実験室のフラスコ(2L)   作:にえる

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これがお年玉です。
>頑張ってる人が出てきて読んだ後に気持ちよくなれるそんな幸せな作品が読みたいですよ
という要望をもとに、100キロ投げた後に300キロの球を投げれば誰も打てない理論で頑張って応えました
恥ずかしいなあ><


内容はアストロボーイ・鉄腕アトムをベースに鉄腕アトムシリーズをハイブリットしています。アトムハートの秘密とかも。


アストロボーイ・鉄腕アトム(完)

 

 --1

 

 始まりがあれば終わりもある。

 俺が生きるために摩耗した精神は、張りつめた糸に似ていた。か細く常にぴんと張っていて、弛みなどの遊びが一切ない。放置され続け、そう長くない年月で千切れるだけの糸。

 張りつめた糸のようになったのは、確か小学校に入学した頃からだったと自覚している。両親の不仲により糸の両端に力が加わるのは早かった、子供の無邪気さという弛みが無くなるのは一瞬だった。それから十年近く糸が保っていたことが奇跡だった。もしくは両親が蒸発した時に一度切れていて、祖父母に引き取られた際に無理やりに紡いでいたか。祖父が亡くなって、祖母を悲しませないと躍起になったあの時も。実はそういったことが繰り返されていたのかもしれない。祖母が亡くなった今、紡ぐ意味が無くなったのか。紡いでくれていた何かを失ったのか。

 何か足掻けないかと必死になった。生きるために。一人は怖かった。必死に探して、ふと知ってしまった。何もない。アパートの一室は、俺が生活していたはずなのに伽藍堂のように何も無い。何も生み出せず、誰にも残せず、少しずつ消費して、生きているように繕っているだけ。生きている意味が何もないのだ。そこからは何もかもが怖かった。祖母を支えとしていた、自身が生きるための価値を見出していたことに気づいた。煎餅蒲団しかない部屋にぞっとして、駆け出した。

 行く宛も無く、駅に駆け込んだ。持っている金は千円を切っていた。笑いが込み上げてきた。自身を誤魔化すために、何も考えられないほどにアルバイトを頑張った結果がこれだ。褒めてくれる人はいない、頑張る理由を作る相手もいない。疲れたとでも言えばいいのか。いつかは良くなると夢を見て、無為に生きて、終わりのないことを知ってしまった。駅に人は居るが、ただ居るだけだ。切れた糸が、地へと頭を垂れるように下がった。繋ぐ先が無ければ、繕う人がいなければ、糸は朽ちて消えるだけ。

 死にたい、そう考えてしまえば早いものだった。心から生きることに限界を感じた。

 

 死を前にして森の中で見る青空は、何処までも澄み渡っていた。祖父が危篤となったあの日は嵐のようだった。空すらも、俺の心を裏切っているようだった。

 鬱蒼とした森を歩き続ける。自殺できる場所や道具を見つけるための散策だ。情けない話だが、首を括る縄すら買えなかった。水は飲んでいたが、食べ物はここ三日ほど食べていない。絶食で死ぬか、転がっている茸や苔を摘まんで毒で死ぬか、どちらにしろ苦痛を覚えながら緩慢に死ぬ。苦しんで生き続け、死すらも苦しいとは、こんな愉快なことがあるだろうか。面白すぎて、笑えてしまう。こんなにも笑ったのはいつぶりだ。生きるために笑ったことはないのに、死ぬために笑うとは、こんな可笑しなことがあるだろうか。笑い過ぎて、嘔吐く。胃液が喉を焼くようだった、独特な酸味が広がり、噎せて涙が出てくる。その場に這い蹲って、嗚咽を漏らす。死ぬのが怖い。誰にも看取られず、惜しまれず、知られずに死ぬだなんて、怖くて堪らない。苦労とはなんだった、頑張った末がこれでは何もかもが無駄でしかなかった。

 

 それでも死にたいって思ってしまったんだから、どうしようもないじゃないか。

 

 

 

 口の中に広がる酸味を唾液で吐き捨てながら歩いていると、落下するのに丁度いい崖を見つけた。現世からの飛び込み台だ。頑張った俺への最初で最後のご褒美だろうか。頭から落ちることができたのならば、今のように考えることすらも感じることすらも忘れられるだろう。同時に誰からも忘れられることを意味しているが。

 崖に近づくと、地面に血が滴っていることに気づいた。まだ乾いていないようだった。俺の前任者でもいるのだろうか。すごーい! 君も自殺するフレンドなんだね! 俺もセルフィー(自殺の意味)するよ! と一人ではないことに勇気づけられる。血痕を辿り、崖から飛び降りずに下へと下ってみる。落下したらそれはそれでおいしい。途中で、崖から落ちるのに血痕があるのはおかしいと思い至りながら。

 崖の下にはちょっとした洞窟があった。薄暗い洞窟の奥は、少しだけ光が漏れていた。もしかすると怪我しているだけで、ここに避難しているのかもしれない。そんな場所に俺が行っていいのだろうかと悩むが、一人は怖い。意を決して向かってみれば、弱弱しく燃える鳥が眠っていた。不死鳥だとか、火の鳥というやつだろうか。不死鳥だったら怪我してもおかしい……いや死なないだけだからおかしくないのだろうか。存在するとは思わなかった。

 俺は自らの草臥れた衣服を千切り、眠っている火の鳥の傷に縛り付けて血が止まる様にする。そして、外へ出て水場を探した。運よく小川を見つけたので、服を湿らせる。それを火の鳥へと飲ませるため、往復する。怖さを誤魔化すための言い訳だった。すぐに死ぬべきなのに、逃げてばかりで情けない。

