--1
「テン……ソウ……メツ……テン……ソウ……メツ……テン……ソウ……メツ……」
そう呟き続けていたのは私の娘、だったはずだ。
休むこと無く、同じことを壊れたように呟くその姿が娘と重ならない。
数時間前までは楽しげに笑みを浮かべていた娘は、今では薄気味悪くにたにたと嗤っていた。
焦点の合わないその瞳が私を捉えることは無く、虚空を追うだけだった。
この嗤う顔が娘の物だと思い込んでしまうことが、娘の本当の笑顔がどんな物だったのか忘れてしまうのが、どうしても怖かった。
ただ娘を楽しませようとしてドライブに行っただけなのに、どうしてこうなってしまったのか、何が悪かったのか、後悔ばかりが薄暗く思考に巡り続けていた。
「……今日は泊まっていきなさい」
疲れたように住職が私にそう声をかけてきた。
娘に気を取られ、住職が戻ってきたことに気づかなかった。
娘の様子が急変し、しかし病院ではどうにもならないだろうと直感で悟った際に助けを求めたのがこの年若い住職だった。
娘を元に戻す当てがあると言い部屋を出て行ったが、戻ってきたということは何らかの形になったのだろうか。
縋るように視線を向ける。
しかし、期待した答えは得られなかった。
住職は首を横に振るだけだった。
「はいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれた……」
娘が心配で同じ部屋で過ごすのだと、その結果がこれだった。
伏せた娘は天井を見つめ、にたにたと嗤いながら口の端に泡を溜めながら呟きつづけていた。
水差しで水分を摂らせようにも吐き出してしまう。
口が切れたのか、血で唇が濡れていた。
明け方、部屋が徐々に明るくなって、私は背筋が寒くなった。
眠気は彼方に消えていた。
娘だったはずの人間が、たった一晩で泣き笑いに顔を歪めた年老いた老婆のような姿に変わっていたからだ。
起こしに来てくれた年若い住職は、その姿を見て言葉を失ったようだった。
鏡に映る私の姿は疲れ切っていた。
整髪剤で撫でつけていた髪の毛は乱れ、目の下には濃い隈が刻まれ、娘が嫌っていた髭が伸び、肌はひどく荒れていた。
一週間前に急遽休みの連絡を入れ、次はいつ出勤できるかわからないと伝えた職場の上司は怒り狂っていた。
席は残っていないかもしれない、それに乾いた笑いが浮かんだ。
こんなときでもどうでもいいことを考えてしまう物だ。
蛇口から流れ出る水を呆けたように見つめた。
娘は今も戻っていなかった。
その姿は愛らしかった年端もいかない娘とはかけ離れた醜悪な何かに変わり続けていた。
妻に連絡したときには、冗談だと最初は笑い飛ばしていたが、私の様子がおかしいことに気づいたのか半信半疑で飛ぶように寺へと駆け込んできた。
今は私と同じ、いや、私以上にひどい状態だった。
だが私も妻も人間に見えた、それにほっとした自分が居て、冷酷さにぞっとした。
部屋に戻れば、娘だった何かに寄り添って甲斐甲斐しく世話する妻の背が見える。
それが愛の成す物なのか、そうしていないと落ち着かないのか、気が狂ってしまったのか、私には判断がつかなかった。
そもそも私自身が正常なのかも疑がわしいが、疲労した心身ではどうにもできない。
娘は、今も娘だった物に変容していた。
肩が頭部のすぐ近くまで競り上がり、腕は短く縮み、明らかに顔の位置が下がっていた。
老婆のようになってしまった娘は、人の形を少しずつ失っていた。
それを気の毒そうに見つめる住職が戻った私に気づいて、逡巡した様子だったが意を決したように言葉を発した。
「……四十九日を過ぎてこのままなら、恐らく戻らないでしょう」
「そんな……」
「四十九日を過ぎて抜けなければ覚悟しなくてはなりません」
「どうにか……いや……」
そこから先の言葉を噛み殺した。
自分でもどんな言葉が続くのかわからなかったが、発したくなかった。
良い言葉は紡げないだろう。
どうしてそんなに短いのか、か。
