code;brew ~ただの宇宙商人だったはずが、この地球ではウルトラマンってことになってる~ 作:竹内緋色
1
もう、疲れてしまった。ただただ沈んでいく。このままでは彼らと一緒になってしまう。
闇は恐ろしすぎた。あれは光さえも飲み込む、恐ろしい闇。
このままではいけない。だが、もう力が出ない。どうしようもない。
そんな時、言葉が聞こえる。誰かが悲しむ声。
情景が浮かぶ。
一人の少女が目をつむっている。その周りを人々が囲んでいる。人々は少女の死を悲しんでいた。
いや、少女は死んでいない。わずかに波動が残っている。
少女はこう言っていた。
悲しまないで。そんなに悲しまれると、諦めきれないよ。
少女は泣いているようだった。
人は簡単に死ぬ。一日に何人も死ぬ。だから、これは当たり前の風景。だが、助けたいと思った。少女の純粋な人を思いやる心に惹かれてしまっていた。
今度は少女と合体か、と頭を悩ませた。
「上官は?」
「どうも上の方々から呼び出しを受けたみたいです。」
「どうしたんだろうな。」
消防署の一角の会議室。三人になってしまった地球防衛隊は少し寂しいな、と心は思ってしまった。かつて心を励ました同僚はもういない。それは彼女の真の姿を恨んでいる心と矛盾していた。それが心を二つに引き裂いてしまいそうだった。
「はあぁ。」
妹尾が疲れた顔で帰ってくる。
「どうしたんですか。」
剣が報告を聞きたそうに言った。
「それがね、警視総監とかそういう人たちとの話し合いになると思ってたら、意外と大事になっちゃって。」
「いや、警視総監と話しあいってだけで大事ですよ。」
剣は少し呆れて言った。
「国連とか、総理大臣とか官房長官とかが来てね。そりゃ大変だったよ。色々文句言ってくるんだからさ。だから、言ってやったよ。もっといい兵器を出せば私たちだけでも倒せます、って。ウルトラマンなんていりません、って。そしたら、なんて言ったと思う?」
妹尾はみんなの答えを待っていたようだが、誰も答えようとしない。妹尾をそうなることが分かっていたようだった。
「国連が雇ってる軍事会社の軍に吸収されろだって。私たちに民間企業の社員になれってことらしい。」
「意味が分からないのですが。」
葉は妹尾に疑問を投げかける。
「つまりは、君らは今日から僕らの同僚、いや、部下ということさ。」
長髪の男と、まだあどけなさを残したボブヘアの少女がノックもなしに入ってくる。
「お前らは?」
心は怪訝な目をして二人を睨む。
「エレキシュガルカンパニー、通称エ株の怪獣災害特殊部隊の派遣員。コウ・ムラサメと。」
「相沢南です。」
コウは威圧的に、南は控えめに言った。
「もう決まったことなのか?」
心は妹尾に詰め寄る。
「ああ。明日にでも法案が通るらしい。ふざけた話だ。」
妹尾は二人を睨んだ。
「いいや、日本の政府は的確な判断をしたと思うよ。なにせ、うちには怪獣を倒すための兵器が揃っている。日本の国防を考えるなら、我々と手を組むべきなのだと再三言っていたのだがね。」
そんなことで誰も納得はできなかった。
「こんな狭くて小っちゃくて、機材も何もないところより、我々が作った基地の方が断然いい。早くそちらに映ろう。なに。荷物はそのままで構わないさ。ここにあって向こうにないものなんて何一つないからね。」
なにかよからぬことが動いているのではないか、と心は訝しんだ。
『ということがあってね。』
葉はさきほどの移籍問題をブリュウに報告していた。
『なんだか騒がしいけど、なにかあったの?』
葉は宇宙人に対して偏見はないようだった。
「ああ、それが――とんでもなく厄介なことになっちまって。」
