ハートランドの難民キャンプに住むハートランドの住民の生き残りたち……その多くは家族や関係者をカードにされ、その無念を分かち合い、必死に胸を抱き寄せ合って生きている……なんていう綺麗ごとなどは残念な事に少なかった。
非日常との剥離から生じる不安と、常に己の命が脅かされている環境では、人の心は自ずと荒れていく。
むしろユートたちのレジスタンスが拠点とする難民キャンプはまだマシな方であったが、それがまったくないと言い難い。
その難民キャンプの中を、一人の男が歩いていた。
長い銀髪、右頬に刻まれた黄色いマーカー、風になびく黒いコート、首に下げたハーモニカ。その雰囲気も相まってどこか退廃的な空気を漂わせるその男の名は、鬼柳京介。
最近になって、レジスタンスに入って来た正体不明の男である。正体が不明なのは鬼柳があまり自身の事を周囲に話さない性格になってしまっている事が起因しており、それ故レジスタンスや難民キャンプの人々から不信感を買われているが、皮肉にも鬼柳の死にたがりとも取れるレジスタンスでの働きによって信頼は得つつある。
……鬼柳自身は本当に死のうとしているだけで、そういった意図は微塵もないのだが。
信頼こそ得つつはあるが、それはまだ前線での彼の戦いぶりを見ていたレジスタンスの一部のメンバーに限られ、噂や言伝でしか彼の活躍を聞いていない大勢の難民たちは彼に不信の眼を向けている。中には殺気を向ける者も少なくなかったが、鬼柳はそれに対して特に思う訳でもなかった。
危険なのは、アカデミアだけではない。
アカデミアの侵攻によって、心が荒んでしまった難民たちの中にも腐りきっている人間達はいるのだ。
そういった人間に限って優先的にレジスタンスから追い出されているので、表立ってそれを表にする人間は極めて少ないが。
(……どちらにせよ、俺が朽ち果てるには相応しい場所か……)
自分達サティスファクションによって統一され、セキュリティが台頭した事でデュエルギャングが姿を消して本当の意味での無気力となったあの頃のサテライトと、疑心と不信に溢れたこのハートランドのどちらの方がマシであるかは、鬼柳には分からなかった。だが、余所者である自分にとってこの何もかもが味方ではない状況は、己の死を願望とする鬼柳にとっては渡りに船の環境である。
「「……あ」」
「……」
そんな視線に晒された中で、鬼柳とばったり出くわした二人の少女が、呆然としながら鬼柳を見る。
一人は、この間鬼柳から助けられた少女、瑠璃。
そしてもう一人は、笹山サヤカという名前だったか、と鬼柳は記憶していた。
『……』
沈黙が場を支配する。
瑠璃やサヤカの方は何か言いたげな感じである一方、鬼柳は辺りを一瞥しながら周りの視線を確認する。
……彼女達は、余所者である自分とは違い、この難民たちを守るレジスタンスという立場にいる。自分と一緒にいる所を見られても、自分に対する不信が彼女達にも向けられる恐れがあると感じた鬼柳は、そのまま彼女たちの傍を通り過ぎようとした。
が。
「ま、待ってください……!」
さすがに無言で通り去られるのは応えたのか、瑠璃が慌てて引き留める。
瑠璃とて何故鬼柳が即座に立ち去ろうとしたのか理由は察しがついたものの、それ故の罪悪感が彼を引き留めてしまったのだろうか。
「……何か用か?」
「その……鬼柳さん、今日も……ユートや、兄さんの助けになってくれて……ありがとう!」
この場で引き留め続けていても、周りから彼の印象を余計悪くするだけだと感じた瑠璃は、素直にお礼だけを言う。曲がりなりにもレジスタンスの所属である自分が公衆の面前で、感謝の言を告げれば、多少なりとも周りも彼を少しは受けいれてくれるのではないかという気遣いだった。
自分勝手な理由で彼を引き留め、こうしてレジスタンスの一員として戦わせてしまっている自分が今、彼に唯一できる事といえばこれくらいしか思いつかなかった。
「……」
