どうだ、私は頭がおかしいだろう!?   作:まさきたま(サンキューカッス)

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第十一話「既視感」

 4月の最後の日曜日。それはすなわち、私の初デートの日である。

 

 巻き戻った時間軸でヒロシの告白を受け入れた私は、周りに唆されたヒロシによってデートへと誘われ、なし崩しに二人きりで出かける運びとなった。からかい交じりの級友たちの祝福が、なんとも腹立たしい。

 

 デート自体は、別に良い。ヒロシとのデートが別に嫌なわけではない、むしろ楽しみですらある。

 

 問題なのは、私は異性と二人きりで出かけた経験がない事だ。いきなりデートとか誘われても、心も衣服も化粧もひっくるめて何の準備も出来ていない。明日は何をすればいいのか、どう振る舞えばいいのか、勝手が何も分からない。

 

 時刻は土曜日の深夜11時、私は悩みに悩み抜いていた。

 

 

「あちらを立てればこちらが立たず……。人生って難しい」

 

 

 私のベッドの上には、2着の服が並べられている。当然、明日に来て衣服の候補である。

 

 私から見て右に置いてある服は、以前に血迷って買ってしまった、淡い水色が基調のオサレな勝負服だ。確か『清楚な貴女の春一番!』が謳い文句の、露出は少ない代わりあざとさは満載のブランド服のワンピース。

 

 かつてこの服に袖を通し誰かと出かけたことはなかった。『いつか私にデートする日が来たら』と衝動買いしてしまい、そのままタンスの奥に封印されていた聖遺物である。

 

 去年に購入した品であり私も成長している為、このまま着るとスカート丈が短くなってしまう。これではせっかくの清楚が台無しである。だが、今更直す時間もないし、私自身の裁縫スキルでブランド服を弄る度胸なんてない。

 

 とはいえ、春用のデート服はこれしか存在しないのも事実。明日のデートは、この服を着ていくべきだろうか。

 

 

 

 一方、私の左に置いた服は、もはや服とは呼べないが、馴染み深い逸品である。即ち、ユニ○ーサルスタジオで購入したスパイ○ーマンタイツである。

 

 インパクトという点では、前者とは比べ物にならない。街ゆく人の視線も独り占めできるし、着慣れているから私自身も快適である点も高評価だ。

 

 この服の弱点は、顔まですっぽりと隠れてしまうため不審者扱いされやすい所だろう。さらに、タイツなのでボディラインも透けてしまいかねない。だが、一周していい誘惑になるかもしれない。

 

 少し冒険をしてオシャレ服を着るか。安定感のあるスパイダー〇ンスーツを身に纏うか。

 

 ああ、全く悩ましい。明日のデートは、この2着のどちらかで決まりだろう。だが、その二択を選べないのだ。

 

 結局、私が心を決めて、一着の服をハンガーにかけたのは深夜を過ぎてからだった。

 

 デートに着ていく服に悩むなんて、凡俗なJKと何ら変わりがないが、たまにはこんな日があってもいいだろう。初めてのデートに高鳴る胸を抑えつつ、私はベットに潜って寝息を立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、デート当日。

 

 ヒロシとの待ち合わせ時刻は午前10時だ。時間ギリギリに出掛けるのはよろしくないので、私は早起きして化粧を整え、朝早く午前7時には家を出ていた。待ち合わせの2時間前には、余裕をもって到着するだろう。ヒロシが到着していなければ、周辺を下見してもいいかもしれない。

 

 家を出た後、念のため周囲を警戒する。特に怪しい影は見当たらない。見慣れた普段通りの道である。キョロキョロと曲がり角に差し掛かるたびに前後確認を行いながら、私は忍び足で駅へと向かっていった。

 

 私は何故、これほど慎重に行動しているのか。それはこんな早い時刻に家を出たもう一つの理由、すなわち泉小夜への警戒である。

 

 今回のデートの最大の障害は、ヤンデレによる急襲だろう。うっかりタク先輩に電話する余裕すらなく死んでしまえば、最悪24時間経過して時間逆行が間に合わない。そんな状況だけは避けねばならない。

 

 なんとかヒロシと合流できたら、泉小夜の襲撃リスクはぐっと下がるだろう。ヒロシの心証を下げてまで私への恨みを優先するとは思えない。むしろ、奴なら私の死に付け込んだ策を用意するはずだ。

 

 それに近くにヒロシがいれば、きっと私を守ってくれるだろう。なので危険なのは、ヒロシと合流するまでのこの時間である。

 

