code;brew ~ただの宇宙商人だったはずが、この地球ではウルトラマンってことになってる~   作:竹内緋色
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「弁当持った?今日はちゃんと食べなさいよ。」

「うるさいな。朝から。」

 そう言いながら、宇宙人は玄関を出る。髪はぼさぼさ。身だしなみくらい整えなさいよ。

「今日の授業の教科書は持ったわね?」

「持ってるわけねえだろ。」

「は?」

「今さらあんな常識を教えられてもな。生まれた時から知ってるぜ。」

「呆けたこと言わない。」

 途中、一ノ瀬に遭遇する。

「よう。おはよう。」

「誰だっけ?」

「同じクラスの一ノ瀬だよ。強いて言えば学級委員長だよ。覚えろよ久我。」

「よし。忘れた。」

「おい!」

 なんだかんだで、宇宙人もやっていけているようだ。

「あ。おはよう。今日はみんな一緒なんだね。」

 沙耶が分かれ道で待っていて、私たちに挨拶する。

「おはよう、沙耶。」

「おはよう。一ノ瀬くん。」

「朝からお熱いようで。」

 私は二人を冷めた目で見る。朝からいちゃつきは家の中だけで十分だっての。

「弁当、別に昼に食わなくてもいいよな。」

「お腹減るでしょ?ちゃんと食べなさい。」

「いや、早めに食ってもいいよな。授業が始まる前とか。」

「さっき食べてきたばかりでしょうが!」

 お母さんの料理を気に入るのはいいが、なんだか禁断症状めいている気もする。中毒か何かか?お母さん、変なもの入れてないよね・・・

「二人は一緒に暮らしてるんだよね。どう?慣れた?」

「慣れるわけないでしょ。」

「よ、朝から熱いね。」

「モブは黙ってろ。」

「ひどい。ここまでセリフがあるのにモブ扱いかよ。委員長よりいいだろ。」

「誰がモブですって?」

 校門前に学級委員長が立っていた。

「おはようございます。」

「おはようございますじゃない。一ノ瀬。お前、今日当番だろうが。」

「いやあ、寝坊で。」

「いいから、今すぐ仕事。校門に立つの。」

「はい。」

 一ノ瀬は私たちと名残惜しそうに別れた。

 

 確かに、授業は退屈極まりない。中学二年にもなったから、高校受験について先生がことあるごとに言うけれど、どこか自分とは遠く離れた世界のような気がして、実感が湧かなかった。中には沙耶のように学力の高い学校に行こうと頑張っている子もいるけど、私は並の学校に入れればいいし、今一勉強に身が入らないのだっだ。そのくせ、部活動なんかもやってないから、本当に私はなにもない。ただ、目的もなく生きてきていて、それがなんだかんだで無味無臭だけど楽しいのだ。こんな世界が続けばいいのに、なんて思ったりする。

「佳澄。おい。佳澄ミレイ。聞いてるか?」

 いや、聞いてなかった。ごめん。

「すいません。聞いてなかったです。」

「この問題を答えろ。」

 えっと・・・Xは何かって問題?XはXでしょうが。それ以外に何があるっていうのか。

 答えられなくて黙っていると、先生は別の生徒を指名する。宇宙人だった。

「久我。おい。久我。弁当を食ってるのは分かってる。別にそれはいいが、授業も聞いてくれ。」

 私は恥ずかしかった。みんなくすくすと笑っている。別に私が笑われている訳でもないのに。

「おい、久我。お前だよ、お前。」

「ああ、俺か。」

 どうも自分が指名されていることに気がつかなかったらしい。どれだけ弁当に夢中なんだか。

「X=三分の二。XをYに代入して四分の六。」

「うーむ。」

 教師は納得いかないといった風に唸っている。私だって納得いかない。私以上に授業を聞いているようには見えない宇宙人に私が負けたのだ。

「正解だ。」

 その後の先生はずっとテンションが低かった。意外と難しい問題だったのかもしれない。色々見覚えのないグラフも書いてあるし。

「お前、意外とやるじゃん。」

 昼休み、一ノ瀬が宇宙人に話しかけていた。なんだか馴れ馴れしい。

「このくらい常識だろう。」

「腹が立つわね。」

 自然と集まって弁当を食べていた。宇宙人は食べてしまっていたので、宇宙人だけつまらなさそうな顔をしている。

「お前だってそうだろう。」

 宇宙人はハンナに話しかける。

「いや、そうでもない。我はぬしと違って人並みだからのう。」

 ちょっと気に食わない。何が気に食わないって、宇宙人がハンナに話しかけてることで、なんで私に話しかけないのとか仲良さそうとかそんなこと思ってて、そんなこと思ってる自分が気に食わないし、でもやっぱり宇宙人に対して気に食わないな。