それとも、そんなに長く耐えればいいのか、か。
「はいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれた」「はいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれた」
疲れきった私の耳には、娘だった何かに合わせるように妻が呟いているように聞こえた。
幻聴だ。
そうじゃないと、どうにかなってしまいそうだった。
--2
「このあと旦那さんも亡くなったんだよね……」
「祈祷師殿、そんな縁起でもない。確かに妻子を連れて寺から居なくなってしまいました。私も村の者たちの手を借りて必死に探しましたが……」
「冗談ですとも。まあよくある話、よくある話。というか祈祷師じゃなくて呪術師ですね」
「はあ。そんな軽い話ではないかと……」
人間の領域ではない森の奥で一夜を過ごして呪われる。
ベタなパターンだ。
テキトーに石を投げてぶつかったら山で呪われた人だったくららいベタな話だ。
深い森の近くに住んでいれば身近すぎるほどに。
そのまま原因不明で死ぬか、運が良くて助かるか程度にしかバリエーションがないつまらない小話にすらもならない。
しかし、ここで新たなバリエーションが登場した。
「重くても軽くてもやることは変わりませんよ。ただまあ、親族に詳しい方がいらっしゃったようで、派遣されてきたというわけです。依頼人と顔合わせしたときは若造で大丈夫かと心配されましたよ」
部屋の隅でぶつぶつと呟いている髪の長いのは無視だ、面倒だから。
この程度の小話で、しかもド田舎の片隅で起きたしょうもない事件に呪術師を派遣するとは思わなかった。
東京も存外に暇なのだろう。
「改めて確認ですが、その旦那さんと娘さんはドライブで道に迷って山の中に?」
「ええ、それで迂闊に動くのも不味いだろうって車中泊しようとしたことが切っ掛けなのでは、と聞きました」
「娘さんの反応とかわかりますか?」
「そうですね……。確か、森に入るのを嫌がっていたとか。それが面白くて森に進み過ぎて、深夜に何かに取り憑かれたようですな」
「娘さんはその後変異してましたかね」
「老婆のような姿になり、そのまま奇妙な骨格に変形していたような……」
「なるほどなるほど。間違いなくヤマノケですね」
「でしょうな」
「うんうん。よくある話、よくある話」
もっともらしく頷く。
よくある馬鹿な話だが、金になるのもこういった身近に起きる霊障だ。
祓うにしても大金が必要だ。
技術とはそういう物だ。
希少なほどに高くなる。
単純な話だが、それがわからない者も多い。
ならば自ら祓えという話だ。
「ヤマノケはご存知で?」
「はは、森の近くで生業を持つ者は誰しもが知ってますよ。私のようなしがない住職でも」
ヤマノケ。
山の怪とも書き、文字通り山に居る呪霊だ。
人間の開拓が届いていない深い森に居つき、近くの寒村で煮詰められた感情を餌にしている。
奥深いほどにこびり付いた汚れのように、欲望で育っている。
迷い込んだ人間、それも女に憑りつき、蓄えた感情をより多く集めようと活動する。
知能は低いが簡単に憑りついて増えるので厄介だろう。
「住職殿もご存知のように、ヤマノケとなると深い森を好みます。それが自らの領域に行ってしまったならどうしてなかなか厄介。探すとなるとかなりの人手が必要となりますね」
「確かに近くに村はありますが、手伝うにも渋るでしょうし……」
「余所者ですからね。というか何処からか聞きつけた女性のボランティアが集まってしまうと、ヤマノケが増えてしまうかもしれません。面倒ですが、最近は宗教の足が速い。他から呼ぶにしても二次災害が恐ろしいので私は諦めましょう。男女参画社会は健全な経済においてだけで十分です」
妖怪は墓場で運動会、とつまらない冗談を言った。
そうなると他に取れる手段はないだろうか。
金を受け取って終わり、と。
「しかし、帰るにはまだ早い。こんな早いと依頼人に怒られてしまいますからね」
