お巡りさんはいぶかし気だったが、部屋がガス爆発で吹っ飛んで、記憶が混濁したと告げると親身になってくれた。

 団子となっている学生の群れの後ろを歩き、校門を通り過ぎる。

 

「おはよう! 今日もいい朝だな!」

 

「おはよーございまーす」

 

 にこにこと人好きのする笑みを浮かべた英語教師の結城に挨拶を返す。藍色の頭髪で片目を隠した、線の細い男性教師だ。しかし、身体の華奢な様子に反して、瞳には輝くような光が宿っており、強い意志も感じられた。この先生はどうにも存在感が強かったので、不思議と覚えていた。

 俺の姿を見て目を丸くするが、結城は喜色満面の笑みを浮かべた。

 

「Excellent! Mr. Utasu. 休んでいたようだけど、街を騒がせてる事件にでもあったのかい?」

 

「あー、実は家がガス爆発で吹っ飛びまして。ごたごたがあったんですよ」

 

 そう告げると、結城の笑みが翳り、痛ましそうに、そして心から心配するような表情を浮かべた。

 

「それは大変だったな。何かあれば先生に相談しなさい。君は少し勘違いされやすいのだから」

 

「ありがとうございます。何かあれば相談させてもらいますね」

 

 礼を告げ、結城の前を通り過ぎる。「些細なことでもいいからな」という優しい言葉を背中に貰いながら、昇降口へと進む。

 俺が下駄箱へとたどり着くころには、人気があるのか結城は女生徒たちの黄色い声に囲まれたようだった。

 「宇田須(うたす)、結構長く休んでたようだけど元気だったか?」と声をかけてきた男子生徒に下駄箱の位置を聞く。訝しんでいるが、交番と同じ対応をするとすぐに教えてくれた。確か、この男子生徒は友人だった気がする。

 友人と会話し、情報を拾いながら廊下を歩く。中庭近くの駐車場に停められている、ダッシュボードが過剰に彩られている軽トラが見えた。

 

「昨日もヒカルに囲碁で負けてこれで10連敗でさ……。あ、まこっちゃんの軽トラか。そういえばまこっちゃんは今日も人気だったな。軽トラも女子がぬいぐるみとか色々乗せるからカラフルになってまあ」

 

 友人の床机(しょうぎ)が呆れたような笑いで言う。将棋の本を片手に持っている以外は何処にでもいる今時の男子高校生といった様子だ。

 まこっちゃん、というのはおそらく英語教師の結城のことだろう。記憶の片隅にある情報を集めると、生徒たちの問題を率先して解決してくれる理想の先生像だったはずだ。まるでドラマに出てくる教師の様だと憧れを持つ生徒も少なくない。

 

「まこっちゃんってなんで人気なんだっけ」

 

「忘れたのか……。ああ、ショックで記憶がややこしいんだっけか。なんか他にも気になったらどんどん聞いてくれよ。で、まこっちゃんだっけ? あれだよ、落ちこぼれにも親身に接して成績を上げたし、引きこもりを熱心に復学させたし、行事にも厚い。それに顔もいいだろ? まあ、一番は体罰してたクズ教師を追い出したので極まったんだろ」

 

 

 

 

 

「いいね、ここ」

 

 アマガツは校舎が見えるほど近づくと姿を消していたのだが、男子トイレに来ると遠慮なく灰色の仔猫の姿で現れ、するすると俺の首に巻き付いた。

 鏡には俺しか映っていない。

 何が良いのか先を促すように撫でると、アマガツは喉を鳴らし、長い尾で俺の頬を撫で返し始めた。

 

「高校一帯が異界の範囲になってるよ。日中は問題無さそうだけど、深夜は立派な異界になっているかもね」

 

「立派な異界って……。一体誰がそんなことを」

 

「さっき挨拶した先生じゃないかな。異界と同じ空気が漂ってるよ。強くて怖いペルソナ使いだ、断言したくなるくらい何を考えてるかわからない」

 

