どうだ、私は頭がおかしいだろう!?   作:まさきたま(サンキューカッス)

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閲覧注意です。

本作はコメディをうたっておりますが、川瀬文子視点のストーリーはコメディ要素は有りません。

むしろ胸糞の悪い話です。正直に申しますと、「作者が書きたかっただけ」の部類な話になります。


幕間「川瀬文子」

 ────誰かが泣いている。

 

 

「嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!!!」

 

 

 泣かないでほしい。あなたは笑顔が素敵な女の子。だから、

 

 

「わからない、わからないんだ! 何でよ、どうしてなのよ!?」

 

 

 公衆の面前。一人の少女が、駅のど真ん中で泣き叫んでいた。

 

 

 誰もが、彼女に触れようとしない。

 

 

 誰もが、彼女に関わろうとしない。

 

 

 

 

 ホームで一人、泣き崩れる少女と目線を合わせることなく、私は座っていたベンチから立ち上がり改札へと向かう。

 

 これ以上、彼女の姿を見るのは辛かったから。

 

 

 

 

「返事をしてよ。答えてよ、話しかけてよ、無視しないでよ!!」

 

 

 

 

 後ろから、悲痛な叫び声が木霊する。

 

 私は、震える足を必死で動かし、目から零れ出る涙を必死で抑えながら、その声から逃げるように駅から逃げ出した。

 

 

 

「どこにいるの! 居るんでしょう、何処かで見てるんでしょ!」

 

 

 

 ごめんなさい。私は、貴女を壊したくないから。

 

 その叫びには、答えてあげられない。

 

 

「誰だっけ、どんな人だっけ、男の子だっけ、女の子だっけ、同い年だっけ、ああ、何も思い出せないよ!」

 

 

 彼女は泣いていた。

 

 彼女は、私のせいで、泣いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 記憶捕食能力。

 

 それが、私が生まれ持った呪いだった。

 

 誰かの、記憶や経験を奪い取る。

 

 その人が大事に培ってきた研鑽を、何の苦労もなく体得する。そんなふざけた能力を持って生まれた私は、幼少期神童と呼ばれ育った。

 

 

 川瀬文子。私の名前は、公開模試の順位表を見れば常に最上位に記載される。

 

 当然だ。

 

 私は、教師の記憶をすべて奪い取っていたのだから。教えることを専門とした成人の知識を、そっくりそのまま持っていた私はまごうことなく神童だった。

 

 私を教えた教師達は、1年持たずに精神科病棟へ入院して、今なお廃人として過ごしているそうだけれど。

 

 

 

 

 私は、親しい人間の記憶を奪う。

 

 そして記憶を奪われた人間は、今まで培ってきた知識を、経験を、人格を、そのすべてを失う。

 

 私が自分がどんなに罪深い存在かを知ったのは、小学校の高学年になった頃だ。

 

 

 その年齢になるまで、私は何も疑問に思わなかった。

 

 生まれつき、私が児童施設に入所していたことも。

 

 児童施設で私を世話してくれた人は、みんな半年と経たずにいなくなってしまったことを。

 

 私が、いつしか気味悪がられ、邪険に扱われていたことも。

 

 

 

 

 私の両親は死んだ。私を育てたせいで人格を失って、精神が抜け殻になり衰弱死したのだ。

 

 私を世話してくれた施設の優しいベテランの保母さんは、私を受け持って一月ほどで言語を失い、涎をたらして失禁を繰り返し、その介護に疲れた家族から冷たい扱いを受けていると聞く。

 

 私の施設の友人は、私と一緒に遊ぶたびに妙な言動が増え、やがて人形のように何も話さなくなった。

 

 それが全部、全部私のせいだなのだと。そう、理解してしまった時、私は自分の罪をやっと自覚したのだ。

 

 

 ────そもそも。

 

 元々の私は、既に存在しないのかもしれない。

 

 数多の人間の記憶と人格を吸収し、整理して統合した果てに生まれた人格、それが私。

 

 つまり私は、今まで私自身が奪った記憶の被害者の集合意識、なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 私は、他人を避けるようになった。

 

 私と親しくした人間は、みな私に記憶を奪われて廃人になる。

 

 私に好意を向けた人間は、私に記憶を引き抜かれる。

 

 

 だから、私は誰とも親しくしないことを選んだ。

 

 誰かと親しくならなければ、私は誰も傷つけない。そう、理解したのである。

 

