荒廃し、今や笑顔や活気が消滅した町、ハートランド。
その中で、鬼柳は首にかけたハーモニカを口に当てながら、歩いていた。
『~♪ ~♪』
出て来る音色は、今の鬼柳の悲しみと後悔を表す旋律だった。
些細な誤解からダークシグナーに落ち、仲間と大勢の人々を苦しませた自分に対する責め苦であるにようにも聞こえた。
鬼柳はハーモニカを吹くのをやめない。
虚しい風がコートの布を揺らす。
その風に乗るように、ハーモニカが奏でる虚しさも一層増す。
まるで鬼柳の人生を表すかのように、自分で作った仲間を、絆を、己自身の手でまやかしにしてしまった人生の虚しさを表すかのような音が、延々と響いていた。
『~♪ ~♪』
鬼柳は、歩みを止めない。
延々とハーモニカを吹きながら、とある広場に出る。
普段は人々の活気と笑顔に溢れていたその広場は今では見る影もない……侵略者達の衆でうごめいていた。
「……」
囲まれている事に気付き、鬼柳はハーモニカを吹くのをやめ、ピタりと静止する。
周りを見渡せば、そこにはアカデミアの者達でいっぱいだった。
「ハハハ、こんな所で呑気にハーモニカなんて吹いてやがる」
「おかげで見つけやすかったぜ!」
「さあ、狩りの時間だ!」
獲物を見つけた侵略者達は、一斉にデュエルディスクを構えて鬼柳を睨む。
その中で、鬼柳は動揺した様子を見せず、ハーモニカから手を離した。
獲物を見つめる視線に囲まれながら、ポツリと漏らした。
「……まさか、こんなんで本当に釣れるとはな……」
虚しそうに、そう呟く。
その声には呆れの感情すらもが見えない。
チームサティスファクションの頃は、こんな逆境、仲間と共に乗り越えてやろうと燃え上がっていたのだろうが、今の鬼柳はそんな思いなど湧いてこない。
ただ、カードを捲るだけの亡霊らしく、デュエルで死ぬだけだ。
パチン、と右手を上げて指を鳴らす。
それが合図となったのか、広場に設置されていたライトが一斉に明かりを灯し、広場に明かりが戻る。
「な、何だ!?」
「何が起こっている!?」
突然の出来事に頭が追い付かず、慌てるアカデミアの者達。
そもそも前提として、こんな危険な場所で呑気にハーモニカを吹いている人間などおかしい。その事に、アカデミアの兵士たちは気付くべきだった。
広場の出口がバリケードで塞がっていく。
もう逃がさんと言わんばかりに、アカデミアの兵士たちの逃げ道を塞いでいった。
「閉じ込められた!?」
今更気付いたのか、慌て始めるアカデミアの兵士たち。
――――さあ、狩る楽しみは十分に味わったか? 今度は狩られる側の気持ちを思い知れ。
「ここから逃がす訳には行かない!」
その言葉と共に、建物の屋根から一人の人間が飛び立つ。
緑がかった黒いワイシャツ、反りあがった襟首よりむき出しになっているネクタイ、その上に黒いマントを羽織った少年。
名前はユート。
「覚悟しろアカデミア! ここで貴様ら全員を葬ってくれる!」
同じく、青紫色のコートに赤いスカーフを着用した男が電柱の上から飛び降り、アカデミアの兵士たちを睨む。
彼の名前は黒咲隼。
この二人だけではない。
次々と、複数人の人間が物陰から姿を現し、鬼柳を囲んでいたアカデミアの兵士たちを囲み、一網打尽にせんとデュエルディスクを構える。
「くそ、罠か!」
「道理でおかしいと思ったんだよ! 一人でハーモニカ吹きながら歩いてるなんて……!!」
「所詮はエクシーズ使いの残党風情! 返り討ちにしてやる……!」
個々で意気込みながら、デュエルディスクを構え返すアカデミアの兵士たちであったが、彼らは動揺を隠しきれない。
オベリスク・フォースでもなし、こういった状況には慣れていないのかもしれない。
お互い、次々とデュエルディスクを構え始め、広場の各所でデュエルが始まっていく。
「……オマエが、オレの相手か?」
「ふん! エクシーズなどなんて返り討ちにしてやる!」
「「デュエル!」」
◇
ハートランドのデュエルスタジアムの中に作られた難民キャンプ。
融合次元のアカデミア兵の侵略から逃れた難民たちが暮らすそのキャンプの端っこ……どう見ても隅に追いやらんとばかりの出来立てのキャンプの中に鬼柳はいた。
あのデュエルの後、捨て台詞のようなものを吐いたアカデミアの少年が姿を消し、また当てもなくデュエルを求めて彷徨おうとした鬼柳であったが、助けた少女に引き留められ、この難民キャンプで世話になっている。