瑠璃な率直な感謝の言葉を鬼柳はどう受け取ったのかは分からなかった。
瑠璃に対してただ一瞥をくれるだけで、鬼柳はそのまま去っていった。
◇
「貴様ッ……」
ドン、と襟首を掴まれて、壁に押しやられる。
憤怒の形相を浮かべながら鬼柳の襟首をつかんでいる男の名は黒咲隼。「
「瑠璃の恩人だからと今日の今日まで我慢してきたが……もう限界だっ!」
「やめろ隼!」
「……」
相も変わらず無表情な鬼柳。
それが余計に癪に障ったのか、さらに腕の力を強める隼であったが、慌ててユートが止めに入る。
いよいよ予期していた事が起こってしまった、とユートは頭を痛めつつも、必死に隼を宥めようとする。
「貴様が何で死にたがっているのかはこの際どうでもいい!! だが、仮にもこのハートランドの難民たちを守るための戦いで、何故あのような戦法を取る!? 貴様の実力なら、そうしなくとももう少し真っ当な手段で敵を倒せるだろう!!?」
止めて来るユートを気にも止めず、黒咲は今まで溜めてきた不満を鬼柳へとぶつける。ただの怒りではなく、それは鬼柳の実力を認めているからこその憤りである。
レジスタンスは如何な状況であろうと諦めず、どのような崖っぷちに立たされようが最後まで戦い続け、相手の喉元に食らいつく。レジスタンスのメンバーは皆そのような人間であるため、それならばどうとも思わないのだが、
「ドローするカードによって運が左右されてしまうのは仕方がない。デュエルとは元来そういうものだ。だが、何故貴様は
黒咲が言う「あのカード」とは即ち、鬼柳が最近ちょくちょくアカデミアの兵士相手に使っているモンスターカード『インフェルニティ・リローダー』や『インフェルニティ・デス・ガンマン』の事であった。
そもそも何故こうなったのかは前の作戦でアカデミアの兵士を撃退した時までに遡る。相手のライフは未だ4000のままで、場には『
鬼柳の場には『インフェルニティ・リローダー』が一体、場に伏せカードが一枚という絶望的な状況だった。
『手札が0枚の時、「インフェルニティ・リローダー」の効果発動!』
『ハハハッ、今更何をしようが遅い!』
『デッキからカードを一枚ドローし、墓地に送る。それがモンスターカードだった場合、相手にそのレベルの数値×200ポイントのダメージを与える。だが、それ以外のカードだった場合、オレは500ポイントのダメージを受ける』
『ついに運に縋ろうとするか、哀れだな、エクシーズ使いの残党風情が!!』
『……レベルは10だ』
『何っ……グアアアアァッ!!』 アカデミア兵 LP 4000 → 2000
自らデュエルに取りつかれていると言うだけの事はあるのか、このような土壇場の状況でレベル10の『DT ナイトメアハンド』を引き、相手は一気にライフポイントを半分も削られてしまう。
自身の死を求めている本人はともかく、見ている側としては心臓に悪い事この上ない戦い方である。
『リバースカード「ZERO‐MAX」を発動。オレの墓地の「インフェルニティ」モンスター一体を蘇生し、蘇生したモンスターの攻撃力の数値未満のモンスターを全て破壊する』
『なッ……貴様の墓地には……』
『「インフェルニティ・デス・ドラゴン」を墓地より特殊召喚。攻撃力3000未満のモンスターは全て灰になる!』
巨大な薄ピンク色のエネルギー弾が炸裂し、鬼柳の『インフェルニティ・リローダー』とアカデミア兵の『参頭猟犬』が破壊される。
『「
『「インフェルニティ・デス・ドラゴン」の効果により、「古代の機械混沌巨人」を破壊し、その攻撃力の半分のダメージを与える。インフェルニティ・デス・ブレス!』
『馬鹿な……グアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァッ!!!』 アカデミア兵 LP 2000 → 0
最後は鬼柳のエースモンスターとして幾度となくレジスタンスに貢献してきた『インフェルニティ・デス・ドラゴン』の効果により、勝利を掴んだ鬼柳。
