14世紀、黄金と絹で財を成し、『世界の富の半分を有する』と言われたかつてのムガール帝国の終焉の地、首都デリーの郊外に位置する歴史的建造物フマーユーン廟。天高く聳える尖塔と特徴的なタマネギ型の丸屋根は、なんと本物の金箔で覆われているのだそうだ。
「奴等は貴重な自国の歴史的建築物についてどうかんがえているのかね!!」
苛立ち混じりの質問を投げかけるが、答えてくれる相手はすでにいない。我が帝国の特務部所属インド首都デリー担当諜報員ネイサン=ブレイサーは既に物言わぬ屍と成り果て、銃弾から私の身を守ってくれているからだ。
「ええい、このままでは埒が明かない」
こちらの武装はリボルバー一つ、弾は6発。死体の陰から確認できる敵の数は8名。全員手には機関銃を持っている。
絶体絶命のピンチというやつだ。盾代わりになってくれているブレイサー諜報員の身体は痙攣するように振動し、敵の攻撃の激しさを伝えてくる。まさか白昼堂々、かつての皇帝の墓廟で襲ってくるとは。決死の覚悟で脱出を決意したとき、体のすぐそばに小石が転がってきた。
「なんだ、これは」
小石を包んでいた紙をひろげるとこう書いてあった。
【閃光弾、目を閉じて!!】
「グレネード!!」
仲間に知らせる襲撃者の声。
閃光
上がる悲鳴。
「目がぁっ! 目がぁっ!」
8発の銃声。訪れる静寂。近づく足音。
「ハロー! 情報部のムスカ大尉ね! 大変な状況だったわね」
目を開けると一人の女が立っていた。
「…その訛り、スペインのエージェントがどうして我がインド領にいるのかね」
黒髪にはっきりした顔立ち、小麦色の肌をしたラテン系。首から下げたカメラと活動的なラフなズボンが観光客風を装ってはいるけれど、死体の転がるここで平然と立っていることがこの女が一般人ではないことを物語っていた。
「ブッブー! 違いますぅ! 折角助けてあげたのに、レディのこと詮索するなんて不粋なヒトね。確かに私はスペイン系だけど、ええっと、答え合わせは私の部屋でしましょ」女が周囲を見回しそう言った。
「そうだな。ここから離れたほうがいい」
相手の誘導に従うのは不愉快だが、しょうがない。待ち合わせの場所が襲撃者に知られていたのだ。自分のとったホテルにも待ち伏せがあるかもしれない。
考えを巡らせている間にも昼間からの銃声に野次馬がドンドンと集まってきた。幸いにしてヨーロッパ人の姿はないが、長話をするには少々目立ち過ぎだ。
◇◆◇◆
30階建ての高層建築、インド最高級のメトロポリタンホテルの一室。
「あら、優男な顔に似合わず物凄い身体をしているのね、ムスカ大尉」
ドアマンにでも用意させたのだろう、ベッドに腰掛けた女は卸したてのシャツを投げてきた。前のシャツは血だらけだったのでシャワーを浴びるついでに捨ててしまった。
「この前昇進してね、今は少佐だよ。上層部にツテがなくてね。出世するには多少無理をする必要があったのだよ」
「傷だらけなのね」
「勝手に身体に触らないで貰えるかね、それよりもキミは何者だ? 何の目的で私を助けた」
「『ラピュタリスの飛行石』。知っているでしょ? アタシも追っているのよ、ムスカ少佐。アタシはクロエ。クロエ=ドレイク。マンハッタン・ポストの記者よ」
「なるほど、アメリカ人か。モンロー主義はどうしたんだ? わざわざ大西洋を渡ってインドまで来るとはな」
「ブン屋と政府は別物よ。知らなかったかしら。アメリカは自由の国なの。私は太平洋経由で来たわ。トボけても無駄よ。アナタがラピュタの捜索に職務以上に思い入れているの知ってるんだから。ところで彼から受け取ったんでしょ?」
「何のことだ?」
「金色の神像よ。ブレイサー諜報員は持ってなかったわ」
「ふむ」
手のひらの中で隠し持った像を転がす。5センチほどの小さなものだ。ブレイサーは私にこれを寄越してすぐに殺されたために、コレの由来を聞き損ねていた。この女は私の知らない情報を握っているらしい。
「聞かせたまえ」
「さっきも言ったけど、トボけても無駄よ? 少佐。その像は鍵よ。襲撃者たちもそれが欲しくて襲ってきたの。それは『オーマの像』。巨神兵とともに天へと至った聖少女の伝説は知ってるでしょ? ラピュタリスが空へと上がる原因となったかもしれない伝説。ソレは鍵なの。風を利用しオーニソプターで空を支配した、超文明を築いた古代帝国トルメキアの『風の谷』へと至る鍵よ」