次の日。試合の日のうちにジルードの正体が全生徒に伝えられていた。それぞれ反応は違ったのだが、ジルードに対する差別などは見受けられなかった。逆にジルードの人気が急上昇した。
「ジルード君! 翼触らせてくれない?」
「ISを使わないで空を飛ぶってどんな感じなの?」
「う〜ん……ジルード君って謎が多いと思ってたけど、まさか異種族だったとは……」
ジルードの周囲には人だかりができ、中にはナチュラルにセクハラをしている生徒もいる。ジルードは鬱陶しくは思っていないものの、困り顔で隣の席に座っている一夏に助けを求めている。一夏はジルードの心配が杞憂で終わったことを喜ぶ反面、ジルードを助ける手立てが見つからないために愛想笑いで答えた。
「ねぇねぇジルード君」
「翼みせてー」
「ジルく〜ん♪」
これではジルードも形無しである。次の授業をする予定の山田先生が教室に入ってくるが、ジルードの周りの状況にドン引きし、チャームポイントでもある眼鏡がずり落ちていた。
しかし、騒ぎはクラスの中だけではない。ジルードが廊下に出るとどこから嗅ぎつけたのか、学年を問わず生徒がジルードを取り囲む。正体を知っても尚歓迎してくれるのは嬉しいのだが、あまりにも熱烈すぎて精神的な疲労がとんでもない速さで蓄積する。それでも表情出さないのは、不必要な心配をかけたくないというジルードの優しさである。
そして、弊害はISの実践授業でも起こった。
「ジルードく〜ん♡」
「IS使わないで飛んでみてー!」
授業の内容を完全に否定するような発言が飛び交う。ジルードは千冬が言っていた通り打鉄を使うことになっているため、一夏やセシリアの手本を眺めていただけだった。にも関わらず、だ。
これには千冬も頭を抱えた。どうせ注意したところで、喉元過ぎれば熱さを忘れる。実際千冬もジルードのことには興味があったため、
「レイヴァン。お前がIS無しでどのくらいの飛行能力があるのかを見る。オルコットが先行し、その後をついていけ」
と、指示を出した。言われてしまっては仕方がないということで、ジルードは自分の背中に翼を出現させ、上空へと飛び立った。それだけで歓声が上がり、校舎内で座学を行なっていた生徒も授業そっちのけでグランドの様子を見ていた。
「セシリア、よろしく頼む」
「はい、ジルードさん。わたくしの後について来てくださいまし」
ブルーティアーズが滑らかな軌道で空を飛ぶ。その後ろをジルードが自分の翼だけで飛行する。驚くことに、セシリアは段々と飛行ルートを複雑にし、同じIS操縦者でも確実についていくことが困難な状態の飛行をしているにも関わらず、ジルードはずっと等距離と保ったまま、寸分違わない軌道を見事に飛行して見せた。
「これが、ドラゴニア……」
千冬は空を眺めながら、異種族について考えた。
今までは眉唾物の番組などで人魚や狼男などの紹介がされてきたが、全てでっち上げであることは周知の事実であった。誰も異種族が存在する証拠を提示できないために存在が否定されていたが、それは異種族が意図的に証拠を残さないようにしていたのでは? そう思えるくらいに存在が秘匿されていたのだ。
千冬はドラゴニアについて、篠ノ之束から聞いていた。『ドラゴンや恐竜の生き残りが悠久の時を経て人型まで進化した種族』であると。それに、異種族は各地に点在し、その総数は十万を超えるというのが、束の予想である。彼らが人間との接触を避け、人間に感知されない方法を持っていることも判明しており、束は最後に、
『異種族の存在はいずれ明らかになる。だったら、IS学園で保護するのが一番安全だよ〜』
と嘯いていた。その結果、ジルードが入学することになったのだ。
「人間……ではないが、人間よりも人間らしいかもしれん………」
大空を駆ける龍を見ながら、千冬はぽつりと呟いた。
☆
偶発的な出会いにこそ、人生の転機がある。セレンディピティーとも呼ばれる現象によって、絵に描いたような人生を送る者もわずかにだが存在する。
そして現在、ジルードはその場面に直面していた。
「……何をしている?」
学園の近くのデパート。そのすぐ側にある公園の茂みで、ジルードは一人の少女と対面していた。幸いながら二人が隠れるくらいの茂みで、人もほとんどいない。それを幸いと言えるのは、少女が人間以外の種族である可能性があるからだ。
「わ、わたしあやしいひとじゃないよ〜……」
少女は怪しさ満点の口調で茂みから出ようとするが、ジルードが手を掴んだことで阻止する。
少女は耳が尖っていた。族に言うエルフという種族ではあるのだが、ドラゴニアにはエルフに関する知識はない。
そして、服装は植物のツタや繊維を編み合わせて作った粗末な服。人間の社会では、何か催し物がない限りは着られることがまずないものである。
だが、ジルードの聞きたいことはそれ以外であった。
「何故、隠れて移動している?」
「それは……そのぉ……」
「人間ではない種族か?」
「あ、あう……」
図星をつかれたせいか、少女はうなだれた。だが、ジルードも人に非ざる者。人の目を逃れる気持ちはわかる。
