どうだ、私は頭がおかしいだろう!?   作:まさきたま(サンキューカッス)

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第二十話「復讐と慟哭」

 駅内部に併設された小さなファーストフード店には、テーブル席は少ない。

 

 いつも大入りの客でごった返しているので、座席を確保するのは至難の業である。

 

 だが、それは帰宅ラッシュの時間まで。午後9時を回り、電車の座席に空席が出来る頃になるとポツポツと空いたテーブルが出てくる。

 

「任務ご苦労、ブン子。さて、報告会の時間だ」

「……ええ」

「ブン子ちゃん、どうしましたの? なんだか機嫌が悪いですわよ」

「ハムッ……ハフッハフッ、ハフッ……」

 

 私は逃げ出した後に(タク)先輩と連絡を取り、この店で待ち合わせをすることになった。死に戻る前に情報共有をしたいらしい。

 

 ついでとばかりに舞島(マイ)先輩も呼び出され、4人揃って今に至る。襲撃者……そういえば名前を聞いていない私を助けてくれた男は、山盛りのチーズバーガーを嬉しそうに頬張っている。そっとしておこう。

 

「で、単刀直入に聞く。何か新しい情報はあるかブン子」

「……そうですね。泉小夜が敵側の能力者だった、というのはご存知でしたか?」

「ああ。それは昨夜、そこでハンバーガー貪ってる馬鹿から聞いた。その情報は確定なのか?」

「ほぼ確定みたいです」

 

 そう言って、奢って貰った(時間が戻るのでノーカウント)コーヒーをグイと飲み干した後。私は、簡単に先ほどヤクザに襲われてから泉小夜に助けられるまでの経緯を説明した。

 

 あの時は気がつかなかったが、よくよく考えれば今日の泉は不可解な点が多かった。遭遇率といい、私を助けに入るタイミングといい、泉が狙い澄ましていたかのようなタイミングだった。

 

 全てはマッチポンプだったという訳だ。

 

「はーん。聞く限りじゃ洗脳の条件は『信頼してもらうこと』あたりかね? 割と良い情報持ってきたじゃないかブン子」

「……可能性は高いですわ。他人からの好意は、精神系能力の良い餌ですもの。成る程、それであの娘は妙に私達を避けていたんですね。奇特部だなんて怪しい集団、ヤクザ側なら調べに来ますわ」

「自分の正体がバレたら、絶対に洗脳出来なくなる。自分は遠い位置で探らないといけない。だから近寄ってこなかったのか」

 

 恐ろしい話だ。あともう少しあのまま流されていたら、私もあちら側になっていた。

 

 それにしても『好意は精神系能力の良い餌』か。それは嫌というほど思い知っている。実に納得できる言葉だ。

 

「他に何か、情報はないか。特にマリキューが洗脳された時間帯に繋がる情報だ」

「わかりませんわね。昨夜、彼女は病院で入院しておりましたので……。あの病院の面会時間は確か、夜8時迄だったはずですわ」

「だったらもう24時間過ぎてるな」

 

 そうだ。昨日マリは入院していた、もし彼女が泉に洗脳されたとすれば面会時間内の可能性が高い。面会時間を過ぎて病院での洗脳は、敷居が高いだろう。

 

 あれ? じゃあ間に合わなくないか?

 

「……もし間に合わなくて、マリが救出不可能だったらどうするんですか」

「そりゃ、もう仕方ねぇよ。マイに洗脳上書きをして貰……って、オイ!」

「今すぐ死んで確かめてこい……、まだ間に合うかも知れないだろ……っ!」

 

 咄嗟に手が伸び、私は柊先輩の首筋を締め上げようとした。

 

 何をノンビリしているんだこの男は。マリが助からなくなるかも知れないというのに、何故こんなゆっくり時間を割いて話し合いなんかしている。

 

「待て、待てってばブン子! 予知能力者が敵にいたら、安易に自殺すると俺が『詰む』んだよ! ちょっとは慎重にやらせろ馬鹿!」

「うるさい。そもそも電話上でさっと情報共有すれば良かったでしょ。何でワザワザ集めたのよ」

「電話みたいな音声だけの情報共有とか怖すぎるわ、この前それで騙されたばっかじゃねーか。それに死に戻りってのは慎重に慎重を重ねてやるもんなの。自殺する時は毎回こうやって石橋を叩き、『詰み』がないのを確認してから戻るべきなの」

「……タクがそう言うなら、そうなんでしょうね」

 

 まったく、憎たらしい事この上ない。

 

