code;brew ~ただの宇宙商人だったはずが、この地球ではウルトラマンってことになってる~ 作:竹内緋色
3
変身前からブリュウの抱いていた不安の臭いは怪獣を目の前にしてより濃いものとなっていた。
「なんだ、お前は?」
大体の予想がついているにも関わらず、ブリュウは聞く。本来の姿を取り戻したブリュウは能力を取り戻す。宇宙人が持っているごく当たり前な能力、微弱なテレパシーが目の前の怪獣の声を聞いていた。
『俺はおしまいだ。もう生きている理由もない。』
「ふうん、影、か。」
ブリュウは宇宙に散らばる伝説に詳しかった。商売をする反面、そういう噂の類を知ることもできるため、彼は一つどころにとどまらず、あらゆる惑星へと旅をしているのであった。
「かつてほろんだ文明が生み出した精神を物理世界へと投影する方法。でも、それは所詮影でしかないわけだろう?」
怪獣は頭を抱えて苦し気に歩いているだけだった。ブリュウのことなど眼中にない。
そんな怪獣の皮膚に小さな爆発が起こる。
「なんだ?」
そう思いブリュウが周囲を見回すと、そこには一機の戦闘機が飛んでいた。
「まあ、そんな攻撃では倒せないだろうが。」
ブリュウの言う通り、怪獣は無傷のままだった。
「で、もう一匹、と。」
今度は戦闘ヘリが爆撃を加えていた。
「多分、今の技術だと一番効くのは戦車の砲弾じゃないかな。まあ、今の技術で昔のティガー戦車並の武装を作れば、だけど。超電磁砲は少しやりすぎだろうし。」
ブリュウの言葉は地球人には通じない。そもそも大気のない環境が当たり前である宇宙人は通常大気中の空気を振動させて話すということはしない。確実なのは光通信だが、それも古典的だ。思念波動を送り、受信することによって会話するのが一般的だ。遺伝子レベルでの認証なので、互いにチャンネルを開き合った者同士だけの会話ができる。
「ああ、俺は3分だけしかこの姿になれないんだったな。この巨体のまま活動できる存在は相当根性あるな。」
そういいつつ、ブリュウは胸の球体から一本の刃物を出す。
「これぞパンナコッタ星の伝説の鍛冶職人の作った包丁――の工場大量生産品だ。」
ブリュウはその刃物を怪獣に突き刺す。その瞬間、影は跡形もなく消え去った。
「実体のない存在、影。ただ、その発生源をなんとかしなくちゃ大変なことになりそうだ。」
ブリュウは眼下の町の様子を見ていた。地球人たちが驚き焦りながら避難をしようとしている。
「こんな状況じゃあ、いい商売はできそうにないからな。」
ブリュウの読みは当たった。ちょうど怪獣の暴れていた場所に一人の男がいた。その男は怪獣が暴れていたことなど知らないというように、頭を抱えていた。ひどく煩悩しているようである。
この男が怪獣を作り出した張本人に違いないとブリュウは感じた。とはいえ、ブリュウにはどうすることもできない。ただ、声をかけてやることしかできなかった。少しでも前向きになるようにと。ブリュウは男の負の感情が影を生み出したのだと考えた。再び生み出す可能性を少しでも小さくするための処置である。ブリュウは自分の言っている言葉が男を励ますことになるのか自信はなかった。しかし、そのとき紡いだ言葉しかブリュウは言うことができなかった。しないよりかはマシであるという判断である。
「問題なんて問題じゃない。悩んでるのはやろうかやるまいか迷ってる、か。」
言われた男はブリュウ達が去った後も公園に残っていた。デスクにいた頃はあまり拝むことのできなかった青空を望みながら。案外こんな生活も悪くないと思えるようになっていた。
「とりあえず家族に報告するところから始めないとなあ。母ちゃん怒るだろうなあ。」
男の顔は笑っていた。清々しい笑みだった。青空を受け入れ、そして進んでいこうとする意志が見受けられた。
一方のブリュウは悩んでいた。それは自身が男に言った通り、ほとんど進むべき道は決まっているがそうするべきかどうかということであった。
「確かに宇宙文明の発達していない地球人相手よりは宇宙人を相手に商売した方が楽なんだろうけどさ――どうもあの女、好きになれないんだよな。」
ブリュウはもう品物を並べてはいなかった。地球人にとってはガラクタにしか見えないそれらも宇宙人から見れば何であるのかがよく分かる。ブリュウは自身の存在がばれるのを嫌った。
「かといって帰るのもなあ・・・俺、こいつ本人じゃないから気まずいんだよなあ。学校とか行かされるしなあ。」
もうすぐ陽が暮れようとしていた。
♡
心が本部へと戻った時には夕方になっていた。明りも十分にもらえない地球防衛隊の本部は放課後の学校のようにしんみりとしている。
「ふう、お疲れ様。」
「おつかれ。」
本部にいたのは光だけだった。
「ったく、うちの上官はなにやってるんだろうねえ。」
どうも警察に地球防衛隊の存在の認知がなかったらしく、そのことで少々もめて時間を食ってしまったのだった。事後処理などもなんとか了承を得た警察官たちの協力で夕刻までには終えることができた。
「他の人は?」
心が聞いた。
「葉くんは警察の方で事後処理中、剣は上官をこき使ってる。」
「まあ、当然の報いだな。」
心は武器についても不満を持っていた。対怪獣用の兵器を用意してあると妹尾は言っていたのだが、結局用意しきれなかったらしい。その言い訳が、『怪獣災害なんていつ起こるか予想できないじゃん』である。この言葉に心と剣はキレた。自衛隊の装備を例外的に付与されてはいるが、人間用では怪獣に勝てはしない。特に、自衛隊の兵器は人を殺戮するように配備はされていない。当の自衛隊は法律やら憲法がどうやらで怪獣に対して未だ攻撃できない状況である。
「今までどうやって怪獣倒してたんだよ。」
消え入るように心は言ったので光には聞こえていなかったらしい。心は光のデスクトップパソコンのモニタを覗いて言った。
「何してるんだ?」
モニタには久我翔一のデータが出されていた。
「みんなが少年に興味を持ってるからちょっと調べてたんだけど、やっぱり普通の少年だよね。」
「普通、か・・・?」
「うん?会ってみてどこか違和感があった?」
「いや、宇宙人か人間かと言われると人間かもしれない。行動は少々気になるところがあるが。だが、普通――ではない気がした。」
「というと?」
「大物感というか、なんというか――こいつは何か成し遂げるんじゃないかって気がした。」
「ふーん、なるほどね。」
光は面白がった。
「で、例のは付けてきた?」
「ああ。でも、盗聴器は仕掛けることができなかった。私にはできない。」
「でも、発信機は取り付けたんでしょ。」
「ああ。」
「まあ、心ならそうなると思ってたから。少年はいまどこにいるのかな?」
光はGPS機能を使用した。
「どうもお家に帰ってるみたいよ。」
「そうか。」
心は椅子に重い腰をどっさりと落とした。
私が家の前でソイツを見つけたのは必然だった。そいつは身を隠しているつもりで電柱の裏に隠れていたけれど、男子高校生の体は必然的に電柱より大きい。そんな隠しきれていない姿を見ながら私は同時に二つのことを考えていた。昔やっていた諺かるたの絵が出てきた。それは頭隠して尻隠さずで、大きな尻がかるたの半分以上のスペースを占めているものだった。そして、もう一つは、都会の方では電信柱が無くなってきているらしい。景観とかスペースとかの問題らしい。電線は地中に埋めるとか。じゃあ、なんで初めっから地中に埋めなかったんだろうね。
「田舎に電柱が残っててよかったわねー!」
私は声を張り上げて言った。そいつは案の定体を大きく仰け反らせて驚いていた。