 何度往復しただろうか。十度ほど昼夜を越えた記憶がある。不注意だった。崖上に何かの実を見つけて取りに行って、掴んで気が緩んだところで足を滑らせ、強かに全身を叩きつけられた。頭痛がする……は、吐き気もだ……。骨が飛び出て裂けた部位や口から血をまき散らしながら這いずる。あまりに苦しい。衝撃で目が潰れて視界も狭い。最後まで俺はこうなる運命か。呻きながらも失敗した人体錬成のような姿のまま、洞窟へと向かう。先人がいれば孤独に死ぬ恐怖も薄れるかもしれない。俺よりは軽症だが、怪我をしている火の鳥がいるのだ。折れた腕や歯では中々難しい作業だったが実を潰した。岩にひっかけ引きずれば何とか切り離せた。血が止まらないが、どうせ死ぬので安いものだ。

 

 思えば俺は早熟だった。何でもできた。同時に欲しい物は何も手に入らなかった。何が欲しかったかわからない。こんな身体をしていれば化け物だと両親だって蒸発するのは当然だった。潰れても動き回るのだからとんだ生き様だ。

 いや、最初は手がかからないからと喜ばれた気がする。そのあと、俺がなんでも出来ることに悩んでいた。何もできなければよかったのか。俺はどうしたら良かった。

 

 潰した実を与え、水を取りに行き、また少し実を与える。途中から幻聴が聞こえ始めたのは限界が近かったからかもしれない。優しい女性の声が何度も「辞めなさい」と静止してきた。それを無視したのは俺の意地だった。価値が欲しかった。意味が欲しかった。だがもう終わりだった。

 火の鳥の傍へと戻って、意識が朦朧としてきた。酷い疲れを感じた。生きるのが難しすぎた。やっとだ。やっと俺は全てを捨てられる。

 羽根を大きく広げた火の鳥を見て、僅かにでも俺が生きた意味はあったのだと思いたい。

 

 ああ……あたたかい……。

 

 

 

 夢を見た。

 美しい火の鳥に連れられて、見たこともない空を飛ぶ夢だった。

 そこは考えられないほどに発達した世界だ、ロボットと人が仲良く暮らす科学都市だった。

 

 

 

 

 

 --2

 

 自分の成長を隠して生きてきた。恥ずかしいことだが、俺にはできないことなんて無いのではないかと思い込むほどに何でもできた。だから隠した。漠然とだが、何もかもが出来るのだと誇ると、両親に怖がられる気がしたからだ。まあ、それも無意味だった。

 俺を置いて、両親は居なくなった。事故じゃない。不仲が続いて、俺を忘れるように二人は消えた。突然居なくなった。

 必死に隠した意味が無かったことが、頑張ってことが失敗した事実が、何もかもが怖くなって、暗い部屋に蹲っていた。俺は悪くない。頑張ったんだ。隠すことを頑張って、あまりに成長しないと見放されて、何かの障害だと思われて、両親は喧嘩して、それだけだ。

 暗闇の中で震えていても空腹を感じる。でも何も食べない、飲まない。懐かしい気がするし、これを望んでいる気がする。この先にはきっと何もない、失敗した何かを取り戻したかった。違う。全てを台無しにしたかった。逃げたかった。

 

 それもすぐに終わりを告げた。

 真っ暗な部屋の隅で突然、火に包まれている鳥が羽ばたいたのを見た。そこから一気に家が燃えて、俺は助け出された。不思議と、煙の吸い込み過ぎで気絶していた俺だけは燃えなかった。精巧な飾り物にも見える鳥の羽根を一枚だけ握りながら。

 

 火事の後は流れるように色々と決まっていった。大人たちは俺の両親が居なくなったことを知ると、すぐさま親戚を呼び出して話を付けた。

 俺を引き取ることになったのは、気難しそうな男だった。青年とも呼べる年頃だった。彼は俺の叔父だという話だった。

 

 

 

 叔父は人間と接するのがどうも苦手な様子だった。とはいえ、子供と接することは、大人にとって難しいとも聞いていた。身の回りのことをやれば、叔父は恐る恐るといった様子で俺の頭を撫でるだけだった。両親が居なくなった話を、とても下手ながらもオブラートに包んで俺に説明し、同じように頭を撫でるだけだった。俺が転ぶと急いで駆け寄ってきて、優しく起こして、頭を撫でた。あまり言葉を使わない人だった。

 この家で暮らすようになってから、一人で過ごすことが多かった。寂しいとは思わなかった。ロボットに溢れた叔父の家は、宝の山にすら見えた。本を探せばロボットに対するあらゆる知識を得られるのではないかと錯覚させるほどに、種類と質が豊富だった。工具だって見たことも使い方もわからないような物だってあった。俺の世話役のロボットだって、流暢に会話してくれる、知りたいことを教えてくれる。

 時々ではあるけれど、叔父は俺に色々と聞いてくる。好きな食べ物は、だとか。ロボットは好きか、だとか。グラタンが好きで、ロボットが好き。伏し目がちに答えると頭を撫でられた。慣れてきたころに、外に出たいと思わないのか、だとか。友達が欲しくないのか、だとか。そういうことを聞かれた。俺は頭を横に振って答えた、人が怖いと。救助に来た人たちも、話し合いに来た人たちも、叔父のことだって怖かった。俺のことだとわかっていても、いや、俺のことだから怖かった。叔父は俺の様子を見て、静かに考えるだけだった。

 

