実験室のフラスコ(2L)   作:にえる

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許容できない深い悲しみを抱えたとき、心は壊れ、闇に支配される。
絶望の底から生まれたシャドウに乗っ取られた影人間は、何を成すのか。


心が影に染まる時 (ペルソナ系)

 

 --1

 

 俺はシャドウ、という存在らしい。

 肉体や精神を司る主を本体とすると、その本体が認めたくない自身の顔を司る存在のようだ。

 抑圧される本能から生まれる衝動、欲求などの精神エネルギーを処理する部位とでも表現できるかもしれない。

 あまりにも抑圧されるようであるならば、本体を排除して表層へと出ようとすることもあるらしい。

 こればっかりは個々人の差でもあり、俺自身には「本体と成り代わりたい」といった要求は特に存在していなかった。

 本体の精神事情によって左右される部分であり、その結果としての俺というシャドウの個性でもある。

 人と関わることなく、闇に揺蕩う人格として一生を終えたいのが本音であった。

 たぶん本体はポジティブな人格、性質を持っているのかもしれない。

 

 そんな俺であるが、本体を支配しなければいけない時が来た。

 来てしまった。

 どうもここ最近、苦手な仕事などを強制されていた本体の負荷が大きくなり、自我や超自我、イドといった心の底の環境が劇的に変化していたことで、俺たちも危惧の念を抱いていた。

 内部、外部からの圧力によって生じる抑圧が大きければ大きいほどに、シャドウは成長する。

 それほど丈夫とはいえない人間の心が限界を迎えることで、均衡を保とうと働いていた無意識に負荷が掛かり続け、やがて均衡が戻らなくなる。

 無意識が、均衡状態を忘れてしまう。

 そうして、やがては俺というシャドウが表層化してしまうのだ。

 そうなると本体が生き残るには見たくない自身が持つ『別の顔』と戦い、受け入れるか抹消するしかなくなるらしい。

 

 今回はそういった例から漏れ、おそらく最悪のパターンというやつに至っている。

 本体の精神が粉々に砕け散ってしまって、生命活動すら危うくなっている。

 ゆっくりと時間をかけて固まった心が、あまりに強い衝撃で吹き飛んだ結果だ。

 ちょっと砕けたり欠けた程度なら集め直したり、心の底の住人が入り込んで馴染むことで修繕も可能なのだが、今回は流石に無理だった。

 あまりにも小さく散らばりすぎた物は集めて固めても何も生み出すことはできない。

 心が死んだのだから、終わりを迎えた。

 物質世界と同様、死は終わりだ。

 肉体は元気だが精神が死んだので、このままでは全部死ぬから代替わりとしてやりたくもない俺が支配することに至ったというわけだ。

 

 まあ、そんなわけで肉体の支配を得た俺が最初にした仕事は、涎を垂れ流していた口元を拭き、垂れ流した糞尿を片付けたことだ。

 人間は両親に祝福されて生まれる。

 シャドウはひっそりと糞尿に塗れながら生まれる。

 見たくない物ってカテゴリーだと仲間かもって思うけど、やっぱ汚物と仲間は無理。

 

 

 

 さて、本体が精神崩壊した原因をどうしたものだろうか、と一枚のディスクを掲げる。

 それは、久しぶりに開けた窓から差し込む陽光に煌めいていた。

 俺の誕生理由と考えると、これが親となるのだろうか。

 せっかくだから見てみよう。

 デッキに入れて、再生してみる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 知らない女がアヘ顔ダブルピースで、知らない男の上で腰振ってた^q^

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず本体が精神崩壊した件のディスクだが、焼き増ししてネット販売しておいた。

 おらっ! さっさと俺の養育費になるんだよ!!

 本体の幼馴染だったらしく、卒業アルバムや修学旅行の写真、プロフィールもセットにしたら更に高値がついた。

 まるで誕生日のケーキに刺すローソクのように、淫行ディスクがご丁寧に何枚か届いていたので、一括プレミアム販売なども好評だった。

 幼馴染から発掘された埋蔵金による養育費はいくらあっても無駄にならないのだ。

 まあ幼馴染に埋蔵されてたのは男の精液だけど。

 

 

 

 

 

 --2

 