……とはいっても、ほとんど軟禁状態ではあったが。
『~♪ ~♪』
ハーモニカを吹きながら、鬼柳は思いに耽る。
あの頃の、ダークシグナーの頃の自分を思い出しながら。
『人々の魂を生贄に、降臨せよ! 地縛神Ccapac Apu!!』
二体の『ゴースト・トークン』がリリースされ、アーティファクトのようなものが空中に浮かび上がる。やがて炎の地上絵の中に人々がそのアーティファクトの中に次々と吸収され、ソレを中心に天を穿つ巨大な光の柱が巻き起こり、それが止んだ直後、地面から巨大な巨人が現れる。
『我が神Ccapac Apuよ! 宿敵シグナーに、裁きの鉄槌を振り下ろせェ!!』
巨大な巨人は、鬼柳のかつての仲間にその手を振り下ろす。
何が裁きだ、そんなものは理不尽の逆恨みでしかない――――あの時の自分を、いっそ殺してしまいたいくらいに、それは鬼柳の中に残った、『罪』という傷だった。
(何故思い出した? あの記憶を、俺の拭い難い罪を……)
曲を一通り吹き終わり、デッキからカードを一枚取り出し。
それを見つめる。
(コイツさえ、見つけなけりゃな……)
《ラヴァルバル・チェイン》
エクシーズ/効果モンスター
★4/炎属性/海竜族/攻1800/守1000
レベル4モンスター×2
鬼柳がここにやってきて、そして瓦礫の中に埋まっていたデュエルディスクと共に眠っていた黒い枠のモンスターカード。
エクシーズモンスターというらしい。同じレベルのモンスターを複数枚重ねて召喚し、そのモンスターをオーバーレイユニットとして、使い捨ての能力に使用するモンスター。
(いや、遅かれ早かれ、同じだったか……)
コイツさえ見つけなければ、と思った矢先だったが、よくよく考えてみればここではこのエクシーズモンスターの存在は当たり前のものらしい。難民や、レジスタンスのデュエルリスト達も皆、このエクシーズモンスターを使用していた。むしろシンクロモンスターを使う自分という存在こそが異端なのだ。
エクシーズが当たり前のここでは、このモンスターを見つけなくても遅かれ早かれ自分の記憶は戻っていただろう。
「……?」
テントの出口から物音が聞こえ、鬼柳はカードをデッキに戻してその方向を見やる。
そこには、まだ十歳かそこらの男の子がテントの入り口から鬼柳を覗き込んでいた。
「えへへ……」
「またお前か」
「聞いたよ鬼柳の兄ちゃん。今日もレジスタンスの皆と一緒にアカデミアの兵士をやっつけたんだってね!」
何がそんなに楽しそうなのか、男の子はそう言いながら鬼柳の隣に座る。
この男の子は、つい最近になって姉と一緒に難民キャンプにきたばかりの子だった。両親をカードにされ、姉と一緒にハートランドを彷徨い、アカデミアの兵士に見つかって追われている所を鬼柳に助けてもらい、以降姉と共に鬼柳の事を兄のように慕っていた。
「僕もさ、鬼柳の兄ちゃんみたいに強いデュエルリストになって、アカデミアにカードにされた父ちゃんと母ちゃんを元に戻すんだ!」
「諦めろ。カードにされた者は、二度と元に戻る事は出来ない」
まるで将来の夢のように笑顔で語る男の子に、鬼柳はそっけなく事実を突き返す。アカデミアがカードにした人々をどうするのかは鬼柳もレジスタンスの人間たちも分からないが、一部の難民やレジスタンスの人間たちがカードにしたアカデミアの兵士たちを焚火の中に投げ捨てている様を目撃していた鬼柳は、他のカードにされた人間もおそらく元に戻る事はないだろうと推測した。
「そんな事はないさ! 黒咲さんや、ユートさん、鬼柳兄ちゃんみたいに強くなったら――――」
「デュエルは何もしてくれない」
自分のようなどうしようもない男の背中を追いかけるように言う少年を突き放すかのように、少年の言葉を遮って鬼柳は断言する。
「え?」、と呆然とする少年。
「こんな所にいるくらいなら、今すぐオレから離れてお前の姉さんの傍にいてやれ。デュエルに取り憑かれない内に……」
この子は強い。
自分と姉の目の前で両親をカードにされたにも関わらず、その眼は希望を失っていない。そんな子供に、命のやりとりをするようなデュエルを覚えてほしくなどなかった。
「兄ちゃん……」
そんな鬼柳としばらく一緒にいた少年だったが、鬼柳が以降取り合ってくれる様子がなかったので、渋々と自分の姉のいるテントへ帰っていった。