「……確かに」
「ところで住職殿は幽霊って信じてます?」
「ははは、半信半疑ですよ」
「見たことは?」
「ちらっと。もしかしたらプラズマなだけかもしれませんが」
「ぷら、ずま……? ああいや、お寺さんなのに?」
「学生の頃は理系でして」
相手の目をじっと見つめる。
目を逸らさない。
情報とは感情から漏れる、感情は視線から。
半端なら漏らしていい。
胡散臭いのは相手も同じだ。
「なるほど、理系。確かはいてくに繋がってるんだったか。はいてくはお爺ちゃんにはわからないんだよなー。やまごーりちゃーん、たすけてー」
部屋の隅でぶつぶつと呟いていた髪の長いのを呼び寄せる。
肌は病的に白く、常に何かと話しているようだった。
相手するのは面倒だ、そのまま進めてもらう。
結局どちらにしても、だ。
「はっかい、そこ……」
「うんうん。じゃあ住職殿、床板を剥がしてもいいですかね」
「は?」
「じゃあ剥がしますね」
「祈祷師殿。その、冗談ですか?」
「違いますよ、剥がしますね」
「だ、だめです」
「え? ……そう。やまごーりちゃん?」
「はっかい、はっかい」
「そうかそうか。じゃあ剥がしますね」
「いやいや! ダメに決まっているじゃないですか! 罰当たりな!」
「はっかい、はっかい」
髪が長いのはずっと一点を指している。
そこに何かがあるのはわかっているかのように。
「ああ、わかりました。理由がないと結果に至れないんですよね。つまりあれです。……やまごーりちゃん」
「位置情報システム」
「そうそれ。なんか旦那さんの職場の上司がご家族に怒鳴りこんでなんやかんやあってここを示してたとかどうとかで。あとヤマノケを知ってるのに女性を近づけるとか残穢とか、そもそも田舎の陰湿な事件の犯人はちゃんと隠さないとか、自らの万能感に酔っているとか、まあそういうわけで四級並みの隠ぺい能力」
「はっかい、はっかい」
床にまで届く長い髪のやまごーりと呼ばれた女が身動きせず、じっと床の一点を見つめて携帯電話らしき物を向けていた。
呪霊に囲まれて平然と会話までする面倒で薄気味悪い奴だった。
「はいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれた」「はいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれた」「はいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれた」
剥がされた床板の下には、醜く変形した物体が三つ。
「うんうん。そうだね、やまごーりちゃん。じゃあお決まりのやつ聞いとこうか」
にこにこと笑みを浮かべた呪術師のクソ野郎が問う。
わかりきったことを確認するだなんてゲロみたいな性根の野郎だ。
根暗な女に、クソ野郎の男。
だから呪術師はクソ煮込みなんだ。
どうせどっちにしろ、だ。
「件の旦那さんとその家族、どこに行った?」
「……勘のいいクソ煮込みは嫌いですよ、祈祷師殿。そこに三つあるじゃないですか」
「呪術師ですよ、呪詛野郎。あと三つじゃない、三人だ」
「はっかい、これうつる」
「無理やり加工してもうショック死してるんだから三つですよ。たぶん写真の写りもいいですよ。祈祷師殿も記念にどうです? 五つの記念写真は私が撮影してあげますよ」
--3
クソ煮込みの呪術師を片付けて、依頼された加工品を持っていけば仕事は終わりだ。
勧誘を思い出すが興味は無い。
真なる人も、非呪術師の駆除もどうでもいい。
金が得られる、それだけで十分だった。
確か呪力の多い加工品ほどボーナスだったが加算される、だったか。
どちらにしろ都合のいい状況だった。
長身でひどく整った顔をした呪術師を殺せるのだから。
「取引をしませんか? 私を見逃せば、あなたたちはここに来なかったことにしてあげますよ」
「やまごーりちゃん?」
「はっかいはっかい」