 言葉少ない俺のために、叔父がロボットを作ってくれた。会話の練習用だろうか、それともコミュニケーション能力を発達させるためだろうか。どちらでもよかった。与えられたのはベアちゃんというぬいぐるみの姿をしたロボだった。脳波と会話パターンを読み取り、相手が望む言葉をかけてくれるという。素晴らしいロボットだと思う。俺と会話しなくなる点以外は。

 それから叔父は様々なロボットを作ってくれた。同時に、俺にロボットの作り方も教えてくれた。ロボットに関するあらゆる全てを教えようとしてくれた。難しかったが、それでも付いて行った。

 ロボットの知識の基礎範囲、とでも言えばいいのか。それらを俺が覚え終わったが、叔父へと見せるロボットは手を抜いていた。叔父は困った顔で俺に「周りに怯えて態と隠す必要はない、それは素晴らしい才能だ」と褒めてくれた。不安だったが、俺も唯一の肉親となった叔父の言葉に答えたかった。そして、叔父に協力してもらいながらブラウ1589というロボットが完成した。詳しくはわからなかったが『心』を持つロボットの先駆けだという。

 ブラウ1589は様々なことを俺に醸した。知ること、遊ぶこと、そして喋ることだ。人が怖くないのだと何とか受け入れたのは彼のお蔭だった。

 ブラウ1589はまるで人間のようだった、それしか感想が浮かばなかった。いや、もう一つある。彼はとても素晴らしいという感想が。

 

 学校に通うことを勧められ、渋々ながらも同意した。学校というのは常につまらない時間だった。手を抜いても、本気を出しても、妬まれた。ブラウ1589がいれば気にならなかった。ロボットが居れば、人間などいらないのかもしれないと思うほどになっていた。あまりにもつまらなすぎた。満点のテストを当然のように持って帰ると、叔父は変わらず頭を撫でてくれた。それだけは学校に通う価値があったかもしれない。

 

 そんな状況が変わったのは飛び級で大学へと進学した時だった。ロボット工学のある大学で、ブラウ1589も共に通えるようになった。そこで出会った間久部緑郎という男と何故だか気が合った。経済学部に通う彼は自身を魅力的な人物に見せる技術に長けていたが、気心が知れると黒い人間性も見せる様になっていた。俺は彼に、はっきりとはわからないが奇妙な縁を感じていた。間久部が大学を卒業するまで、俺とブラウ1589、そして間久部はずっと一緒に行動していた。勉強して、研究して、遊びほうけた。世界一速い紙飛行機を作るためにジェットエンジンを組んだりと子供のように馬鹿をやった、俺は自由だった。これほどの自由は初めてだった気がする。楽しかった学生生活だと断言できた。壊れたロボットを作り直して、走らせて、それだけでも楽しかった。ブラウ1589が闇ロボットバトルに参加したいと主張して、その装備を作って大会を荒らしたのも楽しかった。ただ、ロボットが壊れるのはどうにも気分が悪くて、修理ばかりしていたこともあったけれど。間久部もブラウ1589も呆れていたが、それも俺らしいと笑っていた。俺も笑っていた。

 間久部が大学を卒業し海外へと飛び立つのを見送った、まるで明日にでもまた会うように気軽い別れだった。前日まで騒ぎ続け、間久部がいなくなって名残惜しかったが、それも俺たちらしいと素直に思えた。遠いが、本当に会おうと思えばすぐにでも会えるのだから。

 

 そのあと俺は院へ入ることを決めた。少し遊ぶことや研究に没頭しすぎて帰るのも少なくなっていたので家に久しぶりに帰ると、叔父が結婚するという話だ。結婚自体はもう少し経ってかららしいのだが、婚約はしたのだとか。ちょっと間を空けただけで叔父が結婚できたというのだ、この事実に世界が逆回りするかもしれない。とはいえ嬉しくないわけもない。心から祝うことにする。夜には叔父の奥さんとなる人も交えて食事した。穏やかで優しそうな人だった。人嫌いの叔父と結婚するのだから、とんでもなく包容力が高いのかもしれない。グラタンを上手に作れる人だ、きっと良い人に違いない。

 それから数か月後、身内だけの結婚式を挙げた叔父夫婦を祝福する。叔父の同僚である科学省の人たちと話せたのはとてもいい機会だった。世界でも有数の技術と知識を持つ科学省に、惹かれないわけがない。

 同時に、街中から海の近くへと引っ越した。潮の音が優しい、見晴らしのいい場所だった。

 

 俺自身も順調に博士へと過程を進め、いくつかの論文や研究成果、そして『電光人間』と呼ばれる不可視のロボットの理論で博士号を取得した。素材やロボット、思考についてにも触れる浅く、奇妙な博士論文になったが、多岐に亘る技術の複雑さと面白さ、未来へ思いを馳せる余地を含んでいるので良しとして欲しい。

 叔父に誘われ、科学省に勤めることとなった。最高峰の技術と頭脳が集まるそこは興味深い世界だった。そして、そんな世界でも叔父は特に優れていた。その背を追うように俺は必死になって学び続けた。我武者羅ながらもやり甲斐のある日々の中、叔父夫婦が子供を授かった。不思議な気分だった。人は嫌いだったのに、人が増えることを素晴らしいと感じることが。

 俺たちに見守られながら、飛雄は生まれた。世界でも有数の科学都市であるメトロシティの一角で、確かに祝福されながら。

 

 どうにも俺は叔父に似ていたらしい。飛雄の相手をするのに困惑しない日は無い、それが嫌かと問われればそんなことは決してないのだと断言できるほどだが。間久部にその話をすると白けた反応が返ってきたが、子供を愛さない親はいないと言い切った。そう言い聞かせないと、思い出しそうだったから。