「でも、ハンナさん。頭よさそうだけどなぁ。」

 沙耶が言う。可愛らしいお弁当箱を使っている。どこで買ったのかあとで聞こう。

「まあ、勉強は頑張っておるからな。知識を蓄えるほど世の中に対する視点が変わっていく。その移ろいがまた、今だけという感じがして面白いのだ。ぬしたちもそうであろう。」

「私は勉強嫌いだから。」

「俺もー。」

「私は、そんなこと、考えたことなかったかな・・・」

 なんだか縮こまって沙耶は言う。

「ただ、勉強して上の高校に行くことしか考えてない。」

「まあ、それもよいだろう。だが、決して後悔せぬ道を行かねばならぬ。今は今も過去になって行っておる。その一瞬の移ろいこそ儚く尊いのだ。」

「ハンナ、難しいよ。」

「そうか?」

 少なくとも私にはちっとも理解できない。

「命短し恋せよ乙女ってことだけは分かったけど。」

「なんだ、それは。」

「多分諺かなんかだったと思う。そのまんま、乙女が乙女でいられるのは短いから、恋を今のうちにしておきなさいって。」

「歌謡曲の一節だ。」

「あら、そう。」

 宇宙人のくせにやけに詳しいじゃない。そう言えば、この言葉を言っていたのは翔一のママだったっけ。

「いい言葉だ。我は感動したぞ。」

 大袈裟な。

「で、恋とはどうすればいいのだ。」

 一瞬、場が固まる。そりゃそうでしょ。そんなこと、言うまでもないっていうか、言葉にできないっていうか・・・

「成長していけば分かるようになるよ。」

 そう答えたのは沙耶だった。沙耶が大人びて見えたのは見間違いじゃないんだろう。沙耶は恋をして大人になっていく。じゃあ、私はどうなんだろう。恋をしてるんだろうか。大人になっていけるんだろうか。

 

 一日なんてあっという間だ。すぐに過ぎ去る。だから大事に生きなきゃいけないっていうことをハンナは言っていたのだろうか。そのハンナはすぐに下校してしまう。そして、宇宙人の姿もなかった。

「怪しい。」

 昨日のこともあるし、私は少し腹立たしくなった。

 私も急いで帰りの支度をして校門を出ると、二人が並んで歩いていた。はた目から見ると、仲がいいカップルみたいだ。胸が締め付けられる。あんなヤツのこと、どうだって、よくない!

「おい。なにし――」

 私は話しかけてきた男の口をふさぐ。ばれるだろうが。

「何だよ、いきなり。」

「ばれるでしょうが。」

「なにが。」

 私は顎で二人の方を示す。

「なるほどな。」

「ところで、あんた、名前なんだっけ。」

「一ノ瀬だよ。いい加減覚えろよ。」

 その一ノ瀬が物陰から出て行こうとするので、私は一ノ瀬の手を引いてとどまらせる。

「なんだよ。俺、部活があるんだよ。」

「部活なんかより、こっちの方が大事でしょうが!」

 支離滅裂なのは自分でも分かってはいたけど、私にとっては一ノ瀬の都合より私の都合の方が大事なのだ。

「ほら。行くわよ。」

「俺が行く意味あるのか?」

「つべこべ言わない。」

 一ノ瀬は困った顔をしながら、観念したのか、私に付き合う。二人で電柱からハンナと宇宙人を見守るだけだが。

「あんた、離れなさいよ。」

「いや、見つかるだろ。」

「痴漢で訴えるわよ。」

 ま、多少は我慢してやろう。一ノ瀬が変な気を起こしたら、顔面をぶん殴ればいいだけだし。

「うん?」

 一ノ瀬が変な声を上げるので、私もハンナと宇宙人の方を見る。すると、そこにはいつぞやのお姉さんと同じ制服を着た男の人がいた。なんだか宇宙人に詰め寄っている。

「なんなんだ、あれ?」

「さあ。」

 と、男が宇宙人を壁ドンした。額と額、鼻と鼻、唇と唇が重なり合いそうなくらい近くで二人は言い争っている。

「ふわぁ。」

 私はなんだか蕩けてしまいそうだった。禁断の、禁断のレジスタンス。これは、刺激が強過ぎる。

「大丈夫か、佳澄。」

「ダメかも。」

 見ると、ハンナも顔を赤くし、瞳を輝かせ、指と指の間から二人の男を見ている。

 と、宇宙人が男を突き飛ばす。そして、足早に去っていく。男は用は終わっていないという風になにか宇宙人に向かって叫んでいるが、宇宙人は見向きもせず去っていく。

「一体何だったんだ。」

 一ノ瀬は始終首をひねっていた。

 

