正義の味方の異世界生活   作:N瓦

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第六話

 

 

 

 視界がすべて白に染まるリーファウス街道で、

 

「───ふんッ!」

「ーー、ーー」

 

 赤い外套を纏う男が、血と踊る。

 

 彼が足場にするのは巨大な魔獣───白鯨の背だ。男の武器はその手に握る一対の剣と、空中に浮かべる数多の剣気。振るう一太刀一太刀が確かに魔獣の生命(いのち)を削り、大剣を放つごとに"死"が白鯨に歩み寄る。

 

 ───つまるところ、この男(アーチャー)は、四世紀に渡り世界に畏れられてきた魔獣を圧倒していた。

 その証拠に白鯨は空を泳ぐ余力も残っておらず。地に伏し、アーチャーの剣戟に抵抗することすら出来ていない。

 

 彼にとって悪い方向に働いた要因は一つだけ。白鯨という魔獣が"怪異"にカウントされなかったという点のみだ。

 オリジナルの干将・莫耶は"怪異"に対して極めて相性が良い。第四次聖杯戦争においてキャスタークラスのサーヴァントが召喚した大海魔。おぞましい見た目を持ち、無限の再生をする魔物。それを倒すには、対城宝具或いは対界宝具という、絶大な一撃の元に細胞ごと消し去る他なかった。

 しかし干将・莫耶を用いたならば。正面からそれに挑み、叩き切ったことだろう。

 それほど"怪異"と相性が良い干将・莫耶を愛用するアーチャー。彼にとって、元いた世界には存在しなかった魔獣というものが、"怪異"として認識されていれば、もっと早くカタが付いていただろう。

 

「いやしかし、はっきり言って失望したぞ」

 

 だが零れたのは不服の一言。スバル達と別れて白鯨を迎撃したものの。魔獣は存外脆かった。

 

「まぁ獣如きに語っても無意味なのは分かっているのだがね」

「ーー、ーーー」

 

 満身創痍。息も途切れ途切れの『白鯨』。

 だからこそ謎は残る。正直この程度の耐久力ならば、先の奇襲で落ちないはずが無かった。剣鬼の猛攻や、低ランクとは言え宝具に内包された魔力の暴発も耐えているのだ。

 何故あの時は埒外の耐久を示し、今はここまで脆いのか。

 

「ふむ……根拠も無い。こればっかりは考えても仕方は無い、か」

 

 何であれ、今ここでこの鯨を殺さなければならないことは変わらない。この鯨の討伐は即ち、世界の安寧に繋がる。

 白鯨の息は絶える寸前。あと数撃でカタがつく。

 アーチャーは無詠唱で二メートル程の巨大な剣を数本投影、それに合わせて手に持つ剣を振り上げ───。

 

「ーーーー」

 

 しかし、そうはさせまいと白鯨が足掻く。それは命の灯火が消える寸前の抗い。

 

 鯨が跳ね上がる光景は、広大な海においてごく稀に見られる。それは神秘的とも言われるが、この場合、そんなものは微塵も感じさせることは無かった。

 白鯨は、今までのどんな動きよりも疾く天に昇る。

 

「───だが、それでどうする」

 

 最もそんな抵抗は彼にとって、白鯨を殺す上で誤差と言っても変わらない。

 今更、空に逃げたところで一体どうなると言うのだ。どの道あと少しで終わる。……とは言え、霧の向こうに隠れられれば面倒なのもまた事実。

 

 ───ならば、夜の中天にてケリをつけるまで。

 

投影(トレース)開始(オン)

 

 詠唱を口にすると共に、手には大剣が。夫婦剣を粒子に変えて、大剣を白鯨の背に突き刺す。アーチャーはそれを然と握り、地面と垂直なはずである、天に昇る白鯨の背に()()()()()

 

「ーーーー」

 

 痛みからか、鯨は唸る。しかし速度は落とさない。

 そして───()()()()()()()()()()()()()()()ようだが

 

 

 

 

 

 それは酷い違和感そのものだった。

 

 

 

 

 

 

 何故、白鯨は天に逃げた?生への執着に起因するならば、アーチャーを振り払うことは必要不可欠なはずなのに。

 

 アーチャーを置き去りにして逃げ帰り、生き残ろうとした為?───その可能性はある。

 あえて退いて大勢を立て直し、報復する為?───それも、あるかも知れない。

 

 

 答えるなら"本能"。

 

 

 そもそも白鯨は、聡明な類の生物ではあるまい。そもそもアーチャーが背中に付いてくるか否か。この魔獣如きの知能では判断出来ない。

 現実としてはそうなったが、白鯨を弓で撃ち落とすべく、あえて地上に残る可能性だってあった。

 

 いや───だからこそ、この魔獣はそれを逆手にとったのかも知れない。もしアーチャーが地上に残ったなら、死力を尽くして逃げ切れば良いのだ。

 

 そしてアーチャーが付いてきたのなら。

 

「呼び寄せた……?」

 