何度も言うが、ここで別に『インフェルニティ・リローダー』の効果を使わなくとも、墓地に溜まった墓地利用できるモンスターや『インフェルニティ』モンスターの効果で如何ようにもやりようはあった筈なのに、自らを死に追い込む危険性のある博奕効果を態々選択したのだ。
とてもだが、見ていられる戦い方ではなかった。
「貴様には分かるまい……失った者の気持ちなど……仲間を失った者の無念など……分からぬからこそ貴様はそうやって戦場で
「隼……」
「……」
壁に押しつけながら鬼柳を睨む黒咲。
その視線を真っ向から受けつつも、無言のまま、そして虚ろな表情のまま黒咲を見つめる鬼柳。少なくとも『自分が戦場で遊んでいる』という事に対する否定の言葉は口にしていなかった。
アカデミアの兵士に『インフェルニティ・リローダー』を破壊される度に、『もう少し遊ばせてくれてもよかったのに……』と幾度か呟いた事があるので、否定しようがない。
「俺とて、貴様に瑠璃を助けられていなかったら、何度発狂していたか分からん。その点では貴様に感謝しているし、他の皆よりも多少冷静でいられる……だが、それも限界だ!」
デュエルで勝てばよい、という訳ではない。確かに勝たなければ意味はないが、だからといって下らないロシアンルーレットに興じる理由にはなり得ない。
それ以外に縋る手段がないというのであれば仕方ない。そのロシアンルーレットの当たる確率を少しでも上げる方法があるというのであればまだ許容はできる。
だが、この男にそういった物などはなかった。正に“行き当たりばったり”、“自暴自棄”、その言葉が当てはまった。
「貴様には関係ないだろうが、これだけは言わせてもらう!! これ以上あんなふざけた戦いを続けるようであれば、オレは貴様と共に戦う事などできん!!」
乱暴に鬼柳の襟首から手を離し、黒咲はそのまま部屋から出て行ってしまう。
鬼柳の事が信用できないのもある。だがそれ以上に、肩を並べて戦っている筈なのに、その実その肩を並べて戦っている相手はただ自分を破滅させるために戦っているという蟠りが、黒咲にとってどうしようもなく鬼柳という男を不快にさせていた。
「……」
部屋に取り残されたのは、鬼柳と、ユートのみ。
壁に寄り掛かった体勢から立て直す鬼柳を尻目に、ユートはハァ、とため息を吐く。
鬼柳京介という男は瑠璃を助けた、鬼柳京介という男を瑠璃が戦力として連れてきた……こういった二つの要素が重なって、たった今部屋から立ち去って行った黒咲は今まで耐えていたのだろうが、ついに限界を超えてしまったか。
瑠璃に対して「彼の事はこれから知っていけばいい」と言ったユートであったが、自分のそういった見積はあまりにも甘すぎたと実感せざるを得なかった。
「鬼柳さん。正直に言うが、俺も隼と同じ気持ちだ。もうオレや隼の前であんな戦い方はしないで欲しい」
「……」
「確かに、早期に決着を付けるという意味ならばあの戦術はむしろ有効だった。だが、それでも運に勝負を任せるような真似を目の前でされる仲間の気持になってほしい」
「……仲間、か……」
ユートの「仲間」という言葉に反応し、若干であるが伏し目がちになる鬼柳。その虚ろな瞳の奥には底知れない後悔の念が渦巻いているのを、ユートが感じ取れる事はなかった。
「隼はともかく、オレはもう貴方の事を仲間だと思っている。だから、どうか……」
「……さあな、デッキってのは気紛れだ。どのカードを引くかで自分の運命も決まる。デュエリストを勝たすも負かすも、全てはデッキの気分次第なのさ」
「ッ!! 鬼柳さんッ―――」
「……だが、何故かオレは未だに勝ち続け、ここにいる」
遠回しに自分は反省しないという風な言い回しをしながら去っていく鬼柳に対して、さしものユートも耐えきれず食いかかろうとするが、直後に振り返った鬼柳の言葉によってそれも遮られる。
いや、そんなユートの行動を止めたのは言葉ではなく、その乾いた笑みだった。