 

「いやあ、我々ってさ、出番少ないじゃん。それって地球防衛隊的にマズいと思うんだよね。」

 妹尾が言うが、誰も聞いていない。

「今日、光は?」

「休暇です。」

「週休二日だもんね。こんな職場にも法律が行き届いてるって思うと感心するよ。」

 皮肉なのかどうなのか分からない口調で心が言う。

「で、この作戦だ。」

 妹尾は小学生の自由研究かと間違えそうな大きな模造紙に文字やら図を書いている。そこにばんっ、と手でたたき強調する。

「地球防衛隊の方、うるさいです。」

「すません。」

 ボードで仕切られた向こうは消防隊の仮眠室である。

「これが新たな作戦。ネット作戦だ。」

 妹尾が小さな声で言う。

「すいません。質問なんですが。」

「なんだね。クラブ。」

「戦闘機で怪獣を引っ張るって正気ですか?」

「ああ。」

「バカなんじゃないのか?」

 剣がイラついたように言った。

「いいや、大の真面目だ。」

「聞いた俺がバカだった。」

「自衛隊と国には至急、大きなネットを手配するように言ってある。次の作戦から使うことができるぞ。」

「すまない。私は頭が痛くなってきたぞ。」

 心は大きくため息を吐く。

「すいません。そろそろ定時なので帰りますね。」

 剣が腰を上げる。

「待って、剣くん。今日、宿直変わってくれない?」

「嫌ですよ。」

 剣はそのまま帰っていった。

 

 剣は宇宙人に恨みなどない。だが、悪に対しては人一倍嫌悪していた。小さいころ、川でおぼれていたところを警察官に助けられたことがあった。その時から自分は警察官になろうと決めた。だが、挫折した。試験に受からなかった。実技は誰よりも上であったにもかかわらず、学問は一番苦手だったのだ。そして、打たれ弱かった。一度試験に落ちると、そのままぐれてしまったのだ。酒とたばこに溺れ、悪い仲間と夜の街を駆けずり回る日々。そんな折、剣に話しかけてくる男がいた。みょうちくりんな髭を生やした男だった。

「君。世界を救ってみないかね。」

 最初は冗談だと思った。その後、自分の中に熱い思いがたぎってくるのを感じた。でも、と剣は頭を振る。自分はもう悪に染まってしまっている。

 水たまりに自分の顔が映った。喧嘩に明け暮れ、酒におぼれ、赤く腫れている顔面。それは自分が理想としてきたものとは程遠い。

 そして、そんな自分に世界を救ってみないかと言った男。こんな不良に話しかけるのは勇気が必要だっただろう。

「なれる・・・かな。俺に。」

「なれるとも!」

 男は、妹尾は自信満々に言い放つ。

 俺は今からでも遅くないのだ、と剣は決断した。

 

 剣は愛車から降りる。見知った顔を見かけたからだ。わざわざ遠回りまでしていたのだが、たまたま、見かけたのだ。

「おいっ。宇宙人!」

 かつて夜の帝王とまで言われた異名は伊達ではなく、同行人の少女は縮み上がっていた。見慣れない顔だった。だが、脅かしてやろうとした当の本人は剣を揺るがぬ瞳で睨んでいる。なんか用か、と言葉なく語っていた。その瞳が、剣は気に食わなかった。剣は少年が寄っている壁に手をつく。唾を吐きかけるように言う。

「お前の正体は分かってんだ。」

「いつっ。」

 一瞬少年は顔を歪ませる。剣は何もしていない。

「どうした?」

 剣はなじるようにして言う。

「お前らが撃った傷が痛むんだよ。」

 剣は虚を突かれた。あまりにも呆気なかったからだ。

「とうとう、本性を現しやがったな。」

 だが、剣は勢いをそがれていた。少年の意味することがよく分かったので、自分はどうするべきかという迷いが渦巻いていたのだ。

「今さら隠しても意味がないだろう。」

 剣はその場から去った。どうすればいいのか分からなかった。

「くそが。」

 剣はそのまま車を飛ばして逃げるように去る。

 昨日、宇宙人を傷付けたのは剣だった。それは狙ってではない、と剣は思っている。だが、撃つ瞬間、邪な思いがよぎったのも事実だった。

 正義のヒーロー面しやがって。

 そう思った瞬間、引き金を引いていた。だが、剣は宇宙人を憎んでいるわけではなかった。彼は三度も人類を救ったのだ。剣は宇宙人に感謝していた。そのヒーローがあんな年端もいかないガキだなんて――

