西住家のハンニバル   作:ゼノモフ

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プロローグ

 その年の戦車道全国大会には、二つ新しいことが起きた。

 

 一つ、学校の選択科目としてではなく、部活動として戦車道をしている高校が決勝に残ったこと。

 

 二つ、その高校の隊長が男であったこと。

 

 そのどちらも、世間を大きく驚かせた。

 まず一つ目だが、当然選択科目と部活動では練習時間に大きな差がある。 練習の量が物を言う戦車道において、部活動のチームが勝ち上がり、あまつさえ決勝まで行くのは初のことであった。

 そして二つ目、戦車道には「女子がやる武芸」という認識がある。 しかし、高校戦車道のルールブックには男子の出場を禁ずることを示す記述は一切ない。

 

 

 その男は、名を西住かほと言った。

 女らしい名だが、身長は180cmを超え、ガタイも良い、大会の最中に左目に傷を負った大男であり。 そして何より、天下の西住流の長男である。

 そんな彼が実行した奇策の数々が日本戦車道を大いに騒がせた。

 

『撃てば必中 守りは固く 進む姿は乱れ無し』

 

 と称される西住流の戦車道から大きく逸脱した戦闘。

 個人による遊撃を是とし、ゲリラ戦法、快速戦車をちょこまかと動き回らせ敵をおちょくるような言動。

 戦場の全体を常に見通し、敵の作戦という作戦を看破してたった三輌の戦車で、5年連続優勝に王手をかけた黒森峰を打ち破り、全くの無名校が優勝を掴んで見せた。

 

 

 卓越されたカリスマと、圧倒的な技量。

 味方の犠牲、環境、敵の精神、利用できるものの全てを利用し敵を追い詰めるその戦いは『世界の全てと戦っているようだ』と黒森峰の当時の隊長を唸らせた。

 ある対戦者は、たったの三輌の戦車が地を覆い尽くす大軍のように見えたとも言った。

 敵の心を手玉に取り、それらをへし折るような戦いから、度々彼は悪魔とも称される。

 

 

 隻眼の悪魔…… 人々は彼を『ハンニバルの再来』と呼ぶ。

 

 

 ♢

 

 

 

 朝の5時頃。

 それがいつも朝食を取る時間である。

 

 4時半ごろには布団から抜け出し、厨房で自分で料理を作り、和室で一人で食う。

 中1以来崩したことのないルーティンである。

 

 料理はできるが、家が雇っている使用人には遠く及ばない。

 6時ごろに起きれば、彼女の美味い飯を食うこともできる。 しかしそれをしないのは、一重に特別でありたいからだ。

 

 寂寞の空間で、鳥などの声を聴きながら質素な飯を食う。

 戦を住処とする男には相応しい、普通らしからぬ行動だ。

 

 

「ご馳走様」

 

 

 合掌、一礼。

 感謝を送る相手は食材ではなく、その生産者。

 弱肉強食の世界の中で、食物は弱者でしかない。 しかし、生産者がいなければ俺は幾分か飢えてしまうことだろう。

 その点で言えば、強者はあちらであり、こちらは金を払って施しを受けていると、俺はそう考える。

 

 強者への礼を尽くす、それが俺の流儀だ。

 

 背後からの気配を感じて、振り返る。

 

 淀みなき黒の長髪と、日本刀のように切れそうな鋭い目。

 体は引き締まっていて、戦車乗り(・・・・)としての誇りを感じる。

 

「今日もいつも通りですね、ハンニバル」

「そちらも快調のようで。 現家元、西住しほ殿」

 

 いつもは常に敬語を崩さない母であり、戦車道をしている時、父と二人きりの時、そして宿敵の前でのみそれを崩す。

 

「……みほは、何をしていますかね?」

「さあ。 戦車道でないのは確かです」

 

 そうとだけ冷たく返される。

 あの時に比べれば幾分かは落ち着いているが、まだその胸中の感情は落ち着かないようであり。 心の中は吹きすさぶ吹雪に覆われていることだろう。

 

 これまで生きてきて、ここまで怒る母を見るのは初めてであり、そして悲しみを抱く母を見るのは、正真正銘初めてのことである。

 

「みほが大洗へ転校してから、もう1週間ほどですね」

「まだ3日しか経っていませんよ」

 

 俺と母の間に、静寂が訪れる。

 お互いがお互いの顔を睨み合い、どれほどが経った時か、俺はついに耐え切れずに口を開いた。

 

 

「うわぁぁぁぁぁ!! なぁにやってんだよお母様ァ! みほが、みほが関東に行っちまったよォ!!」

「落ち着きなさい! 西住家の長男がそんなに取り乱すものではありません!!」

 

 

 俺の二人いる妹の下の方、みほ。

 戦車道において上の妹と同様、並外れた才覚を発揮し、五連覇へ王手をかけた超強豪たる黒森峰女学院にて戦車道をやっていた。

 