 警戒を緩めず歩を進めるが、襲い来る人間の気配はない。流石に泉小夜も、物理的手段は取らない程度の良識的を持ち合わせているのだろうか。時刻が早すぎて、泉小夜の襲撃を先んじてかわせたのだろうか。

 

 結局、特に何か起こることもなく。私はあっさり駅に到着し、人混みの中へ無事に潜り込めた。こうなってしまえば、襲撃されたとして、衆人環視の目の中である。すぐに助けを呼ぶことができるだろう。

 

 ひと安心、ひと安心。

 

 

 

 

 

 

 ────と、思っていたのだけど。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 満員電車とはいえないにしろ、休日の朝の8時頃はそれなりに混雑するものである。私が乗った電車もたくさんの人間で溢れていた。

 

 そして不運にも座席に座ることが出来ず、ドア側の窓に張り付くように立っていた私は、ケツに何やらが押し当たっている感触に気づく。じんわりした熱を持っているその何かは、おそらく誰かの手であろう。

 

 うーん、混んでるからな。痴漢か、はたまた事故か。

 

 窓ガラス越しに反射した、私の背後に立つ人物を確認する。中年で、スーツ服の男性。そのオッサンの手の甲が、私のケツと接触しているらしい。

 

 ギルティかなぁ? 仮に事故だとしても、文句言うくらいは許される状況だろう。でも、しらばっくれられるかもしれない。

 

「……」

 

 相変わらず、オッサンの手の甲は私のケツをプニプニ触り続ける。畜生、金払え。

 

 よし、一言声をかけよう。そして、睨み付けよう。溜め息を溢しつつ、いざ振り向こうとしたその瞬間。

 

「……っ」

 

 ────うおいっ!!

 

 ゾワッとした不快感が、背筋を駆け上がる。なんと私の背後に立っていた男性は、触り続けていた手の甲をひっくり返し、私の美尻を鷲掴みにしやがったのだ。

 

 これは、事故ではない。明確な痴漢に他ならない。

 

 フツフツと怒りがこみ上げてくる。勝手に人の尻を撫でまわしやがって、そんなに私がおとなしそうに見えるのか。

 

 もはや許せん、ここは一つ本気で頬を張り飛ばしてやろう。狙いを定めるべく私は振り向いて、その無粋な男を睨み付けようとして。

 

 

 血走った眼で冷たく私を見下す、自分より背の高い太った男と目があった。

 

 

 その直後に背後からの圧力が増し、私はドアへと押し付けられる。その男は、そのまま私の足と足の間にグイと膝を突っ込んで、スカートを捲りあげた。

 

 その、あまりに非常識でふてぶてしい痴漢の行動に、声を失って硬直していると。その男は私の腹に手を回し、上腹部から恥丘にかけて緩やかに、スカートの中へ手を滑り込ませて撫でるようにまさぐり始める。

 

 待って。それは流石にヤバイだろ。

 

 私は背後から、見知らぬ男に股間を生で触られようとしている。どんな状況だ、安っぽいAVか。

 

 無遠慮なその腕を必死で引きはがそうと抵抗するが、いかんせん筋力差が大きく歯が立たない。背後から聞こえる鼻息の音が荒くなってくる。怖気が走る。

 

 どうすれば、良いのだろう。どう言えば、止めてくれるのだろう。何だこれは、どうして私がこんな目に合うのだ。

 

 あれか。さては泉小夜の策略か。畜生、あの女絶対に許さねぇ。だか、今は黒幕に怒りをぶつける暇はない。一刻も早くこのオッサンを撃退せねば。

 

「……っ、っ!」

「……」

 

 不快感で、嗚咽が漏れる。

 

 大きな声を上げようと息を吸い込むも、何故か上手く息が出来ない。

 

 頬を、冷たい水滴が伝う。嗚咽がこみ上げ、肩は震えるが肝心の声は出てこない。

 

 そして私は、窓ガラスに映った自分の顔を見て驚愕した。

 

 泣いている。目に一杯の涙を浮かべて、私は声を押し殺して泣いている。

 

 何故、声をあげないのか。何故、痴漢の頬を張り飛ばさないのか。

 

 何故、私はこの男の為すがまま、良い様にされているのか────

 

 

 

 

「アンタ、何してる」

 

 

 

 

 情けないことに。私の異変を察知した、近くの他の乗客がその中年の手を掴むまで、私はとうとう一言も喋らず良いようにされてしまっただけだった。

 