「畜生。」

 車を飛ばしていると、今度は予期せぬ出会いであった。

「大丈夫か、光。」

 同僚が少女の肩を担いで歩いていた。

「あ、あら。剣。」

「その子、調子が悪いのか。」

 どうも少女の様子はおかしい。意識があるのかないのか分からない。

「病院まで送って行こうか。」

「大丈夫。」

 口早に光は言った。

「ただ、貧血を起こしただけみたい。家がすぐそこだから、私でも大丈夫。」

「だが――」

「男が女の子に易々と触っちゃダメなの。」

 剣は少女が心配だったが、仕方がない。

「もしものことがあったら電話しろ。」

 それだけ言って、四畳間の安アパートに向かって車を走らせた。

 

 

 亜久里沙耶は見てしまった。親友と自分の彼氏の体が密着しているところを。

 思えばおかしかったのだ。

 どこから?

 初めから。

 目立つところもなく、大人しい自分にどうして彼氏なんかできたのか。

 それで?

 彼氏は親友と話すようになった。その顔はとっても嬉しそうで、自分と話しているよりも楽しそうに見えた。

 だから?

 気付いてしまったのだ。

 何を?

 彼氏の目的は自分ではなく、親友なのだと。

 だから?

 捨てられるのは嫌。捨てられるのは嫌。捨てられるのは嫌。

 捨てられるのは嫌。捨てられるのは嫌。捨てられるのは嫌。

 心臓が早く鼓動する。それが沙耶の耳にまで聞こえてくる。何かがおかしい。そう思ったとき、沙耶は浮遊感に襲われた。ああ、倒れるのだな、そう思ったとき、誰かに抱き留められる。

「夜兎?」

「彼氏でなくて残念ね。」

 そのまま沙耶はその人物に肩を抱かれ連れて行かれる。沙耶は何が起きているのか分からないし、今の自分ではどうしようもないことを分かっていた。

「まだまだもちそうね。いいわ。最高の気分よ。」

 夜兎。

 一度も呼んだことがない彼氏の名前を沙耶は呼び続けていた。

 

 

 

 黄金色の光。逢魔が時の前触れ。そんな中、私たちは四人横に並んで歩いていた。

「わざわざこそこそする必要もないだろう。」

 宇宙人は呆れたように言う。

「だって・・・」

「言っておくがバレバレだったぞ。」

 男が去った後、私たちは宇宙人にすぐに見つかってしまった。

「あの人と何を話していたの?」

 穏やかな話ではないことは分かった。あの女の人と同じ制服だったから、きっと宇宙人がどうのという話なんだろうと思う。

「聞こえてなかったか。良かった。」

「ふぉっふぉっふぉ。」

 良かった、のところだけ小さく宇宙人は呟いた。ハンナは意味ありげな顔をしている。やっぱり、二人は仲がいいんだ。

「そう言えばさ、どうして沙耶に告白なんかしたの?」

「やっとモブキャラ卒業か!」

「そういうことを言うからモブキャラなのだぞ。」

 一ノ瀬はハンナの言葉に落ち込む。

「多分さ、亜久里は覚えてないだろうけど、入学したての頃、俺、消しゴム忘れてさ。同じ小学校の友達と離れ離れになったから、俺どうすればいいのか分からなくて困ってたんだ。そうしたら、隣の女子がどうしたのって声をかけてくれて、消しゴムを貸してくれたんだ。その時は親切な子だなってだけだったけど、その内、その子が気になり始めて。席替えで自分が落ち込んでいることに気が付いたとき、思ったんだ。ああ、俺はあの子のことが好きだったんだなって。」