 

 

 

 

 

 

「……それは、辛かったね」

 

 

 

 そんな私の、唯一の友人はメールだった。

 

 

 ある日、施設の庭に引っかかっていた風船の先に手紙が括り付けられ、メールアドレスも書いてあった。

 

「文通相手を探しています。この手紙を読んでくれたなら、私と文通してくれませんか」

 

 その手紙を読んだ私は、即座にメールを送ったのだ。

 

 1日ほど経って。風船の手紙の主から、メールが返ってきた。

 

「本当に返してくれるとは思わなかった。私と、これからもお話ししてくれませんか?」

 

 その日から、私と彼女の文通が始まった。

 

 

 

 幸いなことに、手紙でのやり取りくらいなら私の呪いは発動しないらしい。

 

 弓須マリ、と言うらしい少女とのメール文通は、この日から2年間ずっと続くことになる。

 

 

 

「でも大丈夫。私だけは、貴女の味方だよ」

 

 

 

 私は、彼女に自分の持っている呪いについて、隠さずメール上で打ち明けた。

 

 向こうからしたら、ファンタジーな作り話としか思えないだろう。仮にそう取られても、別に私は気にしなかった。

 

 でも、弓須マリという少女は、私のメールに書いた内容を、あっさりと信じたのだ。

 

「ずっとあなたとやり取りしてるから、貴女はそんな嘘をつく人間じゃないことくらいは分かる」

 

 彼女は、合ったこともない私を、心から信用して、理解してくれた。

 

「でもいつか、貴女とお話ししたいな。もし、あなたが記憶を奪い取っちゃうっていうのであれば、私は呪文のようにあなたの名前を唱え続けて、絶対に忘れないように気を付けるから」

「それはだめよ。貴女が私を忘れてしまったら、私はきっと生きていけない。お願いだから、ずっと私の文通相手でいてほしい」

「大げさだなぁ。うん、そこまで言うなら会いに行かないけれど……」

 

 

 メールの上でしかやり取りができないとはいえ、彼女は私にとって、救いの女神だった。

 

 本当は、女の子のふりをしたオジサンかもしれない。

 

 本当は、人をからかいたいだけの悪戯かもしれない。

 

 でも、それでもいい。私は、少なくともこの数年間、彼女からのメールに助けられ続けたのだ。その事実は、覆らないのだから。

 

 誰からも距離を取り、誰とも親しくできない私にとって、彼女こそが唯一の希望だった。

 

 出来ればずっと出会うこと無く、彼女の文通相手で居たかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だけど、そんな私のささやかな願いは、あっさりと叩き潰される。

 

 

 

 

 

「えーと、変な時期に転校してきてごめんなさい? 私は弓須、弓須マリと言います。仲良くしていただけると嬉しいです」

 

 その日、私が通っている中学に転校してきた少女は、私がよく知っているその人だった。

 

 

 

 

『……実は、親の都合で急に転校することになったんだけど、その、もしかして貴女クラスにいなかった?』

『なんで……どうして! よりにもよって私のクラスに来るの!? 会いたくないって書いたでしょ!?』

『無茶言わないでよ。どうやって察知しろと? ……あはは、フミちゃんには話しかけないほうがいい感じ?』

『絶対に話しかけちゃだめよ。貴女とはずっと、友達でいたいから』

 

 

 その日の夜。私は、弓須マリとメールを交わしていた。

 

 

『でも、フミちゃんの話だと、記憶を全部抜かれるまでに半年くらいかかるんだよね?』

『……今までは、そうだったね』

『じゃあさ、一度だけ何処かに遊びに行こうよ。それとも、1日で一気に記憶全部吹っ飛ばした経験はある?』

『それは、ないけど。でも……』

『大丈夫。私、ずっとフミちゃんの方だけを見てるし、フミちゃんの事しか考えないから。それでフミちゃんを忘れるなんてできっこないよ』

『ダメ。絶対に嫌。貴女が少しでも私を忘れてしまったら、私はきっと気が狂う』

『つれないなぁ』

 

 

 

 

 彼女は。

 

 結局、私と直接話さないという約束を、しっかりと守ってくれた。

 

 夜は、家に帰って、ずっとメールでやり取りをして。昼は、学校で目も合わさず、すれ違っても声をかけない。

 

 そんな弓須マリとの、隠れて付き合っている恋人のような関係が、中学校生活でずっと続いていた。

 