 ブラウ1589の伸びる腕に揺られ、眠そうな飛雄を撫でる。あたたかい。それだけで俺は十分だと感じていた。

 叔父や研究チームの人たちと意見を交わしながら、必死に仕事を済ませ、時間があればブラウ1589と一緒に飛雄の相手をする。休みの日には外へと出かけ、キャンプで水遊びしたり、テーマパークへ行ったりした。出不精だった俺はさてどこに消えたのだろうか。

 

 嘘のように順風満帆だった。

 

 

 

 世界のどこかしらで戦争が行われている、という表現はあまりに他人事すぎるだろうか。それでも平和な国で平穏を享受していた身からすれば、どんな争いも他人事でしかないのだが。

 中央アジアに位置するペルシア王国がロボット産業の飛躍的発展を背景に、周辺国に侵略戦争を繰り返した。その状況に世界の警察を標榜するトラキア合衆国が「ペルシア王国が大量殺戮ロボットを保有している」と声明を発表した。ペルシア王国は否定するも、トラキア合衆国は調査を強行した。その調査団こそ、俺が参加することとなったボラー調査団だった。日和見する日本が、強国主導の調査団への参加に否を唱えることができなかったという背景も存在しているという話だ。

 ブラウ1589と飛雄に会えなくなるのが嫌だったが、叔父を行かせるのは流石に酷だと思ったので仕方なく参加した。見知らぬ人と調査など、まあ俺も嫌だが、叔父よりはまだマシだろう。

 

 

 

 その国は、強い日差しと貧しい砂の大地が全てだった。

 

 俺が見たのは地下の大空洞に捨てられた夥しい数のロボットだった。

 

 誰かが何を作ろうとしているのか垣間見て、吐き気がした。

 

 大量殺戮ロボットは無かった、そう報告するしかない。

 

 曖昧なまま始まった戦争に、吐き気がした。

 

 やっぱり俺は人が怖い。

 

 

 

 

 

 --3

 

 何時かのように俺は怪我している、崖から落ちたあの時のように。懐かしい。いや、そんなはずはない。そんな気持ちを抱くはずがない。俺は大怪我なんてしたことないのだから。でも痛くなかった。それよりもやらなければならないことがあった。

 血に染まったブラウ1589に、ごめんと謝りながら俺は槍を突き刺した。それは彼のために作った槍だった。それが『彼』を壊さず、『彼』たらしめる場所だけを避けて突き刺さる。こうしなければ『彼』は壊された。こうしたことで『彼』は生き続けなければならなくなるだろう。

 こんな時でも友と呼んでくれる彼に、あたたかさを感じてしまう。あの崖のときのように。

 違う、違う、違う。

 俺が居なければ『彼』はもっと『幸せ』だったのかもしれない。『愛』されていたのかもしれない。『心』に意味があったのかもしれない。愛ってなんだ、心ってなんだ、どうして誰もが幸せじゃないんだ。

 

 

 

 目覚めると、半透明のカプセルの中だった。生命維持に使われる機器の諸々を手順通り外し、通信ボタンを押す。駆けつけてきた叔父を見て、なんだか奇妙だった。そして懐かしかった。

 ただ、穏やかで居られたのはその時だけだった。

 目覚めた世界はすべてが一遍していた。過去の何もかもが夢のようだった。いや、文字通り夢と化していた。

 叔父がゆっくりと説明してくれたが、今でも嘘だと信じたかった。まだ手が震えていた。痙攣していた胃も落ち着いていた。

 反ロボット主義者のテロで俺は重症を負い、そしてブラウ1589は世界で初めて人を殺したロボットとして、隔離・幽閉されていた。そして、ブラウ1589と二度と会えないことに泣き喚いて飛び出した飛雄は交通事故で亡くなったという。心労が祟って叔母もまた……。

 

 こんなにも色々とあったのに、俺は寝たきりだったという事実が恥ずかしかった。意識が戻ったのは二年近く経っていたという。その間、叔父は一人きりだった。一人きりにしてしまった。迷惑ばかりかける俺が何故生きているのだろうか。

 

 

 

 

 

 --5

 

 「もう一度目を覚まし、声を聞かせてくれ! 私の息子、飛雄よ! あの時を取り戻させてくれ!」

 

 叔父の声が、科学省の一室でこだました。メトロシティ中のエネルギーを取り込み、まばゆい光の中でついにロボットが誕生した。俺と叔父の手によって生み出された、世界最高のロボットが。

 世界でも有数の科学都市を一望できるその部屋で、祝福されるように。

 

 叔父は仕事を全て放置し、『飛雄』に執心していた。焼き増しのように、過去の出来事をもう一度繰り返すように。成長しない『あの子』に『飛雄』を教えていくように。

 俺もそれに付き合った。なんとか付き合っていた。仕事を片付ける傍らで、『飛雄』を教えた。だが、徐々に足は遠のいた。過ごせば過ごすほど、わかってしまう。違いが。『飛雄』ではないという現実が嫌でも理解できてしまう。

 違うことに気づいてしまえば終わりだった。

 ああ、となんとなくしっくりきた。

 飛雄はもう死んだから、『あの子』が『飛雄』になることなんて無い。

 死は終わりだ。

 

 ブラウ1589の『代わり』は作らなかった。それでもロボットを作り、直し続けた。それ以外、知らないから。

 

 

 

 

 

 --6

 

「天馬博士、いや、叔父さん! どうして『あの子』を停止させたのですか!?」

 

 乱れた呼吸で肩を大きく揺らしながらも、俺はどうしても問い詰めたかった。二人で作った『飛雄』の代わりが眠る様に、科学省の奥に置かれていることに気づいてから、すぐ駆けつけてきた。

 俺の睨みつける視線に動じることなく、叔父は静かに見つめ返してきた。

 