 この男は、マリを助けられる可能性を削って自分の安全を確保している。いくら私が時空系能力の専門外だからといって、そこまで慎重にやる必要はないと思うのだが。

 

 そんなもん、一度死んでから考えろよ。

 

「ぷはぁ、食った食った」

「で? お前は他に何か知らねぇの? 少なくとも安西さんに話した情報は全部話せ」 

「もう大体話した」

「私も同じですわ」

「そうか。ふむ……」

 

 そんな自分の身が可愛くて仕方ない柊先輩は、皆の話を聞き終わると両手を組んで考え込み始めた。良いからとっとと死ねよ。

 

 私にとっての『詰み』は、マリを救えなくなる事だ。いっそのこと、隙を突いて今殺ってしまおうか。

 

「ふむ。情報の整理が終わった。それじゃ、俺そろそろ行くわ」

「タク、頑張ってくださいまし。昨夜の今頃でしたら、私はまだ起きていましたわ。連絡をくださいまし」

「……マリを、お願いしますよ」

「ま、やれるだけやってみるよ」

 

 そして、柊先輩はやっと重い腰を上げた。地面に置いたカバンの中から、黒光りするハンドガンを手に持って額に構える。ふぅ、ひと安心だ。

 

 昨日の私は、今何をしていたっけ。寝る前の読書でもしていただろうか?

 

 だが何をしていても、マリの危機とあっては即座に行動するだろう。私が死にかけてまで手に入れた情報は役に立つだろうか。

 

 泉小夜を信じるな。この一言をマリにメールするだけで、状況は大分変わるはずだ。マリの命運を柊先輩に託すしかないのが癪だが、ここは彼を信じるしかない。

 

 ……お願いだから、なんとかマリを……。

 

 

 

 

 パン、と間抜けな音がして。

 

 柊先輩の持っていた銃から、糸で結ばれた万国旗が飛び出した。おもちゃの銃のようだ。

 

 

 

「……」

「あれ? 滑ったかな」

 

 この男、何をやっているんだ。まさか、今のはギャグのつもりだったのか? 

 

「タク……。いえ、何も言いませんわ。早く為すべきことをしてくださいませ」

「ちぇー、みんな遊び心を介さないなぁ」

 

 そう言ってヘラヘラ笑う柊先輩に、殺意が沸く。

 

 一刻も争う状況だと、この男もわかっているだろう。何をふざけているんだ。何がしたいんだ。

 

 そもそも、わざわざ集合をかけてまで情報共有する必要なんてあったのか? さっきからずっと、時間を無駄に浪費したがっているとしか思えない────。

 

 

 

 そこで、私は気づいた。

 

 ……奇特部の面々を一纏めにして時間稼ぎをする意味ってなんだ?

 

 既にマリは、敵の手に落ちた。奇特部メンバーの情報は、全て敵に筒抜けだ。

 

 だとすれば、ヤクザが次に洗脳しようとするのは誰だ?

 

 マリの呼び出しに簡単に応じるだろう、奇特部の最大戦力は誰だ?

 

 

 

 

 

 ドサリ。

 

 ひたすら黙々と、ハンバーガーを食べ続けていた馬鹿が寝息を立て始めた。何か薬でも盛られたかのように、全身の力が抜けて崩れるようにテーブルに突っ伏した。

 

「おいおい、こんなところで寝たら風邪引くぞ」

「……妙ですわね。さっきまで元気に喋っていらしたのに……」

 

 ああ、不審だ。幼児じゃないんだから、こんな時間に寝落ちするなんてありえないだろ。

 

 だとすれば、何だ。ハンバーガーに何か入っていたのか? この店に仕掛けがあるのか? この店を指定したのは誰だ?

 

 ────それは、柊先輩だ。

 

 

 

 

 敵ならば殺せば良い。私はそう、直感的に判断した。

 

 いずれにせよ、柊先輩は自殺する予定なのだ。私の勘違いなら、生き返った柊先輩は『とっとと死ね』と私がしびれを切らしたと判断するだろう。

 

 だから私は。無防備に眠りこけている復讐者に注意を向けた、柊先輩の首筋を締め上げた。

 

 

 

「……気ヅイたか」

 

 

 直後私のお腹に、凄まじい衝撃が通る。それは、私の鳩尾へのブローだった。

 

 痛みと反動で首筋を締め上げていた手が離れる。鈍痛で息が出来ず、前かがみになった私はそのまま柊先輩に蹴っ飛ばされた。

 

「タクッ!?」

「動クな」

 