 ────あの日までは。

 

 

 

 確か、雪の降る冷たい早朝の出来事だったか。

 

 私は、いつも通りに一人ぼっちで学校へと向かい、一人寂しく校庭の裏で本を読みながら朝食を食べていた。

 

 広々とした校庭を独り占めできるこの時間は、私にとって数少ない憩いの時間だった。あの鬱屈とした施設から離れて、誰にも邪魔されずにノンビリと本を読む。

 

 自分が生きていることを実感できる、数少ない至福の瞬間だ。

 

 

 ……そんな私は、いつも運動部がパラパラと姿を見せ始めたころを目途に、図書館へ移動する。

 

 雪の降ったその日も、かじかむ手に息を吹きかけながら、私はいつもの様に本を読み進めていて。

 

 運動場をチラリと見つめたとき、気が付いてしまったのだ。

 

 校舎の屋上から飛び降りようとする、女子生徒の姿に。

 

 

 

 無我夢中に、私はその娘のもとへと駆け出す。理由なんてない。本能的なものだった。

 

 何かを叫んだ気がする。やめろ、とか早まるな、とかそんなありきたりな言葉だった。

 

 そして。その少女は、やがてゆっくりと力を抜き、校庭めがけて真っ逆さまに落ちていき────

 

 無我夢中で。私は、落ちてくる彼女を受け止めた。

 

 当然、漫画の様に無傷でキャッチとはいかない。校舎の屋上から落ちてきた肉の塊の衝撃は、想像を絶するものだった。

 

 落下の勢いは、殆ど殺せなかった。何とか女生徒の上半身だけ受け止める。

 

 そしてそのまま、私は衝撃で体勢を崩し、尻もちを突くような形で地面へと倒れこんだ。

 

 幸いにも、私が倒れた先にあったのは花壇だった。ふかふかの土と、園芸部が手塩にかけて育てたリリーカーネーションが、二人分の衝撃を押し殺すに役立った。

 

 嫌な感触がした。口から血が滲み、息が苦しい。呼吸するたび、胸が差すような痛みが走る。肋骨が、何本か折れたらしい。

 

 誰だ。いきなり落ちてくるなんて、そんな非常識な────

 

 

 

 

 

 

「マリ、貴女……」

「あ、あはは。なんで落ちた先にフミちゃんが居るんですか……」

 

 

 

 

 

 

 私が無意識に抱き留めた、死にたがりの女の子は。私を救ってくれた女神、弓須マリだった。

 

「何、してんのマリ」

「は、恥ずかしいとこ、見られちゃった。ごめんね、痛かったよね、フミちゃん」

「何で!? あなた、何したかわかってるの!?」

 

 親しい人間の人の記憶を、奪い取る。それが、私の呪い。

 

 今の今まで、彼女と正面を向いて話したことはなかった。これが、正真正銘の、最初の会話だ。

 

 記念すべき弓須マリとの初めての会話は、金切り声だった。

 

「ふざけんな! 貴女が、貴女で私がどれだけ助けられたと思ってる!!」

「ちょ、落ち着いて」

「世界が私の大事な人を、友達をみんな奪い去った時に! 貴女が手紙をくれて、どれだけ救われたと思ってる!」

「フ、フミちゃん」

「貴女が死んだら!! 私には、何も残らないだろうが!!」

「でも、だって」

「何で飛び降りなんてしたんだ!! 弓須マリ!!」

 

 

 激高。

 

 私の中のあらゆる感情が、堰を切ったように濁流する。

 

 何を言いたいのかわからない。何がしたいのかも分からない。

 

 ただ、私は、泣き叫びながら、彼女に対し怒鳴り続けた。

 

 

 

 そんな彼女から帰ってきた返事は。

 

 弱々しく、そして、負の感情を煮詰めたような、絶望に満ちた呪詛だった。

 

 

「だって、もう、無理なんだよフミちゃん。嫌だ、私はもう、あんな奴らに────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 弓須マリは、汚れていた。

 

 弓須マリの性格は、素直で、謙虚で、お人好しで。

 

 そして頼まれると断れない、押しの弱い性格。

 

 そんな彼女は。あまり治安のよくなかった学校で、騙されて性の餌食になるのに時間はかからなかった。

 

 

 彼女は、親に言い出せなかった。

 

 自分が、不良の言いなりになり、良いように使われて。

 

