どうだ、私は頭がおかしいだろう!?   作:まさきたま(サンキューカッス)

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終章
終章プロローグ「目覚め」


 ────はぁ。これ、戦犯は私だよなぁ。あの世があるなら、皆に土下座しないと。

 

 

 泉小夜の命令に従い、妹に裏切られた復讐者の顔面を何度も踏みつけながら。弓須マリは、まんまと洗脳されてしまった自らの失策を自嘲していた。

 

 数日前。弓須マリは、豹変した最愛の恋人「ヒロシ」から、身を呈して助けてくれた「泉小夜」を信頼してしまう。そして泉小夜に心を許したその瞬間からずっと、弓須マリは彼女の操り人形となっていた。

 

 意識はあれど、体は動かせず。泉小夜の命令を淡々とこなすだけの存在、それが今の弓須マリだ。

 

 自分さえ敵の手に落ちなければ、柊卓也まで洗脳されることはなかっただろう。彼さえ正気なら、こんな状況に陥っても手はあった筈だ。襲撃者の存在に気付かなかった彼を『無能』と散々あざけっておいて、一番の無能は自分だったというオチである。

 

 彼女の命令に逆らえず弓須マリは無抵抗な男に暴行を加えながら、ただただ悔いていた。

 

 

 

 だが弓須マリは、気付かない。今の自分が、いかに特異な状況下に置かれているかに。

 

 本来ならば、泉小夜に洗脳された者に自意識など存在し無い。意識があるように見えていても、それは「普段通り振る舞え」と言う命令を忠実に実行しているだけだ。

 

 彼らはただの、操り人形である。だからこそ、襲撃者も洗脳されている間の記憶を全て失っていた。

 

 ところが、弓須マリには意識があった。洗脳下には変わりがないが、しっかりと自分の意識を保ち泉小夜の命令に従い続けていた。

 

 

 

 

 ────何がどうなってるんだろうね、これは。他の皆も同様に、意識はあれど体の自由がきかないのかな? 洗脳能力って悪辣だなぁ。

 

 

 泉の命令に逆らえる訳ではない。自由意思で行動できる訳ではない。ただ、意識があるだけである。

 

 弓須マリは泉の命令に淡々と従う自分を、ぼんやりと主観的に見つめる事ができるだけ。これなら、いっそのこと意思がない方が罪の意識にさいなまれない分楽だろう。

 

 

 そんな絶望に染まった彼女の頭の中に、誰かの声が響いた。

 

 

『お前の望みはなんだ?』

 

 

 聞いたことの無いような、何度も聞き続けたような、そんな誰かの声。

 

 これも、泉の洗脳能力の一種なのか? ならば下手に返事をしないほうが良いのか?

 

 ……いや。もうとっくに洗脳されていて、体の自由を奪われているのだ。たとえ洗脳能力の一種だとしても、これ以上悪い状態にはなりようもない。

 

 ならば、答えてやろう。

 

 

『お前の望みはなんだ?』

 

 

 私の『望み』か。そんなものは決まっている。私は、『個性的になりたい』んだ。誰もが私に目を奪われ、意識し、話しかけずにはいられない様な存在。平凡に生きるなんて、つまらないじゃないか。どうせなら私は、個性的になりたいんだ。

 

 そんな弓須マリの答えを聞き、頭の中に響く声色に嘲笑が混じった。

 

 

『それは、手段だろう。目的はなんだ?』

 

 

 頭の中の声は、なおも弓須マリに問い続ける。

 

 手段って、何だ。私の目的は、個性的になる事で間違いない。

 

 特別になりたいと願って、何が悪い。私は個性的になって、みんなに特別視されたいだけだ。

 

 そう、『あの人』が私に気付いてくれる様に────。

 

 

 

 

 待て。あの人って、誰だ?