「離せ、お前ら!」
少女が叫ぶ声。沙耶だ。沙耶は病室から出ようとして暴れている。それを看護婦やミレイ、一ノ瀬が必死で止めている。
「一体どうしちゃったのよ。沙耶!」
ミレイが悲痛な叫び声を上げる。
少女の力とは思えない怪力で沙耶はミレイたちを跳ね返した。
「俺はあいつを探さなきゃいけないんだ!」
「うろたえるな!小僧ども!」
バーン、と幼女の声で効果音を発して、病室に明るい色のボブヘアのメガネ幼女が入ってくる。
「まさか・・・親父?」
沙耶が凍り付いた声で言う。
「親父ではない。パパと言えと言っているだろ。」
「親父、そんな格好でどうしたんだよ。」
「親父ではない。パパと言えと言っているだろ。」
「親父、話を聞け。」
「親父ではない。パパと言えと言っているだろ。」
「パパ。」
「なんだ。ゼロ。」
ブリュウはやはりそうかと思った。沙耶の中に別の干渉波があるとは思っていた。それが並の宇宙人のものではないから、もしかしたらとは思っていたのだ。
「俺はアイツを探さなくちゃいけない。だから――」
「私はいつも言っているだろう。周りの状況を確認せよと。」
沙耶は周りの様子を見る。ミレイたちは起き上がり、目には涙を浮かべている。
「すまない。」
沙耶はしょぼくれた。
「私に任せて。ゼロさん。」
沙耶は独り芝居のように、会話していた。
「ああ。頼む。沙耶。」
「みんな。」
沙耶は倒れているミレイや一ノ瀬に向けて言った。
「私は大丈夫。もう体も元気。心配かけさせてごめんなさい。でも、やらなくちゃいけないことがあって。」
「もしかしてだけど・・・」
「ごめんなさい。みんなを巻き込んじゃうから詳しくは説明できないの。でも、大丈夫だから。」
いつもの沙耶の言葉にみんな説得させられたようだった。
「ごめん、着替えるから、出て行ってくれたら嬉しいかな。」
沙耶の笑顔に誰も反論できないようだった。
「ねえ、どうなってるのよ。説明しなさいよ。」
私は宇宙人に言った。
「俺も詳しいことはわからん。」
宇宙人は目の前の小さな可愛い少女に言う。
「説明してもらおうか。」
「まあ、お前たち二人になら説明してもいいだろう。」
女の子はおじさんみたいな声で言う。
「あれは私の息子、ゼロだ。どうも死にかけていたあの少女と融合したらしい。」
「じゃあ、この宇宙人と一緒ってこと?」
「簡単に言えばな。だが、あの少女と意識を共有できておるみたいだ。ゼロも少女も、融合を解除しようと思えばできんことはない。」
「じゃあ、どうして。」
「恐らく、少女はゼロに協力するつもりなのだろう。ゼロは融合を解除すれば死んでしまう。だから。」
「まったく。」
私は呆れてしまった。だって、沙耶らしいから。
「でも、あんな風に暴れられたら困るわ。」
「ああ。私からもきつく言っておく。少女の人格の方がゼロも動きやすいだろう。」
「そうね。」
私は自分自身に驚いていた。だって、普通、簡単に理解なんてできない。宇宙人が変わっていくように、私も変わっていっているのかもしれない。
「あのゼロとか言うやつの目的はなんなんだ。」
めんどくさそうに宇宙人は言った。
「それは奴にしかわからん。ブリュウ。ゼロに協力してくれ。」
「なんで俺が。」
「私にも私の生活があるのでな。」
小さな女の子は病院から去っていった。
「おまたせ。」
沙耶は病室から出てきた。
「沙耶。本当に大丈夫なの?」
「うん。とっても元気。」
「沙耶!」
トイレから出てきた一ノ瀬が一目散に沙耶に向かって来る。
「あんた、手、洗ったんでしょうね。」
「当たり前だ。アルコール消毒に、手を熱湯につけるまでやった。」
