マルナナマルマル 鎮守府 提督執務室
「……すいません提督、もう一度よろしいですか?」
今日の秘書艦当番の高雄が、ちょっと困った様子で提督に尋ねる。
「あー……まあ、司令本部からの伝達にしちゃおかしな話だからな。
じゃ、もう一回言うぞ……『幽霊船が近海に出現したとの情報あり。調査せよ』。
これが、今朝の通信内容だ」
「……最初聞いたときは、マジかコイツって思ったよ」
通信担当の隼鷹が思い出して呆れた顔になる。
提督も呆れてはいるのだが
「マジなんだよなぁ……実のところ、総司令が視察中にその幽霊船を見ちゃったそうでな」
執務室まで呼ばれた長門は少しご立腹の様子。
「バカバカしい!この科学全盛の時代に、幽霊船だと?
あの新しい総司令はどうかしてるぞ、まったく」
「いやキミたちも軍船のタマシイ受け継いで生まれてくるとか
あんまり科学的とは言えないんじゃないかな?」
「失敬だなオイ!?」
食って掛かる長門。
が、長門と一緒に呼ばれた姫はなるほどという顔をして
「確かに、私たちってオカルト的な存在よねー」
「オカルトって……ちょっと変わった能力のある女の子ぐらいでいいじゃないか……」
長門をまだ女の子と言っていいのかと提督は思ったが
それを口にするとタイヘンなことになるので黙っている。
「まあまあ、私たちのことは置いておいて
問題はその幽霊船捜索が、司令本部からの通達だということですよね。
提督、どうなさるおつもりですか?」
高雄がとりなしながら提督の指示を仰ぐ。
「無視するわけにもいかんしなぁ……
とりあえずは哨戒任務を増やそう。長門、スケジュール調整を頼む。
あと、姫やセンちゃん、ケイも哨戒に加わってみてくれ」
「私たちも?」
「さっき自分で言っただろ、オカルト的って。
離れていても、同じ深海棲艦の存在を感知できるんだし
だったら、そういう霊的なものを感知することもできるんじゃないのかな?」
「どうかしらねー……まあ、外に出るのは楽しいからいいけれど」
「適当なところで見つかりませんでしたーって報告すればいいんじゃない?」
姫も隼鷹もわりとお気楽に考えている。
長門は相変わらず渋い顔で
「やれやれ……この大事な日に、つまらん任務が増えたものだ」
「大事な日?……今日、何かあったか?」
「……いや別に」
と、コンコンとドアがノックされ、ひょこっと潮が顔を覗かせる。
「あの……提督、よろしいでしょうか?」
潮がちょっと困った顔をしていることに提督は気づいた。
「ああ、いいけど……何かあったのか?」
「桟橋に、お客さんが来てるんです」
「お客……?高雄、今日誰か訪問の予定あったっけ?」
首をかしげた提督が確認するが
「……いえ、今週はどなたの予定もうかがっていません」
別に度忘れしたわけでもなく、訪問予定などありはしなかった。
「だよな……潮、お客ってどんな人だ?」
「えと、外人さんのオジサンです。ちょっと変な服着てます」
「変な服着た外人のオッサン……誰か心当たりあるか?」
提督が皆の顔を見回すが、誰も首を横に振るばかり。
「うーん……誰かわからんが、無断で鎮守府ウロウロされても困るな」
「今は一緒にいた吹雪ちゃんが残って応対……というか、足止めしてます」
「おお、ナイス吹雪。じゃ俺ちょっと見てくるわ。
潮、悪いけどもう一回、一緒に来てくれ」
マルナナサンマル 鎮守府 桟橋
「今日はやけに朝もやが濃いな……」
建物を出たとたん、濃いもやに視界を遮られる。
早朝ならともかく、この時間までこれほど濃く残っているのは珍しい。
「そうですね……私たちも、その外人さんを見つけたときは
もやの中からいきなりヌゥッと出てきたみたいで、すごくビックリしました」
「そういや変な服って言ってたけど、具体的にはどんなカッコなんだ?」
「えっと……ピーターパンに出てくるフック船長っているじゃないですか?あんな感じです」
「……コスプレ外人か?」
「そうなのかなー……あ、あそこです!吹雪ちゃーん、提督連れてきたよー!」
もやに煙る桟橋に、二つの人影。
一つは見慣れたセーラー服姿の吹雪。
そして吹雪が、その行方を遮るようにしているのが
「……確かにフック船長、だな」
「でしょー?」
昔の海賊のような、大きな帽子を被り、派手でヒラヒラした服を着た
ガッシリとした体格、赤毛の白人、口ひげを生やした中年の大男。
「ご苦労、吹雪、助かったよ……言葉、通じるのかな」
通せんぼをしている吹雪の背後からそっと尋ねると
「あ、日本語大丈夫でしたよ」
正面の男から目を離さず答えを返してくる。
「そりゃ助かる……あー、そこの方、ここは日本国の軍事施設で
一般の方の立ち入りには許可が必要なんですが……
どこからいらしたんですか?」
と、男の前に進み出た提督が声をかけると
「どこからってキミィ、ここ離れ小島じゃないか、海から来たに決まってるだろう?」
オーバーなリアクションをしながら男が笑うように答えた。
「いやそれはわかりますが……お国はどちらです?」
「オランダだよ、オ・ラ・ン・ダ。
もっとも、我輩はずっと南の海のほうにおったんだがね。
おっと申し遅れた、我輩はヘンドリック・ファン・デル・デッケン。
デッケン船長と呼んでくれたまえ」
そう言って右手を差し出してくる。
提督がその手を握り、反射的に引っ込めてしまった。
握った手が、冷たかったのだ。
握手した手をすぐに引っ込めるなど失礼極まりないのだが
デッケン船長は気にする様子もない。
「どうも、デッケン船長。この施設の責任者で、提督の宇佐美です」
それを聞くと、船長は羽飾りのついた帽子を脱いで、うやうやしく礼をする。
「おお!これは御見それしました、提督閣下であらせられましたか。
……いや服装が地味なんでてっきり下っ端の水兵かとウハハハハハ!」
「……で、どうやってここに?海から来たとおっしゃいましたが
船はどこに?レーダーにも何も反応はありませんでしたが」
桟橋には吹雪とデッケン船長がいただけで
停泊している船は見当たらなかった。
「おっとこれは失敬。いやいきなり船をお見せして、ご婦人方を驚かせてしまってはと思いましてね?
ちょっと隠しておいたのですが、よく考えたら船もないのに海を越えてやってきたら
そりゃ不審がられますわなウハハハハハ!」
そう言ってデッケン船長が手をかざし、パチンと指を鳴らす。
と、もやが少し薄れてきて、そこにおぼろげに船影が浮かび上がってきた。
「これは……!」「うわぁ……」「何かすごいの出てきた……」
やがて船が全容を現す。
三本マストの大型帆船。だが、帆は破れ穴が空き、木製の手すりは朽ちかけている。
船腹にはフジツボがこびりつき、ところどころから千切れたロープが垂れ下がっていた。
「これぞ我輩の乗船にして長年の相棒、『フライング・ダッチマン』です!」
「フライング……ダッチマン……!?」
船――フライング・ダッチマンを見上げながら
少し顔を青ざめさせた提督が、潮にかすれた声でささやく。
「……潮、先に執務室に戻って長門に伝えてくれ。
哨戒任務はもう必要なくなった、って」