「何やってんの?ばれてんだから出て来なさいよ。」
まだあたふたしているので私は痺れをきらせて言った。
「どうしたの?野宿に疲れて帰ってきたの?」
私は思いっきり意地悪く言ってやる。すると宇宙人の野郎も吹っ切れて出てきた。
「俺の家だろう。帰ってきてもいいじゃねえか。」
なんと業腹な。翔一なら決してこんなことは言わない。一人称だって僕だし。
「アンタの家はこっちよ!」
私は怒鳴りあげて私の家の向かいを指さす。そこはかつての翔一の家――があった場所。もうすでに別の家族が移り住んでいて、今もあたたかな明かりが窓から漏れ出ている。翔一の家は私の親が翔一の財産に、とすぐに売り払ってしまった。親は翔一が望んだからって言ったけど、それじゃあんまりだと私は思う。本当の翔一が帰ってきたとき、どう思うだろう。
「なあ、俺はどこに帰ればいい?」
宇宙人らしくなく、しおれた声で言った。
「知らない!」
私は家の中へ帰っていった。
勢いよくドアを閉めたもんだから、お母さんがどうしたの、と少し怒ったように言う。だが、私の方が怒っているのだから仕方がない。冷静に考えてみると自分が何を考えているのか分かりはしないものの、腹を立てていることは確かなようだ。
私は足音を立てながら部屋に戻った。そしてベッドに倒れ込むと、知らないうちに眠ってしまった。今日は色々あったから疲れていた。いや、疲れない方がおかしい。
朝から宇宙人に怒って、変な人に絡まれて、怪獣が出て来て。
自分とは関係のないところで何かが動き出しているという確信はあるものの、きっと私はその輪の中へは入れない。
ふと、そんな気がした。
♦
「今度は私が会ってこようかな。」
「おいおい。遊びじゃないんだぜ。」
唐突な光の言葉に心は言った。
「でもね、心。久々に彼が家に帰ったんだから、様子とか知っておきたいじゃない。」
「今、剣が行ってるんじゃないのか。」
光は苦い顔をする。
「剣の鋭い眼じゃ、そのうちばれちゃうよ。」
「・・・確かにな・・・」
尾行というよりも暗殺の下調べと言った方があっている男の眼光を思い出しながら心は言った。
「ええっ。それなら、僕も行きたいですよ。」
帰ってきていた葉が言った。
「いや、お前はダメだ。」
即座に心が言った。
「どうしてなんですか。」
「どうしてって、お前が行くと本気でストーカーと間違われるだろう。これ以上警察との関係を悪くしないでくれ。」
「ひ、ひでえ。」
葉は泣きそうな声で言う。
「光。ちょっと様子見ておいで。」
「では、行ってまいります。」
光は散歩するかのように気軽に本部を出て行った。
「で、葉。例の破片はどうなった?」
「いろんな研究機関を回ってようやく戻ってきたよ。長かったな。」
「簡単に要約しろ。」
「愚痴ぐらい聞いてくれたっていいだろうに。」
「男の愚痴ほど不味いものはない。」
「へいへい。」
そう言って葉はコンピュータのモニタにデータ表示させる。
「これが先月出た怪獣の体の一部と思われる破片。」
移されたのは大きな黒色の塊であった。
「で、これがいろんな大学やら研究機関が出した答え。」
「隕石の成分と金属(怪獣の破片)との割合が酷似しており、宇宙空間内で精製されたものである可能性が極めて高い。だから?」
「だよねー。」
葉は画面をスクロールさせながら言った。
「つまりは、宇宙だったらどこでもできる金属だから、隕石かもしれないよって言ってるの。」
「実際のところ、どうなんだよ。」
「小学生でも知ってるけど、こんな大きな隕石が落ちて来たら、地球が一瞬でぱあだよ。成分の上から言ったら、地球でだってできるけど、この形状は無理だね。隕石だとしか考えられないのは当然だよ。だって、よっぽどの高熱じゃないと、こんな組成にはならないからさ。」
「他になにか分からないのか。」
「まあ、まだこちらの実験は始めてないからね。でも、どれだけ真面目に調べても意味がないって分かっただけいいんじゃない?」
「そんなものか。」
葉が饒舌になってきたので、心はそろそろ退散しようかと思っていた。
「実験に必要なものって何だと思う?」
「さあ。」
心は適当に言った。
「それはね、初めに視点を決めることなんだ。僕らには僕らでしかできない視点、つまり、宇宙人は存在するという前提であらゆる可能性を尽くす。ということで、まずは音楽でも聞かせてみようかな。ベートーベンからキングクリムゾン、そして、ソラミスマイル。うーん、なんて耽美な。」
心は気付かれないようにそっと本部を出た。帰って新兵器の資料でも熟読するか、と大きく伸びをした。
「ヘイ、ボス。これから彼に接触するわよ。」
光は携帯電話に向かって言った。簡単なやり取りをしたあと、光は電話を切る。
「物事の始まりなんて誰にも予想できない。全てが終わった後に一息ついてゆっくり冷静に考えることができるようになる。そうは思わない?」
光は家の門の前に座っているブリュウに言った。
「お前、あの影が何だったのか知ってるだろう。」
ブリュウは鋭い目つきで睨んだ。
「まあ、大体分かるわ。でも、教えてはあげないわ。誰一人。」
「お前の仲間にもか。」
「ええ。」
不敵な笑みを浮かべる光にブリュウは不快になった。
「お前の目的はなんだ。」
「とても抽象的な問いね。どんなことが聞きたいのかしら。私が二足の草鞋を履いてるってこと?」
「もう一つの組織の目的はなんなんだ。」
「まあ、宇宙人の組合みたいなものよ。私たちみたいなよそ者だと暮らし辛いじゃない。だから、おなじ宇宙人同士で集まろうってこと。あなただって私たちの仲間になった方が商売だってしやすいじゃない?」
「胡散臭いんだよ。」
「そんな危険な組織じゃないわ。」
「いや、お前がだよ。」
光は顔色一つ変えずに笑っている。
「お前は一体何を企んでいる。」
光は物凄い速さでその場から駆けだし、どこかへ消えた。
私は目を覚ました瞬間、部屋の時計を見た。帰って来てからもう二時間は経っている。まさかな、とは思いつつも、居間を見渡す。お母さんがいた。
「宇宙人、じゃなくて、翔一は?」
「翔ちゃん?帰ってきたの?」
目を丸くしてお母さんが言った。まだ帰ってきていないようだ。私は急いで玄関を飛び出した。
「なんだよ。」
飛び出した私を見るなり宇宙人はそう言った。
「なんだよって、あんた、風邪ひくわよ。」
もう辺りは暗くなっていて、電灯に虫がついていた。宇宙人は何も言わず夜空を見上げた。町の夜空は電灯の明かりのせいで星が見えない。
私は思わず溜息を吐いた。私も頑固ではあるが、この男も私に負けず劣らず頑固なのだ。
「いいから早く中に入りなさいよ。」
宇宙人は何をとぼけたことをと言った顔で見てきた。腹立つ。
「その代わり、条件があるわ。」
宇宙人が怪訝に眉を寄せる。
「明日から学校に行きなさい。」
嫌がるかと思えばそうでもなかった。
「わかった。しばらくお邪魔するよ。」
この男の中で何が変わったのか私には理解できなかった。
「急にしおらしくなって、どうしたのよ。」
「まあ、普通の生活がしたくなっただけかな。」
そうとだけ言うと宇宙人は家に入って行った。
その日の食卓は妙なものだった。お父さんとお母さんは宇宙人が帰ってきたことを喜んでいる。二人は単にこの家に宇宙人が馴染めなかっただけ、って考えているみたい。でも、私は翔一でない彼になって声をかければいいのか、なんて顔をすればいいのか全然わからない。なんだか頭がごっちゃになる。目の前の男は翔ちゃんの皮を被った怪人なんだよ?