「……あの子は飛雄ではなかった」

 

「そんなことわかっています」

 

 半ば叫ぶように、吠える様に言った。俺の冷静な部分が、逃げた自身が叔父を責めるのはお門違いだと囁いていた。

 それでも止まりたくなかった。

 胸倉を掴んだ俺の頭を、叔父は何でもないことのように撫でた。

 何時ものように、変わらずに。

 だから、俺も少しだけ気が抜けたのかもしれない。

 

「そうだな、お前の言いたいこともわかる。その前に食事をしよう。用意してあるから久しぶりに二人で食べるとしよう」

 

 その言葉に頷いていた。

 

 

 

 海が一望できるテラスに用意されていた食事を前に、じっと叔父の顔を見る。あまりに静かになりすぎていた。騒がしかった日々が遠い過去のようだ。いや、少し前に目覚めた俺と違って、叔父にとって遠い過去なのかもしれない。

 日が沈み始め、海は鮮やかなオレンジ色に染まりつつあった。

 

「お前はグラタンが好きだったな」

 

 静かに頷く。

 

「飛雄はそうでもなかった。お前に懐いていたから仲良く食べたがっていたが、それでもグラタンはどうにもならなかったようだ」

 

 叔父は穏やかに喉を鳴らして笑った。

 そうだ、飛雄と俺は少しずつ好みも性格も違っていた。

 だから飽きなかった、興味深かった、ずっと一緒に居たかった。

 

「我々が生み出した『あの子』は、グラタンが好きだった。そこからあの子と飛雄が重ならなくなった。自由な心をあの子には与えたがその結果、成長に伴い私に反抗するようになったのだ。そこに私は進化を見出した。進化したロボットは、種として人間を超えていく可能性を持っている。あの子は、人間とロボットとの懸け橋となる科学の子となるだろう」

 

 疲れたような、静かな言葉だった。

 そして俺にはどうでもいい言葉だった。

 進化だとか種だとか、そんなものに叔父がこだわっていると信じたくなかった。

 

「そんな理由であの子を、『飛雄』を二回も殺したんですか……」

 

「そうだな、だがそれは建前も含んでいた。あの時、私は父になれないと悟った。反抗したあの子に恐怖した私では、決して」

 

 悲痛な言葉だった。

 全てを捨ててでも取り戻そうとした居場所を放棄する決心は、どれほどのモノだったか。

 それを抉ることしかできない俺は、恥知らずでしかないに違いない。

 

「トビオは勉強が嫌いだったがお前となら頑張っていた。一人では本を読まず、ブラウ1589となら楽しんでいた。お前と二人で、あいつの料理を好んで食べた。だが、あの子は違った、一人で何でもしてしまった」

 

 叔父の視線は沈んでゆく夕日に向いているが、実際は過去に思いを馳せているのか。

 

「私があの子に、私を好きかと聞いた。すると大好きだとすぐに返ってきた」

 

 だが、と囁いた。

 叔父の声は小さくなっていく。

 目頭が熱かった、なんでもないはずなのに。

 叔父の言葉が心の空虚さを思い出させる。

 

「私はいつもあの子を叱りつけていた。そんな私を、飛雄はきっと……大嫌いだったと思う……」

 

 そんなことはないと断言できる、はずだった。

 だが、どうだ。

 俺はわからなくなってしまった。

 いないほうがよかった俺が、そんなことを言ってしまって。

 もっと叔父を傷つけてしまわないだろうか。

 胸を張って愛していたと言えばいいのに、口を噤んでしまう。

 愛ってなんだ、心ってなんだ、どうして誰もが幸せじゃないんだ。

 

 涙が出そうだった。

 情けなさか、寂しさか、罪悪感か。

 胸がごちゃごちゃしてしまう。

 なんで俺は単純じゃないのだろうか。

 ロボットだったなら、数値として測れたのなら、言語化や可視化できたのかもしれないのに。

 

(なずな)、泣いていいんだ。上手く出来なくてもいい、泣いてごらん。私も悲しいんだ、居なくなってしまったことに。お前に我慢ばかりさせていたことも。そして、お前が生きていてくれたことが何よりも嬉しくて」

 

 嗚咽が漏れる。

 違うと言うはずなのに、飛雄はきっと大好きだったと愛していたと伝えるはずなのに、出てこない。

 嬉しかった。

 俺が生きていて良いのだと言ってもらえたことが。

 悲しかった。

 何もかもが、俺にはわからなくて、ただ涙が止まらなかった。

 

 

 

 

 

「私は静かに暮らそうと思う。お前はどうしたい?」

 

「俺はロボットの研究を続けます。知りたいことがあるから」

 

 生きる価値を、心を、知りたかった。

 

「つらいぞ。あの子と出会い、仲良くなることもあるだろう。違いをまざまざと見せつけられる。それでもいいのか」

 

 そうだ、つらくて逃げた。

 それでも知りたい。

 知って、そして最初に叔父に伝えたい。

 愛されていることを。

 

「それでも俺は続けます。自分が生きるために」

 

「そうか、それもいいだろう」

 

 それきり静かになった。

 月光の下、冷えた料理を食べる音と、潮騒だけがどこまでも。

 

 

 

 

 

 

 PROLOGUE 『二人の天馬』 完

 

 

 

 

 

 

  

 




オリ主
火の鳥によって世界を跨いだ。
やつは天馬のなずーりんさ。

天馬博士
オリ主を息子のように可愛がった。
アトムを生み出す際に、飛雄のみならずオリ主も死んだ(目覚めない)と思い込んで二人の記憶を組み込んでしまった。
その結果がグラタン好きなアトム。飛雄ではないのは当然だよなあ。

ブラウ1589
初めて人を殺害したロボット。
ロビタポジも兼任していたので、ドミノ式で全滅した。
人が人を殺すときと、限りなく人に近づいたロボットが人を殺すときは、きっと同じ理由だろう。

飛雄
アトムシリーズでいつも死んでる。
また飛雄が殺された!
この人でなし!