 写真で脅され、にっちもさっちもいかなくなった状態だと、言い出せなかった。

 

 それが災いしたのだろう。結局、親が愛娘の異変に気付いて、転校させるまでの数か月間。彼女は、まさに生き地獄を味わっていた。

 

 

 そして、転校した先で過ごした1年間。彼女は、クラスの男性に怯え、ロクに会話もできなかったという。親しい友人も出来ず、居心地の悪かったその高校で、悲劇は繰り返された。

 

 弓須マリを脅していた不良共が、校門で待ち伏せていたのだ。どうやら転校先を突き止めたらしい。

 

 幸いにも、優秀であった警備員が異変に気付き、その不良連中は即座に追い払われたという。

 

 だが。不良共の脅し文句が、彼女の耳から離れなかった。

 

 

「あの写真ばらまくからな。逃げやがった報いだ、覚悟しろ」

 

 

 弓須マリは、自分の屈辱的な写真が流布されることを恐れた。怖くて怖くて仕方がなかった。

 

 そして、何より辛かったのは。自分のそんな写真があることを知った、クラスメイトの男子の目が変わったこと。

 

 男子達は下卑た興味の目で、無遠慮に私を眺めている。

 

 ────こんな扱い、耐えられない。

 

 しかし、弓須マリの家はあまり裕福ではない。両親は、借金を抱えてまで私を転校させたのだ。これ以上の負担はかけたくない。

 

 弓須マリは結局、また親に何も話さなかった。

 

 その代わりに彼女は、学校に行くことをやめた。

 

 自らの部屋で一人きり。自分の殻に閉じこもることにしたのだ。

 

 

 

 ────そんな生活が続いた、ある日。

 

 人との接触に飢えた彼女は、気まぐれで風船に手紙書いて飛ばした。

 

 返信は期待していなかった。だがもしかして、と言う希望は有ったのかもしれない。

 

 結論から言うと、返信メールは一日経たずに送られてきた。

 

 返信相手は、同世代の女性の様だ。本当かどうかは分からないが。

 

 だけどインターネットを使えない弓須マリにとって、それは引きこもり生活の貴重な刺激となった。

 

 ネットに流れている写真があったらという恐怖から、彼女はインターネットを使えなかったのだ。

 

 

 

 その文通相手のメールは、摩訶不思議な創作であふれていた。

 

 話す相手の記憶を奪い、孤立している女の子。一体、どんなファンタジーだ。

 

 だけど。彼女の送るメールの節々から感じたのは、圧倒的な孤独感。

 

 彼女の手紙の内容は、創作かもしれない。でも、創作をしないといけない理由があるんじゃないか?

 

 彼女にも、私のように人に言えない事情があって、それを誤魔化しながら話し相手を求めているのじゃないか?

 

 弓須マリは、その少女の話を信じることにした。いや、乗っかってあげたというべきか。

 

 

 

 

 文通を続けて、1年がたった。

 

 いつしか弓須マリにとって、川瀬文子のメールは無くてはならない存在になった。それほど、弓須マリにとってメール文通が楽しかったのだ。

 

 彼女のメールを、ただひたすらに心待ちにして。彼女の他愛ない創作を、全力で楽しんで。

 

 いつしか彼女の孤独を、癒してあげることに全力を注いでいた。

 

 

 会ってみたい。この人に、会って話してみたい。

 

 

 でも。私は部屋から1年間、外に出ていない。

 

 こんな私が、外に出たって。きっと、軽蔑されるだけ。

 

 引きこもったままの私では、この人に会えない。

 

 

 

 ────まず一歩、踏み出そう。

 

 

 

「父さん、母さん。心配かけてごめんなさい。私、もう一度学校に行きたい」

 

 引き篭もること、1年間。

 

 弓須マリがようやく部屋から出てきた時、両親は感涙したという。

 

 

 

 いつからだろうか。

 

 弓須マリの心の傷は、川瀬文子と同様に癒されていた。

 

 弓須マリが抱えていたのも、圧倒的な孤独感。そんな彼女に出来た、メールでの親友。

 

 川瀬文子もまた、彼女を救っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「それで。両親に頭を下げてもう一回転校した先に、たまたま貴女がいたの」

「……マリ。そんなこと、一度も」

「話せなかった。話して、汚いって思われたくなかったの」

 

 そう言って、こわごわと泣き笑う弓須マリは。

 