 

 

 

 ────思い、出せない。

 

 何か大切なことを、忘れている気がする。

 

 絶対に忘れちゃいけない何かが、失われている気がする。

 

 

『そうだ、思い出せ。頼むから、思い出してくれ』

 

 

 ……でもまぁ、良いや。思い出せないものは仕方がない。

 

 そのうち思い出すだろう。だから今は、そんな曖昧なモノは放っておいて。

 

 ────私は個性的に生きよう。

 

 

 

 

 そして洗脳された弓須マリは、頭のなかで響いている誰か(じぶん)の声から耳を塞いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。最期の時は、あっさりとやってきた。弓須マリにより頭を地面に叩きつけられたボロボロの襲撃者は、不気味な痙攣と共にこの世を去った。

 

 そして、泉小夜は命令する。奇特部のメンバーの処刑を、自分を仲間に入れてくれた仲間の抹殺を。

 

 ……割り当てられた相手、川瀬文子を殺すため。弓須マリはなみなみと注がれたコンクリートをバケツに入れて、川瀬文子の前に立った。

 

 

 ────ごめんね、川瀬さん。時間の狭間で一度命を救われたのに、恩を仇で返す形になっちゃった。

 

 

 そう、心の中で静かな文学少女に謝ったその時。

 

「……ありがとう、マリ」

 

 殺される側の少女は笑顔を浮かべ、弓須マリに礼を言った。目に、大粒の涙を浮かべながら。

 

 そして何かが、弓須マリの中で弾け飛んだ。

 

 

 ────何だか、懐かしい気がする。殆ど話したこともないのに、それでいてかけがえのない誰かの声。

 

 

 ────忘れちゃいけない、誰かの声。

 

 

「愛していたわ」

 

 

 そして弓須マリは、直視する。その声の主を。

 

 目に涙を溜めながら、満面の笑みを浮かべ呟いた少女の顔を。

 

 親愛の情により繋がった相手の記憶を奪い去る能力者の目を、弓須マリは直視してしまった。

 

 

 今まで何故か消え去っていなかった弓須マリの意識は、この瞬間に失われてしまう。

 

 

 命を救いあった、かけがえのない相手。そんな、生涯の親友(とも)の好意が直撃した弓須マリは、不幸にもその親友の能力によって。

 

 文子の笑顔を見た瞬間、『弓須マリの精神は、完全に川瀬文子に捕食された』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 古来より、能力は世界各国で存在していた。それは、人を不幸にする呪いであると同時に、歴史を変えうる転換点となった。

 

 圧倒的な魅力で、国の行く末を動かした美女。未来を見たかの如く鋭い読みで、無敗を誇った名将。凄まじいカリスマを発揮し、英雄がその旗下に集った名君。

 

 良くも悪くも、彼らの持つ『能力』は歴史を動かしてきた。

 

 

 その強力な『能力』と呼ばれる力の根源は、強い願望である。『あの時に戻る事が出来れば』『あの人が配下になってくれたら』『異性から魅力的に見られたい』。

 

 そんなありふれた願いは、強く強く念じられれば一つの『現象』となる。そして、極まれにその願望を具現化した『現象』が、願った者に宿るのだ。

 

 これが、能力と呼ばれるものの正体。

 

 だが、神は公平だった。望みを叶え能力者となった人間は、願いの代価を支払わされた。『能力』などという超常の力を纏った人間は、能力を行使する度に自らの運命をも悪い方向へ捻じ曲げてしまう。

 

 能力なんてモノに目覚めた人間は、すべからく不幸である。それは、どの時代においても能力者の共通認識だった。

 

 

 

 

 ────つまり、能力とは願望の具現なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お前の望みは、何だ?』

 

 またお前か。さっき答えただろう? 私は個性的になりたいんだ。

 

『本当にそうか?』

 

 そうだ。だって私は、個性的になって、それで。

 

『良いぞ、その調子。そのまま、ゆっくり思い出せ』 

 

 思い出す? 何をだ? ……私は何かを、忘れているのか?

 

『そうだ。思い出せ、お前(わたし)は願ったはずだ!』

 

 そうだ。違う、私の本当の願いは個性的になることなんかじゃない。

 

 何を願った? あの時、私は何を呪った?

 

 あの時? あの時って、何時の事だ?

 

 分からない、分からないけれど、私は何かを強く願ったんだ。そう、何かを忘れたくなくて、思い出せなくて、歯痒くて。

 

 

 ────そうだ。

 

 私は、何かを忘れそうで、必死に忘れまいとして、願ったんだ。

 

 何を願った? 何を望んだ? 何を────

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 私の両目から、ポロポロと涙が零れる。

 

 何かが、私の中に戻ってくる。それは、私が絶対に失いたくなかったモノ。

 

 呪いなんかで奪われて堪るかと、必死で抵抗したモノ。

 

『そうだ』

 

 そうだ。

 

お前(わたし)は願っただろう?』

 

 あの時、私は、願ったんだ。

 

 

『────能力なんかに、負けて堪るかって』

 

  

 ソレが、私の本心だとしたら。

 

『能力なんか、みんな私が打ち消しちゃえって!』

 

 ソレが、私の能力だとしたら!