 ああ、最悪だ。私の予想はあたっていた。

 

 変だと思ったのだ。柊先輩は何だかんだ言って、私を勧誘してくれたりマリを助けたりと間違いなく善人だった。いきなり、あんな冷酷なことを言い始めた時点で疑ってかかるべきだった。

 

 柊卓也はもう、ヤクザに敗北していた。今ここにいるのは、自我のない人形だ。

 

「薬を盛って寝かセタほうが、騒ぎになラナくて良かったんだが。……仕方あルマい」

「タク、貴方まさか……」

 

 舞島先輩も、彼の異変を察したらしい。……洗脳された(おかしくなった)柊先輩と一番会話したのは私だ。迂闊だ、私が気付くべきだった。

 

 こうなればもう、殺すしかない。

 

 洗脳される前の時間まで、柊先輩を殺して強制的に洗脳状態から戻す。幸いにも2対1だ、女二人とはいえ十分に勝機は……、いや舞島先輩は男だったか。

 

 何にせよ。公衆の面前故に仲裁が入ってしまう可能性があるが、ここで何とかして奴を殺し────

 

 

 

「しょうガナい。取り押サエろ」

「ハイ」

「ハイ」

「ハイ」

 

 柊先輩の一声で、周囲の客や従業員が一斉に立ち上がった。

 

 ああ、そうだ。この店は、柊先輩が指定した店だった。昏睡した私たちを運ぶため、仲間を手配していて当然じゃないか。

 

 ここに呼び出された時点で、ここに座ってしまった時点でもう、

 

「もう詰んデルだよ、お前達ハ。抵抗すルナ、おとなしくしろ」

 

 その、柊先輩の冷たい言葉と共に。周囲で無関係を装っていたヤクザの手先どもが、私達に襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご機嫌よう、なのですよー」

 

 あれから少し、気を失っていたらしい。

 

 少し間延びした不気味な声により覚醒した私は、夢うつつとしながら周囲を見渡す。

 

「お加減は如何ですかー? 痛いところはありませんかー?」

 

 暗い。

 

 ここは何処だろう。そうだ、確か私は拉致されたんだ。敵の手に落ちていた柊先輩に嵌められて、ファーストフード店で襲撃されたんだ。

 

「聞こえていますかー?」

「……ここ、は」

「おおー。意識が戻ったみたいですねー」

 

 少しずつ、目が慣れてくる。ここは、何処だ?

 

 暗いが、室内ではない。涼やかな風が吹き通っているし、環境音とでもいうのだろうか、水のさざめくような心地よい音が微かにに聞こえる。

 

 夜、か。そうか、今は深夜なんだ。だからこんなに暗いんだ。

 

 周囲を見渡そうとして、気が付く。体が、よく動かない。体幹の向きを変えられない。

 

 これは、縛られているのか?

 

「眠ったまんま楽に死なれちゃったら、私の腹の虫がおさまらないのですよー。しっかり目を開けやがれですー」

 

 

 

 

 

 いや。私は縛られちゃいない。埋められているんだ。何かの中に。

 

 うっすらと視界の端に映る、錆びた金属の淵。この体の周囲の生ぬるい感触、まさかこれはうわさに聞く伝説の……。

 

「今からいよいよ、お前はドラム缶の中にコンクリート詰めされるのですよー。ヤクザを怒らしたらどうなるか、思い知ると良いのですー」

 

 ……こんな昭和みたいな事をマジでやるのか、このご時世に。

 

 だが、これで状況が読み込めた。ここは、港なのだ。つまり、こいつらは今から私を、

 

「覚悟は良いですかー? 今から東京湾に沈めてあげるのですよー」

 

 沈めるつもりなのだ。

 

 本当に、ヤクザだったんだなコイツ。能力だの呪いだのであまりイメージしていなかったが、そういや普段から柊先輩とドンパチやってるんだっけ。

 

 コイツらのヤクザらしいところ、初めて見たかもしれん。

 

「……何か、余裕そうなのですねー。もっと取り乱しやがれー」

「あら。……そうね、私には失うものなんて何もないから」

「ふーん。空虚な人生送ってきたのですねー」

 

 そして、ようやく目が慣れてきたのか泉先輩が目に入った。

 

 体中に包帯を巻きつけ、話に聞くゾンビの様な出で立ちで、私の前で車椅子に座っていた。きっと火傷でまだ動けないのだろう。

 