まるで己自身を嘲笑うかのような、底知れない自嘲じみた笑みが、執拗にデュエルの中で己の死を求める男の妄執が、ユートの動きを止めたのだ。
「鬼柳さん……」
「じゃあな。また、オレを終わらせてくれるようなヤバいデュエルをさせてくれよ?」
そう言い残して、鬼柳も部屋から出て行く。
取り残されたのはユート一人のみ。
ユートは鬼柳が閉めたドアを暫し見つめる。
(鬼柳さん、やはりもう……“これから”では駄目なのかもしれない)
自分が瑠璃に言った言葉を思い出す。
『彼が何故あそこまで死にたがるのかは、これから知っていけばいい』
(“これから”では、もう遅い。早く、彼を真っ当な“レジスタンス”のメンバーとして迎え入れる為には、もう……)
緩慢な考えである事は自覚していた。
そもそも、鬼柳からは一度たりとも自分をレジスタンスに入れてくれとは言っていないし、鬼柳にとって“レジスタンス”とは自分を殺すための手段の一つに過ぎないのだろう。そんな彼の心を利用して、彼を“戦力”として使ってしまっているのは他ならない自分だ。
彼に突っかかる黒咲が悪い訳でも、ましてや彼自身が悪い訳でもない。
(無理矢理にでも、鬼柳さんの心を引き出すしか。だが……)
――――自分に、それが出来るのだろうか?
ふと、己のデッキに目線を移し、そんな考えが頭を過る。
デッキの一番下にあるカード、『ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン』。ユートが最も信頼するカードにして、エースモンスター。
(『ダーク・リベリオン』……オレの全力をぶつけたとして、それが彼の心に届くのか?)
鬼柳京介という男の実力は未知数。
アカデミアの兵士を次々と蹴散らし、勝ち続けている様を見るに、相当な実力を持っている事は既に明白。
更に、彼はまだ自分達レジスタンスに底を見せてはいない。
『ワンハンドレッド・アイ・ドラゴン』……おそらく彼の本当の切り札であろうドラゴン。レベルがマイナスの数値で、更には墓地の全ての闇属性モンスターと同じ効果を得る規格外のモンスター。
実物を見ていないユートは、その恐ろしさを直接垣間見た事はない。
そのモンスターの目撃者もレジスタンスでは二人しかいない。その二人でさえそのドラゴンが現れたデュエルを観戦していただけで、直にその恐ろしさを味わったのは、そのデュエルの相手だった自分と同じ顔のアカデミアの人間のみだろう。
彼は、そのドラゴンを自分達の前で出した事はない。
(いや、問題なのはそこじゃない。
『心』を見せない彼の事を考えて、ふとユートは自分を顧みる。
自分の掌を見つめ、己のしてきた所業を振り返った。
(多くの人間をカードにしてしまった……報復のためとはいえ、オレもまたアカデミアと同じように、人間をカードにッ……!!)
仕方ないといえば、仕方ないのだろう。
カードにしたアカデミア兵たちを難民に見せなければ、難民たちを安心させる事などできなかった。自分達の心も納まらなかった。
そして、今も尚、納まってなどいない。
今でも、カードにしたアカデミア兵たちを焚火に投げ込んだり、破り捨てたり、時にはデュエルディスクにセットして『使えねえカードだ』と罵って弄んだりするレジスタンスのメンバーや、難民たちが多く見受けられる。
そうでしか、心の安寧を保てないのだ。
それは、ユートだって例外ではない。
だから――――
一枚のカードを手に取る。
『融合』……決められた素材を墓地に送り、エクストラデッキから融合モンスターを融合召喚する魔法カード。
ユート達ハートランドの住民にとっては忌むべき象徴のカードである。
(まずは、鬼柳さんの心を引き出すためには、それ以前にオレの心と向き合わなければ、駄目なんだろうな……)
『融合』カードに対する憎悪を必死に抑え、迷いの心を持ちながらも、ユートの瞳は何かを決心していた。
ユートに真紅眼の黒刃竜とかめっちゃ使わせたい今日この頃