やまごーりとやらの女の言葉を受けて、はっかいと呼ばれた男が両手の拳を掲げる。
基本はボクシングだろうか。
どちらにしろ、だ。
「そういうわけだから、答えます。もちろん拳で。先週から鴨川ジムに通っているこの拳はまさに凶器」
下手くそなシャドーに、女が「おおー」と棒読みの声を挙げる。
茶番か嘘か。
呪術師に必須なのは身体能力のみならない。
狡猾な罠を仕掛ける呪霊との戦いは知恵が必要となる。
知恵は言葉に直結する。
本気か。
フリか。
「奇遇ですね。しかし私は全身が凶器です」
見に徹する。
この術式は破られない。
男の拳が宙を舞っていた。
想定通り手首で切断されている。
驚愕の顔を浮かべるクソ呪術師を見て、喜びが脳を満たす。
「うーん、よくわからん。テストテスト」
「はいれたはい」
男がそう言って、床下から何かを引きずり出して投げつけてきた。
「は?」
思わず呆けてしまった。
喜びに浸っていたのも反応が遅れた。
ヤマノケと混ぜて加工した人間だった物、それが真っ二つになって床へと落ちる。
人間だった異形と、ヤマノケだった何か。
異形は血しぶきをまき散らし、ヤマノケだった何かは一瞬で消えた。
「うーん、まだかな」
にこにこと笑いながら床下から再び加工品を引きずり出す男。
呪術師として自身は優れていた、その自負がある。
倫理観も外れている。
呪詛師になってしまったのだから当然だろうという思いがある。
だが、こいつは異質なのではないか。
奇妙な可能性に気づきつつある冷静な自分がいる。
「さあ、もう一回」
加工品が飛んでくるのを避ける。
容易いことだ。
術式だって割れたとしても問題はない。
だが、当たってやるには嫌な予感しかしなかった。
「はっかいはっかい」
「は?」
腹部に走る衝撃。
消え去る一瞬で確認できたのは女に纏わりついていた呪霊が加工品に纏わりついていた。
おそらくそれは歪な軌道を描いて、衝突してきたのだろう。
だが問題ない。
異形が血を撒き散らし、ヤマノケと呪霊が溶ける様に祓われる。
「なるほどなるほど、ふふふ」
目が合った。
呪術師が笑っている。
片手が無くなっても動じることなく。
確かに上級の呪術師ともなれば怪我など気にせず活動するが、それでも異質だった。
勘が囁いている。
飛来物を避けようとして、気づく。
バラバラになった加工品だということに。
加工された人間の血と臓物の雨が降る。
「……自分が何したのかわかっているのか?」
「何を? あれだけ変形させたら戻すのは無理ですからね、そうなると復讐させるしかないですよ」
「ふく、しゅう……?」
「後は攻略法のわかった呪詛師を処分して終わりですね。それで復讐になると思うんですよ」
何を言っているんだ?
待て、攻略法?
あれだけで術式が割れるか?
割れて問題はあるか?
だが、嫌な予感がある。
常識を当てはめられるのかどうか、そこを軸にする。
「……話した村が近いが、帳の展開はしているのか?」
「帳? なぜです? 貴方は呪詛師ですから信じるに値しない」
なるほど。
いつもの呪術師だ。
常識を捨て置いた狂ったクソどもの、その中でも他を気にしないクソ。
だが、厄介だ。
勘に従おう。
「私の、いや、俺の術式は意識していない物を分離させる。物質、呪力、問わずに。限界はある。呪力が負ければ分離しきれない」
術式の開示を行う。
単純であるほどに強い術式により純粋な強さを加える。
攻防一体のこの術式は、身体能力が負けているほどに強みを増す。
初撃を防げなかったことから劣っている可能性が高い。
相手がどれだけクソ煮込みだろうが、希望的観測で戦うのは愚か者のすることだ。
「なるほど。本気なんですね。よし、やまごーりちゃん、こちらも」
「はっかい」
「取引をしませんか? 今のうちに降参すれば、ここには居なかったことにして普通に連行してあげますよ。まあ、死刑とかそういうのでしょうけど」
「断る」
ここで退くならそもそも呪詛師になっていない。
相手が最初と同じように拳を掲げる。