「それが沙耶だったのね。沙耶らしいわ。」

 いつも物静かな子だけど、周りをよく見ていて、困っている人に手を差し伸べる。女神みたいな子なのだ。沙耶は。私はそんな沙耶が大好きだ。翔一と同じくらいに。

「でも、なんで苗字なのよ。沙耶って呼んでやりなさいよ。」

 一ノ瀬はもじもじする。

「なんだか恥ずかしいし、お互い苗字だから。」

「だから一歩進めないのよ。沙耶は寂しがってるわ。」

 冗談だった。沙耶は確かに、一ノ瀬と一緒にいると楽しそうだ。こっちが嫉妬してしまうくらいに。

「そうだな。でも、きっかけがあればな。」

「デートしなさいよ。誘いなさい。それで解決。」

 恋のことなんて分からないけど、ありきたりなことを言っておけばいいだろう。

「そうだな。ありがとう。佳澄。いや、ミレイ。」

「私の名前を呼んでどうするのよ。」

「早速亜久里に、いや、沙耶に連絡だ。ダブルデートだ。」

「ちょっと待って。さっきなんて言った?」

「だから、ダブルデートだって。」

「は?」

「ミレイと久我、俺と沙耶でデートだ。」

「冗談じゃないわよ。」

 どうして私が宇宙人とデートなのよ。私は翔一としたいの。初めてのデートは翔一と、キスもあれもこれもって決めてるんだから。

「じゃあ、我が行ってもいいのか?」

 からかうようにハンナが言う。

「う、うーん。ダメ。私が、行く。」

「じゃ、決定な。」

 一ノ瀬は早速電話をかける。気の早いヤツ。

「もしもし、沙耶?」

 電話をかける一ノ瀬の顔が曇る。

「お前は誰だ。」

 胸騒ぎがした。得体のしれない何かが足元から這ってくる不快感。

「おい、待て。どういうことだよ。沙耶はどうしたんだ。おいっ。」

 電話は切れてしまったようだった。

「何があったの?」

 私は唾を飲みこんで言う。嫌な汗が流れてくる。

「沙耶がさらわれた。」

「え?」

「町はずれの工場に来いって。」

「なんで――」

 頭が真っ白になる。一ノ瀬の言葉を頭の中で繰り返しても、理解が、出来、ない。

「久我。どういうことだ。お前も連れてくるように言われたんだ。」

 一ノ瀬は冷静だった。男の顔をしている。怒りをかみ殺して、無理矢理に冷静になっている顔だ。

「相手は何者だ。」

「女だった。それ以外は分からない。」

「女、だと?」

 宇宙人は考えているようだった。どうも思い当たる節はないように見える。

「とにかく、その場所に行こう。」

 宇宙人と一ノ瀬は行こうとする。

「私も!」

「お前は待て!」

「嫌だ!」

 こんな時に不謹慎かもしれないけど、私は沙耶が危ないことよりも、翔一が私の掌の隙間から細かい砂のようにこぼれ落ちていって、どこかに行ってしまうのが嫌だった。そんな恐怖が私を襲っていた。

「我も行こう。」

 結局、誰も宇宙人の忠告を聞かずついていくことになった。

 

 

「ふぅ。ガキってのはいきり立ってりゃいいと思ってるから、手を付けられないわね。」

 光はスマートフォンを投げ捨てる。ピシリ、と嫌な音がしたが気にしない。自分のものではないからだ。

「っと、後は私の可愛い子猫ちゃんにっと。」

 光は仕事用のスマートフォンを取り出す。よくある設定では独自の機種だったりするが、予算の都合により、地球防衛隊にそんな無駄な出費はできないのだ。

「もしもし、心?」

『どうした?今日は休みだろう?』

 友達の話しかけるような油断した声。この後起こるであろうドラマを想像しただけで、光は震える。

「私、宇宙人なんだ。あの雨の日のこと、覚えてる?」

 電話の向こうから何も聞こえなくなる。電話の向こうの彼女がどんな顔をしているか想像するだけで歓喜がこみ上げてくる。

「ウサギみたいに逃げ回って、追いつかれて可愛い悲鳴なんてあげちゃって。今のアンタみたいな顔してたわ。」

 実際顔など見えなくても心がどんな顔をしているのか容易く想像できる。

「今、どこにいる。」

「冷静になりなさいよ。GPSで私の居場所なんてわかるでしょ。」

 ま、宇宙規模で考えると、原始人なみの技術なんだけど、と光は思う。光は電話を切る。電源はそのまま。電源を切って中のSIMカードを抜けば簡単に逃げられるなんてほんと、原始時代、とバカにしたように言う。

「さて、お嬢さんの中の架空物質(ノット)は育ってるかしら。」

 まるでゴミのようにその場に放り出されている沙耶を見て、光はほほほ、と上品に笑った。

 

 

 

「あら。意外と早かったじゃない。」

 女はそう言って私たちを迎えた。私はその女に見覚えがあった。格好は変わっているけど、確か、一昨日、宇宙人と話していた女だ。

「どういう了見だ。」

 宇宙人は歯をむき出しにして言う。

「なんだ、みんな来たのね。こんにちは。ボス。いいえ。暗くなってるからこんばんわかしら。」

「ズィーブ。どういうことだ、これは。」

 ハンナが険しい顔で言う。ハンナとも知り合いなのか。

「まあ、キャストが揃うまで待っててね。」

 遠くから轟音が聞こえる。工事でもしているのだろうか。と、その轟音はすぐ近くに聞こえてきて――

「光!」

 血走った目で長い髪の、あの変な恰好の女のひとが飛び込んできた。手には重そうな拳銃を構えている。

「あら。心。そんな物騒なものしまってくれないかしら。」

 光と呼ばれた女は腕の中の少女を見せて言う。沙耶だ!