◇
場所は変わって難民キャンプにあるレジスタンスの本拠地。
そこの会議室で、三人の人間が会話をしていた。
一人はレジスタンスのリーダーであるユート。もう一人はソレと並ぶ彼の親友にしてレジスタンスのメンバーの一人、黒咲 隼。そしてその妹の黒咲 瑠璃である。
「それで瑠璃。奴は自分が何者なのか喋ったのか?」
「いいえ、何も……」
隼の質問に、瑠璃は申し訳なさそうに顔を俯かせながら答える。
そんな妹の姿に心を痛めつつも、隼はこの間瑠璃が連れてきた“彼”……鬼柳京介について考える。
鬼柳 京介……アカデミアに攫われそうになった瑠璃とアカデミアの少年の間に割って入り、デュエルで勝利して瑠璃を助けた男。
それだけならば素直に感謝できるのだが、それにしてこの鬼柳京介という男はあまりにも正体が謎すぎた。
「チューナーモンスターとやらのレベルと、それ以外のモンスターのレベルを足して召喚するシンクロ召喚。……そして、マイナスレベルのモンスターを召喚するダークシンクロ……こんな事は言いたくないが、アカデミアと比べても彼は得体の知れない存在だ」
「ユート、だけど……」
「分かっている、瑠璃。君が連れてきた男は、確かに心強い味方だ。少なくとも、敵に回したくはない。それはオレも隼も同じ気持ちだ」
「……ふん」
鼻を鳴らしながらも、隼もユートの言葉を否定はしなかった。
信用できるかできないかは別にして、確かに彼の実力はユートも隼も認めていた。少数派であるが、彼に密かに憧れを持つレジスタンスのメンバーも出てきている。
「だがユート。オレは奴を信用できない。いや、信用するかしないかは別にしても、俺は奴の事が好かん」
「隼……」
「瑠璃を助けてくれた事に関しては感謝している。だが、お前も薄々は分かっているだろう。奴は強い。だが、奴のデュエルには、鉄の意志も鋼の強さも感じられない! にも関わらず、奴は率先して最前線でアカデミアを相手に戦っている。……まるで、カードを捲るだけの亡霊のようにな」
「兄さん!」
さすがに言い過ぎだと感じたのか、瑠璃は兄である隼に怒鳴りつける。妹に怒鳴られては強くは出れないのか、隼は押し黙る。
しかし、その言葉を心底から否定する事は、ユートにも瑠璃にもできなかった。
彼はユートや隼と並んで、レジスタンスの先頭に立ってアカデミアと率先して戦っている。だが、それはユートや隼のようにいつかの笑顔に溢れたハートランドを取り戻すために戦っているわけではない。
「……ユート。オレは尋問班の様子を見て来る。何か情報があれば報告する。ではな」
“彼”の話をする内に居心地が悪くなったのか、隼はそう言って会議室から出て行った。
「何か、情報が手に入ればいいんだが……」
部屋から出て行った隼の背中を眺めた後、ユートはポツリと呟く。
ここ最近、アカデミアの攻勢がまた激しくなってきている。こことは別の難民キャンプを護るレジスタンスも既に壊滅寸前であるとのことだが、救援に行けるほどユートが率いるレジスタンスにも戦力の余裕はない。
先の作戦で、アカデミアの兵士を一人残してカード化し、残る一人を尋問班に預けてきた。これで何か情報が入ればいいなと願うばかりだとユートは思った。
「ユート、あの……鬼柳さんの事……」
「大丈夫だ瑠璃。オレも隼も分かっている。彼は心強い味方だ。今回の作戦も彼のおかげでうまく行った。瑠璃が彼を連れてきてくれたおかげだ」
「ううん、違うの。ユート、聞いて……」
「……どうしたんだ、瑠璃?」
僅かな間の後、瑠璃は口を開く。
「本当は……本当は分かってたの。彼を連れて来る前から……鬼柳さんが、デュエルで死にたがっているって事……」
「それは、オレと同じ顔をしたアカデミアの人間とのデュエルでか?」
「うん……」
そして、瑠璃はあの時の事を話した。
アカデミアの人間に追われている途中に、突如として割り込んできた鬼柳。その自分と同じ顔をしたアカデミアの少年もまた凄腕の融合使いで、次々と融合召喚を行って鬼柳をピンチに追い込んだ。しかし、その次のターン、瞬く間に逆転し、勝利をしたとの事。
デュエルに敗北し、ボロボロになったアカデミアの少年は。