 とろけるような声ながらも芯のある強い言葉でアマガツは言った。

 人気者の教師と謎の兎。人から避けられる俺に声をかける人格者と、ペルソナが暴走して困っているところに付け込む畜生。

 どちらを信じるかと言えば、どちらだろうか。魂とやらを共有しているアマガツか。

 そもそも強いだけで、何も問題を起こしていない可能性もある。

 

「ペルソナが強くなる条件は何がある?」

 

「……そうだね。超常の存在を倒して存在を強くするか、強い意志を持つことかな」

 

 アマガツの喉から音が止まる。上機嫌だった様子は消え、鏡を見つめながら答えた。

 

「人格者だから意志がしっかりしていてペルソナが強いとか」

 

「イチルくんにはわからないかもしれないけど、はっきり言って異常な強さだからそれはないよ。本音を言えば、あの先生が探査能力が低くて助かった。高かったら今後何をされるかわからない」

 

「……」

 

「君よりもずっとずっと強いんだ。君のスタンスによっては敵対するかもしれないとしたらどうする?」

 

 首に巻き付いていたアマガツの姿が消えていく。

 

「レベルが60を超えているだなんて、有り得ないんだ。絶対普通じゃないよ」

 

 

 

 

 

 

 授業が終わったのは数時間も前の放課後。机に突っ伏すように眠っていた身体を起こす。一緒に帰ろうと誘ってくれた友人には申し訳ないが、俺には確かめたいことがあった。

 姿は消えたままだが、アマガツのもふもふとした毛皮を首元に感じる。毛をゆっくりと撫でると身体を揺らした。

 

「本音を言うと、アマガツを信じたい。が、まこっちゃんも信じてみたい」

 

 呟くと、アマガツが姿を現し、音もなく机に降りた。呆れたとでも言いたいのか、脱力した笑みを浮かべている。

 

「じゃあ確かめよう。これはボクにとっても都合がいい。あの先生が敵対してくれるのならイチルくんはボクに頼るしかなくなる。ボクは元から君が生きていないと存在できない。だから信頼を深めることに繋がる。それに相手の探知能力も少しばかりわかる。目的もわかるかもしれない。敵対しなかったら平穏に悪魔を倒しつつ暮らせる。死ぬ可能性が高い以外は悪くないよ」

 

 丸くなったアマガツの背中を撫でる。喉を鳴らしながら尻尾が腕に巻き付いてきたが、気にせず撫でる。

 

「敵対したとしたらどうやって逃げる?」

 

「え? 逃げられないよ?」

 

 何言ってるんだこいつ、という表情で仔猫に見つめられた。

 俺は間違ったことを言ったのだろうか。

 

「ペルソナを使われたら即死だし。運良く少し逃げられたとしても、探知能力が低いといっても全力で追いかけられたら逃れられないよ。何か知ったかもしれない相手を生かしておくほど高位の能力者は慢心しない」

 

「確かめるには危険すぎる気がしないでもないな。俺はいいけど、アマガツは異論はないのか?」

 

「あるけど、ボクとの信頼関係が浅くて残念だなってくらい。それ以外は今しか使えないレアスキルを使えるお得感がちょっとあるね」

 

 

 

 カツカツと靴の音が廊下に響いている。見廻りの教師が歩いているのだろう。

 今日はちょうど結城が見廻る日だった。いや、今日だけでなく、ずっと結城が見廻っているようだった。

 それでも信じるのが普通の人間というやつなのだろう。

 

「スタンスだけ決めよう。イチルくんはどんな時に敵対する?」

 

「学生生活に悪影響が出そうならなんとかする程度」

 

「結構ふわっとしてるなぁ。でもまあ、それなら敵対するだろうね。だってここの異界は進行すれば魔界に沈むよ」

 

「魔界?」

 

「悪魔の世界さ」

 

 その言葉を最後にアマガツの姿が消える。

 今いる教室へと足音が近づき、結城が持つ懐中電灯の光で室内が照らされた。

 人工的な眩しさすらも懐かしい。

 

