ジルードvsセシリアは、ジルードの勝利で終わった。次のジルードvs一夏はすぐに始まる。準備を急がねばと思った瞬間、ジルードのリムドブルムが砕け散った。
「なっ」
バラバラとなったリムドブルムの中から現れたのは、ISスーツに身を包んだ、翼が生えた男。もちろん見た目はジルードなのだが、翼という人間には存在しない部位がある。それによって会場は更に騒然となり、すぐに放送席の方から全体へのアナウンスが始まった。
『ジ、ジルード・レイヴァンのISが大破した為、この後の第三戦目、織斑一夏vsジルード・レイヴァンの試合は、本日は中止となります! 繰り返しおしらせします………』
どうしたら良いか分からないジルードとセシリアであったが、係員がジェスチャーでピットに戻るように合図を送っていることに気がついた。
ジルードは大破したリムドブルムを拾い集めると、自身の翼でピットまで戻っていった。
それから数時間。特にジルードには待機が言い渡され、他の教員は騒ぎの対処に追われていた。日は既に沈み、それでも控え室の外に出ることが許されないジルードは、今日の試合を振り返る。ISに限らず、経験不足である限りは試合の良し悪しを自分で語ることはできない。ただ結果としてセシリアに勝利したことは良かった点だと考えている。
それよりも気がかりなのが、例の声。あれのおかげで勝利できたようなものなのだが、もしあの声がリムドブルムのものであったら。そう思うと、バラバラに砕けてしまったリムドブルムが哀れに思えてきた。そっと触れてみるが、大した外傷はない。どうしてこんなことになってしまったのか。
『あーあー、やっぱり負担が大きすぎたみたいね』
「っ! い、いきなりだな……」
また声が聞こえる。試合中のものは気のせいではないことが証明されたのは良いのだが、この声は一体何なのか。
「一つ聞きたい」
『なぁに?』
「お前は誰だ?」
『あら、一緒に戦った仲間だっていうのに酷いわね。リムドブルムよ。リムドブルム。貴方のISの、ね♪ 今は戦闘に耐えきれなくてバラバラになっちゃってるけど』
女性の声には無駄に艶があり、もしこれが肉体を持っていれば、そういった店で働いているかもしれない。そんなことをふと思った。
「ISには意志らしきものが宿っているとは聞いていたが、お前がそうなのか?」
『ええ。どうして自分がここにいて、貴方のISになったのかは分からない。けど、そんなことを考えても仕方ないからね。貴方はどうかしら? ドラゴンさん』
「ドラゴンではない。ドラゴニアだ。私は自分の使命を果たすためにここにいる。それだけだ」
『使命、ね……』
リムドブルムはため息混じりに言うと、『でも』と言葉を続けた。
『貴方、今までドラゴニアだってことは隠してきたんでしょ? なら、これから大変よ?』
「わかってる。おそらく今は教員たちが対処しているだろうが、最悪追い出されることも覚悟している」
『そう。そこまで考えてるなら忠告は必要なさそうね』
そこまで言うと、リムドブルムはそれ以上言葉を発しなかった。代わりに寝息のようなものがジルードには聞こえ始めた。
当然、ジルードにも相当な疲労がきている。このまま眠ってしまおうかとも思ったのだが、いつ待機が解除されるかも分からない。それに自分が騒ぎの中心である以上、呑気に寝ていられてる程、ジルードは厚かましい性格ではない。落ちそうになる瞼に抵抗しながら、セシリアのことを考えていた。
セシリアは迷っていた。自分の行動が正しいのか。自分の考えは正しいのか。だから、試合前にジルードに『命は選べない』という言葉の意味を聞いたのかもしれない。ジルードはその質問に、『己が正しいと思って進んだ道が、お前の人生だ』と答えた。その言葉がセシリアを勇気付けたのだが、本人はまだそのことを知らない。
「レイヴァン、いるか?」
それからまた数時間。本来であれば夕食を済ませ、各自部屋でゆったりとしているような時間に、千冬がようやくやってきた。ジルードは眠気に耐え切れず眠っていたのだが、ドアが開いた音で目を覚ました。