「まあ、突然のことで色々整理がつかないと思うけど、僕らは家族なんだ。ちゃんと部屋も用意してある。何か困ったことがあったら、気兼ねなく言ってね。」
お父さんは宇宙人にも優しい。これは自慢になるのかは分からないけど、人にやさしいのは自慢。
「ミレイと同じ屋根の下っていうのもいづらいだろうけど、まあ、我慢してくれ。」
「なによ、それ。」
まるで私が原因で翔一が逃げ出したみたいじゃない。
「ミレイは翔ちゃんが一緒に住んでくれるから嬉しくて仕方がないのよね。」
「止めてよ。」
宇宙人はさっきから会話に参加していない。話には耳を傾けているようだが、目の前の料理に興味津々のようだった。一口一口、味わって食べている。
「お味はどう?翔ちゃんのママには敵わないけど。」
そう言ってお母さんはしまった、という顔をする。翔一に両親の話をするのはいけないと気が付いたのだろう。
「おいしい。すごく、おいしい。」
宇宙人は胸から溢れ出る言葉を堪えるように言ったようだった。これは宇宙人の本心なんだと思う。グルメリポーターが口に入れただけで言う御託とはわけが違う。それは私にも伝わってきた。
「こんなにおいしいもの、初めて食べた。確かに、記憶には平凡なものと映ってはいるが、これはうまい。地球人はこんなにおいしいものを食べているのか。少し塩っけはあるが、許容範囲だ。これは売れるな。」
みんな固まる。そりゃそうだ。急に地球人とか言われても困るだろう。
「パパも昔はセカイ系にはまってたもんな。」
ぎこちない風にパパは、いや、お父さんは言う。中学生にもなってパパは恥ずかしい。中学校に入ってからはもう、お父さん。メリハリが大事。
「お父さん、何歳よ。」
呆れて言う。
「ママと知り合う前だったな。パパとママはセカイ系のアニメやラノベで知り合ったんだ。」
「そうね。あの頃は革新的だったわ。」
「惚気はよそでやってよ。」
そんな私たちを宇宙人は眺めている。
「なによ。」
「いや、家族というものはいいものだなって。」
「は?」
宇宙人がそんなことを言うとは思わなかった。気でも違った?
「俺がそんなことを言うのはおかしいか?」
「別に。」
お父さんとお母さんは私たちの様子を不安げに見ている。喧嘩してるとしか思えないんだろうし。でも、宇宙人と私ってこんな会話しかしてこなかったものね。
「ご飯食べ終わったら、翔ちゃんお風呂いってらっしゃい。一番風呂よ。」
「翔ちゃん。僕と入るかい?」
「いえ。遠慮します。」
「そ、そんなぁ。」
娘に入浴を拒否されあた父親のような反応だ。私はもう小学生になったら一人で入ってたんだから。時々ママ、じゃなくてお母さんと入ったりしたけど、お父さんとは入らなかったんだから。その時もそんな顔してたな。
「私、こんなのが入った湯船、嫌だから。」
「ミレイ。」
お母さんは怖い顔をする。本気で怒っている顔だ。
「翔ちゃんをこんなヤツ、なんて言っちゃダメ。どうしちゃったの、ミレイ。最近おかしいわよ。」
お母さんから見れば私がおかしいのか。でも、おかしいのは翔一の方なの。
「じゃあ、俺行きますので。」
「僕と一緒に――」
「入りません。」
きっぱりとした宇宙人の口調にお父さんは打ちひしがれた顔をする。大袈裟な。
宇宙人が風呂に入った後、私は二人に聞く。
「ねえ、翔一、おかしくない?」
二人は困ったような顔をする。二人も薄々は勘付いているようだった。
「きっと、事故のショックから立ち直れてないの。まだ、受け入れられないんでしょうね。ちょうどそういう年頃なんだから、特に。でも、帰ってきてくれたんだから、すぐにいつもの翔ちゃんに戻るわよ。」
「今思えば、パパも急に俺、とか言いだして、俺は正義のヒーローだって言ってたことがあったな。いわゆる中二病ってやつだったんだな。」
そんなものなんだろうか。みんな変わっていくんだろうか。私も胸が膨らんで、今まで意識してこなかった翔一が気になってしょうがなくて。そうやってみんな私の知らないところで大人になっていくんだろうか。変わらないままでいて欲しいなんて、私のわがままなんだろうか。でも、私が好きだったのは、事故に遭う前の優しくて、心がほかほかするような翔一なんだ。
「ここがアンタの部屋。」
もともと物置だったけど、いろいろどかして開けた部屋だ。
「ありがとな。」
「気持ち悪い。」
「そうかよ。」
けっ、と悪態を吐く。絶対翔一はそんなことしない。
「アンタ、翔一なの?」
「さあな。」
そう言ってはぐらかす。
「ちゃんと答えて。」
下に聞こえてるだろうけど、構わない。翔一がどうなったかが一番大事なんだから。
「答えられない。」
「どうして。」
「お前は久我翔一にとって大事な人だからだよ。俺の中の久我翔一がお前を危険な目に遭わせるな、と言っている。」
「どういうことなの?翔ちゃんはどこに行ったの?」
「――」
宇宙人は答えない。
「翔ちゃんの名前を使って変なこと言わないで。」
「世の中、知らずにいた方が幸せってことがあるだろう?現実は残酷なんだ。ガキであるお前には耐えられない。」
「お前、なんて偉そうに言わないで。」
「じゃあ、なんて言えばいい。」
「そんな話じゃないの。」
こいつが翔一を奪ったんだ。こいつが翔一をどこかに隠した。
「今日は寝ろ。お前、疲れてるんだよ。」
それきり、宇宙人は部屋の扉をバタンと閉めて出てこなかった。私は思いっきり扉を蹴ってやった。足が痛かった。バカ。
ブリュウに親はいない。それ故に家族もいなかった。自分がどこで生れてどこで幼年時代を過ごしたのかもわからない。幼年時代などなかったのかもしれない。初めての記憶は、さびれた星だった。宇宙怪獣に滅ぼされ、砂漠となった星。その時からブリュウは自分が何者であるのかを理解していた。だが、生きる意味はインストールされていなかった。だから、あらゆる星々を回った。自分は何者であるのか、何を目的に生きていけばいいのか。自分では意識していなかったものの、無意識にそれを探し出そうとしていた。旅を続けるうち、商売をする必要がでてきた。そのうち、商人となって星々を巡っていた。彼は自分が何なのかは見いだせていない。しかし、いつの間にか旅が彼の生きる目的となっていた――