 

『私はフミちゃんと、本当の親友になるって!』

 

 ソレが、私の願いだとしたら!

 

『私はそう、願ったんだ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その少女の願いは、一風変わったものだった。

 

 自分の欲望を満たす願いではない。富や名声を求めたわけではない。助けを求め、友を想う願いだった。

 

 『とある能力者』の支払った代価に巻き込まれ、その少女はかけがえのない親友を失った。

 

 その不幸を呪い、そして少女は願ったのだ。

 

 

 

 

 ────嗚呼。私だけでも、能力なんてモノの影響を受けなければ良いのに。

 

 

 

 

 

 その少女は、不幸だった。神が代価を要求するまでもなく、不幸のドン底を歩み続けていた。

 

 そんな少女が、他人の能力の『代価』に巻き込まれ親友を失う。神なんてものが実在するのであれば、きっと彼女に同情したのかもしれない。

 

 結果として、少女は能力を得た。その能力の内容は、少女の願望の通り。弓須マリは『今後は他者の能力の影響を受けない』能力者になった。

 

 

 

 

 ただ、不幸だったのは。弓須マリの願望の具現化として宿ったその能力は、『弓須マリがその願望を忘れてしまった』事により力を失っていた。

 

 能力とは、願望の具現である。その根幹たる『願望』を忘れてしまった能力者は、その能力の大半を失ってしまうのだ。結果、彼女の能力は中途半端に自己に降りかかる能力の影響を打ち消すのみに留まっていた。

 

 能力者はすべからく不幸である。弓須マリもまた、不幸に見舞われていた。

 

 

 

 

 

 

 だから、これを幸運と呼んでいいのかは分からない。

 

 元々、彼女の能力だったのだ。それが、数年越しにようやく「覚醒」しただけ。本来であれば、弓須マリに対してはあらゆる異能が無効化されるはずだった。

 

 不幸にも彼女はその能力の根源たる願望を失い、「中途半端に」能力を無効化していた。失った記憶も戻せていないし、洗脳能力者にもあっさり洗脳されてしまった。

 

 そして、今も川瀬文子の「精神捕食」にも抵抗できず、弓須マリの全ては川瀬文子に奪われる。

 

 ────それが契機だった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 その結果、弓須マリの「強い願望」に宿ったその能力は、『川瀬文子の中』で覚醒し、即座にその川瀬文子の能力を打ち消した。

 

 永い眠りからようやく目覚めた弓須マリの能力は、奪われた記憶と意識を同時に取り戻したのである。

 

 彼女は記憶さえ戻れば、「あらゆる能力を打ち消す」能力者なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────意識が、クリアになっていく。

 

 見える。目の前で、私に満面の笑顔を向けているフミちゃんが。

 

 動く。今まで自分の意思では指一本動かせなかった身体が、私の意思通り自由に動かせる。

 

 そうか、これか。これが、私の能力か。まだいくつか記憶の抜けは有るけど、大体全部取り戻せたと思う。

 

 ……馬鹿みたい、私。こんな能力が有ったって知ってたならもっと早く、彼女(フミちゃん)と再会できたはずなのに。

 

 彼女と一言、笑顔で話をするだけで何もかも思い出せたのに。ああ、ずいぶんと遠回りしてしまった。

 

 だけどもうこれで大丈夫。私は二度と、彼女を忘れることはない。

 

 たった一人で、私を不良共から救いだしてくれたヒーロー。引きこもっていた私を元気付けてくた、親友。フミちゃんが居なければ私は自殺していたか、今も自分の部屋に閉じ籠ったままだっただろう。

 

「……」

 

 そんな愛しい親友は、私の前で死を覚悟して目を閉じた。

 

 ────色々な感情が、沸き上がってくる。

 

 愛しくて、我慢できずに私はフミちゃんの唇を奪った。こうした方が良いと、直感的に思った。

 

 何となく、分かる。これが私の能力の、使い方。

 

 そしてじっくり数秒かけ、彼女の能力の私への影響が全て完全に消え去るのが分かった。フミちゃんに食べられた細かな記憶の一つ一つが、私のもとに帰ってくる。

 