「貴様、どこまで下衆なんだ。」

「ありがとう、心。私には褒め言葉よ、それ。」

 光は始終、いやらしい笑みを崩さない。それは取り繕っているというより、今にも笑い出しそうなのを必死で堪えているように見える。

「人質を開放しろ!」

「まずは私の話を聞いてからじゃない?」

 心と呼ばれた女の人は口を紡ぐ。

「さて、いろいろとさせたいことがあるから呼んだわけだけど、まず、私の話ね。

 私の種族はね、本来、もっと強力な存在なの。ズィーブ星人なんて言葉に出すのさえ恐れられてた。それも昔の話なんだけど。私の望みはね、そんな昔の姿に戻りたいの。そうして人々の恐怖を糧に楽しい暮らしをしたいの。分かる?」

 誰に向けて言っているのだろう。私ではないだろうし。

「それを叶えてくれるのはレイオニクスだけ。みんな、レイオニクスを誤解してるようだけど、彼らは別に怪獣や宇宙人を支配しているわけではないの。みんな望んでついていっているのよ。レイオニクスの本当の力は、眠っている力を引き出すことなの。だから、私は闇の帝王に従っている。」

「なんだと?その言い分ではまだベリアルが存在しているみたいではないか。」

 ハンナが話についていっている。よく分からない横文字ばかりで私にはわからないけど。

「我らの王は死んでなんていない。ただ、今は眠っているだけ。まあ、私が従っているのはその人ではないのだけど。」

「では――」

「その先は言えないわ。私も命が惜しいもの。

 そして、私は、力を手にする術を見つけた。きっと、この力があれば、私は本来以上の姿になれる。分かるかしら、この気持ち。」

 きっと、誰も分かっていない。

「それはなんだ。」

「架空物質よ。死に絶えた悪の塊。それは地球人の感情を糧に膨れ上がる。地球人のみんなは気付いてないんでしょうけど、あなたたちは宇宙人に比べて寿命が圧倒的に短い。でも、それは決して短所にはならない。宇宙人も地球人も持っている命のろうそくの長さは一緒なの。じゃあ、なんで地球人は命が短いのか。それはね、灯している火の大きさが圧倒的に違うの。地球人はもう、ごうごうと燃え盛っているわけ。だから、架空物質のいい餌になる。あの人もよく考えたものだわ。わざと武器を不法所持しまくりの宇宙人に架空物質をばら撒かせたんだから。」

 光の目が宇宙人に向けられていることに気がつく。

「さあ、お話はおしまい。話過ぎちゃったかしら。後は、要求だけね。」

 誰もが息をのむ。

「私は今から大暴れするわ。地球を滅ぼすほどにね。そんな私に向かって、コード・ブリュウ。変身して立ち向かいなさい。」

 ひどく冷たく、ドロッとした言葉。

「もちろん、大切なその子の前でね。」

 私に目を剥けられて、ひやりとする。危ないわけでもないのに、危険を感じる。

「亜久里を、沙耶を返せ!」

 一ノ瀬は顔を歪ませながら言う。きっと怖いんだろう。得体のしれないのだから。そんな相手に物申せるなんて、流石じゃない。

「いいわよ。もう、用済みだから。」

 光は沙耶の胸の中心辺りに手を突っ込む。手品かなんかじゃないか、って私は目を疑った。だって、血は出てないし、ぬめぬめと沙耶の体に手が入り込んでるし。

「あった。」

 光の顔は歓喜で満たされる。沙耶の体から取り出したのは、黒い球のようなもの。でも、光なんてなくって、逆に光を全てのみ込んでしまいそうな、そんな得体のしれないもの。それを光は飲み込んだ!

 ほほほほほ。

 光の体は黒い粒となって霧散し、直後、どこかから轟音がする。大地を揺るがす鳴動。

「沙耶!」

 支えるものがいなくなって地面に倒れた沙耶を一ノ瀬は駆け寄って抱きかかえる。

「しっかりしろ、沙耶!」

 心は機嫌が悪そうに電話を取り出す。

「はい。分かってる。準備をしておけ。」

 そして、私たちに向き直って言った。

「お前たち。その病人を背負って逃げろ。」

 それだけ言って心は工場を後にする。

「逃げよう。」

 私は恐れながら宇宙人に言った。

「悪いな。約束だからな。」

「もう、いいじゃない。早く逃げないと。」

「そのガキにもしものことがあっては危ない。お前は俺の体を運んで逃げろ。」

「言ってることが分からないよ。」

「頼んだぜ。」

 直後、翔一の体から光の玉が出てくる。白銀のとっても神秘的な輝き。それが壮一の体から離れた瞬間、翔一は倒れる。光は天高く昇っていく。

「翔一!翔一!」

 翔一は眠るように倒れる急いで駆けよるけれど、息をしていない。あの時と同じだった。直後、再び大地を揺るがす鳴動。

「ミレイ!逃げるぞ!」

「でも、翔一が・・・」

「引っ張ってでも連れていけ。」

 こういう時、男の子は強いって思う。私なんてパニックで何も考えられなくて、体が言うことを聞いてくれないのに。

「早く!」

「うん。」

 私はいつの間にかすっかり重くなってしまった翔一を担いで工場を後にする。外には白銀の宇宙人と白く滑っとした妖怪みたいなのが睨みあっていた。

「翔一――」

 何もかもが頭の中で正確に、寸分違わず答えの糸で結ばれていって、不快なほどに何もかもが理解できてしまった。まだ、分からないことも多いけど。

 