「ついてこないでよ。」
「いや、同じ学校だろ?」
宇宙人は私と一緒に登校する。翔一となら、この時間がずっと続けばいいのに、とおもっていたことが、宇宙人となら、早く終わってほしいと願っていた。
こんなヤツと登校したくない。
教室に入ると、みんなに質問攻めされる。
「よく連れ戻したな。」
だの、
「上出来じゃない。」
だの。お前ら何様だよ。
宇宙人にも質問の嵐。でも、事故のことは伏せているようだった。
「急に学校から飛び出してどうしたの?」
だの、
「ぐれたのか。」
だの。
「俺にとってはこの環境をおかしく思わない方がおかしいんだがな。」
宇宙人はそんなことを言っている。
「久我君、変わったんじゃない?」
そんなこと、私に聞かれてもな。
「一時の気の迷いよ。どうせその内恥ずかしくなってくるんだから。」
そういうことにしておく。まあ、宇宙人だのなんだの言ってる私の方がおかしいんだけど。普通に考えると、思春期独特の何か、ってことになるな。
「今日は転校生が来ています。」
謎の女の人がいけ好かないと言った担任が唐突に言う。名前、なんだったっけ。
「転校生のハンナ・フォーリナーだ。」
金髪碧眼ツインテール。どこのアニメのキャラだよ。
「ふぉっふぉっふぉ。皆のもの、我に跪くがいい!」
「ハンナさん。そんなこと言ってはいけません。」
「お前は!」
がらっと誰かが立ち上がる。それは宇宙人。
「どうしましたか、久我君。久しぶり。」
「なんでお前がこんなところにいるんだよ。」
「初対面の相手にお前とは、礼儀がなっておらんな。今は我もぬしもただの人間。心得よ。」
どうも宇宙人は転校生と面識があるらしい。なんでだろう。何故か胸がもやもやする。
「とりあえず、あそこの空いている席に座って。久我君も座って。あと、今日は抜け出さないでね。」
重大なことをさらっという教師だ。名前、なんだっけ。
休み時間ブリュウは突如現れた転校生の手を引き、人気のない校舎の裏まで連れて行った。
「なんだ。いきなり大胆じゃないか。」
「お前、宇宙人だな。」
「唐突に何を言う。」
ふぉっふぉっふぉ、と少女は笑う。
「誤魔化すな。このタイミングで現れるということはあの女の手引きか。組合とかいうのと関係があるのか。」
「はぁ。勘がいいのは命取りだと習わなかったか。まあ、我は別にぬしに害を加えるつもりはない。我が組織の人間だと認めよう。ぶっちゃけ、ぬしを勧誘しに来た。だが、悪い組織ではないぞ。この地球で行き場のない宇宙人たちが助け合っている組織だ。」
「俺は行かない。」
「だが、融合しているお前はさぞかし行き場がなかろう。最近まで家に帰らなかったらしいではないか。」
「うるさい。」
「話はそれだけか?」
「学校に来て何を企んでいる。」
「別に企んではおらん。ただ、我にも人並みに学校に行ってもよいだろう。」
「暗示を使ったな。」
「そのくらい普通だろう。何を怒っている。」
「いいや。怒ってはいない。」
「そうか。面白い奴だ。」
ブリュウは少し不満そうだった。
「最後に一つ。」
小さな金髪碧眼の少女は振り向いて言う。
「我は正確には宇宙人ではない。宇宙人と地球人のハーフだ。」
ふぉっふぉっふぉ、と少女は去っていった。
宇宙人が転校生をさらっていった。でも、別に私には関係ないし。宇宙人の行動にいちいち目くじらを立てるなんて――
「アンタ、何してるのよ。」
宇宙人が帰ってきた瞬間、そう言ってしまった。
「え?ああ。ちょっとあいつに話を聞いてたんだが。」
何でもないように言う。だけど、いきなり美少女を連れまわしたんだぞ。とんでもなく目立ってしまう。もともと翔一はそれほど目立つ子ではなかったのだから。
「ふぉっふぉっふぉ。痴話げんかか?」
当事者であるはずのハンナが後から教室に入ってくる。
「大丈夫、フォーリナーさん。こいつに変なことされなかった?」
「ハンナでいい。もともとかりそめの名だ。」
「そう。ハンナさん。大丈夫?」
「ああ。そ奴も言っている通り、二人で内緒の話をしただけだ。して、そなた。名は何という。」
「私?」
小さいけれど可愛い女の子に名前を聞かれて少しどきりとしてしまう。こんなのはダメだ、と高鳴る心臓の鼓動を聞かなかったことにする。
「私はミレイ。佳澄ミレイだけど。」
「そうか。ミレイか。ぬしはこの男とどんな関係だ?ただならぬ仲だと窺い知れるが。」
「べ、別に、翔一とは幼なじみってだけで。」
「そうか。器とは幼なじみなわけか。で、ぬし、名は何という。その器の名だ。」
「器と言うな。この名前は久我翔一だ。」
「なるほど、翔一か。頼むぞ。」
転校生は静かに席に戻っていく。周りのクラスメイトは私たちのやりとりをポカンとした顔で見ているだけだった。実際、私も二人が言っていることを理解出来たわけじゃない。ただ分かったことは、二人がとても似ているということだけだった。
宇宙人は私との約束を守って、しっかりと授業を受けていた。しっかりとというのは授業から抜け出さなかったって意味で、いびきをかいて居眠りをしていたりしたけど。その一方でハンナはしっかりと授業を受けていた。背筋を伸ばし、黒板をしっかりと見つめるそのしぐさはものになっていた。ザ・帰国子女って感じ。誰もが抱く理想の転校生だった。
昼休み。
「ミレイ。久我くんと喧嘩したの?」
「あんな奴、翔一じゃない。宇宙人よ。」
「また言ってる。」
沙耶は心配してくれているようだった。本当に優しい子だ。
「なにが宇宙人だ。」
また、昨日と同じく名前の知らない男子。誰だってんだ。
「何よ?」
私はギラリと睨む。普通の私はこんなにイライラとしてはいない。もっと大人しい子だ。
「いや、さ。色々と気になるだろ。」
「あんたに関係ないでしょ。そもそも誰よ、あんた。」
「一ノ瀬くんだよ。」
と、沙耶。
「だれ?」
「亜久里の彼氏。」
「は?」
そしてもう一度。
「はあ?」
「ごめん。言うの忘れてた。」
沙耶は申し訳なさそうに言う。このスポーツマンっぽい男が沙耶の彼氏?
