どうだ、私は頭がおかしいだろう!?   作:まさきたま(サンキューカッス)

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第三話「理解」

 人の動く気配。どたどたと走り回る、誰かの足音。

 

 ────ここは?

 

「あ、意識戻りました?」

 

 私の、顔の近くから声がする。

 

「弓須さん、弓須マリさん、聞こえますか? 手を握っているのが分かりますか? 分かりましたら、私の手を握り返してください。出来ます?」

 

 見渡す限り真っ暗な世界に、凜とした女性の声が響く。

 

 その声の言うとおり、私の手にはひんやりと触られる感触があった。言われたとおり、私はその冷たい手を握り返す。

 

「お、従命通った。先生、先生。3番さん、意識が戻ってきてます」

 

 眩しさを覚えつつ、私はうっすらと目を開き周囲を伺う。

 

 どうやら私は、ふかふかのベッドの上で点滴やら血圧計やらを付けられ寝かされている様だ。そんな私のベッドの傍らで、白い服を着た女性が私の顔を覗き込んでいる。

 

 察するに私は、病院に運ばれたようだった。

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、まずはナースさんが色々と説明をしてくれた。私は深夜の3時頃に、映画館の前で倒れているところを通報されたらしい。

 

 あたりには人っ子一人いなくて、何時ごろから倒れていたのかは定かではない。3時頃、たまたま通りがかった飲み会帰りのオジサンが私に気付いて通報してくれたのだとか。

 

「あなたは夢遊病、と呼ばれる状態だったと考えられます」

 

 そしてナースさんの話が終わると、若くて頼りなさそうなメガネの男が私のベッド際にきて説明を始めた。

 

 どうやら、彼が医者らしい。

 

「昨日、あなたは映画館に行く夢を見ませんでしたか?」

「……はい、見たと思います。それで、ふっと気づけば、みんないなくなってて、真っ暗で」

「ええ、ええ、そうでしょう。夢と現実の区別がつかなくなっていたあなたは、寝ているままに映画館に向かい、そこで目を覚まされたのです。きっと、とても混乱された事でしょう」

「訳が分からくなって、怖くなって、意識が遠くなって」

「それは恐ろしかったですね」

「……私の頭は、おかしくなったんでしょうか?」

「いいえ。念のために頭や心臓を検査させてもらいましたけれど、何処にも異常はありませんでした。血液検査も、問題はなさそうです」

 

 そう言って彼は、謎の数値が大量に書かれた紙を渡してくる。血液の数値らしいが、意味が分からないからいらん。

 

「確認ですが、違法ドラッグを含めサプリメントや痩せる薬など飲まれたりもないですね?」

「……ないです」

「ならば、夢遊病で間違いないでしょう。尿検体からも、薬物反応の類はありませんでしたしね」

「はぁ」

 

 ……尿検体? どうやって取るんだソレ。いや、深く考えないようにしよう、マジで死にたくなる。

 

「今後自宅では、離床マットを購入していただくことをお勧めします。離床マットは貴女がベットから降りると、反応してブザーを鳴らす仕組みになっています。そこで目が覚めるので、今後貴女が無意識に家を飛び出してしまうことは無くなると思います」

「……分かりました」

「夢遊病自体は、成長と共に自然に治っていく事が多いです。治る気配が無いのであれば、近くの神経内科さんを受診していただくことをお勧めします」

「はぁ」

「では、念の為今日は病院で様子を見ましょうか。明日に退院できますよ」

 

 そう言って彼は微笑んだ。コイツのいう事が正しいならば、どうやら私の頭に異常はないらしい。

 

 ……とんだヤブ医者だ。

 

 私は、何が現実で何が虚構かすら区別が付けられないんだぞ。そんな私の頭が、おかしくない訳が無いだろう。

 

「先生、先ほどお見舞いの方がいらしてました。お通ししてもよろしいですか?」

「おや、まだ居るのか? 弓須さんは意識が戻られたから面会謝絶は解除。会って貰って良いよ」

「はい。」

 

 ────あぁ。誰か来てるのか。

 

 壁にかかった時計を見ると、午後5時を回っていた。学校も終わっており、学生が来るのはちょうどよい時間だ。

 

 こんな時間に人が来るとしたら、十中八九、あの優しいクラスメイト達だろう。私の為に時間を割くなんて、奇特な人達だ。

 

 でも、私は今、無性に誰かに会いたかった。結局、私はヒロシのお通夜に顔を出せていないんだ。

 

 仲の良い級友が亡くなったというのに、一日中幸せな夢を見ていた。私はなんとおめでたい女なのだろう。

 

 何かに、謝りたかった。誰でも良いから、この胸の中の罪悪感をぶつけたかった。

 