「なら、しばらく身を潜めておけ。私がなんとかする」
「え?」
それだけ言うと、ジルードはその場から走ってデパートへ向かった。
それから十数分後。ジルードは紙袋を持って戻って来た。
「待たせたな」
少女に紙袋を差し出し、中身を確認する。そこには女性物の服が二着分とニット帽が入っていた。
「これは……」
「人間の服だ。そのままだと目立つから着替えた方がいい」
ジルードは茂みの外に出て行き、少女を守るように周囲の警戒を始めた。少女はどうするべきかを迷ったが、言われた通りに服を着替え始めた。だが、少女は人間の服など着たことがない。故に時間がかかってしまったのだが、なんとか着替えることに成功。
「あ、あのー……」
茂みから少女がひょっこりと顔を出す。しかしニット帽を被っていないせいで、尖った耳が丸出しになっている。これはいけないと、ジルードは急いでニット帽を被せ、耳が隠れるようにした。
「君の耳は目立つ。しばらくはこれで隠しておいてくれ」
「う、うん……」
人ではない彼女がどうしてここにいるのか。それはジルードの知るところではないが、どうにかしてやりたいという思いは強かった。
特例で学園から支給されたスマホの登録電話番号を見ると、何故か登録した覚えのない『たばねさん♡』という名義での登録があった。一抹の不安を抱きながら、その電話番号へかけることにした。
『ヤッホー、たーばねさんだよー♪』
ワンコール以内で繋がり、陽気な声が聞こえた。ジルードにとっては天敵とも言える存在であるが、このような状況では最も頼りになることには違いない。下手をすると少女を学園に入学させてしまうことになるが、このまま放っておいて心無い人間たちに捕まるよりはマシだろう。
「俺と同じ、人間でない者を見つけた。どうにかできないか?」
『それなら任せて任せて〜。今一緒にいる、エルフ耳の金髪超乳美少女だよね?』
「……ああ」
『それなら学園に連れて行っちゃってー。束さんがなんとかしちゃうぞ☆』
「わかった」
『あ、そうそう。代金としてドラゴンちゃんの体を』
不穏な言葉が聞こえた瞬間、条件反射の如く通話を切った。一体何をやっているのかわからない少女は、ジルードの持っているスマホを不思議そうな目で見ていた。
「名前は何と言う?」
少女を連れて、学園への道を急いでいた。
「エシュリー。エシュリー・クロイラインよ」
「エシュリーは人間ではない、という認識でいいのか?」
「うん。ちょっと、住んでた場所を飛び出しちゃって……」
エシュリーは服のあちこちを引っ張ったりして、落ち着かない様子である。それもこれも、これでもかというくらい自己主張をする巨大な胸が原因だったりする。ジルードは視線をそらすと、自分が着ていた制服を脱ぎ、エシュリーにかけてやる。体の大きさはジルードの方が大きいため、なんとかその胸を隠すことができた。
ジルードにも下心がないわけではなかったが、これも放っておけば悪目立ちする可能性だってありうる。その可能性の一つを潰すための行為である。
「戻るつもりはないのか?」
「戻りたくはないけど……どうしたらいいかわからなくて……」
「なら、丁度いいところがある。そこならどうにかしてくれるはずだ」
「……貴方は何者なの?」
そこで、ジルードは自分が名乗っていないことに気がついた。
「私はジルード・レイヴァン。君と同じ、人に非ざる者だ」
「貴方も……人間じゃないの?」
「ああ。俺はドラゴニアと呼ばれる種族と人間の混血だ。見た目こそ人間だが、任意で翼を出現させることもできる」
すると、エシュリーがジルードの腕に抱きついた。当然のように腕が胸の間に挟まれるのだが、わずかに聞こえてきた嗚咽に、ジルードは煩悩を発揮している場合ではなかった。
「うぐ……えっぐ……」
「……安心しろ。私が付いている」
ゆっくりと、エシュリーの頭を撫でる。サラサラとした手触りが心地良く、目に涙を溢れさせながらも堪えている姿が痛ましかった。
エシュリーはエルフ族の住処を飛び出し、何日も彷徨っていた。日頃から狩猟で鍛えた直感と生まれつきの五感の鋭さを生かして見つからないでいたのだが、見知らぬ世界で頼れる者が一人もいない。かといって、彼女には戻るわけにはいかない理由があった。
故に孤独であり、いつ何時も警戒を怠ることができない。詰まる所、精神的に限界が来ていたのだ。それが今日、自分と同じ人間ではない者と出くわし、自分の不安要素をいくつも取り除いてくれた。その安心感が涙となり、ジルードの腕に抱きつく力となって表れていた。
ジルードがそろそろ歩き出そうかと思った時、盛大にエシュリーの腹の虫が泣き出した。
「………」
「………」
さっきまでの涙は何処へやら、エシュリーは顔を真っ赤にして俯き、ジルードは小さくため息を吐いた。その表情は呆れたそれではなく、慈愛に満ちたものであった。
「先に何か食べていこう。私も小腹が空いたのでな」
「う、うん……ごめんなさい……」
側から見れば色々とちぐはぐな二人ではあるが、仲睦まじく見えるのは決して気のせいではない。