「───ああ。君の言う通りだよ」
スバルに連れられ、アーチャーは五人と話していた。スバル、レムの他に三人。
クルシュという如何にも「戦乙女」らしい女性と、恐らくその人生で数百ではきかない程の人数を殺したであろうヴィルヘルムという老剣士。なるほど確かに、彼女は『魔獣』討伐の長に相応しい存在だろう。
そして最後の一人を見てアーチャーが驚いたのだが、それが「王国最高の癒術師」と名乗ったフェリスという
獣の耳を持つ姿をした者など───御伽噺といった類の中でのみ生きる空想上の存在だと思っていた。いや、アーチャーがいた世界ではそうだったのだ。
彼女があってこそ、スバルの言う「異世界」という言葉が信憑性が増すというものだ。
「スバルが君に言った通り、私は気付いたらあそこに立っていた」
「…………」
スバル曰く、クルシュは嘘を見抜くことが可能だという。実体験付きらしい。なので、アーチャーは一切嘘をつかずに答える。
「……突然ここに立っていたなどというのは一先ず真実らしい」
「当然だ。下手な嘘をつけば信頼を失うのは私だろう」
「あくまで疑う余地もあるし、その原因も不明で理解はできないものだ。さて……卿をここら一帯から離れた所へ送ればいいのだったな」
『風見の加護』とやらを授かっている彼女がアーチャーの言葉を真実と断ずれば、その言葉は真実としてみなされる。
ましてやこの場にいるのはクルシュに忠誠を誓う二人、そしてスバルとレムだ。無駄に突っかかるはずも無いし、それに白鯨が姿を現すまでそう時間がある訳でもない。
万全を期して迎え打つ為にも、いち早くアーチャーには行動して欲しいところだったであろう。
故にこれ以上の問答は、不要だ。
「卿を送る兵を数人手配しよう」
「いや、それは遠慮させていただくよ」
「……何故だ?土地勘でもあるのか?」
「いや、
───ただし、アーチャーがこの場から立ち去るという前提があったならばだが。
「……アーさん、今なんて?」
当然それに対するスバルの驚愕もわかる。……因みに、この「アーさん」というのはスバルがアーチャーを呼ぶ時の呼び方で、まぁ由来は言うまでもないだろう。
「……詳しく理由を聞かせて貰おうか」
「そこまで思慮した結果ではない。なに、君たちの援護くらいなら容易くこなしてみせよう。勝てる可能性を1%でも上げたいのなら、私が加勢した方が良かろう……それだけの話だ」
「確かに軍に一人でも多ければ多いほど勝算が高まるのは戦の鉄則だろう。が、それはあくまで一般的な話であって、卿がこの討伐隊に参加するべき動機にも、して良い根拠にもなり得ない」
アーチャーの参加に対して、クルシュが懸念している点は二つ。指を一本立て、一つ目から説明する。
「先ず、根本的に卿の身分・立場の一切が不明だ。───これは我々にとって不安要素になりかねない」
「最もだな」
アーチャーは王選というものがこの国にあり、その候補者それぞれの三つの陣営が集まって作られた討伐隊だという話は、スバルから聞いていた。
それぞれが、それぞれの立場で参加している。魔獣に怨みがあったり、傭兵団として雇われたり。
そんな中、身元不明のぽっと出の男が参加するとなれば、士気低下にも繋がりかねない。戦とは、全体の士気という場の一体感の有無も勝利条件に関わってくる。例えそれが、『個』対『軍』だとしてもだ。
続けて、クルシュは二本目の指もあげた。
「そしてどの陣営───この討伐隊に属する誰も彼もが、各々の確固たる覚悟を持って、今ここに集まっているのだ。一方、卿は不意にこの地に流れ着いたと言う」
そこで言葉を区切り、
「そのような卿が彼らと同じ覚悟で白鯨と戦えるのか?」
クルシュは真剣な眼差しでアーチャーを見た。
魔獣討伐の覚悟を問われれば、残念ながらそれを持ち合わせていない。だからここは正直に言うしかあるまい。
「私には君が言うような覚悟も無いし、かの魔獣との因縁やら私怨も無いのは確かだ」
スバル曰く、
「ならば、何故?」
しかし、クルシュの問に続いたアーチャーの一言。