 どうしようもなく、絶望しきっていた。

 

 

 

 

「……でも昨日、見つかったの」

「誰に」

「あいつらに。コンビニの前で見咎められて、制服から学校もバレて!」

 

 ガクガクと震えながら、弓須は啼いた。

 

「呼び出しに応じないと、今度こそ校庭に私の写真をばらまくって、それで────」

 

 

 

 

 なんて、身勝手だったのだろう。

 

 私は一人、救われていただけだった。

 

 弓須マリと言う少女の、私を救ってくれた女神の、耐え難い苦痛を何も理解できていなかった。

 

 自分1人が不幸なんだと思い込んで、弓須マリの苦しみなんか考えた事も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ────ああ、そうか。何で、私がこんな呪いをもって生まれてきたのか分かった。

 

 今日の。この日のためだ。

 

 

「で。呼び出された場所はどこ?」

「え?」

「どこに呼び出されたの?」

 

 

 私が。今度は私が、この身に宿る忌々しい呪いを使って彼女を救う。

 

 そう、決意した。

 

 花壇の土に刺さった、弓須マリのスマートフォンを拾い上げる。画面は速やかに動いた。まだ、壊れていない様だ。

 

「危ない、危ないよ! アナタがそんな危険な────、ってソレ私のスマホ?」

「大丈夫。マリは、気にする必要はない。ふぅん? このメールだね」

「ちょ、ダメ! そこは、すっごい治安の悪いところで!」

 

 弓須マリのスマートフォンに届いた最新のメールを開けると、表示されたのは2つの画像。

 

 1つは、貧民街の空き地を指し示した地図。ここに、呼び出されていたらしい。

 

 ────もう一つは。虐げられている、涙を流した親友の屈辱的な画像だった。

 

「ふぅん。こんな事、されたんだ」

「え。ちょ、何でメール開いてるの、見ないで!!」

「ごめん。ねぇ、マリ、1つ聞いて良い?」

 

 彼女は顔面を蒼白に、スマートフォンを奪い返そうと飛び掛ってくる。

 

 

 

 私は、マリが好きすぎて。

 

 マリも、私を親友と思ってくれて。

 

 そんな私たちが正面切って話をしてしまったら、どうなるか。

 

「質問よ。私の名前、言えるかしら?」

「……え?」

 

 そろそろ、マリとの話を切り上げないといけない。これ以上話せば、廃人にしてしまう。

 

「え、あれ?」

「貴女のメール、すべて消しておくね。貴女は忘れればいいわ」

「ちょ、え、嘘。貴女、誰、え?」

「さようなら、マリ」

 

 

 

 

 

 行こう。

 

 彼女を傷つけた、ふざけた畜生どもを許してはおけない。

 

 ああ。なんて素晴らしい気分だ。こんなふざけた呪いを持って生まれて。

 

 生まれて初めて、感謝した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

「……」

 

 

 

 監禁されたのは、数時間程度だった。

 

 空き地のど真ん中に建てられた木製のぼろ小屋の周囲には、見るからにガラの悪そうな男がたむろしていた。

 

 その場に独り乗り込んで、弓須マリの代わりに来た親友だと言ったら、畜生どもは喜々として私を弄ぼうとした。

 

 触られるのは嫌なので、全力で抵抗させてもらった。いずれはマリのような地獄を味わうのだろうが、私を傍に置いて数か月もすればこいつらは全員廃人である。

 

 此奴らが廃人になるまで、数か月は何をされても耐えるつもりだった。ところが、少し服を破られただけで、徐々に彼らの動きが緩慢になってきた。

 

 親しい人間の記憶を奪う。

 

 私の呪いの正体は、そんなものだと思っていた。

 

 どうやら、実際はそんな生やさしいものではないらしい。下劣であろうが何だろうが、私に好意に類する感情を向ければ、問答無用で記憶を奪えてしまう。

 

 ……性欲は、好意の一種だったのね。

 

 私が押さえ込まれ服を脱がされる頃にはもう、奴等はおかしくなりはじめ。

 

 全裸にされる頃には、奴等は赤子のように混乱し。

 

 そのまま、優しく彼等を誘惑してみたら、彼等は直ぐに廃人になった。

 

 同時に私の中に、かつてこの屑共が食い物にした婦女暴行の記憶が流れ込んでくる。吐き気がする。

 