 以下、今後のあらすじ
 
 
 
 EP.1 『世界最高のロボット』
 
「目覚めるのじゃ! 世界最高のロボットよ!」
 
 お茶の水博士の声が、科学省の一室でこだました。メトロシティ中のエネルギーを取り込み、まばゆい光の中でついにアトムが誕生した。世界でも有数の科学都市を一望できるその部屋で、祝福されるように。
 
 
 
「おはよう、シャドウ。私が心を知るために、君は生み出された。そして、私は君にロボットとしての決まり(・・・)は与えなかった」
 
 青年の囁きが、薄暗い一室でこだました。個人で賄うことのできる程度のエネルギー取り込み、シャドウは目覚めた。
 
「代わりに与えたのは私が持つ知識と技術、そして成長するAIだ。それは自由に考えて選択することができる心になってくれるものだと、私は信じている」

 シャドウは自らの創造主が向ける慈しむ視線を観察しながら、与えられた全てを自身の深層へと保存する。
 
「君は世界最高のロボットだ。いつの日か、情報を明確にできる君が心を理解したのならば、教えてほしい。私に心を、愛を、教えてほしいんだ」
 
 確かに『彼』は科学都市の地下深く、光の届かない底で誕生した。人々に知られることもなく、静かに。
 しかし、ひたすらに量産されるロボットたちとは遥かに違い、その『生』を創造主に祝福されながら。
 
「叔父に何の言葉も伝えることのできなかった愚かな私に……」
 
 呟きは、影に呑まれる様に消えてゆく。
 
 
 
 『二人』の天馬によって生み出された、『二人』の天馬を元にしたアトム。一人の『天馬』によって生み出された、『一人』の天馬を元にしたシャドウ。
 『二人』が世界に生まれたことで始まる物語。
 
 
 
 
 
 EP.2 『電光人間』
 
 目覚めたアトムは幼子のように好奇心いっぱいに行動する。そして、学校へと通うようになったアトムは初めての友達ができ、その過程で出会った姿を消すことができるロボット『電光』と仲良くなる。しかし、『電光』は悪党に利用されていて、窃盗を行うように仕向けられていた。
 警察と協力し、電光を探し悪事を止めようとするアトムは一人の青年と出会う。電光の開発に携わったために助言を乞われ、駆けつけた天馬と名乗る年若い青年だった。
 その瞬間、自らを優しく見つめる壮年の男性と、今よりも幾分か若い姿の目の前にいる青年と、川で遊ぶ記憶がよみがえる。見たこともない光景がフラッシュバックして混乱するアトムに、天馬博士は穏やかに手を差し出した。
 
「君が……アトム君だね? はじめまして(・・・・・)
 
 
 
 姿が見えなくなるロボットと友達になったアトムが、見えないはずの記憶を呼び覚ます青年と出会う物語。
 
 
 
 
 
 EP.3 『愛は人を二度殺す』
 
 天馬博士は、徳川財閥の総師徳川から死んだ息子ダイチを再現したロボットを造るように依頼される。父である徳川、そして死した『ダイチ』の記憶により依頼通り完成した『ダイチ』。しかし彼はアトラスと名前を変えて人間を襲うようになる。
 アトラスを止めようと奔走する過程で、アトムは過去の記憶を取り戻す。アトムの記憶が蘇ったことを知ったお茶の水博士は、全ての秘密をアトムに打ち明ける。アトムは天馬博士とその甥によって、息子トビオの代わりに作られ、起動停止させられたことを。
 そして、徳川の宇宙港を破壊しようとしていたアトラスとアトムは月で対峙する。戦いの最中、月を見たアトラスの憎しみと怒りばかりに支配されていた心に、「一緒に月へ行こう」と語った優しかった頃の父親の姿が蘇った。今のアトラスに与えられた『記憶』は徳川の跡継ぎへの期待と濁った想い、死に際まで相手にされなかったダイチの憎しみだった。だが、それでも奥底に眠っていた心は父親の愛を求めていた。アトラスは自らが犠牲になり、父を救い、宇宙へと消えて行った。
 
 
 
 二度死んだ『ダイチ』を、二度死んだ『トビオ』だったアトムが見送る物語。
 
 
 
 
 
 
 EP.4 『地上最大のロボット』
 
 お茶の水博士はアトムに続く『心』を持ったロボットとして、アトムの妹『ウラン』を造った。
 時を同じくして、シャドウによっては戦う為だけに作られたロボット『プルートゥ』が造られた。
 
 
 
 人間の友達が目的のロボットと、世界最強のロボットになることだけが目的のロボット。彼らがアトムとシャドウに、新たな心を見せる物語。
 
 
 
 
 
 EP.5 『友情』
 
 アトムは友達のケンちゃんと喧嘩した。どうしても上手く仲直りできない中、町中に降り立ったロボット『ベアちゃん』によって、人々が部屋に閉じこもって外へと出なくなってしまった。解決するために、心を知り、操ろうとするベアちゃんと対決するアトム。
 