「ついで言うと、副学級委員長。」
「それはどうでもいい。」
私の知らないところで、また、みんな成長している。
「言わなきゃいけないと思ってたけど、ミレイ、久我くんのことで大変そうだったから。」
「別に怒ってないよ。驚いただけ。」
まあ、沙耶がどんな男と付き合おうと私には関係ない。そう思うと、一ノ瀬が私と仲良くしようと思っていたことにも納得がいく。彼女の友達だもんな。
「その宇宙人とやらはどこに行ったのかしら。」
学級委員長。
「さあ。」
私はアイツの保護者じゃないんだ。どこに行こうと知ったもんか。
「また、のっけから問題起して。こちらとしてはたまったものじゃないわ。」
何か胸に引っかかる。その胸に引っかかった感情を確かめる間もなく、私は委員長に食って掛かっていた。
「あいつが何をしたっていうの。」
何故だか、イライラしていた。苛立っている自分に腹が立った。なんで私は宇宙人のために怒っている。
「ただ、転校生と話しただけじゃない。何が悪いの?」
そう。宇宙人はちょっと目立つ行動をしただけなのだ。別に悪いことなんかしていない。
「そうね。でも、目立つ行動は、先生に目をつけられるの。私は久我君のことを思って言っているの。」
じゃあ、本人に話せよ。でも、気持ちも分からないでもない。今の翔一はどこか不良臭を臭わせているからだ。
「とにかく、私には関係ない。」
今の翔一は翔一じゃないんだ。それは逃げってことも分かってる。変わった翔一とせっすることを私は恐れているんだ。でも、私は普通の女の子で、勇気なんて全然ない。
そこで、とりあえず、お開きとなる。
宇宙人は昼休みが終わるころ、教室に帰ってきた。
「何してたの?」
私は聞く。
「図書館で調べもの。」
「何を調べてたの?」
「何か調べて悪いか。」
全く、口が悪い。翔一は私に隠し事なんかしなかった。
「ご飯は食べた?」
「ご飯?」
「弁当。お母さんが作って渡したでしょ。」
「あの布のことか。」
気付いたように言った。
「そうか。あれはし好品ではなかったのか。あれでエネルギーを取っていると。本能まではインプットされないか。まあ、それはそうか。」
なんて、変なことを言っていた。
♡
「あの怪獣について、分かったことはあるか?」
狭い会議室で心は言った。
「分からないってことはわかりました。」
葉が的を得ないことを言う。
「どういうことだ。」
「なんの反応もないんですよ。怪獣が現れれば、地震とか何かしらのエネルギー反応が起こるはずなんですが、それが全くない。むしろ、ウルトラマンが起こした被害の方が大きいくらいです。」
「なにそれ。幽霊ってこと?」
光が言う。
「そうかもしれません。実体があるようには見えているものの、全くありません。」
「でも、攻撃は効いていただろう。」
「ええ。だから、分からないんですよ。あんなの、データベースにはありません。」
では、どうしようもないのか、と心は歯を食いしばる。
「では、被害もないということではないかね。」
妹尾は椅子にだらだら腰かけて言う。
「そこも曖昧です。」
「でも、その幽霊も目的なしに現れないだろ。被害が出てからでは遅い。」
剣はいつもと同じく、険しい顔をしている。
「出てきたもんは倒すほかない。」
それもそうだ、と心は思った。それが私たちの役目だと。
「で、妹尾さん。新兵器はどうなってるんですか。」
「ジョーカーだ。いや、実は、さっきの情報は政府も認知していて、大して害のない敵に最新の兵器を渡すわけにはいかないと渋られててね。どうするかな。」
そこをどうにかするのがお前の仕事だろう、と心は悪態をつく。
「また、自衛隊の備品を借りるんですね。」
「そう言うことになる。あと、米軍の力を借りなくて済むように、とのことだ。」
「無茶言いやがる。」
国内の脅威は国内で完遂しろとうことか。
「じゃあ、視認でしか、怪獣を観測できないってこと?」
「そうなります。」
光が話を切り替える。
「俺たちは待つことしかできないのか。」
剣は拳を握りしめる。
「また、ウルトラマンがなんとかするさ。」
妹尾は気楽に言い放った。
ブリュウはハンナを追いかけた。放課後とはいえ、まだ、空は青い。
「何か用か?」
ハンナは分かっているようにブリュウに語りかける。
「俺を組合とやらに連れていけ。」
「入る――」
「入りはしない。」
「まあ、見学ということにしておこうか。」
二人は歩き出す。その姿をミレイは見ていたのだが、二人は知る由もない。
ハンナが案内したのは、爆発で吹き飛んだビルだった。上部が破壊され、保護用のネットが設置されているが、持ち主が手放したのだろう。改修はされずじまいだった。
「なかなか雰囲気があるじゃないか。」
「悪の組織のアジトという感じか?」
「自覚はあるんだな。」
「いいや。我らは悪の組織ではないぞ。」
ハンナは我が家のようにビルに入って行く。
「諸君。見学者だ。」
ビルには四人の人物がいた。そのどれもがどこかおかしい。顔が歪んでいたり、目が虚ろだったり、恰好が派手であったり。
「組合四天王だ。彼は・・・そう言えば、名を聞いておらんかったな。」
「ブリュウだ。」
「ブリュウか。いい名だ。」
と、ここで、一番マシそうな、派手な格好の男が言う。
「コイツがあの暴れん坊ですかい?」
「ああ、そうだ。だろう?」
「あの暴れん坊とはどんな暴れん坊だ。」
男たちから冷ややかな笑いが漏れる。ブリュウはどことなく不快であった。
「化け物相手に光の国の使者のような真似事をしているヤツだよ。」
顔が歪な男が言う。一目で異星人であることがわかるなりだった。
「誰があんな処刑人だ。」
ブリュウも自分が光の国の使者と同等であるとみなされ始めているのは知っていた。だが、自分には関係ないと思っていたのだ。
「それより、俺がここに来たのは、聞きたいことがあってだな。」
「まずは、我らの話を聞くのが最初ではないかね。商人。」
虚ろな目の少女は老人のような声で言う。
「お前たち、俺のことをどこまで――」
「まずは、我らの活動を知るのが先だ。」
ハンナはそう言って椅子に腰掛ける。元はオフィスであったらしく、ほこり被ってはいるものの、十分に使えそうではあった。
「我らはこの地球に来た宇宙人たちの保護、ならびに、地球人として生きていく上での情報を与えている。金銭の支援などは行っていない。また、許しているのは初期の情報改ざんだけだ。それ以上の能力行使は許していない。」