 何も独力で迎撃する必要は無く。もし他にも天を泳ぐ魔獣がいるのなら、話は別だ。

 白鯨が霧を抜けたその先でアーチャーが目にしたのは───

 

 

 月の輪郭をなぞるように泳ぐ二体の白鯨。

 

 その少し下を飛ぶ一体の白鯨。

 

 そして、アーチャーと瀕死の魔獣に向かって真っ直ぐ泳ぐ白鯨。

 

 

 ───計、四体の白鯨だ。

 

 

 アーチャーにとっても、白鯨が複数体で行動するなんて初耳であった。つまり事前の擦り合わせにそんな話は出ていないということであり、()()()その事実を知る者はこの世にいないと即座に推察した。

 「三大魔獣である白鯨が群れを成す」───そんな情報を知る者がいたり、或いはその者が文献などに残せば。それは周知のものであるはずなのだ。

 

 だが討伐隊の誰もが知らなかった。十四年に渡って白鯨を追い続けたヴィルヘルムでさえだ。

 その理由として、過去に"これ"を見た者は全て白鯨に消されたことが考えられる。だからこそ伝えられることがなかったのだろうが───そこから加えて推測される「白鯨は今、間違いなく追い詰められている」という事実。

 先代・剣聖を筆頭に組まれたかつての討伐隊ですら、この群れとは相対しなかったのだから。

 

「ーーーー」

 

 そうこう考えているうちに、アーチャーに脅威が迫る。一瞬、大きな影が覆いかぶさり───

 

「ーーーー」

「チッ───」

 

 その影───即ち、第二の白鯨。額に生える一角にてアーチャーを貫かんと迫っていたのだ。逃げる白鯨の最期の抵抗は、生き残る為でもあり、実は半ば道ずれにアーチャーを仕留めるためでもあったという訳だ。一見矛盾しているようで裏腹な行動は、アーチャーの行動次第でどちらかの目的を果たせる。

 当然アーチャーは無抵抗で()られる気は無く。白鯨の背から大きく飛び退いて、

 

投影(トレース)開始(オン)

 

 投影した干将・莫耶を胸の前で交差。

 そして───角の鋭利な先端に合わせて見事防ぐ。衝撃でジリジリと火花が散り、それは夫婦剣にも軽く(ひび)が入るほどだった。

 

「なるほど、仲間意識はあるのか」

「ーーーー」

 

 その威力を他所に、アーチャーは冷静に分析しながら、白鯨の背中から離脱。体は重力に引かれて大地に向かって放物運動をする。

 角は優に防げたものの、結果としてアーチャーは瀕死の白鯨から大きく遠ざけられた。

 

「ーーーー」

 

 鯨が、嗤う。結局貴様はトドメは刺すことができなかったな、と。

 

 彼が白鯨の一体を追い詰めたのは、間違いなく、彼の剣とその物量による。ただ、剣技というのは接近戦でしか使われることはない。

 ならば距離ができた瀕死の白鯨は、逃げ切れるのか。

 

 

 

 

「勘違いするなよ、獣風情が」

 

 

 

 

 しかし───彼は元より剣で戦う者では無い。

 距離ができた時こそが、彼の本分だ。

 

 

 いつの間にか、手には弓と同時装填された十の()が収まっている。

 アーチャーのすぐ背後には霧が充満している感覚があった。再びそこに沈めば、また白鯨を目視出来なくなるだろう。

 

 霧の海に届くまで残り三秒弱。

 

 

 

 ───十分すぎる時間だ。

 

 

 

 

「落ちろ」

 

 

 

 

 短く一言言うと、魔獣(まと)に向けて正確に照準を合わせ───十の剣を射出。

 

「ーーーー」

 

 内五本が瀕死の白鯨の頭蓋を射抜き殺す。鯨は断末魔の醜い声を上げ、力が抜けたように濃霧の海に落ちて(堕ちて)いった(逝った)

 

 しかし、そうなると残る五本はどこへ。彼ともあろう者が外したのか───?

 

 

 ───否。

 

 

 外したのではない。狙った的が違っただけのこと。

 

「ーーーー」

「ーーーー」

 

 見下すように。優位を確保していることにほくそ笑むように───悠々と天を泳ぐ魔獣を射ったのだ。

 矢は白鯨の身体を貫き、ダメージに耐えかねたように高度を下げたが、

 

「ふん、(こら)えたか」

 

 脅威的な耐久を見せた白鯨はここでもアーチャーの一撃を耐える。

 

 とは言え、彼は難なく白鯨の一体を狩った。屍が力無く落下する姿を見た刹那の後、視界が───いや、全身が白に染まる。霧に包まれたのだ。

 アーチャーはそれを抵抗すること無く受け入れ、そのまま着地体勢に入った。

 

 

 

* * *

 

 

 

「うそ……だろ」

「あ、ああ……ああぁ。もう終わりだ…」

「どうしろって言うんだよ!!」

「なん…でだよ……」

 