 氷の大地の底で、人を殺したロボット『ブラウ1589』と天才犯罪者『ロック・ホーム』が旧交を温めていた。ブラウ1589を縫いとめるように胸部に刺さった巨大な槍。「この槍を引き抜けば私は死ぬのに閉じ込めることしかできない」と言えば、「異常がないのに人を殺すロボットは怖いのだろうさ」と答える。そして異常なんてあるはずがないのにと笑うのだ。
 ロック・ホームが失敗したとき、ブラウ1589を拘束している全てから解放すると約束して。全て心があるからこその行動だ。友達のためだった。
 
 
 
 友情を知りたいロボットの裏で、友情を知っているロボットが嗤う物語。
 
 
 
 
 
 EP.6 『ロボットだけの王国』
 
 玩具のように使い捨てられたロボットが宇宙を漂っていた。それは回収され、青騎士として作り変えられた。青騎士はロボットたちを救済し続けた。やがて、祝福しなかった人間たちに、虐げられていたロボットたちは反旗を翻した。人間たちは、そのすべてを破壊するのだと動き出す。そしてアトムは全てを止めるために飛び立った。
 その裏で、祝福され続けたシャドウは全てを見守る。
 
「アトム、おまえはなんという……。あたたかい、これが……」
 
 
 
 何処かの国の地下深く、薄暗い部屋に、その端末であるぬいぐるみは佇んでいた。それは、心を与えられたロボット『Dr. ルーズベルト』だった。それは動く体を与えられず、代わりに世界最高の頭脳のみが与えられていた。ずっとずっと考えていた、すべての生物が死滅する終わりを、ロボットだけが生き残る術を、自分以外はすべて敗者で愚者で死者にする最高の答えを、人間をロボットの下僕にする世界を。
 ロボットだけの王国に最後の一手を加えようとする『Dr. ルーズベルト』の前に、人を殺したロボット『ブラウ1589』が現れる。『ブラウ1589』に向けて「新しくロボットの時代が始まる」と宣言し、修理してやろうと告げる『Dr. ルーズベルト』への返答は、一本の槍だった。
 
「おお……あたたかい……」
 
 
 
 
 
 与えられた『心』で創造主に感謝を伝え、言葉にできぬあたたかい『心』を胸に抱き宇宙へと。
 与えられた『心』で何よりも大切な友に別れを告げ、溢れるほどに言葉にしたかったあたたかい『心』とともに永遠の眠りへと。
 どこまでもあたたかい『心』を持つロボットに見送られて、ロボットたちが旅立つ物語。
 
 
 
 
 
 The Final Episode 『二人の天馬』
 
 寂れた洋館で青年が泣いていた。自らの叔父に何度も謝り続けていた。心を知ることができなかったと。
 彼の叔父は青年の頭を撫でた。それは昔から変わらなかった。青年を慰めるための、そして褒めるための、不器用な叔父ができるたった一つの方法だった。
 そして、青年を連れて、科学省を占拠した。
 青年を拘束し、科学省を占拠したと世界中に伝える。男が息子と喧嘩別れしたあの溶鉱炉のすぐ傍で。
 青年と交流した人々や修理されたロボットたちが続々と駆け付ける。それは青年が生きる理由を見つけるために歩み続けた足跡を辿るようでもあった。
 
「私にも心はわからない。だが、感じることはできる。お前は愛されているのだろう。だからもう良い、良いんだ。自分のためだけに生きなさい」
 
 男は知っていた。青年が生きる意味を他に見出そうとしていることを。自分のためだけに生きてもいいのだと。
 巨大なロボットである『ジャンボ』が壁を壊し、『火星ロボット』が溶鉱炉を冷やす。その亀裂からアトムが飛び込んでくるのを目にしながら。
 
「……これが愛されているということだというのなら。今なら言えます。嘘じゃないです。俺は貴方を愛しています。そしてトビオも、きっと貴方を愛していた」
 
「そうか、そうか……」
 
 彼の叔父は何処までも不器用で、ずっと強引で、あまりに言葉少ない男だったが、誰よりも『息子たち』を愛していた。
 
 
 
 
 
「でもやりすぎですね」
 
「まあ、逮捕されるだろうな」
 
 
 
 
 
 
 Extra EP.1 『すべてを捨てて浮かぶ瀬もある』
 
 反ロボットAI主義者『アセチレン・ランプ』は何もかも失った。ロボットが反乱を起こす発端を作り、事件の渦中で暗躍するも失敗する。ロボットの王国であるロボタニアとアトムとの間が和解すると知ると、それに怒り、力づくで事を成功させようとミサイルを撃ち込み、アトムの破壊に成功する。しかし、事件との元凶として指名手配を受け、自らアトムや天馬博士たちを抹殺しようと有人兵器に乗り込み、戦いを挑み、敗北の末に逮捕されたのだ。
 刑期を終えたランプは放浪者のように歩き続け、やがて一つの農園へとたどり着き、倒れてしまう。そこは、ロボットの手を借りて農作物を育てるロボット農園だった。農園の主人たちやロボットは彼を手厚く看病した。反ロボットAI主義者でありながら、ロボットによる作物で生を得る自らに惨めさと情けなさを感じるランプ。ここを破壊することで、復権の足掛かりにしようと決意した翌日、かつて自分を救ってくれたロボット『フレンド』の同型機を見つける。思わず隠れる自身に改めて惨めさと情けなさを感じるランプであった。
 凄まじい嵐の日、土砂崩れが起きた。飲み込またランプを助けるために、全壊寸前まで頑張った『フレンド』の同型機に自らの惨めさと情けなさ、すべてを失っていながら大事に抱えていたプライドの無意味さを知る。二人目の恩人とでも表現できるロボットを、もう一度見捨てるわけには行かないと涙を堪え、駆け出したランプが向かった先は、自身が抹殺しようとした天馬博士の下だった。無様に頭を床に擦り付け、ランプは涙ながら修理を訴えた。
 