「お前とあのくそやろーだけは、目の前で死ぬ瞬間を見ないと腹の虫がおさまらないのですー」

「私は悪くなくないですか? あの男だけにしましょうよ」

「お前も大概性格悪いのですねー」

 

 私は少し呆れられた。

 

「……聞こえてるぞ、ブン子お前」

「ちなみにあなたの後ろで、くそやろーは滅多打ちにされて塩辛みたいになっているのです。いい気味です」

「おや」

 

 視界に入っていないので気が付かなかった。どうやら私の後ろには、例の男がリンチされて横たわっているらしい。可哀想に。

 

「舞島君は、慈悲の心で眠らせたまま沈めてあげるのですよ。あまり騒いで、起こさないで上げてほしいのですー」

「貴方、マイ先輩に彼氏とられたから恨んでるんじゃなかったでしたっけ」

「あ、やっぱり起こすのです」

 

 む、しまった。余計なことを言ったか。

 

「糞女め、洗脳能力者め。お前を殺し損ねた事だけが無念だ……」

「お、悔しいですか? 悔しいですよね? 残念、ヤクザにとって銃撃なんて日常茶飯事なのです。防弾装備くらいは仕込んでいるのですよ、おほほほ」

「防火もしといた方が良いんじゃねぇか? まだ髪の毛がチリチリになってるぜ」

「道端で火を放つキチガイなんてお前くらいなのですよー」

 

 背後から、震えた声で泉を煽る男の声がする。直後、殴る蹴るといった凄まじい暴行の音が鳴り響いた。

 

 私からは見えないだけで、まだ後ろには沢山ヤクザがいるらしい。襲撃男のうめき声が、夜の闇に木霊する。

 

「おほほほほ。いい気味なのです」

「黙れ、この性悪女……。いや、悪魔め。人の人生を何だと思ってやがる……」

「私が進むのは私の人生だけなのですよ。他人の人生なんぞ知った事ではないのです」

 

 その男の怨嗟の声は、またすぐ暴行音によってかき消される。それでもなお、男は口を開けば泉を怨嗟する。

 

 ……私も、殴られ蹴られるのを覚悟で煽ってやろうか。マリを、こんな人間の手先にされるのは我慢できない。

 

「貴方の親の顔が見てみたいわ。貴方を生んだ親ってのは、そりゃろくでもない奴だったんでしょうね」

「ん、親? 今、私の親を馬鹿にしましたかー?」

「したけれど?」

 

 私がかつて奪った不良共の記憶に、煽りの基本として『親を煽れ』と刻まれていた。親が族上がりで親を尊敬してる奴や小さいころ親が死んでいる奴は、すぐ挑発に乗るそうだ。

 

 さて、泉小夜は。私の挑発に目を丸くした後、何故か大声で笑い始めた。

 

「あっはっはっはっは!! 傑作、なのですよ!」

「何がおかしいのかしら」

「いやだって、だって! 私の親は本当にろくでもない奴ですからね! 全く、同意なのですよー」

 

 だが、しかし。私の決死の挑発は、不発に終わったらしい。泉は心の底から愉快そうに、腹を抱えて笑い出した。

 

「私の両親はー、銀行強盗して捕まった後に自殺しちゃったのですよー。カスですねー」

 

 くすくす。泉は心底楽しそうに、自分の親をけなし始めた。

 

「私の姉は、風俗嬢なのですー。国のお偉いさんのプレーに耐え切れず、膣が破裂して発狂死しちゃいましたー。血がつながっているのが恥ずかしいですねー」

 

 私の後ろで、息を呑む音がする。それに構わず、泉はニヤニヤと笑いながら話を続けた。

 

「私の兄はー、ヤクザの下っ端でー。あろうことか、世話になった組を裏切り復讐と称して暴れまわっているのですよー。その挙句、捕まって海に沈められるのですー」

 

 それは、満面の笑みだ。醜悪に顔を歪ませながら、嬉しそうに泉は私の背後へと車椅子を漕ぎ進めた。

 

「カスですよねー、お兄ちゃん?」

「お前っ……。ミサ、なのか?」

 

 

 

 泉小夜の機嫌は、一気によくなった。何かを話すのが楽しくて楽しくてしょうがない、そんな表情だ。

 

 後ろからは当惑した声がする。何かに気付いて、それを認めたくないような、必死の声だ。

 

 

 

 

 

「お前、は……。違う、ミサは、お前じゃない。そんなことがあるもんか!」

「まぁ、でも今のは全部……」

 

 だが今の話は、聞いたことがあった。

 