聡明なクルシュをして、その簡単な言葉に言い返すことが出来なかった。
「───他人を助けることに理由などいるのかね?」
それが、エミヤの
一度はそれに裏切られたと思い、捨てたはずの信念。しかし
それこそが他人の幸せを求めて動いたエミヤが存在意義だった───。
「本気で……本気でそう言っているのか?」
『風見の加護』により真実と見抜いてるが為、逆に信じられないのだ。この男は本心からそう言っているのか、と。
ナツキスバルと会ってからというもの、授かった加護を疑いたくなることが何度かあったが───まさかこの男もバカ正直に常識外なことを語るのか。
「勿論だとも」
「それとも白鯨の危険度を知らないでの言葉か?」
「白鯨……四百年に渡ってこの世界に対して害を為してきた、空を泳ぐ巨大な魔獣……だったか」
「……ならばそれを分かってて何故、我々に加勢する」
クルシュはアーチャーの中に歪みを見た気がした。
初めは、自軍のために彼は参加しない方がいいと考えた。しかしアーチャーの一言で、クルシュの中での論点は一変してしまっている。アーチャーがこの場に突如現れた───原理も現象も全く理解できないが───ということは、裏を返すと、アーチャーはクルシュ達のことを微塵も知らないのだ。だと言うのに、クルシュ達の助けになると言い出したことは、極めて興味深い事だ。
「白鯨の恐ろしさはここにいるヴィルヘルムが一番わかっているぞ」
名を出された事で、ヴィルヘルムは軽く礼をする。
「貴方のような強い方が身に染みて脅威を理解している……そのような魔獣は、さぞ規格外なのだろうな」
「例え、卿が強くても命の保証はできないぞ」
「いくらフェリちゃんでも、死んじゃったら生き返らせることはできにゃいよー」
クルシュとて武人。戦乙女と呼ばれた女だ。アーチャーが強いことなど百も承知。だが、だからと言ってあの『白鯨』相手に無傷の生還は厳しいことも、知っている。剣鬼と呼ばれたクルシュの忠臣ですら、無傷では済まないのだろうから。
「それでも───」
「構わない」
「───」
だが、アーチャーは即答した。自分の身を案じる必要は無いのだと。
「ならば一つ、問を質そう。───何が、卿をそこまで突き動かす?」
「私の原動力、か……。使命感でも義務感でもない。今、私を動かすのは私の理想に他ならない」
「───」
───己の理想。
クルシュも大きな理想を掲げている。だから王を目指した。国を変えんとしているのだ。故に「理想」という言葉の重みを知るクルシュ。
そんな彼女が理想を語るアーチャーに、参加しないよう説得するのは───
「余りに野暮だったか」
こちらの事情を理解して尚、助けになろうとするその姿勢。彼の身分の不明瞭さだけなら目を瞑れる。彼は、ナツキスバルと同様に不思議と信頼できる───彼の周りを取り巻く『風』がそう言っているのだ。
「───ヴィルヘルム」
「は」
「『鉄の牙』の方には話をつけておけ。それと、直に白鯨が現れるだろう。戦闘準備もそろそろ始める旨も伝えておけ」
「畏まりました」
今でも愛する妻の復讐のために剣を振るう鬼は、討伐を前に昂っている筈なのに───あくまで平静を保っている。最も、その戦いが始まれば戦場を駆け回る鬼と成るだろうが。
「さて、これで私の参加は認められたのかね」
「ああ、その通りだ」
「ならば───」
そう言うとアーチャーは手を差し出してきた。
「───よろしく頼むよ」
理想を追い求めている二人が、白鯨討伐に向けて固い握手を結ぶ。
動き出す魔獣討伐作戦。───開始まで残り六十分。
熱い握手をする二人のそばで立つスバルは、思い返せばほぼ一言も話していない。
(あれー?俺空気じゃね?主人公って俺じゃなかったの?)
呼ばれていない誕生会に乗り込むという武勇伝を持つスバルでさえ、オーラ全開の彼らには介入できなかったようで。
(ふふ。少し拗ねてるスバルくんもかわいいです)
そんな拗ねているスバルを見て、レムは優しく微笑んでいた。