 そして。奪った彼等の記憶から、違法なお薬を持っている事を知り。

 

 私は、タバコに火を付け、シンナーをバラ撒き、小屋を焼いた。

 

 奴等の溜まり場は、ゆっくりと炎に包まれる。廃人となった彼等は、エヘエヘと笑うだけで逃げようともしない。

 

 近隣住民の方には迷惑を掛けて申し訳ないが、此奴らは焼け死んで然るべきだ。

 

 炎で被害が広がらないように消防車を呼んで、私はその場を後にした。

 

 

 

 放火って重罪らしいけど。

 

 状況的に、どう見てもヤク中のタバコ不始末である。恐らく、バレることは無いだろう。

 

 初めて人を殺したけど、こんなにも清々しいものなんだな。

 

 いや。違うか。

 

 

 私は、生まれて初めて────

 

「誰かを、助けたんだよね」

 

 燃えさかる木の小屋を、遠目に眺めながら。私は独り呟いた。

 

 

「殺人なんかで。人を廃人にするなんて方法で。そんな残酷な方法しかとれない私が────」

 

 ────何にも代え難い親友を、助けられたんだ。

 

 

 

 自虐気味に私は笑って、震える手でスマートフォンを操作する。

 

 私は、もう届く事の無いだろう電話帳から、弓須マリの情報を削除した。

 

 ────あぁ。分かってしまった。

 

 また、奪ってしまった。

 

 ああ。弓須マリは────

 

 

「こんなに、私のこと、想ってくれたんだ」

 

 

 涙が溢れ出す。

 

 奪ってしまった彼女の記憶から、マリが私をどれだけ大切に想っていたか、知ってしまった。

 

「こんなに、大事な気持ちを、奪っちゃったんだ」

 

 そして。それが、意味するのは。

 

 弓須マリはもう、私の友人では無くなったと言うこと。

 

「もう、マリは、私のことを好きでも何でも無いんだ────」

 

 全てを終わらせた後。

 

 私は、独り静かに泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その、次の日。

 

 弓須マリは、様子がおかしかった。

 

 

 

 

「ゆ、弓須さん?」

「ホントなの! 私にしか見えない、たった1人だけの親友がイマジナリーフレンドしてるの!!」 

「その親友こそ幻想(イマジナリーフレンド)じゃないんですかね」

 

 

 私が中途半端に、彼女の記憶を奪ってしまった結果。マリは、少し痛い娘になってしまっていた。

 

 ざ、罪悪感感じるなぁ。

 

 

「えっと、私は名前すら覚えてないんだけど、その娘とは無二の親友だったの!」

「無二の親友なら、名前くらい覚えて差し上げろ」

「そーだけど! そう、名前なんかどうでも良い親友だったんだよきっと!」

「親友ならせめて名前くらい大事にしてやれ」

 

 

 哀れ。マリは完全にボケキャラと化していた。

 

 クラスメイトの的確なツッコミにより、空気は完全に漫才のソレである。

 

 ……今の、私のことを覚えていない彼女になら。私は後少し、話しかけても良いのだろうか。

 

 それが、また彼女の記憶を削り取る結果となってしまうかもしれないけれど。

 

 どうしても一言だけ、彼女にお礼を言いたいんだ。

 

 親友だった貴女に、最後に話をしておきたいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 挙動がおかしくなった弓須マリは、1人で見えない親友を探して、放課後になるやすぐさま駅に飛び出していった。

 

 溜息をついて、私はマリの後を追う。

 

 これが、恐らく私の人生で、最後の親友との会話になる。

 

 言いたいことを、良く吟味して、まとめて、私は────

 

 駅でキョロキョロと、何かを探すマリ。

 

 私はその背後から、コッソリと近づいて。

 

 

 

 

「振り向かないで」

「っ!?」

 

 

 

 

 弓須マリ(しんゆう)を、背後から抱き締めた。

 

 

 

「誰、あなた、まさか」

「そのまま、聞いて」

 

 混乱する彼女の耳元で、私は囁くように、彼女に語りかけた。

 

 

 

「助けてくれて、ありがとう。居なくなって、ごめんなさい」

 

「どうか私を忘れて、過去を忘れて、幸せになってください」

 

「辛い過去なんか、忘れちゃって良いんだ。これから貴女は、普通に生きて、幸せな人生を掴んでね」

 

「何、何を言ってるの……」

 

 噛みしめるように。

 