「遅くなってごめんね、フミちゃん。確かに、返してもらったよ」

 

 いきなり唇を奪ってしまった親友に万感の思いで謝って、私はフミちゃんに笑いかけた。

 

 私は、粘膜接触(キス)で、他人に掛けられた能力を破れるらしい。流石は対能力のためだけに覚醒した能力だ、私は能力者相手には無敵に近い。

 

 ……だからもう、私は彼女に笑顔を向けても大丈夫だ。

 

「……何ですかー。マリキューちゃん、自力で洗脳に抗ったのですかー?」

「そうみたい。……あはは、ミサさんだっけ? そんな泣き顔で凄んだって怖くないよ」

 

 ふと、声をかけられた方向を見る。そこには、泉小夜──いや、ミサさんなのかな? 憐れな洗脳能力者が、動揺を隠そうともせず私を見つめていた。

 

 私が急に能力無効化に目覚めるとか、さすがの彼女も考慮していなかったらしい。動揺で声を震わせながら、彼女はジトリと私を睨み付けていた。何か大事なものが壊れて泣いている、無垢な赤子の様な表情で。

 

 ────大丈夫。貴女のその不幸、私が全部壊してあげる。

 

 

「ミサさん。悪いんだけど私の親友を、殺させるわけにはいかないの。やっと、会えたんだから」

 

 

 私は背後の大事な人を守るため、目前の哀れな少女を救うため。ミサさん目掛けて一目散に、駆け出した。

 

 

「え、ちょっ!? 誰ぞ、誰ぞあるのです! 私を庇え────」

「命令が遅い! この距離なら、私の方が速いよ!」

 

 突然の奇襲に、動きが固まる人形達。彼らには自立した思考はない、だから想定していない展開には対応できない。前もって命令していなければ、動かないのだから。

 

 私が走り出して数秒後、悲鳴のようなミサさんの叫びに反応し何人かが私に駆け寄ってくる。が、もう遅い。

 

 私は、火傷まみれでロクに動けぬ哀れな少女に組み付いて、そして。

 

 

「……んっ!!」

 

 

 ぶちゅう、と一発。粘膜接触(キス)をかました。

 

 そして、耳を切り裂かんばかりの不協和音が世界に響く。泉小夜だったモノが、粉々に壊れさる。

 

 ヤクザにより作りあげれた残虐なミサの人格が、弓須マリの能力に叩き壊される。

 

 

 

「……あ」

「目、覚めました?」

 

 

 

 そして、そこに残ったのは。

 

「あ、あ、あ、あ、ああ、ああ、あ────」

 

 自らの手で何もかも叩き壊して全てを失った、哀れな哀れな少女だった。

 

 服を実兄の血飛沫で赤黒く染めた、兄思いの妹だった。

 

 

「あ、あ、あああ、あああっ────!!」

 

 

 言葉にならない慟哭が、夜闇に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ミサさん』と呼ばれた少女は私の接吻を受けた後、ヨロヨロと顔を真っ青にしてドラム缶に歩み寄った。周りが何も見えていないらしい。声を掛けてみたが、全くの無反応である。

 

 ……少し、一人にしてあげよう。取り敢えず先に、ドラム缶詰めにされた奇特部二人を救出しないと。

 

「貴女は、マリキューちゃん? ですわよね。その、何だか雰囲気が……」

「ええ。本物の私ですよ、マイ先輩」

「……また誰かに新しく洗脳でもされましたの? 私が知っているあの娘は、こういう場面で静かに微笑んだりしません。ブリッジしながら高笑いすると思いますわ」

「あ、あははー。確かにやりそうですね」

 

 マイ先輩の私に対する偏見がスゴい。いや、妥当な評価なのだろうか? 過去にしでかした私の奇行を考えると、ブリッジしながら高笑いしていても全く違和感がなさそうだ。

 

 ……思い出すと鬱になってくる。不幸だ……。

 

「取り敢えずドラム缶を横に倒しますので、後は自分の力で抜け出してください。ひょっとしてコンクリート、もう固まりきってますか?」

「下の方は固まってそうですねぇ。でも、これでも男の子ですのよ? 何とかしてみますわ」

「頑張ってください」

 

