「よし、荷物は全部纏めたな?」
眼中に収まりきらない程の巨体の男が、頭上から問うてきて、怖くて手が震えた。でも、隠さなきゃ。
「…はい、ハグリッドさん。」
ぽんぽん、とポケットを叩いたり、鞄の釦を止めたりとした後、耳と、胸元に手をやりほっと息を吐く。準備は整いました、と丁寧な口調でそう整然と告げれば、彼はにこやかな笑顔を見せた。いつ尻尾を出すのかしら。
「あぁ、ハグリッドでいい!それに、敬語なんてやめろやめろ。俺は敬語っちゅうもんが嫌いでなァ」
声に浮つきが有るように感じるが、まぁ言われた通りにしておこう。ここで魔法だかなんだかで命を取られて良しとする私ではない。
「分かったわ、ハグリッド。」
「…ニーナ、ヴェラ、アル、アリス、マシュー、ミカ、シスター。今まで御世話になりました。」
くるり、と身体を翻し、見送りに来てくれた少女達と老婆に、そう、裏の有る、物憂いに満ちた瞳を揺らしながら、語り掛ける。これは、私の意思だ。
「えぇ…行ってらっしゃい、レイラ。いつかまた会いに来て、帰って来てちょうだいね。」
「…はい」
そう言えば、俯きながらに踵を返し、停めてあったオートバイに乗り込んでいたハグリッドの後ろに飛び乗る。
もう戻っては来ない。
私が、そう言った。
異端の者である私が、帰ってきていいはずがないと。
でも、大丈夫。
きっと上手くやれる。
大丈夫。
大丈夫。
一人の方が気が楽だ。
そう、思うしかないんだ。
ずず、と鼻を啜って、一言。
「行きたくないよ。」
その微かな弱音は、家族に届く事はなく、只々虚しくオートバイの発進音に掻き消された。
「すぐ戻ってこれるさ、心配無い。」
何が心配無いの。
私の気持ちも知らないで。
もう、戻れないのよ。
シスターやニーナ達とも話せない。
私の平穏な日々を、返してよ。
「えぇ、そうね。」
嗚呼、心の寂しさが満ち潮の様ににゆっくりと押し寄せてくる。
辛い。
辛い。
辛い。
もう何度も後悔した言葉を反芻しながら、手癖にポケットを漁る。
すれば、カサリ、と何かの包み紙が指先を掠め。
「な、に、これ」
不意に出た声は、彼には届かなかったのか、果たして。
手探りで取り出した麻茶色の紙袋には、拙い字で紡がれた一通の手紙と、五粒程の飴。
ゆっくりとその手紙を開け、字を目で追う。
『これをみてるっていうことは、きっと、もうレイラはさようならしちゃったんだね。でも、大丈夫だよ!レイラは強いもん、きっと、きっと上手くやっていけるよ!だから、安心して、がんばってね!』
オートバイのバババッと鳴る音が空いた心を擦り抜けていく。
「ッ、は…ぁあ゛ …ッ!あ゛ッ、ぁあ゛」
手紙をぎゅぅぅ、と握り締め、ぼろぼろと涙を溢れさせる。
あぁ、寂しい。
悲しい。
声にならない叫びが、涙になって目から零れた。
「ごめん、ごめんなさい…!貴女達に、会えるようになるまで、私は…ニンゲンに、なれたなら、貴女達に…」
空に空虚な懺悔と決意が響いた。
2019/4/6
色々変更