「盟神探湯かよ。」
宇宙人はつまらなさそうに言った。こいつ、つっこみなんてするんだ。
「一体どうしたんだ。説明してくれるよな。」
一ノ瀬が沙耶に迫る。沙耶はとっても言い辛そうだった。私は、あの迷惑な宇宙人の人格が出てくる前にフォローを入れる。
「中二病なの。沙耶は。」
「は?」
一ノ瀬はポカンとしている。
「そ、そうなの。私、中二病で。」
「まさか、あの不治の病、中二病に沙耶が・・・」
大袈裟だろ。
「でも、大丈夫。俺、沙耶に一生ついて行くから。」
「夜兎・・・」
一瞬、ヤトって誰だ、と考える。そうか。このクソ生意気な坊主か。似合わない名前。
「でも、夜兎を巻き込むわけには・・・」
「やっと我の出番だな!」
ババンと言う効果音で現れたのは金髪碧眼の転校生。ハンナ。
「私よりもその坊主の方が目立つのは気に食わん。ただでさえ、警備隊の奴らに座を奪われておるのだ。もっと出番を増やせ。」
「ハンナ。」
「私とこ奴らで探し人を探そう。それでいいな。若造よ。」
「ああ、構わない。」
沙耶は急に声色を変えた。これが可愛い女の子が言っていた別人格なんだろう。
「では、行くぞ。」
なんだか何気に巻き込まれているけど、仕方がない、と私は思った。
「で、一体何を探せばいいのだ?」
ハンナは川沿いを歩いている時に言った。
「え?知らないの?」
なんだか知ってる風に言ってたのに。
「うむ。知らぬ。」
それは困った。今、歩いているのは三人。ハンナと私と宇宙人。沙耶は一ノ瀬と仲良く手を繋いで帰っていってしまった。ちょっと嫉妬しちゃったのは秘密。
「電話かけてみる?」
「その必要はない。」
耳元で急に少年のような声が響く。私は驚いて離れる。そこには沙耶がいた。
「あんた・・・沙耶じゃないわね。一ノ瀬はどうしたのよ。」
いつもの沙耶とは違う険しい顔つきをした沙耶に私は言った。
「ああ、彼にはお昼寝をしてもらっている。」
意外と物騒だ!
「全く、処刑人は物騒だのう。」
ハンナは沙耶を睨んでいる。
「処刑人とは、俺たちも嫌われたようだ。」
「幾多もの星々を滅ぼしておいて何を言う。」
「俺たちはそれが最善の方法だと思ってやってきた。」
「歪んだ正義だな。」
なんだか険悪だった。沙耶の中のゼロって人は悪い人なんだろうか。とっても心配になる。
「ほら。そんなことより、早く人探しでしょ。誰を探してるの?」
私はそんな空気をぶち壊すように明るく言う。こういうのは沙耶の役割で、沙耶も結構苦労していると思った。
「わが友。ジードだ。」
「ジード?」
聞き覚えのない名前だった。
「きっとこの星に来ている。だから――」
「とにかく探そ。」
結局雰囲気は悪いままだが、仕方ないと思った。
ハンナは壊れたビルに連れてきた。一か月前、私が運ばれてきたところだった。
「ジードという者について何か知らないか。」
ハンナはビルの中の四人に言う。
「ボス。そいつは――」
おかしな服装をした男が沙耶を睨んでいる。
「こやつらにひどい目に遭わされた者もいよう。だが、今は不問とする。協力してくれるか。」
みんな黙りこくる。
「どうも名簿には載っていないようです。」
眼の虚ろな少女が答える。
「ちょっと待て・・・確か近所に引きこもりの宇宙人がいるって聞いたな。ソイツの名前がジードだった気がする。」
引きこもりって。まあ、現代病の一種だものね。
「よし、行くぞ。」
ゼロはそう言ってビルを出る。
「おい。」
サングラスをかけたオールバックの男が言う。
「ありがとうぐらい言ったらどうなんだ。」
「ついでに謝ったらどうだ。」
顔の歪んだ男。
ゼロは何も言わず去っていった。