 乗客に腕を掴まれた中年の男はギャアギャア何かを騒いでいたが、よく聞こえない。私は痴漢から逃れた解放された安堵感と、何も出来なかった悔しさで、その場にしゃがみこんで泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「災難だったな」

 

 私はその次の駅で下車をして、駅員や警察官に囲まれながら、何が起こったかを詳しく事情聴取(セクハラ)された。調書を作るのだとか。

 

 示談金にするか否かとも聞かれた。そんなもん要らないからヤツを豚箱に突っ込んでくれと、そう言ってやった。

 

 ため息が零れる。とんでもなく嫌な思いしたのに、何で詳しく思い出させるのか。男の警察官に痴漢の内容を質問攻めにされた私のメンタルは、ボロボロだった。警察め、少しは配慮しやがれってんだ。婦警さんよこせ婦警さん。

 

「……ありがとうございました」

「おう、嬢ちゃんも元気だせよ」

 

 そして。

 

 わたしが今頭を下げている相手は、先程私を痴漢から助けてくれた若い大学生くらいの兄ちゃんである。うん、この人はいい人だ。わざわざ時間を割いて、私の事情聴取に付き添ってくれた。

 

 ……改めて向かい合うと、兄ちゃんは黒髪で爽やか、筋肉質でがっしりとした体つきの偉丈夫だった。うん、助けられた補正も相まってかなりのイケメンに見える。

 

 ただし冷静観察すると普通程度の顔であり、雰囲気イケメンに分類されるだろう。

 

「怖くて叫ぶ事が出来ないなら、防犯ブザーくらい買っとくと良い」

「その、一応、もっと反撃とか出来ると思ってまして」

「案外、怖かったろ? 一回目は仕方ないが、二回繰り返したらただのアホだ。次は、気を付けてな。アンタ可愛いんだから」

 

 兄ちゃんはそういってにこやかに笑った。さらりと出てくる誉め言葉に、僅かに動揺し紅潮してしまう。むむ、よろしい。君はイケメンに認定してあげよう。

 

「んじゃ、俺は待たせてる女が居るんでな。この辺で失礼するぜ」

「あ、それはどうも、その。ありがとうございました! あ、そうだ、お名前を……」

「じゃあな、マ……、いや女生徒ちゃん。名前? 内緒だ、名乗るほどのモンじゃねぇ」

 

 その男は、そう言葉を区切って笑った。

 

「あっ、そうだ! 一つだけアドバイスしておくよ女生徒。アンタ、人難の相が出てるから気を付けな? くれぐれも、安易に人を信用するんじゃねぇぞ?」

「はい? 人難?」

「具体的には今日明日、簡単に人を信用しちゃいかんぜ。そんじゃなー」

 

 最後によくわからない、妙なアドバイスを残して。その男はテクテクと、人混みの中に歩き去った。そそ妙なアドバイスについて詳しく聞こうと、私はその男を追いかけ――――

 

 瞬きをしたその瞬間、男は煙のように消え去った。同時に、微かに小さな不協和音が聞こえたような、そんな気がした。その後あたりを見回したが、あの兄ちゃんを見つけることはできなかった。見失ってしまったようだ。

 

 ……人難の相って、何だ。意味深な事を言いやがって、妙に気になるじゃないかあの雰囲気イケメン。

 

 

 ……。

 

 

 先ほどの兄ちゃんの顔が、妙に引っかかる。別に恋とかじゃない、純粋に記憶のどこかで引っかかっているのだ。

 

 気のせいか? いや、何処かで見たことがあるような気がする。

 

 何処かの誰かに、とても良く似ていたような──? 

 

「って、もうこんな時間!?」

 

 その誰かを思い出すべく、私はスマホの電話帳を開こうとして、時刻に気付く。

 

 午前9時42分。ヒロシとの待ち合わせまで、後18分。ここから待ち合わせ場所までの移動時間は、10分強。

 

 これじゃ、ギリギリである。早めに到着してヒロシを出迎えてやるつもりが、逆に待たせてしまう事になりかねない。

 

 初デートに遅刻なんてあってはならない。そこに思い至った私は先程の男の事などスッカリ忘れ、私は待ち合わせ場所へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒロシと待ち合わせていた、駅から少し離れた喫茶店に着いたとは、午前9時55分。なんとか、間に合った形だ。

 