 それが死んだヒロシにとって、何の意味も成さないと理解していながら。私の自己満足に過ぎないことも、分かっていながら。

 

「学校のお友達が来てくれてますよ。弓須さん、お会いしますか?」

「ええ。通してください」

 

 皆には、心配をかけてしまった。

 

 だから、謝ろう。胸の奥に抱えてしまった、言いようのないこの暗い感情を自分勝手に押しつけよう。

 

 誰かに謝るという行為で、私自身を救うんだ。

 

 ────ああ、私って最低な人間だ────。

 

 

 

 

 

 

「うーす、マリキュー。倒れるなんてどうした?」

「ヒロシが告ったせいじゃないの?」

「そうだな、ヒロシが悪いな。謝罪しろ謝罪」

「勘弁してくれよ……」

 

 

 

 

 

 ……。

 

「マリキュー? なんでそんなヒロシをガン見してるの?」

「やっぱヒロシが悪いんじゃね?」

「ウッソ? え、ホントに俺なの? 俺が告ったのが原因なの?」

 

 見舞いの客は、案の定というか、いつも仲良くつるんでいる友人達だった。

 

 その中にいたヒロシ少年はにこやかに、私のベッドの脇の椅子に座り込み、見せつけるようにフルーツの入ったバスケットを持ち上げる。

 

 

 ヒロシ生きとったんかワレ!?

 

 

「ほうら、結構高かったフルーツ盛り合わせだぞ。言うても1000円くらいだが」

「ヒロシ、フルーツ大好きだもんね」

「スイーツ(笑)」 

 

 何時ものように皆にからかわれる、ヒロシ少年。

 

 そんなヒロシ少年の目は、見舞い品のバナナに釘付けだった。欲しいのだろうか? そのバナナ。

 

 その欲望のまなざしに負け、食べて良いよとヒロシに告げると、彼は嬉々としてバナナの皮をむき始めた。どうやら、このヒロシには実体があるらしい。

 

 

 

 

 ……昨日のアレって、全部私の妄想じゃなかったの? 

 

 何処から妄想だった? 初日のヒロシの事故死からずっと妄想? え、それはおかしいでしょ、まだ手に傷残ってるよ?

 

 あれ? 

 

 あれぇ?

 

 

 

「看護師さん……大変です」

「どうかしましたか?弓須さん」

 

 入院している患者には皆、心強いスイッチが存在する。

 

 ────ナースコール。

 

 それは、入院中の病人が身体に不調を感じた時に、看護師さんに助けを求める事が出来るように設置された、救いの手である。

 

「……さっきから、幻覚が見えるんです。私は、相当ヤバイんじゃないでしょうか?」

「幻覚ですか。それはどのようなモノでしょうか?」

 

 折角学友たちが見舞いに来てくれているというのに申し訳ないが、私は迷わずナースコールを押した。

 

 私の頭の状態は、非常に良くない。幻覚が見えるなんて、末期もいいとこだ。

 

 私は震える手で、質量のある幻を指さし、看護師さんに泣きついた。

 

「死んだはずの友人が、そこで私の見舞い品を食ってるんです……」

「む? それはまさか俺の事かマリキュー。すまん、旨そうでつい」

「弓須さん。そこでバナナを貪っている男性の事でしたら、私にも見えますので幻覚ではありませんよ」

 

 ……だよね。やっぱり幻覚じゃないよね。

 

 いや、なんでさ。何で奴が平然と生きてんのさ。

 

 訳が分からない。狐に化かされた気分だ。

 

「弓須さん。申し訳ないのですが、余り悪戯にナースコールを使わないで頂けると……」

「違うんです。マジで、本当に、私の中では彼は死んだ男なんです。コイツが目の前に居て今、私は凄く混乱してるんです」

「ああ、お通ししないほうがよかったって事でしょうか? 今すぐ追い出します?」

「ちょ、え? マリキュー、何か怒ってる? 俺、何かした?」

 

 ヒロシ少年は慌てて、私のベッド際へ寄ってくる。2本目のバナナを食べながら。

 

「人の見舞い品をモリモリ食う時点で、人としていかんだろヒロシ」

「死んだ人扱いも頷けるし。告った次の日にそれはねーわ」

「いや、その、だって! マリキュー食べて良いよって言ったじゃん!」

 

 うん。見舞い品云々はどうでもいいんだ。問題なのは……

 

「何でヒロシは生きてるの? 本気で理解できない」

「そこまでか! そこまで俺のこと嫌いかマリキュー!?」

「なんて無垢な顔……。マリキューってば、心の底からヒロシが生きている事を疑問に思ってるね」

「濁り一つ無い目だ。あれは人をからかってる目じゃあない、本気で不思議に思ってる目だ」

「えええ!?」

 