「ちっ。行け好かねえ。」
おかしな恰好の男が言う。
「ごめんなさい。」
私が謝った。
「いや、別に嬢ちゃんが謝らなくても。」
「失礼します。」
私は頭を下げてビルから出た。別にゼロのことがどうこうの思って謝ったわけじゃない。ただ、沙耶が嫌われているみたいで嫌だったのだ。
ハンナが案内したのは、意外と大きな一軒家だった。サザエさんの家みたい。
「おい、ジード。いるんだろ!」
ゼロは激しく扉を叩く。しかし、反応はない。
「入るぞ。」
ゼロは扉に手をかける。えげつない音がした後、扉は勢いよく開いた。ぎごぎしゃ、って音がした。絶対バカ力で鍵をぶっ壊したんだ。
ゼロは靴を脱がず家の中に入ると、そのまま二階に上っていく。そして、部屋の扉を足で吹き飛ばす。
「ちょっと、スカート穿いてるんだから、そういうのやめてよ。」
「そうだよ。」
沙耶も抗議する。
でも、ゼロは私たちの話を聞かず、そのまま部屋に入って行く。
「ジード!」
その部屋はなんとも異様だった。壁を覆うように何枚ものポスターが張り巡らされていて、何層もの防壁を作っている。そのポスターはアイドルだったり、アニメの女の子だったり。ありゃ、これは典型的なオタクだわ。
そんな中、少しあったかいにも関わらず、毛布をかぶってパソコンにかじりついている男の子がいた。多分、私たちよりちょっと年上くらい。
「何してるんだ。」
「もしかして、ゼロさん?」
ぬっと幽霊みたいに顔を向ける。
「引きこもりってどうしたんだ。お前らしくない。」
そんな時、宇宙人の携帯が鳴り響く。これは怪獣警報?
「すまない。俺は行く。」
宇宙人は出て行こうとする。
「翔一。」
私は思わず翔一の名前を叫んでいた。
「大丈夫。必ず帰ってくるから。」
翔一みたいな笑顔で宇宙人は言う。でも、どこかぎこちない。ものまねしてるんだってすぐわかる。
宇宙人は駆けていった。
私は、宇宙人に無理強いさせているんだなって、罪悪感みたいな苦い気持ちがこみ上げていた。
ひっそりとした山の中に秘密基地はあった。
「すげぇ。ウルトラマンの秘密基地みたいだ。シークレットベースだ!」
「そうだろ?これだけでも来て意味があるだろ。」
ムラサメは得意そうに言った。
「各国の怪獣、宇宙人のデータもそろっている。」
「これは、暗黒の秘密文書ばかり。」
妹尾も驚いていた。
「こいつは――」
剣はボードに貼られている写真に気が付く。見覚えのある顔があったのだ。
「ああ。それは宇宙人ではないかと思われる人物だ。要注意だよ。」
そこにはハンナの写真があった。
「どうした。剣。」
動揺している剣に心は話しかける。
「いいや、別に。」
「次は兵器と行こうか。」
そう言ってムラサメが部屋を出ようとした瞬間、小さな女の子が自動扉から姿を現す。
「何者かね。きみは。」
ムラサメは明らかに困惑の色を浮かべながら言う。
「君らこそ、何者だ。」
「ゾフィーさん。」
妹尾の知り合いのようで、親し気に妹尾は言う。
「なるほど。色々と大変なようだな。」
ゾフィーと呼ばれた少女の後ろから、メガネの少女が顔を出す。
「彼女たちは協力者です。」
「子どもが協力者だとはな。」
ムラサメは明らかにバカにしたような口調だった。
「セキュリティはホワイトハウス以上だったんだが。まあ、いい。一体何の用かな。小さい妖精さん?」
「そんなことより、出たぞ。」
ゾフィーの言葉が終わった直後、うぃーんうぃーん、と基地全体が警報を発する。怪獣警報である。
「行くぞ!」
ムラサメの言葉に剣と心は反応し、ムラサメに続いて、部屋を出る。
「データ照合。昨日と同じレッドキングです。それも――これは――」