 ヒロシは案の定、既に喫茶店で私を待ってくれていた。ガラス張りの窓から、愛すべき恋人が1人腰かけているのが見える。

 

 まだ、私には気付いていなそうだ。私は店員に待ち合わせていることを告げ、息を整えてからヒロシの背後へ忍び寄った。

 

 そして。退屈そうにスマートフォンを弄るヒロシの肩を、トンと叩いて話しかける。

 

「お待たせ」

「っと、マリキューか。すまん、気付かなかっ────」

 

 小さなドッキリ成功といった所か。うん、なんかこの行動は恋人っぽい。

 

 私に肩をつつかれたヒロシは少し驚いた顔で、私へと振り向いた。こっそり忍び寄った甲斐があったといえる。悪戯の成功にほくそえみながら、私はニパッとヒロシへに笑いかけた。

 

 ……ところが、私の顔を見たヒロシは、そのまま硬直して喋らない。ぱくぱくと口を動かして、やがて押し黙った。

 

 泣き腫らして赤くなった目元を誤魔化すため、キッチリと化粧を整えたはずだ。恐らく、泣いていた事を気付かれてはいないと思うのだが……。何で固まっているんだ?

 

「────あ、その、マリキューか?」

「何を言ってるんだお前」

 

 長い沈黙を破ってヒロシの口から絞り出てきた言葉は、まさかの本人確認だった。私以外に私は居ないぞ。

 

「ヒロシ、ひょっとして寝惚けてる? 昨日はワクワクし過ぎて眠れなかった系?」

「いや、その。マリキューなんだな、そっか」

 

 何やら挙動不審なヒロシは、私をチラチラと見てはすぐに視線を反らす。

 

 何だ、その珍妙なモノを見る反応。あれか、さてはこの服じゃなくてスパ〇ダーマンタイツを期待してたのか。なら次からはそっちでデートを……

 

「その、すまん。マリキュー、お前ってそこまで可愛いかったんだな……」

「────はぁ。ヒロシ、何をそんな当たり前の事を?」

「あー、やっぱマリキューだわお前。その、何だ、凄い似合ってるよ、その服。ナンパとか痴漢とか大丈夫だったか? マリキュー、今のお前やばいぞ」

 

 ふむ。ご心配の通り痴漢には遭遇したな、思い出させるなヒロシこの野郎。

 

 だが、ヒロシのこの反応は面白い。ヒロシの奴、この私に見とれてやがったのか。迷いに迷ったあげく、去年のオサレ服『清楚なわたしを見て☆』な一年遅れのファッションを選んだこの私を。

 

 ふふふ、この服を選んで正解だったようだ。

 

「いや、そのなんだ、見違えたわマリキュー。お前、ちゃんとした格好すればここまで可愛くなんのか……」

「おい普段の私ディスってんのか?」

「……普段の私服、ネタTシャツとかスパ○ダーマンタイツとかじゃねーか。うわ、なにこれマリキューが正統派に可愛い」

「スパイダー○ンタイツを着た私も愛して」

「スパ○ダーマンタイツ着てる人とデートはしたくないなぁ」

 

 そうか。あの蜘蛛男タイツを選んでいたら、今日のデートはお流れになっていた可能性が高いのか。危ないところだった。

 

「それじゃあさ、行こっか」

「オッケー、ところで何処行くの?」

「ん? 映画だよ、こないだ『俺の名を』見たいとか言ってなかったっけ」

「……そ、そうだったっけ」

 

 あふん。それ、こないだ一緒に見に行きましたやん。そうか、覚えてないのかヒロシの奴。

 

 

 

 ……見たことのある映画だったけど、既にチケットを用意していたヒロシにそんなことを言い出せず、私は2度目の『俺の名を』を鑑賞する事となった。

 

 ただし。一度見たことのある映画だったからこそ、怖がるタイミングやドサクサで抱き付く瞬間を逃さず有効活用出来たのは、不幸中の幸いか。

 

 少し積極的に行こう、そんな私の思惑通りに存分にヒロシに甘えてやった。普段の落ち着いたヒロシとはまた違う、頬を赤くして動揺しているヒロシをからかうのは楽しい。

 

 こうして私は、人生初のデートを存分に満喫出来た。

 

 危惧していた泉小夜の乱入等や突然変異の人体発火といったトラブル等もなく。4月最後の日曜日は、実に平和で牧歌的な休日となったのだった。

 

 




定期更新がつらいので不定期に、土曜日の17時に更新いたします。
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