「つまり、お前らが宇宙人どもの警察というわけか。」
「まあ、そんなこともしているが、それは多くはない。多くの宇宙人はこの地球で平穏に暮らすことを望んでいる。」
「そうか。」
そうとも思えないヤツが一人いたが、とブリュウは心の中で呟く。
「その一環で防衛隊に一匹ネズミを仕込んでいるということか。」
「ズィーブのことか。彼女は別に我々が送り込んだわけでもないし、構成員というわけではない。我々はこの地球で言うならば、ボランティアとはNPOみたいなものだ。策略を巡らせることもない。彼女が善意で情報を与えてくれることもある。まあ、今回が初めてであったが。」
ブリュウは不思議に思った。どうしてあの女がこんなどうでもいい組織に自分を関わらせようとしたのかと。実体は分からないが、今のところ、邪悪な組織ではないような気もしていたからである。
「で、あんたらは俺に何をさせたいんだ。」
「支援を受けろ、と言いたいところだが、ぬしはその必要はない。」
「じゃあ、なんで。」
「我らの組織の構成員となってはくれないだろうか。」
「どうしてそんな話になる。」
「我々は、いや、主に我がぬしに興味がある。ブリュウ。」
ハンナは熱のこもった視線でブリュウを見つめていた。
「ぬしは珍しい融合例だ。人という殻に籠るということは、それだけ自身が消失するリスクを負うということだ。そして、その融合体でありながら、生活に馴染んでいる。」
「どこがだよ。」
大分浮いているという自覚がブリュウにはあったのだが。
「その殻だと、能力が使えないというのも分かっている。宇宙人は大抵能力を使おうとしてしまう。それも、悪い方向にだ。それは仕方のない事だともいえる。地球の環境は自星の環境と大きく違うのだから。自分の星では当たり前の能力行使が、この星ではできないのだから、フラストレーションがたまるだろう。この星の人間の尺度でいうと、携帯電話が使えないということになるかな。」
「それがどうした。」
「だからこそ、ぬしは異星人と地球人との橋渡しができるのではないか、と思うのだ。」
「橋渡し?」
「そう。この星は、宇宙人の存在を否定しておる。我々の理想は、宇宙人と地球人とが手を取りあえる世界なのだ。」
「だからって、何故、俺が?」
「半分人間で、半分宇宙人。我と一緒だからだ。」
一緒にされては困る、とブリュウは思った。彼にとってこの星は、旅の途中で寄ったに過ぎない。自分の犯した後始末に追われているだけで、それが終わればすぐに旅立つつもりなのだ。
「残念ながら、協力はできない。」
「そうか。すぐに分かってもらおうなどとは思ってはおらん。ぬしも何か困ったことがあれば、相談に来るといい。ここはそんな組織だ。」
肩を落としながらも、元気にハンナは言った。
「で、あの影の正体だが。」
「残念ながら、我々でも、正体はつかめておらん。むしろ、ぬしの方が知っておるのではないか。」
「もしかしたら、だが、あれは俺が盗んだ遺跡の宝物のせいかもしれない。」
「どこの遺跡だ。」
「シュメール星だ。」
「なんと。」
周りがざわめく。ブリュウは何事かと怪しむ。
「ぬしはその星がなんの星であるのか知っておるのか。」
「ただの荒れた星だろ?文明もくそもない。」
「違うな。あそこは宇宙初の、怪獣墓場だ。」
「怪獣墓場?」
「死に絶えた怪獣の怨念が眠る場所のことだ。そうか。なら、あれは怪獣たちの怨念なのかもしれぬ。」
「なんだよ、それ。」
「まあ、その破片が砕け散ってしまった今としては、どうしようもない。できることは、ただ、あの影を倒していくことのみだろう。」
「それだけか。」
「それより、ぬし。我から質問がある。」
「なんだ。」
「ぬしはどこの星のものだ。」
ブリュウはハンナの質問が真剣みを帯びていることに気が付いた。
「分からない。ただ、気がついたら存在していた。」
「なるほど。異分子ということか。まさか、レイオニクスではあるまいな。」
「あれは都市伝説だろう。怪獣を統べる宇宙人など。」
「そうでもないぞ。この星にもその因子を持ったものが来たことがある。かの、ベリアルだ。」
「まさかそんなはずはない。ベリアルが来たとなると、この星はもう存在していないはずだ。」
悪逆の限りを尽くしたウルトラマン。ウルトラマンベリアル。破壊の王といわれたそのウルトラマンはすでにこの宇宙から消滅したはずである。
「いいや。事実だ。この宇宙自体が崩壊の危機だったが、それを光の国の使者たちがとめたのだ。」
「そうだ。俺が影を倒さなくていいじゃないか。光の国に応援を呼べば。ウルトラマンはなにをしているんだ。」
「残念ながら、光の国にはつながらんのだ。」
「どうして。」
「それは我々にも分からない。どの星からでも届かんらしい。もしかしたら、光の国に危機が起こっているのかもしれない。」
それはとても大変なことである。恐らく、宇宙規模の戦争が起こっているのではないか。
「だから、我々もぬしには期待しておるのだ。ウルトラマン。」
「俺はウルトラマンじゃない。」
「では、ぬしは自分の正体を知っておるのか。少なくとも、我々の知る限り、ぬしのような宇宙人は存在しない。ぬしの物質収納は自身の肉体の持つ能力だろう?植え付けやダイレクトリンクではあるまい。そんな宇宙人、存在しないんだよ。」
ブリュウは剣の切っ先を喉元に突き付けられた気がした。
「それに、あれほど武器を持っている宇宙人はぬしの他にいまい。武器の所持は違法だからな。それこそ、光の国の使者に見つかっては命はない。今、戦えるのはぬしだけなのだ。ブリュウ。」
だが、ごめんだった。ブリュウは誰かの期待を背負って戦うつもりはない。ただ、自分の犯した失態で、罪もないこの地球が危機に見舞われるのが気に食わないだけだった。
「知らねえよ、そんなもん。」
もう聞くことはない、とブリュウはビルを出て行った。
ミレイの家への帰り道、ブリュウはミレイと出くわした。しかし、ミレイは様子がおかしい。塀にもたれかけるようにして、ぐったりとしている。
「おい、どうしたんだ。」
ブリュウは病気か何かかと思い、心配になってミレイに近づく。
「助けて。翔一・・・」
その時、ミレイの様子が完全におかしいことにブリュウは気が付いた。ミレイの体から、黒い煙のようなものが出ている。
ミレイは地面にへたり込む。その瞬間、ミレイの魂かのように煙は大量にミレイの体から飛び出し、その煙は怪獣を創り出した。
「ミレイ。大丈夫?」
「何が?」
「だって、久我くん・・・」