「三体確認。場所は昨日の周辺。」
南は的確にアナウンスする。
「セブン。頼まれたものはできたか?」
「ええ。」
セブンは基地の機器をいじりだした。
ブリュウは川辺で立ち止まる。山からは怪獣の頭が見えていた。計三匹。
「昨日のを三匹か。」
ブリュウは恐怖を抱いた。昨日のブレスレットの感覚。それは自分以外の誰かがブリュウの体の中に侵食していき、別の誰かに変わっていくという感覚。
「ほっとけないだろ。」
「待ちたまえ。」
ブリュウが変身を決意した時、何者かがブリュウを止める。
その男は音もなく、気配もなくブリュウの前に現れた。
「何者だ。」
ブリュウは即座に、その男が真っ当でないと感じた。薄汚れたフードで顔は見えない。
「昨日のままだと、君はあの怪獣たちに絶対に勝てない。」
怪獣は何もかも破壊してしまいそうな恐ろしい雄たけびを上げている。
「地球防衛隊と協力しなければ、君一人では勝てないよ。」
「お前は何者かと聞いているんだ。」
ブリュウは焦っていた。
「マーリンお兄さんだよ!」
「世界観ぶち壊しかっ!」
「ともかく落ち着いて。もう、僕には名前はない。きっと誰も忘れてしまっているさ。僕自身、長い旅の末に忘れてしまった。とにかく、彼らを信じることだ。そして、冷静に判断すること。僕もかつてそれが出来なくて、数々の困難に陥ってしまった。でも、君は一分しかウルトラマンの力を使えない。使いどころを見誤らないことだ。」
気がつけば、フードの男は消えていた。まるで夢の住人かのようにブリュウは感じた。
「でもよ。ジーっとしててもドーにもならねえだろ。」
ブリュウは変身した。
「正義のため、頑張ってきたじゃないか。戦えるのはお前だけなんだ。」
「うるさい!」
思わず私は耳を覆ってしまった。まるでジードの声が怪獣を煽り立てているように感じる。
「僕も頑張って人々を助けてきた。応援してくれる人がいて、とっても嬉しかった。でも――全てが終わればみんな忘れてしまう。僕が頑張ったところで、僕の生活は豊かにもならない。そんなの、不公平じゃないか!僕はもう、あんな怖い思いをして戦って、でも僕自身には何も帰ってこないのが嫌なんだ!」
「甘ったれてんじゃ――」
私は沙耶の口を覆った。沙耶は、いや、ゼロは私の手を引き離す。
「何するんだ。」
「そんなんじゃダメなの。私たちに任せなさい。こういう時には沙耶が適任なの。暑苦しいだけのおっさんは黙ってて。」
「俺はおっさんじゃ――」
「呼んだ?ミレイ。」
「沙耶!」
私たちは抱擁を交わす。
「ハンナも手伝って。」
「よかろう。宇宙人の自立支援も我らの仕事だ。」
私たちはジードの横に座る。
「僕はもう戦えないんだ。」
弱弱し気にジードは呟く。
「別にいいわ。」
私は言った。
「え?」
ジードは目を丸くして私を見つめる。
「そう。別にあなたが戦わなくちゃいけないわけじゃない。嫌だったら逃げていいと思う。一人だけに戦わせるのは間違ってるもの。」
沙耶は優しい声で言う。私も聞きほれてしまった。
「そうだ。我々だって、今のぬしと同じだ。力なんて何もない。でも、できることはある。精一杯、今のウルトラマンを応援することだ。」
「それしかできないのがもどかしいけど、私たちはそれしかできない。できることを精一杯やるの。あんたも言ってたでしょ?応援してくれて嬉しかったって。戦えなくても、一歩踏み出さなきゃ。それじゃあ、アンタに感謝しなかった奴らと一緒になっちゃう。」
出ましょ、と私はジードの手を引く。
部屋から出るのが引きこもり脱出の一歩。それには手を引いてくれるほど強引な誰かがいないとダメじゃない。