 少し霧の晴れたリーファウス街道に響く重なる声を聞いて、兵の一人は信じられないといった顔をし。一人は絶望から武器を落とし。一人は行き場のない怒り、或いは諦めという感情が芽生える。

 

 夜払いの魔石を使用することで見えた白鯨の姿は彼らを萎縮させたが───今はそれ以上の恐怖を覚えさせる。

 視界を確保するために霧払いの魔石を使ったのは良い。しかし、だからこそ前例と同様に視界確保する故、白鯨の姿も見えるのだ。

 

 確認できるのは───四つの魚影。

 

 ゆっくりと、ゆっくりと泳ぐ姿には嫌悪感と恐怖しかない。その異形は人々の足を凍らせる。物理的にではない。恐怖ゆえの竦みだ。

 

 あの一体を落とそうとすることにどれだけの力を結集したというのか。それで尚、地に落とせなかったのだ───その魔獣が、四体。兵士達の心情は「絶望」ただ一色に染まった。

 

 中には諦めが微塵もないものは当然いる。ミミやへータロー、クルシュやフェリスらがそれにあたる。

 しかし消滅の霧や精神汚染のことを考えると、こちらの兵力は開始当初の三分の二から二分の一程度。対して相手は四倍。

 

「どこに勝ち目があるんだよぅ……」

 

 一人の兵士が吐いた弱音(それ)は、この場にいる大半の代弁であり。数十分前の士気は完全に消え失せた。

 クルシュもまた頭を発火させる勢いで頭を回した。ああでもない、こうでもない。この状況を打開するにはどうすべきか───。

 

 

 

 

 

 そこへ一筋の光が差す。

 

 

 

 

 

「む、ここにいたか」

 

 不意にクルシュに声がかかった。

 

「!……卿か」

 

 浴びた返り血はあれど、見たところ流血すらないアーチャーだ。クルシュは考えに更けっていた為、彼が近づいてきたことに気付かなかったか───いや、待て。

 

 (───()()()()()()()()()()()()()()()()()()のか!?)

 

 クルシュは全身にある種の恐怖を感じた。

 この男は逃げ帰ってきたのか……と一瞬考えるも、然しそのような性格では無いだろう。それに、それでは浴びた返り血の説明がつかない。

 

「……一つ、問を質したい」

「構わないが……今、悠長に話している時間はあるのかね」

「重大なことだ───卿は、あの白鯨をどうした?」

 

 彼が逃げ帰ってきたという発想故の質問ではない。聞きたいのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というただ一点。

 

 

「あぁ、あの鯨は落としたさ」

 

 

 しかし予想を遥かに超える返答に、

 

「───」

「……え?」

「いま、なんて」

 

 驚く声は誰のものか。

 アーチャーの発言が聞こえた者はざわめく。なんと……言ったのか。聞き違いでは無いのか、と。

 彼がもう一度言うのなら。理不尽な現状を前にしても、これだけは聴き逃してはならない───「絶望」に沈む者もまた、そこから引き返し、クルシュとアーチャーの会話に耳を傾けた。

 

「………それはこの短時間で…ということか?」

「そうだと言っている。あの魔獣は四体では無く、私が落とした奴も含めれば本来五体だったのだろうな」

 

 

 今度こそ、全員に確かに聞こえた。

 

 

 

 この素性の知れぬ男は、白鯨を殺したのだ───!

 

 

 

 その事実はクルシュに勝利への最適解を与え。そしてつい数秒前まで「絶望」にたたき落とされていた者は皆、確かな「希望」を見る。

 

 白鯨を破るためには、改めてアーチャーの力が必要だ───いや、今思えば彼らが勝手に絶望していただけだったのかも知れない。初めからアーチャーという手札は手の内にあったのだから。

 

「もう一度、頼む。力を貸してはくれないか」

 

 だからこそクルシュは彼の目をしかと見て、頭を下げた。───今なら確信を持って言える。アーチャーは、間違いなく最強のカードだ。

 

「君はおかしなことを言う。元より其のつもりだと言っているだろう」

「───」

 

 しかしそんな彼から返ってきたのは軽い笑みと、当然だと言わんばかりの肯定。そんなこと、初めて彼と話した時に分かっていた筈だった。あぁこのような馬鹿がいるのだな、と。

 

「とは言え、この状況に陥ったのは私の責でもある。初めから様子見に徹することが無ければ、こうなる事も無かっただろう」

 

 申し訳無さげに少し顔を俯けるアーチャー。あの弓の精度と威力で"様子見"だったのか───そんな驚きも彼らにはあったのだが。

 

 

 

 

 

 

「飲み込ませるなぁぁぁ───!!」

 

 

 

 

 

 

 唐突にスバルの叫び声が平原に轟いた。それは今も彼らが戦っている証左。

 

 

 ───そうだ。まだ何も終わっていない。いい意味でも、悪い意味でも。

 しかしはっきりと「希望」は見えた。絶望に浸り、命を投げ出すにはまだ早すぎる。最後の最後まで抗おう───まだ、何も終わっていないのだから。

 

 

 

▷▷To be continued

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