「どうしたんだい? もう帰って寝ていないと可笑しい時間だぞ」

 

 

 

 

「先生、高校が異界になっててこのままだと魔界に落ちるって本当ですか?」

 

「マカイ? 何を言ってるんだ? 寝てたみたいだし疲れてるのか?」

 

「調べたんです。高校が異界になることも。そのまま進むと魔界に落ちることも、わかりました。先生が変な能力を使うことも……」

 

 とりあえず確かめるために、持っている情報をぶつけてみる。何か琴線に触れる物があったのか疑問の表情を浮かべていた結城が笑みを浮かべていた。

 別人にすり替わったかのように、楽しくて仕方がないと笑っている。

 空気が変わった。澱んで腐ったヘドロのような黒い空気だ。

 

「Magnificent! 凄いぞ宇田須。独りで調べたのか? 夏休みに始めたばかりだというのに、もうここまで? 他の生徒を掻い潜って? 目覚めたばかりで、それも孤独に行うには難題なのに? 自慢の生徒だ!」

 

 笑みを隠すように、結城は片手で自らの顔を覆った。

 肩を揺らし、笑い続けている。

 「素晴らしい」やら「Excellent」やら呟き続けている。

 

「だが、直接聞いてきたと言うことは何か能力を得たのか。崩せる答えを見つけたのか。街を騒がせているのはそれだな。だがそれだけではないな。暴発したか、任意か。しかし気付かなかった。休んでいるのもそういう意図かな。攪乱役もいるのかな。素晴らしい、君たちは先生の誇りだ

った。ペルソナ」

 

 巨大な影が、結城の背後から現れた。闇の帳に身体を隠した強大な何かの仮面。

 手で隠されていた表情がちらりと見えた。肩を揺らしているのに、何処までも無表情だった。その瞳は俺を捉えていない。

 

「メギドラオン」

 

 そこには白い光だけが満ちていた。

 

 

 

 




3章を終了します。




「久遠の未来か刹那の明日か、イチルくんが交わる運命がちょっとだけ見えたよ!」

『茂霜市』
・主人公の住んでいる市です。

『業魔殿』
・茂霜市にある猫カフェです。
・オーナーは大葉と八雲という二人です。
・悪魔合体や剣合体、ペルソナ融合、人間合体、造魔調整、電霊改造、デビルオークション会場など悪魔に関するあらゆる実験・イベントに参加できます。
・猫の八割が実験の産物です。落書きのような犬も居ます。

『石村屋』
・全国展開しているチェーン店です。
・敷居という男が主人です。店員として造魔のメイドや艦娘がいます。
・大量破壊兵器から殺人ウイルスまで幅広く揃えており、対価さえ払えば手軽に売ってくれるコンビニみたいなものです。
・生物兵器も仕入れるときがあるので、時々顔を出してみるのもいいかもしれません。

『クスリヤシンバ』
・変わった薬を販売してるチェーン店です。
・店長は新場という青年です。
・飲めば一瞬で体力や毒、手足のしびれが治る薬や死んだ者を生き返らせる薬が売っているという噂があります。
・精巧な義手や義足などもオーダーメイドで作ってくれます。写真や映像があれば本人そっくりのマスクも作ってくれるので、一度試してみてはいかがでしょうか。

『多良町』
・茂霜市の東隣りの町です。

『ゲルテナ美術館』
・多良町にあると囁かれている美術館です。都市伝説の一種だと人々には認識されています。
・メアリーという幼い少女とアマテラスという大型の犬、一人と一匹でやっているようです。メアリーは完全造魔人の念動力者(PK)、アマ公は覚醒済みのアマテラス転生者(男)です。
・合法から無法までなんでも扱っています。また、状態次第で核ミサイルから人間まで色々と引き取ってくれる様子です。
・鑑定書のない大玉の宝石も売り買いが可能です。さらに、未成年者にも酒タバコ薬を手軽に売ってくれるそうです。
・メアリーにゲルテナ作品を渡すと、特別なアイテムと交換してくれるそうです。

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