カツン、カツン、とブーツの踵を落としながら、大理石に変わった床をゆっくりと歩む。
ギギ、と蝶番を鳴らしながら、食堂へと入れば、ふわり、と甘い匂いが鼻腔を刺激し、私の食欲を刺激する。甘いものなんて滅多に出さないのに、どういう風の吹き回しかしら。
辺りを見渡せば、ワクワク顔で食事を見詰める少女や、小指にケーキのクリームを付け、少しずつ舐めている赤ん坊がちらほらと見え。
あのケーキはきっと、私の11の誕生日に買って下さったんだわ。…お金がもったいないのに。
シスター達の好意を人一倍受けて生きてきたからか、祝われるよりも他の子供への愛を逞しくしてほしいと願わずにはいられない。はぁ、と息を吐きながら、ギシ、と木椅子に腰掛ければ、手を年相応に膨らんだ胸の前へ持ってくる。
「父よ、貴方の慈しみに感謝してこの食事を頂きます。ここに用意された食物を祝福し、私達の心と身体を支える糧としてください。」
静か、静かに十字を切れば、私は瞳を長い睫毛で隠す。
「父と、子と、聖霊の御名によって、アーメン。」
そうして、ゆっくりと食事に手を伸ばそうとした…その時、数秒遅れて皆々から声が沸き立つ。
『レイラ、誕生日、おめでとう!』
惚けたようにフォークを置く私に駆け寄って頬を擦寄らせる少女達には顔に大きく「おめでとう」と書かれていて、情けない声を出してしまう。
「わ、わ、何、何。」
きゃいきゃいと嬉しそうに抱き付いてくる少女達を落ち着かせるようにそうっと撫でれば、シスター達へと視線を送り、「何を教え付けたんですか」と言わんばかりにじっとりと睨み付ける。
「レイラ、11歳の誕生日おめでとう。これは、私達からの誕生日プレゼントよ。」
「はぁ…」
刺すような視線を感じたのか、口を開きそう言うシスター。
彼女の手には、私の修道服と同色の塗装の成された木箱。訝しげに手にとってみれば、重量感はなく、かと言ってちんけなそこらのプレゼントよりはしっかりとした重みを持っていることがわかり、いよいよ眉根を寄せてしまう。
恐る恐る、その箱を開けてみれば…ちゃぷん。
揺れる水面が透明なクリスタルに閉じ込められた、対になるイアリングとネックレス。
「…シスター、これは」
「貴女も年頃の娘になるんですもの、首飾りと耳飾りくらい持っていなさい」
「だとしても、私にこれ程の価値はありません。」
「…これはね、私達の私情になってしまうんだけど。」
「貴女は、この教会…いえ、孤児院の初めての子供なの。実の娘のように、愛しているのよ。11年間の間、私は貴女を贔屓していたこともあったでしょう?…それを考えれば少しの出費痛くないわ」
少し物悲しそうな彼女の表情は、娘が年頃になったからか、はたまた。
私も、シスターからのプレゼントを頭ごなしに拒否する訳にもいかないし…。
「…わかりました、これは…大切に、します」
少し、泣きそうになったの、バレてないかしら。
「ふふ、ありがとう。レイラ。…次は、これ。私達からでは、ないんだけど」
まだ何かあるの!?もう、もう!シスターったら!
少し怒ったのが伝わるように目つきの悪い目を更に悪くしながら、彼女の手ずから次と渡されたものをよく見る。
茶封筒に紫の蝋封のされた、一風変わった上品な手紙。紙の匂いがするそれに付けられた丁寧に丁寧に蝋封を開けて中身を見る。
どうせ、「お誕生日おめでとう!」だとか、「11になったね!」なんて言葉の羅列だろうと辺りを付けていた私は、目に飛び込んだ文字に言葉を失った。
HOGWARTS SCHOOL OF WITCHCRAFT AND WIZARDRY
Headmaster: Albus Dumbledore
(Order of Merlin, First Class, Grand Sore, Chf. Warlock,
Supreme Mugwump, International Confed. of Wizards)
(ホグワーツ魔法魔術学校
校長:アルバス・ダンブルドア
マーリン勲章勲一等、大魔法使い、魔法戦士隊長、
最上級独立魔法使い、国際魔法使い連盟会員)
Dear, Mr.Potter,
We are pleased to inform you that you have a place at Hogwarts School of Witchcraft and Wizardry. Please find enclosed a list of all necessary books and equipment.
Term begins on 1 September. We await your own by no later than 31July.
(親愛なるポッター殿
この度ホグワーツ魔法魔術学校に入学を許可されましたこと、心よりお喜び申し上げます。教科書並びに必要な教材のリストを同封いたします。
新学期は9月1日に始まります。7月31日必着でふくろう便にてのお返事をお待ちしております。)
Your sincerely,
Minerva McGonagall
Deputy Headmistress
(敬具
副校長ミネルバ・マクゴナガル)
丁寧な字で連なった文字を目で追えば、訳が解らない。と言いたげに不安で満ちた赤青の瞳を揺らす。
学校?私は、ここで修道女として、シスターとして生き、死ぬ筈。シスターに教養を与えられ、一生、ここで。
「貴女には、全て話さねばなりませんね。」
シスターは静かに、ゆっくりと口を開く。
「あれは、或る雨の日の事でした、_________」
紡がれたシスターの話を要約すると、こういう事らしい。
雨の日、空飛ぶオートバイに乗った巨体の男が私をここに預けに来た。
何でも、その預けられた赤ん坊は魔法使いだとか。
10年後に引き取りに行く、そう言い残して去ってしまった。
そして先日、この手紙が届いた。
全く持って意味が解らない。
自分が魔法使い?何を、ふざけてるんです。シスター?
貴女、夢物語は嫌いだったでしょう。魔女なんかは、特に。
そ、それに!そんな兆候なんて雀の涙程も有りやしなかった!
…でも、でももしその話が本当ならば。
私が人、成らざる者ならば。
込み上げる思いは不安と恐怖を巻き込んで言い得ぬ嗚咽感に変わり、喉に痞える。
「…」
まだ年もいくまい子供心には到底信じられぬ事。いや、普通の子供であったなら手放しで喜べただろうか。
渦巻く恐怖は涙腺を刺激する。
私は、教会で育った身。魔女や魔法使いは奇跡を起こせる者でもあるが、異端な者と知っている。
怖い、怖い。私が、異端であるなんて。けれど、シスターの優しい顔がそれ以上歪むのが怖い。バクバクとなる心臓を抑えつけ、表情筋を固く固くすれば、顔を上げて、シスターを見詰める。
「…シスター、お話頂きありがとうございました。今まで何も言わず、世話を焼いて下さり感謝の言葉しか有りません。こんな…異端な者の私の事をここまで育ててくれて、本当にありがとう。」
私は、ぽたぽたと手紙に落ちる涙を拭いもせず、只々、涙声でそういうので精一杯だった。
魔法なんて、クソくらえ。
2019/4/6
話筋の見直し及び添削