「はい」
「お前に関することを学園全体に公開することになった。もちろん学園外への漏洩は注意するが、人の口には戸が立てられん」
「わかりました。ご迷惑をお掛けします」
自分の正体が知られることに抵抗はないが、人間でない者が学園に紛れ込んでいたとなると、騒ぎになるのも当然のこと。
「学園としては、お前をフォローすることになった。ドラゴニアであることで何かと不利益を被った場合はすぐに言え」
「ありがとうございます」
「それと、お前のISが粉砕した件だが、篠ノ之束が責任を持って改造すると連絡があった。それまでは学園保有の打鉄を一つ貸し出すこととする………お前には不要なものかもしれんがな」
「いえ……そうかもしれませんけど」
千冬は、ジルードが虐殺行為を行なっていたIS操縦者を素手で倒したことは知っている。これも篠ノ之束からの情報であることに一抹の不安を抱いてはいるが、千冬の目から見て、ジルードの人間性は問題ない。むしろ他の生徒に見習ってほしいと思えるくらいであるため、元から事情を知っていた千冬の進言でジルードが不利益を被る状況を打開しようと提案されたのだった。勿論千冬はそれを口にしないが、ジルードは薄々気が付いていた。
「明日からバカ共が騒ぎ立てるやもしれん。身の危険を感じた場合は自衛に努めろ」
「怪我させないよう善処します」
「まずは手を出さないように気をつけてほしいものだがな」
「こう言っておけば、もしもの時に織斑先生に責任を取ってもらうことも可能ですから」
「全く……抜け目のない奴だ」
年相応ではない反応に、千冬は可笑しく思って微笑んだ。苦笑と言っても過言ではない笑みではあるが、少しだけリラックスしているように見える。
「では、現時刻を以って待機を解除する。早く部屋に戻って休め。食事に関しては既に食堂に話を通している」
「重ね重ねありがとうございます」
ふと時計を見ると、既に21時を回っている。食事や入浴をしていたらもう消灯時間になる。さっさと出て行ってしまった千冬の後を追うように、ジルードも控え室を後にした。
「少し、よろしくて?」
部屋に入ろうかという時、声をかけられた。後ろに立っていたのは、寝巻き姿のセシリア。ジルード以外の生徒は自室待機が命じられているはずだが、セシリアは何故かここにいる。
「どうした?」
「今日のことについてです」
そう言って胸に手を当てるセシリア。何やら重大なことを話そうとしていることはわかるが、ジルードには話すことがない。
セシリアは何度か深呼吸をして、意を決したようにジルードの目を見た。
「貴方は今日、試合前に『人間にとっての善悪や正誤などはわからない』と仰いましたよね? その意味がようやく分かりました」
「………」
「貴方の本当の姿を見て、人それぞれ思うこともあるでしょう。しかし、わたくしは貴方を一人の人として、尊敬しております」
人として。セシリアはジルードを一人の人間として認めたのだ。性別や種族に関係なく、個としての存在を。
「命は選べない。だからこそ、それぞれの歩む道がある。ジルードさんは、人間ではない種族の生まれですが、今こうして人間の集団の中で暮らしている。それも一つの道、一つの人生」
セシリアはジルードの手を取ると、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「わたくし、セシリア・オルコットは、そんな貴方を支えてあげたいと、切に思っております。ジルードさん」
人間の世界では、プロポーズだと思われても仕方のないような言葉であるが、セシリアもジルードもそのつもりはない。
「ありがたい。こちらこそ、力になれることがあったらいつでも言ってほしい。セシリア」
「はいっ!」
強い信頼関係を築くには、お互いの心の中を共有する必要がある。それを果たした二人の間には、ただならない絆が生まれたのであった。