 渾身の力を込めて、まずはマイ先輩を救出。さて、これで邪魔は無くなった。私は心の整理と付けて、いよいよ彼女へと向き直る。

 

 そう、涙やら鼻水やら何やらでとんでもない顔になっちゃってる親友だ。

 

「フミちゃん。まずは顔、拭いたげるね」

「……ん」

 

 コクンとフミちゃんは素直に頷いたので、撫でるように優しく彼女の顔を綺麗にする。黙りこくって為すがままになっている親友は、なんだか子犬の様で愛らしい。

 

 さて。次はフミちゃんの救出作業だけど────

 

「よ、と。完全に固まってませんでしたわね、抜けれましたわ」

「うん。じゃマイ先輩、一緒に助けましょう」

「ええ。ブン子ちゃん、ちょっとご辛抱くださいまし」

 

 こういう力仕事は男の人に手伝ってもらおう。私は能力が効かないだけの、非力で平凡な女の子なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、改めてお尋ねしますわ。貴女は誰ですの?」

「……あははー。弓須マリ、本人です。フミちゃんが証言してくれるかと」

「……」

 

 フミちゃんを救出しおわると。彼女は何も言わず無言で、私に抱き着いて来た。なんでさっきから、何も喋らないんだろう。

 

「あの、フミちゃん?」

「もう二度と忘れられたくない。喋りかけないで」

「あー……」

 

 彼女はぎゅ、と私の胸に顔をうずめている。そうか、『目を合わさず喋りかけない』が彼女の能力制御法なんだっけ? 洗脳されたタク先輩が、そんな事を言っていたような。

 

「大丈夫、フミちゃん。ほら、私の顔見て?」

「だ、ダメっ……」

「もう大丈夫だから。もう二度と、フミちゃんの事忘れたりしないから。ね?」

 

 念願の再会なのに、顔を隠しちゃうなんて勿体ない。よほど、私に忘れられたのがトラウマになっているのだろうか。

 

 そんないじらしい親友に、キスが出来そうなほど顔を近づけて。私はフミちゃんの目を見てしっかり、笑いかけてやった。

 

「ほら、大丈夫」

「……っ!!」

「そう言うの、もう効かないみたい。だからもう二度と、忘れたりしないよフミちゃん」

 

 ……そのまま、フミちゃんと数秒は見つめあった後。彼女はまた、嗚咽をこぼし私の胸に抱きついてきた。

 

 また、顔が隠れちゃった。結構泣き虫だな、フミちゃん。

 

「マリキューちゃん貴女、明らかに人格が変化していますわね」

「ん、んー? 変化しているというか、今までが変だったというか。これが地なんですけどね」

「……もしや貴女も精神系能力者だったんですの? 自己暗示系統の能力者であれば、自力で洗脳を解いたのも納得できますわ」

「いえ。あー、何と言えばよいのか……。面倒なので説明を省きますと、私は突然『一切能力が効かなくなり、まともな人格になる能力に目覚めた』って事でひとつご納得を」

「そんなの全然納得できませんわ!?」

 

 投げやりな私の説明を聞き、ガァーっとマイ先輩が吠える。ごめんなさい、今の私の状況は色々と説明し辛いんです。

 

「多分、キスを介したら他の人の洗脳も解けると思いますよ。信じられないなら、実践してみましょうか?」

「……キスですの?」

「ええ、キスです」

 

 こうなりゃ実践して見せた方が、納得するのも早いだろう。そう考え一度抱き合っていたフミちゃんから離れ、私は表情が削げ落ちて棒立ちしている人形系タク先輩に近づこうとして……。

 

 フミちゃんに、何故か止められた。

 

「……ん?」

「キスはダメ」

 

 ダメらしい。

 

「此処にいる人全員とキスする気?」

「いや。今はタク先輩だけでいいかなーって。……だってタク先輩の能力で時間を戻してあげないと、あの男の人が浮かばれなさすぎるよ」

「それでもダメ」

「え、ええー……?」

 

 やはりダメらしい。何でさ。

 

 タク先輩と私だけが記憶を引き継げるんだから、タク先輩には正気に戻って貰わないと……。

 

 

 

 

 

「別にそんなことしなくても戻せるよ、正気に。私が一声かければ」

「あ、泉先輩……じゃなくて、ミサさん?」

 

 ヌ、っと一人の少女が私の目に現れる。その目の奥まで凍り付いた少女は、泉小夜と名乗っていた哀れな少女だ。

 