 いや、その、ヒロシすまん。

 

 いや、別にお前を嫌ってる訳じゃないんだ。本気で不思議なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後。涙目になったヒロシに優しく微笑んで、“私、少し寝ぼけていたみたい”と謝っておいた。

 

 ヒロシ少年はそれを聞き、安心した顔になり、そして笑って許してくれた。

 

 学友達の見舞いは1時間ほどで終わり、私は一人病室に残されると、おそるおそるスマホを開く。

 

 今日の日付を、確かめないと。何が妄想で、何が現実か、それを知るために。

 

 ────予想は出来ていたけれど。スマホの画面には、4月20日と表示されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間跳躍(タイムリープ)。私は、そんな奇妙な現象に巻き込まれてしまっているらしい。

 

 どういう理由で、どういった条件で、何がきっかけで。そんな事は何1つ分からないが、ここまで来れば確実だろう。

 

 私は、何度も4月20日を繰り返していたんだ。

 

 見舞いに来た皆に手渡されたノートには、私が昨日で受けた授業と同じ板書が書かれていた。妄想なら、授業の内容を完全に予知するなんてあり得ない。

 

 そもそも昨日や一昨日の経験は、妄想で片付けるにはリアルすぎる。

 

 昨日の、二回目の4月20日。映画を見終わってヒロシに抱きつかれた私は、おそらく目を閉じている間にタイムリープしたんだ。

 

 その前の、最初の4月20日。ヒロシが事故で死んだ日のタイムリープはおそらく、私が寝ている間。

 

 あの日、私が朝起きた時の両親の態度が、あまりにもいつも通り過ぎた。アレは、事故で友人を失って心が弱っている娘にとる態度ではない。

 

 今日も、両親は深夜から病院に駆けつけてきてくれたらしい。その後ずっと私の傍に付いていてくれたらしいが、疲れが限界に達したのか、今は帰って寝ているのだとか。

 

 私が目を覚ましたと言う連絡はもう看護師さんがしてくれて、もう少ししたら両親はまた病院に来てくれるらしい。

 

 そんな人の良い両親が、私を気遣わないなんて考えにくい。

 

 

 

 

 

 

 ────よし、両親がここに来るまでに、少し状況を整理しておこう。

 

 時間跳躍(タイムリープ)に巻き込まれたのは確定だとして、繰り返しているこの2日間で私が得た情報はいくつかある。

 

 まずは、時間跳躍の起こるタイミングについて。

 

 ヒロシと映画を見終わったのは、確か夜7時過ぎ。一昨日私が寝たのは、深夜11時を回ってから。

 

 タイムリープの時間帯に法則性はなさそうだ。何を契機に時を越えているのか、追々検証していく必要があるだろう。

 

 だが、2回のタイムリープの直前に、私には共通している動作があった。あの動作が、おそらくタイムリープの1つの条件だろう。

 

 そしてもう一つ。同じ日を繰り返しているのは、恐らく私だけだと言うこと。

 

 昨日の4月20日、教師や級友達は最初の4月20日と全く同じ言動を同じタイミングで繰り返していた。

 

 私だけが記憶を引き継ぎ、同じ日を過ごしている。つまり、断定は出来ないが、私がタイムリープを引き起こしている、少なくともタイムリープ現象と深く関わっていると考えて問題ないだろう。

 

 

 

 

 

 さて。

 

 情報を整理したところで、今の私の抱えるヤバイ問題について考えよう。

 

 いつタイムリープするか分からない。それはつまり、いつどの瞬間にナースさんが豹変して、

 

「貴女は誰ですか! 何で勝手に病室に居るんですか!?」

 

 となるか分からないのだ。

 

 そう、昨日にタイムリープしてしまったら、私はもれなく不法侵入者になる。

 

 対策としては、常にスマホの日付をチェックし続けるしかない。時が飛んだら、速やかに病院から抜け出す。起きている間はこれでいいだろう。

 

 問題は眠ってからだ。 

 

 私の睨みでは”タイムリープの条件”は、深く目を閉じることだと考えている。

 

 最初のタイムリープは眠りについた時、二回目はヒロシに抱きついていた時。この二つのタイミングに共通する動作は、私が目を閉じていること。

 

 まだ時間跳躍は2回だけだし、情報が少なすぎるから的外れの可能性も高い。だが、現在の状況ではこれが一番しっくりくる。

 

 と、言うことは。私が病院で眠ってしまったら、高い確率でまた4月20日の朝になるのだ。次の朝には通報されて、私の社会的なアレが終わる。

 