 

 

「へぇ。ちゃんとみんなの前で変身したんだ。」

「思ったより醜い姿なんだな。」

 目の前のお化けを見てブリュウは言い放つ。

「まだ、架空物質が馴染んでないからね。でも、ほら。」

 虫が脱皮するように醜い表皮が崩れ落ちる。その中から現れたのは、枯れ木のような羽根飾りを持った、人型の生物。

「どうかしら。似合ってる?」

 光は自分の手足を舐めるように見ている。ブリュウは何の冗談かと思った。趣味が悪すぎる。光の姿は図書館の資料で見た、天使のように見える。

「さて、ここで提案よ。」

 光は左目が崩れ落ちている顔でブリュウを見つめる。崩れ落ちた顔の中は黒い霧で満たされていた。

「私と手を組まない?そうすれば、あなたも無制限に元の姿で活動できるし、この星を好き放題できるわ。どう?」

「残念ながら、独裁者のいる星は商売がし辛いんでな。」

「じゃあ、交渉決裂ね。」

 光は初めから興味がなかったようにあっさりと言い放つ。ブリュウは構えを取る。

「私の速さについてこれるかしら。」

 直後、光の姿が消えた。どこに行ったのかとブリュウが探そうとする前に腹部に衝撃が走る。目の前にはすでに光がいて、ブリュウを殴り飛ばしたのだ。

「意外と頑丈ね。流石、出自不明のイレギュラーね。」

 ブリュウは立ち上がり、剣を取り出す。正しい言い伝えも分からない、どこかの惑星の英雄が使っていたという聖剣の模造品。ブリュウはその剣を辺り構わず振り回す。ブリュウは剣が光に当たらないことを分かっていた。だから、まぐれでも、当たればいいと考えていた。

「意外と太刀筋はきちんとしてるのね。あなた、傭兵の訓練を受けたとかじゃないでしょう?なら、筋がいいのかしら。」

 余裕のある声がブリュウの背後から聞こえた。直後、ブリュウの背後に衝撃が走る。

「ほほほほほほほ。」

 不気味な笑い声が静まった夜に響く。町の方は明るい。避難しようとする車でいっぱいなのだろう。

「あら。町が気になるの?」

 嫌な予感がした。

「私ってね、どうもズィーブ星人の中でもさらに性格が悪いんだって。何かを壊すのが好きなの。昔はよく、いい気になってるやつを恐怖のどん底に陥れて遊んだものだわ。」

 急に周りの温度が低くなったことにブリュウは気付く。そして、光の胸部には禍々しい光の塊。それを光は町の方へと放った!

「くっ。」

 しかし、それは町へと至らなかった。その前にブリュウが自らの体で受け止めていた。

「ほほほ。正義の味方気どり?アンタみたいな無法者が今さら改心なの?気分が悪いわ。」

 ブリュウの胸の警報装置が危険を訴えていた。

 

 

 

 心は数分で基地につく。

「発進準備はできてるだろうな。」

「はい。」

 自衛隊員は元気よく尋ねる。

「これは?」

 目の前の戦闘機二機には特別な装備が施してあった。二つの戦闘機に跨るようにネットが取り付けられている。

「妹尾隊長殿が取り付けるようにと。外しますか?」

「いや、いい。」

 心はもしかしたらこれは使えるかもしれないと思った。もし心を襲ったときと同じ能力を光が有しているのなら、足止めになるかもしれない。

「行くぞ、剣。」

「ああ。」

 剣は少し元気がないようだった。

「なあ、心。」

「なんだ。」

 時間がないのは剣も承知しているはずであった。むしろ、心と同じくらい怪獣の殲滅にこだわっていたはずの剣が話すことの方がおかしかった。

「宇宙人ってのはみんな悪いヤツなだろうか。」

「当たり前だ!」

 心は怒鳴る。心は以前までは宇宙人に対して柔軟な考えを持っていた。宇宙人も人間と同じで善悪はあると思っていたのだ。だが、今は違う。親友に裏切られた彼女の目には、宇宙人は全て敵に見えていた。