後は相手の動きに合わせて目を瞑るだけだ。
強制的に意識外からの攻撃とすることで攻撃と防御を同時に行う。
強さも速さも、この術式の前では無意味だ。
「よし、やまごーりちゃん」
「はっかい」
「で、呪詛野郎は何級術師だったんですか?」
呪力次第だが、不安はない。
そもそも二人で活動している時点で二級以下だろう。
負けは無い。
援軍も、頼りたくないが宛てはある。
どちらにしろ、だ。
「……一級だ」
「なるほどなるほど。よし、やまごーりちゃん」
女が正面を隠していた髪を掻き上げた。
隠されていた手元には、凄まじい呪力の宿った奇妙なパズルが握られていた。
腐った臭いが蔓延していた。
「八戒」
ずるりと、男の体から影が抜けた。
それは腐った影だった。
遅れてがしゃんと音がした。
男の倒れた音だった。
それは人を模したあまりに精巧な玩具だった。
それは――
「呪骸……?」
ならば男から抜けた影は、と探そうとしてその必要が無いことを知る。
巨大な影が見下ろしていたからだ。
奇妙な可能性の答えに気づく、これは呪霊だ。
それもあまりに強すぎる。
最初にそれが腐った赤子だと理解できた、させられた。
七つの腐った赤子が混ざり合って出来た呪いの塊、その体表に浮かぶ十四の濁った瞳と目が合い続ける。
強い腐敗臭が鼻を壊されたのか、血が止まらない。
視界で捉えたがために感じる情報が血涙を溢れさせた。
生理的嫌悪で肌が泡立ち、震えが止まらない。
それに包まれた女が、意志のある瞳で見つめてくる。
目が逸らせない。
十四の瞳からも逸らすことが出来ない。
あまりに強すぎる存在に、恐怖に、意識が支配されていた。
目を逸らせば死ぬ。
血を吐き、あまりの苦しさに悶える。
「な、なあ、見逃してくれないか? 償いたいんだ」
「ヤマノケになった家族は帰ってこないですよね」
「い、いや、でもトドメはお前が……」
「よし、やまごーりちゃん」
腐敗した呪いに感覚が死んでいた。
それでも声を出せたのが不思議だった。
それ以上に恐怖でもあった。
「イケメンじゃないからダメ。八戒、劣化天与呪縛の誕生に記念撮影してあげなさいな。新たな魂の息吹」
「はいてくは無理です、やまごーりちゃん。あと呪縛じゃなくて蠱毒なのでは。あと息吹どころか腐敗なんだよなぁ」
クソ女、てめぇ普通に話せるのかよ。
このままきっと死ぬのだろう。
ぬるい痛みが内臓を侵しているのに気づく。
そもそも、このまま呪いに浸った自分は死ねるのだろうか。
「ああ、そうだ。闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え。はっかいはっかい」
--4
「彼ならやれるかと思ったが、やはり特級呪具『コトリバコ』には不足だったね」
「はっかいはっかい」
「話に来ただけさ。警戒しないでくれ」
「はっかいはっかい」
「やれやれ、嫌われたものだな。シッポウも山郡を説得してくれないか。君にとっても都合がいいだろう」
「やまごーりちゃん」
「はっかいはっかい」
「それは五条だけでできるから五条を呼べばいいと思います」
「……」
「はっかいはっか……逃げたか」
--5
あまりにも猿どもに呪わせ過ぎた。
呪詛が強すぎる、これでは我々ですら扱えない。
ならば扱える人間を創り出せばいい。
産ませた子を水子とともに呪物に浸せ。
いや、母体ごと浸せばよい。
繰り返せばいつかこの箱と栄光は我々の物だ。
そしていつの日か、猿どもは山郡が正しかったのだと思い出すだろう。
没にしたやつを読みたいってなんかどっかで話したんで更新しました。
ちゃんやまごーり
全身呪い女。生きる「貞子 + 伽椰子」。趣味は人形作り
はっかい(シッポウ)
水子とか先祖とか母とか親戚とか近親とかミックスした血も呪いも煮込まれたとんでも存在。母性とか父性とか共感とか愛とか憎悪とか嫉妬とか憐憫とかが入り混じった昼ドラ呪霊。
コトリバコ
なんかパズルみたいな箱。ただちに危険は無い。