 今夜は、徹夜するのが無難だな。こっそり売店でコーヒーを買っておくか。

 

 

 

 

 

 

 私が考えを整理していると、まもなく、両親が病院に到着した。

 

 両親は、私の病室に来て最初に、声を上げて泣いた。

 

 真夜中にいきなり電話がかかってきて、娘が外でぶっ倒れて入院していましたでは、そりゃ混乱する。

 

 しかもずっと意識を失ってた訳だ。両親は気が気でなかっただろう。

 

 母は、何か変な事件に巻き込まれていないか、と何度も何度も聞いてきた。父は、私のためなら何でもするぞと、鼻息を荒く身を乗り出した。

 

 ────まぁ実際、変な事件に巻き込まれているんだけれども。

 

 だが正直に「私は時間を────飛び越えているんだ!!」なんて言ってしまえば、精神科に移ってて入院継続だろう。

 

 だから私は、何ともないよ、ちょっと寝惚けただけだよ、と荒ぶる両親をなだめ続けた。心配そうな顔の両親は、何度も何度も私を抱き締めて、泣き続けた。

 

 愛されてるなぁ、私。

 

 本当、こんな頭のおかしい娘には、勿体ない両親だ。そんな親の温もりを肌で感じながら、私は面会時間いっぱいまで両親と話し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて。そんな両親が面会時間が過ぎて帰った後。

 

 私は眠くならないよう、コーヒーをガブ飲みしつつ、適当なスマホゲームをインストールして徹夜の構えを取った。

 

 病院内でスマホは、今は特に禁じられていない。

 

 一応個室を取ってもらえたから、徹夜で遊んでも同じ部屋の人から苦情が来る可能性もない。

 

 よーし。今日はこのよく分からないゲームを徹夜で楽しむぞ。もしタイムリープしたら、アプリが端末から無くなって直ぐ分かる仕組みだ。

 

 ……無くなるよね? 私の身体の傷とかは引き継がれたけど、スマホの日付は遡ってるし……。

 

 まぁ、少なくともサーバーと繋がってるはずだから、タイムリープしたらエラーか何か起きるだろ。

 

 よし、とりあえずDLランキング1位のやつをインストールするか。さぁ、チュートリアルだ。面白いゲームであってくれよ?

 

 む、いきなり最高レアが引けたぞ。ついてるな、攻略サイトで評価を見てみよう。

 

 なるほど。このアルトって剣士キャラが最強なのか。せっかくの星5だけど、私の引いた回復職の娘は糞雑魚ナメクジらしい。

 

 どのゲームも火力キャラが優遇されてるんだな。よし、データ消してチュートリアルやり直すか。

 

 この最強のアルトって奴か、せめて評価上位の星5を引いてから始めよう。

 

 うーん、このアプリ、チュートリアル長くて面倒くさいなぁ……。

 

 ……ふぅ、やっとリセマラ終わった。サイトでは星5上位だし、まぁこれでいいだろ。よし、いよいよ私の冒険は始まるのだ……。

 

 

 

 ……なんだこのクソゲ。バグ多すぎね? ガチャ渋くね? しかもストーリー激寒じゃね?

 

 しかも周回ゲーか。むぅ、インストールしちゃったものは仕方がない。夜は長いし、おとなしく周回してやろう。

 

 周回……。

 

 周回……。

 

 

 

 

 

 

 

 ……スヤァ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「弓須さん。お大事になさってくださいねー」

「ど、どうも」

 

 ────朝。

 

 鼻提灯を膨らませて爆睡していた私は、若い看護師さんにやさしく起こされた。そんであんまり旨くない病院飯を平らげた後、荷物をまとめさせられて、速やかに病室を追い出された。

 

 ……普通に朝が来て、普通に退院できた件。

 

 寝オチしちまった時は焦ったけど、スマホを見ると4月21日と表示されていてホッと一息。

 

 ただ、安心した反面困惑もした。タイムリープの発動条件が、全然わからなくなったからだ。

 

 ……本当に私って、タイムリープしてたんだよね? いや、してるはず。

 

 

 

 そんなこんなで、私は結局自分の正気を疑いながら、昼休みに間に合うよう、退院したその足で高校へと向かうのであった。

 

 昨晩、両親がしっかり新しい着替えを持ってきてくれて良かった。洗ってない服を着て学校へいくのは、女子的にNGだろう。

 

 ……マジでタイムリープしてるなら、丸3日くらいあの制服を着続ける事になるし。時を超えるたび、汚れとか匂いとか落ちてるよね?

 

 まさかヒロシに抱きつかれた時、私って結構臭かったりしたのかな? だとしたら割と死ねる。




次回は一週間後に更新いたします。
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