「別に、アイツが誰と帰ろうとなんて関係ないでしょ。」
そう言って、私は翔一とハンナの後ろ姿から目を逸らす。私には関係ない。関係ないのだ、ちっとも。でも、なぜか、心臓がぎこちなく振動する。動揺なんてしていない。
「それより、あんたら、どこで知り合ったのよ。」
「一ノ瀬くんのこと?」
沙耶は恥ずかしそうにもじもじする。なんだか可愛くて、その、綺麗だった。恋する女は綺麗さ、と誰かが歌っていた気がする。あちちあちの人だ。
「別に特に何もなかったよ。一ノ瀬くんが突然好きだっていうから。」
「それで付き合ったの?」
お人よしもいいところだ。急に好きだなんて言われると、びっくりしてしまうだろう。私なら普通付き合わない。どこぞの馬の骨とも知らないやつだし。
「私も最初はビックリしたけど、一緒にいると、優しいし。」
「それで、好きになってたと。」
「もう。ミレイの意地悪。」
惚気だな。聞かない方がよかった。
「もっと早く言ってくれればよかったのに。」
「だって、ミレイ、ピリピリしてるから、話しかけ辛くって。」
それもそうか。でも、いつもの私と、今の私。どっちが本物かって言われると、どっちも本物なんだろう。
「なんだか、バカらしくなってきた。私も沙耶を見習って、新しい恋でも始めないとね。」
「ミレイ・・・」
「何?」
「無理、してない?」
「全然。」
私も切り替えないといけない。ずっと宇宙人のことなんか気にしてても仕方がないのだ。向こうもすぐに乗り換えたわけだし。
「久我くんと話してる?一度、きちんと話した方が。」
「余計なお世話。」
ちょっときつく言ってしまった。こんなの、いつもの私じゃない。
「ごめん。」
その後、なんだか気まずくなって、私たちは話すことを止めてしまった。いつもならどかこに寄っていくけど、どちらもそんな話もせず、そのまま分かれ道になって別れた。
それで一人になると、なんだか、嫌な想像ばかりしてしまう。
翔一は私が嫌いになって家を出たのだろうか、とか。
ハンナと今頃何してるんだろうか、とか。
ぶるぶると頭を振る。アイツは宇宙人なんだ。私には関係ないって、無理矢理言い聞かせる。
でも、私の中の何かが私を責め立てた。
お前はあいつが欲しいのだろう。アイツを独り占めしたいのだろう。あの女に取られて悔しいのだろう。お前は逃げている。自分を嫌いになったアイツから逃げている。宇宙人だと誤魔化して、自分は悪くないと言っている。
そんなことは・・・
気がついたら、私の視界に黒い靄がかかっていた。なんだろう、これ。でも、考える暇なく、私の声で私でない何かが私を責め続ける。
独り占めしてしまえばいい。奪ってしまえばいい。何もかも壊してしまえばいい。気に食わないなら、暴れてしまえばいい。全てを壊すのだ。
私は立っていられなくなって、どこかに体をぶつける。壁か何かだろう。
まだ、責め苦は続く。
力が欲しいか。全てを壊す力が。何もかもお前の思い通りにできる。お前は神なのだ。
うっすらと、誰かが近づいてくるのが見えた。何か話している。
「助けて。翔一・・・」
私はそう呟いていた。
その後、体から力が抜けるように、意識が遠のいていった。
♡
「怪獣出現!」
「こんな町中でか!」
会議室はごった返す。
「私と剣で出る。光はいち早く現場で避難誘導。妹尾さんは警察に行って指示を出して来い。」
「了解。」
一同、心の指示で動き出す。
「ったく、自衛隊まで遠いんだよ!」
心はあくたいを吐きながら、バイクを飛ばす。剣も同様である。怪獣出現後は渋滞が起こる。その際、車の合間を縫っていけるバイクの方がいいのだ。心は消防車で現場に向かう。地球防衛隊の基地は消防署の一角にあるのだ。
バイクからは四足歩行の怪獣が見えた。ソイツは歩きながら町を潰して回っている。
「どこが害はない、だ。」
怪獣は町を一直線に縦断するつもりであるようだった。
「目的は何であれ、倒すだけだ。」
心は信号を無視して走り続ける。
なんだか振動を感じる。
私は目を覚ました。
「あれ?」
なんだかとっても温かい。そして、うるさい。世界が終わるような轟音。
「なんなの、これ。」
目の前では黒い影みたいな怪獣が暴れてたけれど、そんなこと、どうでもいい。私はおんぶされている。
「離しなさいよ。宇宙人。」
私は宇宙人の背中で暴れる。
「やめろ。死にたいのか!」
宇宙人の声が必死なので、私は思わず黙ってしまう。でも、こんなのって――
人々が慌てて避難しようとしていた。でも、どの人も逃げる方向がバラバラで冷静さを欠いている。そんな中、派手な格好をした人やら、歪んだ顔をした人やらが、落ち着くように言ったり、避難の遊動をしたりしている。
「ここに隠れてろ。」
壊れかけのビルに私を置く。
「ハンナ。頼めるか。」
「ああ。無事は保証する。」
暗がりの中からハンナが出てくる。
「行ってくる。」
「気をつけてな。」
「待って!」
私は宇宙人を呼び止めていた。
「どこに行くの?私を一人にしないで。もう、一人に・・・」
「すまない。」
そう言って宇宙人はビルから飛び出して行った。その背中が翔一の姿に重なる。
「ミレイ。」
ハンナが私の肩を抱いていた。
「人の悩みなんてちっぽけなものだ、なんて人々は言う。でも、それは当人にとっては世界が壊れかけないほど大事だ。それをヤツは解決しに行く。全く、年よりも子どもっぽいな。」
なんだかやっぱりよく分からないことを言う子だ。でも、私のことを励まそうとしているに違いない。
「ハンナ。翔一となにをしてたの?」
「ふぉっふぉっふぉ。そうか。ぬしの悩みはそれであったか。」
笑われて恥ずかしい。
「なに、色っぽいことなどなにもない。やつは我々のボランティアに興味を持っていたので話をしておっただけだ。気にすることはない。やつの必死な姿を見ただろう。やつは誰よりもぬしのことを大事に思っておる。だから、飛び出して行ったのだ。」
「どうして?」
ハンナは唸る。答えづらいことのようだ。
「それは我の口から言うことではないな。ヤツの口から言わねばならない。その時まで我慢できるか?」
私は頷く。まるで優しいお母さんのような口調なので、思わず頷いてしまった。
「なら、その涙を拭って見ろ。ウルトラマンが活躍する姿を。」
飛び出して行ったブリュウは安全な場所に隠れ、本来の姿に戻る。
精神の波動体である本体はこの地球では干渉が大きいせいで三分しか現界できない。だから、早く何とかする必要がある。