 万感の思いを込めて。

 

 私は、マリとの最後の会話を、終えた。

 

 

「────またね」

「ちょ、待って!」

 

 

 私はすっと彼女から離れる。

 

 そして彼女が振り向く前に私は人混みに紛れ、そして静かに、駅のベンチに座った。

 

 慌てて駆け出すより、こうした方が見つかりにくいのだ。

 

 何せ、彼女はもうすぐ、親友(わたし)が居たことすら思い出せなくなるのだから。

 

「行かないで! 私の大切な、誰かぁ!!!」

 

 

 ごめんね。私の大切な、マリ。

 

 

「嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!!!」

 

 女子生徒は、泣き叫んだ。

 

 直感的に感じているのだ。このままだと、大切なものを失ってしまうと。

 

「わからない、わからないんだ! 何でよ、どうしてなのよ!?」

 

 だが、幾ら直感が鋭くても。見たことのない少女を、親友と認識することは出来なかった。

 

 

 

 

 誰もが、彼女に触れようとしない。

 

 

 誰もが、彼女に関わろうとしない。

 

 

 

 

 ホームで一人、泣き崩れる少女と目線を合わせることなく、私は座っていたベンチから立ち上がり改札へと向かう。

 

 これ以上、彼女の姿を見るのは辛かったから。

 

 

 

 

「返事をしてよ。答えてよ、話しかけてよ、無視しないでよ!!」

 

 

 

 

 後ろから、悲痛な叫び声が木霊する。

 

 私は、震える足を必死で動かし、目から零れ出る涙を必死で抑えながら、その声から逃げるように駅から逃げ出した。

 

 

 

「どこにいるの! 居るんでしょう、何処かで見てるんでしょ!」

 

 

 

 ごめんなさい。私は、貴女を壊したくないから。

 

 その叫びには、答えてあげられない。

 

 

「誰だっけ、どんな人だっけ、男の子だっけ、女の子だっけ、同い年だっけ、ああ、何も思い出せないよ!」

 

 

 

 さようなら。

 

 大好きだったよ。

 

 ──────私の、女神様。

 

 

 

 

 

「………っあ、あれ?」

 

 

 

 

 少女は、まもなく泣き止んだ。

 

 

 

 

「私ってば、何をしてたんだ?」

 

 

 

 きょとん、と。彼女は、公衆の面前で意味も分からず泣き叫んでいた自分を、心底不思議に思うのであった。

 

 彼女は、照れくさそうに笑いながら、駅のホームを後にする。乗客達に怪訝な目で見られ、顔を真っ赤にしながら。

 

 

 ────弓須マリは、川瀬文子は、こうして、大切なものを失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おかしい。

 

 何でだろう。

 

 このまま、言いなりになって良いのか?

 

 言いなりって、何だ? 私は誰に何を言われたんだ?

 

 

「貴女は、普通に生きて、幸せな人生を掴んでね」

 

 ……誰の言葉だろう。

 

 何でこんなありきたりな言葉が、私の頭に残っているのだろう。

 

 でも、彼女の言うとおり。平穏無事に、幸せな人生を────

 

 

 

 

 

 ────過ごしちゃ、ダメだ。

 

 

 何かを忘れちゃダメなんだ。そんな、気がする。

 

 この言葉に甘えて、普通に生きてしまったら、私は大切な何かを失ったまま。

 

 普通に生きちゃ、ダメ。

 

 この言葉に、逆らえ。あの人を、忘れるな。

 

 あの人って誰だ?

 

 ああ、ああ────

 

 

 

 

 

 

 

 

 普通に、生きるだけじゃ、つまらないよな。

 

 せっかくなら、私は。

 

 

 

 

 

 

 個性的に、なりたい。

 

 個性的になれば、何かを忘れない気がする。

 

 個性的になって、誰からも注目されて、そしたら。

 

 大切な誰かが、私を見てくれる気がする。

 

 

 

 

 そうだ。私は、個性的になろう。

 

 

 

 

 その日から。弓須マリは、校内で一番の変人として奇行の限りを尽くし、長々と語り継がれる伝説をその中学校に刻みつける事になる。

 

 それは、せめてもの。

 

 弓須マリの、川瀬文子への抵抗だったのかもしれない。




このお話の第一章は完結。
次回はまたプロットを固めて、なるべく間を開けず再開いたします。
少々お待ちください。
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