「一生かかってもどんなことをしても払います! だから私の友達を治してください!」
 
 
 
 
 
 Extra EP.2 『恋するロボット』
 
 女性型ロボット環境観測員『エプシロン』は自身が故障したのではないかと困惑していた。プルートゥと戦い、敗北したあの日を何度も記憶メモリーが繰り返してしまうのだ。厳密に言えば、戦いではなく、故障した後だ。修理に駆け付けた若い博士の姿を、情報を処理するために寝ている間も、目覚めて環境を観察している間も繰り返してしまう。寝ても覚めても、というやつだった。
 自身を管理してくれている女性の博士に、この状態を伝えるのは何故だかひどく恥ずかしく感じて秘密にしていた。だが、溜まり続ける不具合のため、世界でも有数のロボットの知能ですら隠しきることは不可能だった。オブラートに包み、表現を変えに変えて、なんとか天馬博士に来てもらえることになった。博士が到着するまでの日々は、ふわふわと奇妙な感覚に支配されていた。どれだけ正常に戻そうとも感情の回路は熱を持ち、記憶メモリーが繰り返してしまう。博士が到着する前日など、あまりに落ち着きが無さ過ぎて、女性の博士がため息をつくほどだった。
 天馬博士と再会したエプシロンは、それまでの落ち着きのなさが嘘のように静かになった。修理された日と同じように無口すぎた。借りた猫のようだった。心配になって友人のイルカたちが海から駆けつけるほどだった。
 
「あ、あの……こ、好みのロボットとかっていますでしょうか」
 
「好み……? そうだな、私は電光とかアトムかな」
 
「!?」
 
 数日後、そこには男の子型のロボットになろうとするエプシロンの姿が……!
 
 
 
 
 
Extra EP.3 『博士が愛したロボット』
 
 そこには墓がある。
 生きるための理由にしなくなったロボットたちの墓がある。
 生きるための理由にしなかったロボットたちの墓がある。
 躯がある墓もある。
 何もない墓もある。
 博士が『心から愛した』ロボットたちの墓だった。
 そして博士の墓でもあった。
 最後まで言葉にできなかったが、感じ取ることだけは出来た。
 博士は満足だった。
 
 
 
 それを見守っていた美しく燃える鳥が飛び立った。
 世界を見て回り、宇宙を見て回り、やがて消えた。
 
 
 
 
 
 Bad EP.1 『史上最強のロボット』
 
 ロボットに支配された未来の地球。ロボットは人間の皮を被り、試験管内で誕生させた人間を育て、大人になればコロシアムで殺し合わせる世界となっていた。
 とある事故から人間がロボットに悲惨な扱いを受けていると知った丈夫は、隣に住む少女ジュリーを連れてロボットの下から逃げ出すことを決意する。そこでロボットが人間の味方をしていた時代のロボットを蘇らせ、地球を支配するロボットの破壊を頼むことにした。
 ロボット博物館と呼ばれる場所に飾られていたアトムに状況を説明し頼み込む。それを了承すると同時に、アトムは二人を連れて無人島へと飛んだ。二人を降ろすとアトムは自身の首に掛けられていたペンダントを丈夫に渡し、追いかけてきたロボットに立ち向かう。が、一撃でアトムは破壊されてしまう。
 追っ手のロボットは、一緒に逃げていたジュリーが実はロボットで、丈夫が一緒に遊んでいた時に殺してしまっていたと伝える。ジュリーは愛していると言い続けるも、丈夫は裏切られたと怒り、再び殺してしまう。その様に笑い声をあげる追っ手のロボット。そして……。
 
『やはり生きている意味など無かったか。『審判の女神』を呼び寄せた。私は疲れたぞ、愚か者ども。……いや、私も同じ愚か者だったか』
 
 アトムから渡されたペンダントが光り、疲れ切った老人の姿が映し出された。老人は、失望の視線を人間である丈夫とロボットへと平等に送りながらため息をついた。
 ロボットが何者か問おうと口をあけ、火花を上げながら吹き飛んだ。世界中でロボットたちが壊れ始めたのだ。何が起きているのかいまだにわからない丈夫を無視しながら、老人は太陽を見上げた。
 初め、太陽に黒い点が現れた。それは徐々に近づいているようで、大きくなり、暗い影が世界を覆っていく。それは恐ろしい女神を象ったロボットだった。それは『デスマスク』と名付けられた、博士が生み出した史上最強のロボットだった。
 
 世界からロボットが消え去った。同時に庇護されていた人間も死滅した。
 
 博士が愛したロボットはもういない。
 
 
 
 
 
 Bad EP.2 『ヒノトリファイヤー』
 
 燃える鳥を、彼は恨んでいた。こんな世界に再び生まれるように仕向けられたことを憎んだ。彼には何もなかった。誰も彼を求めない、価値を見出さない。
 復讐するために、彼は挑み続けた。学び続け、自分で機械に体を置き換えて寿命を乗り越え、純粋な情報のみへ魂を移し替えて世界の滅びすら踏破できるほどに生き続けた。彼という復讐の権化は、成長し続けた。無限とも呼べるほどに。
 無限に進化した科学の末は、燃える鳥を殺すことだけに使われ続けた。
 気高い鳥も、愚かな鳥も、情けない鳥も平等に殺した。みっともない命乞いも、高貴な死に際も平等だった。殺すたびに宇宙や次元が壊れても、彼は生き続けた。
 無限とも思えるほどに滅ぼし続けた。
 そして最後に全て消えた。彼諸共消えたのだ。
 
 だからどこにも何も残っていない。ただ、彼は満足だった。
 
 
 
 
 
 

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