 ミサさんはハキハキと、単刀直入に話に入り込んできた。彼女も、なんかキャラが変わってる。

 

「あそこでボケッとしてるタイムリープ能力者を、正気に戻せば良いんだね?」

「あ、はい……」

「キーワードで正気に戻るように催眠かけてるから。柊卓也、『お前は用済み』だ」

 

 ビクン。

 

 ミサさんに『用済み』と切って捨てられたタク先輩は、白目を剥いてガクガク痙攣し始めた。なんか気持ち悪い。洗脳が解ける時とか上書きされると、あーなる様だ。

 

 私がキスして洗脳を解いても、あー言う感じになるんだろうか? キスで目覚める王子様とは程遠いなぁ。ロマンも何もあったもんじゃない。 

 

「あーえっと? ミサさん、と呼べばよろしいですか?」

「それで構わないわ。……泉小夜、なんてのはヤクザが用意した戸籍上の名前に過ぎないし」

「なんか、泉さ……、ミサさんが間延びした話し方してないと、違和感が凄いですわね」

「あれは、キャラ演じてただけ。穏和な子を演じて学園に溶け込めって言われてたから」

 

 ……まぁ、キャラ作ってるんだろうなとは思ってたけど。ただ「ですー」口調は男に媚びやすいかもしれないが、かなり同姓受け悪かったんじゃないか?

 

 初見の時は、少しイラっとした記憶がある。あのエキセントリックモードの私ですら。

 

「はっ!? 泉が何だか凄く頼りになった気がするぜ!!」

 

 ……そして、いよいよタク先輩が正気に戻ったらしい。なんか唐突に、残念な事を叫んでいる。

 

 でもタク先輩か洗脳されたのは私の責任だから、私から彼を責めるに責められない。

 

「ほら、彼も正気に戻ったわ。……私、洗脳できる人数に上限があるの。最大で11人、それを超えたら洗脳が弱まって正気に戻っちゃうみたい。だからちょくちょく、今日みたいに洗脳を解いて定期的に東京湾に沈めていた訳よ」

「そんな事を、してたんですわね」

「……その中には私の家族も居たわ。私は高笑いしながら、絶望に染まった顔のお姉ちゃんを────っ!! 本当に、本当に許せない!」

 

 般若のごとき表情、とはこの事だろう。

 

 火傷で赤く腫れた皮膚に出来たかさぶたを、ミサさんは握りつぶす。赤みを帯びた透明な汁が、彼女の腕を滴る。

 

「で? 私は何をすればよい? どうすれば、奴等に地獄を見せてやれる?」

「……まぁ、まずはタクさんに事情を説明してからだね」

「……ん!? なんか夜になってる!? あれ、ここどこ!?」

 

 キョロキョロと、困惑しきった表情でタク先輩は周囲を見渡している。そろそろ、タク先輩は残念モードから復活してほしい。私達のリーダーなんだから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと待ってくれ、状況を整理させてくれ。えー、そこの明らかに変なモノ食べたとしか思えないホンワカ系美少女がマリキュー後輩で?」

「あ、あははは……」

「そこで目を尖がらせてハキハキ喋ってる泉が復讐馬鹿の妹で?」

「……そうよ」

「マリキューの能力は『能力完全無効』で、俺が洗脳されて負け確定だった状況からマリキュー覚醒での奇跡の逆転勝利?」

「うん。フミちゃんを忘れたくなくて、そんな能力に目覚めたんだと思う」

 

 つまり、私は時空系でも何でもない。タク先輩の言うように時間止めたりとか出来ないし、炎を操ることも出来なかった訳である。

 

 ……今思えば、私がヒロシに振られたあの日。いきなりミサさんが焼け死んだのはきっと、今日のようにお兄さんがガソリン蒔いて焼き殺しでもしたのだろう。

 

「能力無効って、そんな能力まであり得るのか……」

「多分間違いないですよ」

「……ええ。お陰でこうして、私も元に戻れたし。で? 私は何をすれば良いの? 何でも協力するわ。お兄ちゃんを助けてくれるなら。あの、あの外道共に復讐が出来るなら私はなんでも!」

「お、落ち着け泉……。じゃなくてミサちゃん」

 

 捲し立てるかのように、ミサさんはタク先輩に詰め寄った。彼女も冷静に見えて、内心激昂しているのだろう。

 