『まさか……ぼくが、まける、なんてね……。この借りは、必ず返すよ。僕の名前はユーリ……覚えておいてよね。瑠璃って言ったっけ? 君は後回しにして、まずはそこのお兄さんに先にリベンジしてあげるよ!!』
ユーリ……ユートと同じ顔をしたアカデミアの少年はそう名乗り、デュエルディスクの光に包まれて消えていったという。おそらくデュエルディスクに内蔵した次元転送装置でアカデミアに帰還したのだろう。
その後、再び瑠璃の前から姿を消そうとした鬼柳を、瑠璃は引き留めた。
彼が得体の知れない存在だというのは百も承知だった。
だが、瑠璃の性分として放っておけなかったのもあるが、何よりあんな
「鬼柳さんの実力なら……ユートやお兄さん、レジスタンスの皆の力になってくれるって思ったの。あんなの見せられて、そう思って……」
「……そうだな。彼は俺達の力になってくれている。だから、瑠璃が気に病む必要はこれ以上――――」
「それでも、ユート……私、恩人である彼を利用しちゃった……彼がデュエルで死にたがっているのをいい事に、私はハートランドの事情を彼に説明して……それで……」
段々と震えて来る瑠璃の声を聞き、ユートは顔を歪める。
ユートは瑠璃の元へ駆け寄り、彼女の手の上にそっと自分の手を重ねて、慰めるように声をかける。
「ありがとう、瑠璃。オレと隼のために、心を鬼にして彼を連れてきてくれたんだろう?」
「……ユート」
「それに、彼を利用しているというのなら、オレも同罪だ。それに彼が何故ああまでしてデュエルで死のうとするかは、これから知っていけばいい」
ユートとて、瑠璃が連れてきた男、鬼柳京介の事を信用しきれている訳ではない。それでも瑠璃を助けてくれた事に関しては心から感謝したし、彼が瑠璃を助けてくれたと知った時は、誠意と感謝を込めて彼に頭を下げて、瑠璃と共に礼を言った。
彼にそんなつもりはなかったのか、最後までそっけない態度であったが。
「とにかく今はどうにかして、このハートランドからアカデミアを追い出す事だけに専念するんだ。オレと、隼と、皆と、そして彼と……」
「……そうね。ありがとう、ユート」
――――彼は、鬼柳京介は、アカデミアと、ハートランドのレジスタンスとの抗争を利用して、自分で自分を殺そうとしている。
それはユートや隼、瑠璃の眼から見ても明らかだった。
何故彼があのように死に急ぐのかは分からない。
その死に急ぐ行為が、結果として、レジスタンスのメンバーたちや難民たちが彼を徐々に信頼するようになっていっている状況は、あまりにも皮肉であるが。
隼が鬼柳を好かない理由はきっとそれなのだと、ユートは思った。
少なくとも、ユートや隼、そしてレジスタンスの皆は命がけでアカデミアの侵攻からこのハートランドの残った難民たちを守ろうとしているのに、彼だけは
その蟠りが、隼にとってはとてつもなく居心地が悪いのだろう。
だから彼は隼とは合わないし、共に作戦行動する時はできるだけ距離を開けていた。隼が彼に突っかかる時は、いつもユートが仲裁に入っていった。
(鬼柳さん……)
ユートは思う。
最近になって、自分の恋人に連れられてレジスタンスに入って来た男の事を。
(何故貴方がああまでして、自分を殺そうとしているのかは分からない。そもそも、貴方を利用してしまっている俺に、そんな事を知る資格なんてないだろう。ただ……)
しかし、ユートは思うのだった。
ユートは思い返す、共に肩を並べた時に見ていた、彼のデュエルを。
手札を捨て、ノーカードで相手を粉砕する
そのどれもがユートにとって未知の、そして恐るべき力を秘めた物だった。
故に、だからこそ思うのだ。
(貴方のその強さは、デュエルや、自分に希望を抱いていない者が手にできる強さとは、オレにはとても思えない。本当の貴方はもっと――――)
もっと、デュエルに対して真っ当に、正直に、全てを捧げてきた人間なのではないか。
彼があんなにもデュエルを憎んでいるのは、逆に言えばそれだけデュエルを愛していた事の裏返しなのではないか。
全てはユートの憶測に過ぎないのだが。
(そして、何より貴方は
――――できる事なら、最後まで勝ち続けてくれ。そして全てが終わって、ハートランドに笑顔が戻ってきたら、貴方も一緒に笑顔を……。
その先を考えようとして、ユートは己の思考を振り切った。
今はそんな事を考えている場合ではなく、如何にしてこのハートランドからアカデミアを退けるかを考える時なのだから。