 そうだ。確かこの復讐者の家族の末路だった筈だ。たしか、彼の家族は全員死んだのではなかったか。いや、確か彼の妹は────、よく似たAV女優が死んだだけ、だったっけか。

 

 だとすれば。彼を10年以上操って、家族を破滅に追いやった張本人は、つまり。

 

「ぜーんぶ、私の命令で死んじゃったのですけどねー。ミサ、反省なのですー」

「お前。お前えええええええ!!」

 

 夜空に、絶叫が響く。この世の負の感情全てを煮しめた様な、醜悪な慟哭が響く。

 

 実の妹だったのだ。家族全てを失ったと思っていた復讐者にとってたった一人の生き残った肉親。そして、彼の全てを奪い去った憎むべき復讐対象。

 

 それが、泉小夜だったのだ。

 

「能力に目覚めるのが早くてよかったのですよー。利用価値があると思われたから、私もヤクザの仲間に入れてもらったのですー。目覚めるのが遅ければ、お兄ちゃんみたいになっていたかもしれませんねー」

「何でだ! 何で、俺達を、家族を!」

「組の命令に逆らえば、洗脳されて一生奴隷なのですよー。でも、家族を差し出すだけでヤクザの幹部になれるなら、従いますよねー?」

「お前っ……、それで売ったのか!? それで俺達を、俺の一生をヤクザに売り飛ばしたのか!?」

「能力サマサマなのですよー。実の兄に燃やされるまでは、大した怪我もせず順風満帆に生きてこられたのですから―」

 

 私の背で、暴行の音が激しくなる。あの男は、いっそう激しく暴れているらしい。

 

「言ったでしょう? 私が進むのは私の人生だけなのですよ。他人の人生なんぞ知った事ではないのです」

 

 そして、その言葉と共に音が急に止む。男はやがて、糸の切れた人形のように動かなくなったらしい。

 

「あっはっはっはっは!! なんて顔をしているのですかー」

「……」

「ひ、ひひひー。笑った、笑ったです。少しは腹の虫も収まったと言うものですー」

 

 絶望したのだ。死ぬ間際に、知りたくなかった真実を知ってしまい、復讐者は絶望してしまったのだ。

 

「さて、と。これ以上弄っても、面白い反応は帰ってきそうにないですね。じゃ、沈めますか」

「……」

「あ、そーだ、舞島君を起こさないといけないのでー。おーい、舞島君? ご機嫌如何ですかー?」

 

 そして、いよいよ。私の死の時間が迫ってきたらしい。

 

 死ぬのはあまり怖くない。いや、何処かで『私が生きていてもいいのか』という負い目を持ち続けてきたのだ。無念なのは、マリを助けられなかったことだけ。

 

「あら、私は……一体……」

「お目覚めですかー? 舞島君」

 

 せめて、苦しまないよう一息に溺れよう。変に粘ったりせず、さっさと水を飲み込んで酸欠で気絶しよう。

 

 ごめんなさい、マリ。私、結局あなたを助けられなかった────

 

「……そこにいらっしゃるのは泉さんですの? 申し訳ありません、前髪が垂れて前が良く見えませんの……」

「はい、私は泉小夜なのですよー。偽名ですけどー、ふふふ」

「少し、髪を挙げていただけませんか?」

「良いですよー」

 

 私の左側から、寝ぼけた舞島先輩の声がする。彼も目が覚めてしまったらしい。

 

 泉が何やら、舞島先輩の髪を掴み上げているのが横目で見えて、

 

 

 

 ────舞島は、首を素早く振り乱し。彼が常に身に着けていた金髪の付け髪(ウィッグ)を振り払った。

 

 

 

「……はい?」

「ねぇ、泉さん……」

 

 

 突然、聞き覚えのない声がする。

 

 それは、甘ったるくて耳の奥からしびれるような、心地よい天の福音だった。

 

 左を向きたい。誰の声だ、コれは。コンクリートが邪魔だ、上手く視界にとラエられない────。

 

「ブン子は、正面だけを見据えて校歌でも歌っていて。でも、泉さんはダメ。僕と向かい合って、お話して欲しいんだ」

 

 その声は、私に命令を下しタ。『前を向いて校歌を歌え』と。

 

 逆らっテはいケない。私は素直に、正面を見据えて校歌を歌い始めた。左隣から聞こえテくる心地よい美声に酔いしれながら。

 

 

 

「ねぇ泉さん、お願い。僕を、助けて?」

「……っ!!」

 

 

 

 そして。甘える様な母性をくスぐるその声が、私の快楽中枢を直撃した。

 

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