 今までの、操られた自らの所業を全て自覚したのだ。むしろ、よく正気を保っていられるなと思う。私なら発狂しているだろう。

 

「お前にしてもらいたい事はもう決まってる、まずは敵の情報をくれ」

「何でも聞いて。私の知ってる範囲であれば何でも答えるから。本拠地の住所が知りたい? 能力者の数? 種類?」

「お、おお。その辺全て覚えるから順番に頼む。マリキュー、お前も覚えるんだぞ」

「分かりました」

「……素直なマリキュー、調子狂うなぁ」

 

 そして、私は彼女の知る敵の能力者とその人物名、敵の潜伏先などの情報を全て暗記していった。

 

 敵の能力者の数自体は、20人を超えているらしい。ただ、その内5人はミサさんの支配下だそうだ。ミサさんは、能力に目覚めた人を洗脳して仲間にする役割を担っていたらしい。

 

 そして洗脳系の能力者はミサさんの他にも何人か居る様で、それぞれミサさん同様に洗脳されている可能性があるのだとか。

 

 能力者を配下においた洗脳能力者を、更に洗脳して従える。成る程、効率が良い。

 

「よし。後は……ミサちゃん、お前昨日は何処で寝てた?」

「自宅よ」

「だったら、今から自宅にマリキュー連れ込んでくれ。タイムリープが発生しても、コイツは場所が動かないんだ。つまり、昨日の深夜のミサの家に突如としてマリキューが出現する」

「あ、そっか。それで、私がミサさんの寝込みを襲って洗脳を解いちゃうんですね」

「了解よ。……実質瞬間移動じゃないの、それ?」

 

 瞬間移動、か。能力無効のお陰で、タクさんの能力と組み合わせると四次元的移動が可能になってる。ちょっとズルしてる気分だ。

 

 と言うか、私の能力無効であーなるってことは、タク先輩の能力は『時間逆行』じゃなくて『世界逆行』なんだね。意識を過去に飛ばしてるんじゃなくて、世界そのものを巻き戻す能力なんだ。

 

「あ、マリキューちゃん、ちょっと良い?」

「何ですか?」

「素の私は、かなり警戒心が強いわ。洗脳が解かれても、貴女を最初から信用したりはしないと思う。だから怪しまれた時には、私にこう囁いて。『私はナオヤのお嫁さんになるのが夢』」

「……それは?」

「私が洗脳される前の、小学校に入る前の女の子だった時の夢よ」

「……あはは、可愛い夢ですね」

「幼稚園児の頃の思考を当てられたら、貴女がよほど怪しいことをしない限り信用すると思う。……頼んだわよ」

 

 ミサさんはそう言うと、私の手を握りしめて頼み込んだ。

 

 任せてくれ、ミサさん。私だって、あんな悲しい結末は御免だ。何としても深夜のミサさんの家に忍び込んで、上手く寝込みを襲ってキスしてやる。

 

 

 ……あれ? この時点で既に怪しいような。

 

 

「……ねぇ、マリ。時間が戻ってもまた、私を甘えさせてくれる? きっと、私は感極まって同じ様に抱きついちゃうと思うわ」

「うん。……こんなに待たせちゃったからね。全部終わった後、何処かに二人で出掛けよう」

「そう、ね。楽しみだわ」

 

 そして。さっきから引っ付いて離れる様子のないフミちゃんの頭を撫で、私は立ち上がった。

 

 ミサさんを、助ける。あの妹思いの兄を助ける。そして、全部全部取り戻してから再びフミちゃんに会いに行こう。

 

「人肌が、温かい」

「……フミちゃん」

「温かい、温かいよ」

 

 人の温もりを忘れきって凍えていたフミちゃん。彼女は、やはり私に抱きついたまま離れようとしない。

 

 こんなに、寂しい思いをしていたんだ。今度こそ、それをずっと顔に出さず一人で耐えてきた親友を救って見せよう。

 

 次のループで、全部終わらせるんだ。

 

 私はそう決意して、フミちゃんの肩を抱いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで、何故あの二人がイチャイチャしていますの? 異様に仲良くなってません?」

「あいつらはなぁ。まぁ、色々あるんだよマイ」

 

 端から見たら百合にしか見えない二人の少女を、事情を全く知らぬ舞園少年は困惑した目で見ていた。

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