 そう、やっていた(・・)

 

 黒森峰の五連覇を賭けたその戦いは、みほの読み通りに進んでいた。

 人員の練度も、確実に相手よりも勝っていた。

 

 その日は、雨が降っていた。 ポツポツと降る夕立のような雨ではなく、ザーザーと降り注ぐ大雨が。

 黒森峰のフラッグ車…… 将棋で言うところの王将、チェスで言うところのキングの護衛についていた黒森峰の戦車が、大雨によりぬかるんだ地面に足を取られ、崖から転落。 その下は濁流であった。

 

 フラッグ車に乗っていた俺の妹、みほは迷わず戦車を飛び降りて、その乗員たちを助けだそうとした。

 

 しかし、車長を唐突に失い、混乱する黒森峰フラッグ車の近くには、みほの読み通りに敵のフラッグ車を含む戦車隊が接近していた。

 

 そして、最悪のシナリオが実現した。

 

 

 

 画して、黒森峰は五連覇を二度連続で阻止され、みほはその責任を問われた。

 

 特に、母のそれは他よりも強い批判であった。

 

 西住流とは、規律の取れた大軍により、敵を捻り潰す流派。

 多少の犠牲(サクリファイス)を払おうと、勝利を掴むことが正義とされる。

 

 

 みほは、戦車道を見限ってしまった。

 才能に溢れた少女はその道を蹴り、戦車道のない高校へと転校していってしまった。

 

 

「俺の気持ちも考えて見てくださいよ…… 外国での仕事中、いきなりみほが転校、それも茨城へと言うことを電話で聞かされ、3日前仕事を終わらして帰って来て見ればみほは既に大洗女子学園。 付け加えるならば一昨日昨日今日明日明後日明々後日全て仕事。 嗚呼…… みほと会いたい…… まほにも会いたいけど今はみほにも会いたい……」

 

 畳にうつ伏せに寝転がりながら、呪詛のように吐く。

 冷静沈着で感情をなかなか表に出さない母が小声で「うわぁ……」とか漏らすくらい不甲斐ない姿を取っていた。

 

 

「……終わらせたら、会いに行こう……」

 

 

 俺は静かに、そう決意した。

 

 

 ♢

 

 

「いやぁ、疲れたね、みぽりん!」

「うん、そうだね」

 

 私--西住みほは、一度逃げた戦車道という競技ともう一度向き合おうとしていた。

 転校先の大洗で新しい仲間たちと一緒に戦車に乗るのは、悪くなかった。

 もう二度と乗ってたまるか、と、そう思っていた戦車に楽しく乗れていた。

 

 沙織さん、華さん、秋山さん、冷泉さんのお陰で、結託した他の戦車を倒すことができた。

 

「ん? みぽりん、あれなんだろう?」

 

 キューポラから体を出していた沙織さんが、急にそう言いながら、上空を指差す。

 私も乗降用のハッチから顔を出して沙織さんの指差す方向を中止する。

 

 それは深い緑色に塗られ、機体の下部に赤いラインが三つ走った小型の飛行機で、私はそれに見覚えがある。

 

「まさか…… お兄ちゃん!?」

「え!? みぽりんお兄さんなんていたの!? イケメン? かっこいい?」

「意外ですね……」

「……………」

「に、に、西住殿! も、もしやお兄さんと言いますと、あの名高き西住かほさんでございますか!?」

 

 上から私、沙織さん、華さん、冷泉さん、そして秋山さんの順だ。

 戦車マニアだという秋山さんが驚くのも無理はないと思う。 何せ、私の兄は五年前の全国大会で、全くの無名校を率いてたったの三輌で優勝して見せたのだから。

 

 その後も、世界中のチームに引っ張りだこで、最近だと日本にいる時間の方が少ない気もする。

 珍しい男の戦車道選手ということもあり、テレビや雑誌などでも度々取材を受ける。

 

「秋山さんが『あの』っていうことは、戦車道関連の人なの? なんか男の人に戦車道ってミスマッチじゃない?」

「ミスマッチなんかじゃありません! 彼は、西住かほさんは現代の戦車道を引っ張っていく人物ですよ! きっと、武部殿もテレビや雑誌で見かけたことがあります!」

 

 えー、覚えてないけどなー…… と、頭をかきながらいう沙織さん。

 

 そんな会話をよそに、私は戦慄していた。

 兄は、何をしに来たのか。 私が戦車道をやっているということをどこかから聞きつけて、それをお母さんに報告するために確認に来たのか…… きっと、それは違うと思う。 お兄ちゃんはいつも私に味方して、助けてくれた。

 

 多分、これも様子を見に来ただけだと、そう思いたい。

 

 ただ、お兄ちゃんが私の…… あの時の行動に何と言うか、それだけがたまらなく怖くて、不安だった。

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