「行くぞ!」

 心は戦闘機に乗り込む。剣も乗り込む。そして、二人同時に出撃する。

「もっと早くいけないのか。」

「ネットをしょってるんだ。早く飛ぶとネットに引っ張られる。」

「そんなこと、分かっている!」

 心はネットを使おうとしたことは間違いだと思った。これでは白銀の宇宙人が先に光を倒してしまうではないか。

「くそっ。」

 だが、その内、敵が見えてきた。白銀の宇宙人と枯れ木のような羽を生やした、光。

 と、白銀の宇宙人から煙が上がっている。光が何発も光球を繰り出していて、それを宇宙人が防いでいる。

「何やってんだ、あいつは。」

 心は忌々し気に呟く。と、心の目と、光の視線がぶつかる。光は光球を宇宙人ではなく心質の方へと向ける。

「くそっ。」

 逃げようとするが、ネットが邪魔で、自由に避けられない。所詮は上官の間抜けな作戦だったか、と心が観念した時、目前に光球が迫っていて――視界が真っ暗になる。ああ、これが地獄か、やっぱり真っ暗で何もないんだ、と思ったとき、剣の声が聞こえた。

「おい。ボケっとするな。」

 その声で心は我に返る。目の前の障害物を避ける。その障害物は白銀色をした壁だった。

「愚かな。」

 心は何があったか悟った。宇宙人が身を挺して心たちを光球から守ったのだ。

「剣!」

 心は叫ぶ。

「作戦を絶対に成功させるぞ!」

「おう!」

 油断していた光に向けて、ミサイルに繋がれた網を射出する。ミサイルはまっすぐに飛んでいき、ネットに光を絡めとって動きを封じた。

 

 

 

「なによ、これ。小賢しい。」

 ブリュウは目の前の光が動きを止めているのを見た。胸の球から光線銃を取り出す。結合分解光線、スペシウム。そんな有害な光線を放つ、持っているだけで宇宙から狙われる代物。

「お前だけは塵一つ残さねえ。」

 ブリュウは光を狙い、撃つ。光線が光に触れただけで、光は爆発した。それと同時にブリュウも消える――

 

「翔一。翔一。」

 目を覚ましたブリュウが感じたのは頬の生温かさだった。なんだろう、と視界が戻ってくると、目の前に涙を流した少女がいる。

「泣いてるのか。」

 それは悲しい時に出るものだとブリュウは知っていた。宇宙人はなみだを流すことはない。それは無意味だからだ。眼球を潤す以上の分泌物は出ないように進化している。

「翔一。無事でよかった。」

 少女はブリュウを抱きしめてくる。

「だが、俺は――」

「知ってる。ホントは翔一じゃないんでしょ。」

 涙を拭って少女は言った。だが、ブリュウは何も答えられない。

「あれだけ痛そうなのを受けて、死んじゃうかと思ったんだから。」

 それはおかしな考えだった。ブリュウには意味が分からなかった。ブリュウが傷付こうと、生きてさえいれば、宿主の体は無事なのだから。

「大丈夫?痛いところは?」

「バカか、お前は。」

「心配してるのに、なによ。」

 少女は頬を膨らます。

「俺を心配しても意味がない。俺が傷付こうと――」

「アンタの方がバカじゃない。」

「なんだと?」

「痛いけど平気って我慢するのは男の子として偉いって思うわ。でも、辛いのに平気っていうのは違う。分かる?」

 分からなかった。ブリュウにはまだ地球人の理論が分からない。

「とにかく帰るわよ。」

「いいのか。俺は――」

「俺はどこに帰ればいい、なんて濡れた子犬みたいに言ってたのはどこのドイツかしら。」

「う、うるさい。」

 二人は何事もなく歩いて家に帰っていく。何もかも忘れたように。

 

 

 

「ズィーブはやられたよ。ベル。」

「分かっているさ、エル。」

 薄暗い部屋に二人の人物がいた。一人は落ち着きがなく、そわそわし、もう一人は対照的に落ち着いて椅子に座っている。

「まあ、彼女はもう用済みだった。むしろ、あれだけ粉々に架空物質をばら撒いてくれたんだ。感謝しないと。」

「じゃあ、次はドルミーチェを起動させるのね、ベル。」

「ああ。作戦は第一段階終了だよ、エル。」

 くすくすと二人は互いを見つめ合いながら楽しそうに笑っていた。

 




 ここ最近、小説家になろうに投稿し始めたのですが、小説家になろうは二次創作がダメみたいです。なので、ここに。
 設定としてはほとんどオリジナルです。さって、ウルトラマン、ほとんど知らないのだもの。後一話ありますが、執筆中ですので、しばらくこのままです。
 不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします。







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