ブリュウは三体のレッドキングと対峙していた。レッドキングは短い足でゆっくりと確実に移動している。
『ブリュウくん。聞こえる?』
突然轟音がブリュウの耳に響く。頭が割れそうだ。
「何してくれてんだ。」
『あれ?なんかおかしいみたいですよ?』
どうも強力な間接干渉で語りかけているようだった。
『おお。音量を間違っていたみたいだな。』
「絶対わざとだろ。」
『はっはっは。緊張も解けただろう。』
セブンの声にブリュウはいつか泣かしてやると怒りをあらわにする。
『だが、事態は最悪だ。一際大きな腹のレッドキングがいるだろう。ソイツはマザーレッドキング。腹に子どもを抱えている。』
確かに、一団から遅れるようにレッドキングが一体歩いてきている。
『その怪獣の腹には原爆に相当する熱量が感知されています。』
痺れをきらしたように聞きなれない女の声がした。だが、今はそんなことに構っている余裕はない。
『僕たちはソイツに攻撃できない。だから、そのレッドキングだけを君に任せたいんだ。』
「具体的にはどうするんだ。」
『僕らで他のレッドキングを惹きつける。その内に、マザーレッドキングの腹に強力なスペシウム光線を当てて無効化してほしい。』
「できるのか。そんなこと。」
『できる。スペシウムは原爆の原子さえも破壊可能だ。』
セブンとは違う幼女の声が聞こえた。
「お前は――」
『今は時間がない。早くするんだ。』
『待って。また別の反応が。もう一体怪獣が近づいている。』
「なんだと?」
事態は最悪だった。
『データ参照。海底原人ラゴンです。』
『やつは大人しい怪獣のはず。どうして――』
『恐らく、レッドキングが暴れたせいで目を覚ましたのでは?』
ブリュウが振り向くと、そこにはぬめぬめしい人型の怪獣が現れていた。
「くそっ。次から次へと。」
『ブリュウ。そいつは大人しい怪獣だ。話せばわかる。』
「そんな暇ないだろ。」
見慣れない戦闘機がレッドキング二体を爆撃している。その威力はすさまじい。
その時、ローブの男の言葉が甦る。
とにかく、彼らを信じることだ。そして、冷静に判断すること。
「分かったぜ。おっさん方。信じるからな。」
ブリュウはラゴンに向き直る。
「よう。ラゴン。元気か?」
『コミュ障か。』
『もうちょいいろいろあるだろ。』
『コミュ障の僕にしては、頑張ったと思いますけど。』
『コミュ障。』
「一々うるさいんだよ。自閉モードに切り替えるぞ!」
干渉で語りかけたが、反応しない。ラゴンは町を破壊しながら、進んでいく。
『ああ。会話はできないのか。じゃあ、踊れ。』
「無茶ぶりが過ぎるだろ。」
『ラゴンは音楽を愛する。だが、音楽など出せないだろ。歌えるのか、お前は。』
「歌ってやるよ。」
ブリュウは歌った。
ラゴンは怒り狂って暴れる。
「全然大人しくならないぞ。」
『ジャイアンの方がマシ。』
きっぱりと言う女だとブリュウは思った。
「くそっ。やっぱり踊るしか――」
そんな時、街中のスピーカーから音楽が流れる。それはこの町の音頭。少女たちが歌っていた。
ラゴンは立ち止まり、胡坐をかいて座っている。そして、手を叩く。
『ほら、踊れ。』
「誰だか知らないが、後で覚えてろよ。」
ブリュウは仕方なく、覚えたての音頭を踊る。
「というか、踊る必要なくないか。」
そんな時、音頭と呼応するかのように、ブリュウの警報装置が鳴り響く。
「時間切れだ。」
ラゴンはそのままだ。ブリュウは踊りを止めて、マザーレッドキングへと向かう。その折、レッドキングの一体が倒れ、活動を休止した。