「こんな町中で暴れるんじゃねえよ。」
ブリュウは怪獣に飛びつき、動きを止めようとする。しかし、怪獣の方が強く、動きを止められない。怪獣に振り払われたブリュウは吹き飛ばされ、町へと落ちる。
「くそっ。」
ブリュウの本体は精神波動。それ故に、怪獣の波動と同期する。つまりは、怪獣もブリュウと似た存在なのだ。
『返して。私の翔一を返して』
叫び声がブリュウの頭を揺るがす。
『行かないで。私を一人にしないで。』
「ったく、女を泣かせるのは罪だな。俺もお前も。」
ブリュウは自分の肉体の主に語りかける。返答などあるはずがない。彼の肉体の主、久我翔一は死んでいない。だが、その生命波動は微弱である。これはこの世界でいう魂が眠っているという状態だ。回復の見込みはない。だが、ブリュウが彼の肉体に宿っている限り、いつかは目を覚ますだろう。それが、彼が地球にとどまっている理由。
「やっぱり、女の涙ってのはどこの星でも食えないもんだ。」
ブリュウは胸の球体からナイフを取り出す。昨日の戦いで使ったものである。
「さて、これから御覧に入れるのは、世にも珍しい、怪獣の解体ショーです。」
パッと大きく両手を広げた後、ブリュウは怪獣の上に乗る。そして、ナイフを突き刺そうとした時である。
バン、バン。
ブリュウの背中に爆撃が起こった。
「何しやがる。」
戦闘機が二機、ブリュウの横をすり抜けていく。
「敵味方も分からねえか。まあ、俺も味方って訳じゃねえけど。」
ブリュウの腕は宙に投げ出され、足だけで怪獣を捉える形となってしまった。ブリュウを振り払おうと、怪獣はからだを横に振る。ブリュウはふらふらと振られる形となる。その内、再び投げ出される形となった。
「ったく、馬力はすごいな。昨日よりパワーアップしてやがる。」
ブリュウは歪む視界を首を振ることで正常に戻す。
「一発、ぶっ放すか。」
そう思って胸の球体に手を持っていくが――銃を取り出すことはしなかった。
「くそっ。情が移ったってのか。」
ブリュウは自身が持つ最強の武器を出すことができなかった。盗人を一撃で破壊した銃。だが、四足歩行の怪獣に向けて放つとなると、地面に大穴を空けることになる。それでは被害が大きくなる。
「お前ら、邪魔するんじゃないぞ。」
聞こえるはずもないが、ブリュウは戦闘機を睨む。そして、怪獣の前方へと躍り出る。
「ここが踏ん張り時だ。」
ブリュウは怪獣に真っ向ぶち当たり、なんとか動きを止めようとする数百メートル滑った後、怪獣は動きを止める。そして、そのまま怪獣をたたみ返しのように地面に立てる。怪獣の背中を戦闘機が爆撃する。
「今だ。」
ブリュウは怪獣の腹に包丁を突き刺す。そして、そのまま下に、怪獣の腹を切り裂いていく。
『翔一。翔一。』
「ったく、お前もモテるよな。」
怪獣は大きく咆哮した後、霧散した。
ブリュウの胸の警報装置が危険を告げている。
「じゃあ、またな。」
ブリュウはまるで今まで巨大な宇宙人など存在していなかったように、消えていった。
「どこ行ってたのよ。」
翔一の姿が見えて、私はビルの入り口に向かって行く。
「しょんべんだよ。しょんべん。」
「ばか!」
私は思いっきり翔一の頬をはたく。
「心配したんだから。」
「だからって、はたくことはねえだろ。」
私は翔一の胸に飛び込む。翔一ではないけど、今は翔一っていうことで許して。
「はぁ。」
宇宙人はなぜか溜息を吐く。
「もしもの時のために、もうちょい痩せろよな。怪獣より重かったぞ。」
私は顔を上げる。
「バカ言ってんじゃないわよ。」
背後に回って背中をはたく。
「いってぇ。何するんだよ。」
大袈裟にその場で飛び上がる。まるで、海水浴で日焼けした後に背中を思いっきり叩かれたときのようなオーバーリアクション。
「ご苦労だったな。」
「いや、そっちこそ。俺はお前らを誤解してたのかもな。」
気がつけば、ビルの中には避難誘導していた人々がいた。裏口から入ってきたのだろうか。
「いいってことよ。」
オールバックにサングラスをかけた男の人が言った。
「どうだ。我らの仲間に――」
「すまねえな。今は他の仕事に手一杯だ。」
そう言って宇宙人は私に振り返る。
「ほら、早く帰るぞ。」
そう言って宇宙人はビルから出て行く。
「みなさん、ありがとうございました。その、格好良かったです。」
顔が熱い。こんなこと言わなければいいんだけど、でも、言いたい気分だった。だって、あのどさくさで誰も彼らのことを覚えていないだろうから。
「女子中学生に格好いいなんて言われるの初めてだ。」
「ボスは言ってくれないからな。」
「誰が言うか!」
私は宇宙人を追ってビルを出て行った。
「ねえ、宇宙人。」
「なんだ。」
宇宙人でも怒らないんだ、とちょっと残念に思う。
「あんた、あのウルトラマンなの?」
「ちげぇよ。あと、あんなやつらと一緒にするな。」
「何よ。あんたも見たことないでしょ。」
「まあな。でも、あいつは違うぞ。赤くないからな。普通のグレイエイリアンだ。」
「あの連行されてるやつ?」
「その連行されてるヤツ。」
なんだか会話はかみ合わないけど、それはそれでいいと思った。
「その、ありがとね。助けてくれて。」
「別に。お前が勝手に助かったんだ。」
「素直じゃないなあ。」
でも、今日は許してあげよう。なんだかいい気分だ。
「あの宇宙人ってどんな人なんだろうね。やっぱり正義の味方かな?」
「知らねえよ。正義の味方なんて存在しない。あいつは地球を救おうなんてこと、考えちゃいねえさ。ただ、目の前で誰かが苦しむのが嫌なだけさ。」
「それが正義の味方でしょ?どんなヒーローだって、世界のことを常に考えてるわけじゃないだろうし。」
「そんなもんかな。」
夕暮れ時。昼と夜だけの特別な時間。私と宇宙人にとっても、ちょっぴり特別な時間になりましたとさ。
♦
「ヘイ、ボス。」
事件現場を見渡して、光は電話をしていた。
「今回も光の国の使者は現れませんでした。はい。経過は順調です。ドルミーチェはいつでも起動できます。はい。眠っている怪獣たちは未だ動きを見せてはいません。でも、すでに二体。後はドルミーチェに吸収された分が散らばれば覚醒し始めるかと。はい。では。」
そう言って光は電話を切る。
「もうすぐなのね。」
光の顔は笑顔に満ちていた。
「もうすぐでこれ以上の惨劇が見れるわ。」
光は怪獣が抉った地面の後を恍惚の表情で見ている。
「楽しみで楽しみで仕方がない。」
光はずっとずっとこの惨劇を眺めていたいと思っていた。