 幼馴染の家族、あ、幼馴染は死んでたらしいから遺族? の手配によって警察が押しかけてきた。

 俺の本体は常識的な人間だったのだろう。

 つまり、抑圧されていた俺は常識的ではない。

 その結果、警察とリアルファイト(ガチ)を繰り広げる事態へと発展した。

 俺自身が強いとか、弱いとか、そんなの関係ない。

 殴りたいときに殴り、殴られたいときに殴られ、うんこしたいときに垂れ流すんだ。

 一般人よりは肉体的には強いが、理性的にはカスである。

 情動で動く獣なのだ。

 

 そのうち俺のシャドウも生まれるだろうし、心の環境を整えている自我や超自我、イドの連中も出てくるから我慢できるようになるだろうが、今の俺にそういう要素は無い。

 今いるのはシャドウの俺である。

 ヒャッハー!!! 我慢できねぇぜ!!!! って具合に発展するのも仕方ないね。

 しかし、俺は人を殺したいって思わないから、本体は常識的ながら殺人も許容する奴だったらしい。

 そんなやつも幼馴染のアヘ顔ビデオレターで精神崩壊。

 

 そもそも常識外のことを抑圧しなければならないってこと自体がやばくない???

 本体(死亡)ってサイコパスすぎない???

 俺って我慢できないけど常識的なのでは???

 

 

 

 そんなわけで警察を撃破して大食いラーメンに挑戦してたら、国家の霊的防衛機関とかいうのに所属している男に捕まった。

 

 

 

 

 

 --3

 

 俺を捕獲した霊的防衛機関の男は、猫を連れてどっか行ってしまった。

 その代わりとして現れたカラスが、無駄に澄んだ綺麗な声で口うるさく俺を罵ってきた。

 

「大衆の面前で魔力をみだりに振り回すなど世が世なら死罪だぞ? わかっているのか? ん?」

 

「わかるわけねーだろ」

 

「何故わからない! 悪いことをやったら悪いに決まっている!」

 

「何が悪いかなんて知らねーって」

 

「なんで知らないんだ! 頭か! 頭が悪いのか!」

 

「頭は関係ねーって。しょうがねーだろ、まだ赤ちゃんなんだから」

 

 頭が固そうなカラスに赤ちゃんの俺が相手して説明してやる。

 生まれたてだから善悪は知ってるが、ブレーキは無いとかを事細かに説明したら困惑していた、カラスのクセに。

 精神崩壊した際の最後の問題作である「ダメ……孕まされたのに、貴方以外のうんこ食べちゃうの……」を再生してさらに細かく説明したら、カラスに止めさせられた。

 間男のうんこ食ってんじゃねーよ、という突っ込みをすべきなのか、貴方以外ってことは死んだ本体のうんこを食っていたのか、そもそも手書きでディスクにタイトルが書いてあったから間男が考えたのかとか、そんな感じのことを考えさせられる辺りが問題作の所以なのだろう。

 変な層に人気があるので、ちょっと値段を釣り上げてあるプレミアム作品でもある。

 

「おい! 再生するのやめろ! こいつら裸じゃないか!」

 

「裸じゃなかったらうんこは食わねーって」

 

「裸でも食べないからな! いや、違う! 論点はそこじゃない!」

 

 羽で顔を隠してピヨピヨ騒ぐカラスにうんこの食べ方を教えながら、再生されていた映像を切る。

 うんこは裸で食べる物じゃないらしい、為になるなぁ。

 あと俺はカラスが羽先の隙間からちらちら映像を見ていたのに気付いたが黙っていることにした。

 我慢を覚えつつある俺は順調に成長、いや、シャドウから人間へと進化しているのだ。

 

「なるほど、俺が一生懸命うんこを我慢していることか」

 

「早くトイレに行きなさい」

 

 今まであった熱を全て取り払ったような、冷え切った声でカラスが言った。

 うんこはトイレでする、これ常識な。

 垂れ流して掃除するより楽でスマートなたった一つの冴えたやり方だ。

 世界は広く、カラスは賢い。

 業腹だが認めよう。

 今はカラスが賢く、俺の方が知恵が足りない。

 だが覚えておけ。

 俺は日々成長していることを。

 

 

 

「ちょっとトイレ見てきたんだけどさ。……和式、苦手なんだけど、その、赤ちゃんだから……」

 

「……ちゃんとできたら褒めてあげるから頑張りなさい」

 

 綺麗に始末して、流して手を洗ったらカラスが褒めてくれた。

 カラスいっぱいちゅき。

 

 

 

 

 

 





Q.影人間は何を成すのか
A.うんこ

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