ブリュウはブレスレットを起動する。そのまま駆けて、マザーレッドキングの背後に回りこみ、羽交い絞めにする。体が焼けるように熱いが、気にしている暇はない。
「頼むぞ、お前ら。」
マザーレッドキングの異変に気が付いたレッドキングがブリュウに向かって来る。
『お前と会話するなど気持ちが悪いな。』
『へぇ。ウルトラマンと話せるなんて新鮮だね。いいよ。僕たち人間のすごさってのをみせてやろうじゃないか。』
どうも、戦闘機にも通信ができるようだった。
戦闘機はレッドキングに爆撃を仕掛ける。レッドキングの注意が戦闘機に向く。
ブリュウはマザーレッドキングに投げ飛ばされる。岩肌に激突する。怒り狂ったマザーレッドキングはブリュウを襲おうと大きく両手を広げる。
「それを待ってた。」
ブリュウは光線銃を取り出し、マザーレッドキングの腹に密着させる。そして――ブレスレットによって強化された光線はマザーレッドキングの腹を砕いた。
それと戦闘機が光線を放ちレッドキングを破壊するのは同時だった。
『やったぜ!』
剣が喜んでいるのが聞こえる。
「お前らよくやったな。」
『きみの踊りもなかなか見ものだったよ。まだ時間があるのなら、踊ってほしいものだ。』
「知らないやつだが言っておく。絶対にやらない。」
歌には自信があったのにな、とブリュウは聞こえないように呟いた。
そろそろ時間切れだった。ブリュウは空に飛び立とうとする。
そんな折だった。
ぐるおあああああ。
腹を破壊されたはずのマザーレッドキングが立ち上がった。スペシウムが腹の熱量を相殺するので力尽き、マザーレッドキングを倒すまでには至らなかったのだ。
残り二十秒。ピンチだ。ピンチだ。どうにもならない。そんな時――
「ババン。ズバット惨状。ズバット解決。その名も――ウルトラガール・メルちゃんだああああ。」
謎のウルトラガールはマザーレッドキングを手刀で真っ二つにした。
そのウルトラガールはブリュウに向き直る。
白銀と紫、所々青と赤の混じった体。胸や腰のラインが煽情的だった――
「あんた、意外とやるじゃない。」
ジードは照れながら頭をかく。
「いや、皆さんの歌もなかなかですよ。」
ジードはどうも私たちには聞こえない声を感じ取ったらしく、町の市役所を乗っ取った。乗っ取りはゼロの担当。沙耶の体で好き勝手してくれるのはどうかと思うけど、結果オーライよね。
「僕には僕のできることがある。そんなこと忘れてた。ありがとう。」
「ところでジード。」
いいところでゼロが割り込む。
「カプセルはどうした。」
「ああ、あれ。」
何気ない事のようにジードは言ってのける。
「なくしちゃった。」
「はあ?」
ゼロは一瞬意識を失ったようだった。
「お前・・・」
「まあ、一件落着。」
勝手に締めた。
秘密基地にみんな帰ってきた。
「君たち、あのウルトラマンの正体を知ってるんじゃないのかい?」
「いいや、知らないな。」
剣は不機嫌そうに言う。
「では私たちは帰る。」
ゾフィーとセブンは帰っていく。
「送っていくよ。」
ムラサメは続いて出て行った。
「君たち、何者なんだい?」
ゾフィーの後頭部には拳銃が密着していた。
「貴様に言う必要はない。」
ムラサメは銃の引き金を引いた。
ちゃかっという音がした。
「ばれてたか。」
ゾフィーは後ろを振りむかず去っていった。
「ゾフィー。怖かったよぉ。」
セブンがゾフィーに抱きつく。
「やめんか。気持ち悪い。」
ゾフィーはセブンを引き離そうとする。
「でも、メルが来たってことは――」
「あの迷惑者もセットだろう。」
ゾフィーは溜息を吐く。
「まあ、メルだけでも迷惑だけど。」
「そうだよなぁ。」
疲れたサラリーマンのようにゾフィーは言った。