風の街、風都で跳梁跋扈する闇の存在「ドーパント」。それに対抗する存在がまことしやかに囁かれていた。その名は仮面ライダー。

 この物語は、その仮面ライダーWが展開する戦いの一幕。

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初投稿です。よろしくお願いします。


仮面ライダーW サイドストーリー

 街は深海のような暗闇の中に沈んでいた。

 

 雑踏の中を光が漂い、それは人々が活動している証のように輝いている。ビルとビルの隙間を埋めるように佇んでいる風車たちがその光を見下ろし、怠惰なまでにゆっくりとした速度で翼を回している。

 

 これはこの街、風都特有の光景である。風力発電施設によって発展し、環境保護に貢献しているとして、国から多額の助成金も出ている街であり、「日本一エコな街」として売り出されている。

 

 しかし、金が集まると言うことはそれだけ人のエゴも集中するということでもあり、この街は近年、多発する怪事件の舞台でもあった。ビルが溶け、人が死ぬ。異常であるはずのそんな言葉すらこの街では日常の一部として捉えられている。

 

 その街を、ある一人の男がビルの屋上から見下ろしていた。男の眼には、暗闇の中に群生する人々の姿が映っている。この街の人々は異常であるはずの世界で平然として、明日を信じ今日を浪費する。都市伝説に惑わされ、時に恐怖し、時にラジオでそれを広め娯楽として扱う。

 

「くだらない」

 

 男が口を開く。その声は果てない憎悪に歪んでいるような声音だった。

 

「ただ時を持て余し、生きる人間ども。風車のようにゆったりとしたこの街がそんなにお気に入りか? ――ならば、そんなものなど壊れてしまえばいい」

 

 言って男は懐から掌に納まるサイズのUSBメモリのような形をした物体を取り出した。男はそれを見つめ、口角を吊り上げながら呟いた。

 

「俺が変えてやろう。これがあれば、俺は無敵なんだ」

 

「――さて、それはどうかな」

 

 突如として背後から聞こえてきたその声に男は振り返った。見ると、背後の暗闇の中に誰かが立っている。

 

「誰だ?」

 

 男の言葉に、暗闇の中に立つ人物が被った帽子を傾けながら答えた。

 

「なに、ただの私立探偵だ」

 

「探偵、だと?ふざけるな。俺に何の用だ」

 

「何の用だ、じゃねぇだろ。ここいらで多発している怪事件。あれ、あんたの仕業だろ」

 

 暗闇の中の人物が発した言葉に男はうろたえた。その事件というのは、最近風都で起こっている、人間が突如刃で切られたような傷を負う事件である。中にはかすり傷だけですんだという人間もいれば、身体を真っ二つに切られた人間もいる。

 

「不可解な辻斬り事件。なぜ、切られて死亡した人間と、かすり傷程度の人間が存在するのか。刃物による通り魔的犯行とみて警察は捜査しているようだが、刃物を持った人間の目撃例はない。当たり前だ、……実際は違うからな」

 

 だが、その事件の犯人が自分だとは分かるはずが無い。全ての証拠は残らず、さらに警察は考え付くことも出来ない完璧な犯罪のはずである。

 

「バカな。何を根拠に」

 

「――根拠ならあるよ」

 

 今度は目の前の人物とは反対側の位置から声が響き、男はそちらに向きかえった。

そこには少年がいた。長い前髪をクリップで留めており、そこから覗く好奇心旺盛な眼が男を捉える。

 

「検索してみると簡単だったよ。キーワードは視えない刃、風、そして鎌を持った生物。答えは単純。凶器は刃物じゃないんだよ」

 

「刃物じゃ……ない、だと」

 

 男が声を震わせて言うと、青年は男の持つ物体を指差し、言った。

 

「風で切ったんだ。それで確信した。そのガイアメモリの中身はRIPPERだとね」

 

 その言葉に男は慄然とした。なぜ、ガイアメモリの存在を知っているのか。男の動揺を他所に、少年は面白がるように続ける。

 

「それでさらに検索をした。風圧の刃を作り出して、決して相手に見つからずに攻撃するのに適した場所を。それがこの場所だ。この高さならば、街中の風の流れも読める。被害者の傷に程度差があるのは、能力がその日の風量、風速に左右されるせいだろう。風量が低ければ、遠い標的を切り裂く前にカマイタチは減少、もしくは消滅する。そして理由はもう一つある。君は、そのガイアメモリを使いこなせていない」

 

 少年の鋭い眼がもう一度男を見据える。その指摘に、男はうめくような声を発した。

 

「ところで翔太郎。なんでさっきから暗闇の中にいるんだい?こっちからぜんぜん姿が見えないから話し辛いじゃないか」

 

 少年が理解できないとでもいうように、暗闇の中に向かって言うと、翔太郎と呼ばれた人物は「わかってねぇなぁ」と言いながら姿を見せた。まだ年若い青年である。彼は帽子を少し斜めにしながら言った。

 

「暗闇の中から徐々に犯人を追い詰めるのが、ハードボイルドってモンじゃねぇかよ、フィリップ」

その言葉にフィリップと呼ばれた少年は首を傾げて、「やはり理解できない」と呟いた。

 

 男はその二人がやり取りしている間に、襟元を少し下ろし、そこにある黒い五角形の痣に、右手に持ったガイアメモリを差し込んだ。

 

 それに気づいた二人が「あ」と間抜けな声を上げて男に目をやったが、すでに遅い。男に差し込まれたガイアメモリがその痣から男の身体の中へとずぶずぶと侵入したかと思うと、『RIPPER』という声が響き、不意に男の身体に変化が訪れた。

 

 ガイアメモリが侵入した箇所からまるで獣のような毛皮に覆われたかと思うと、手の爪と足の爪がまるで鎌のように変化し、顔に至っては鼬のような顔をしたけだものへと変化していく。

 

「――ドーパント」男を見た翔太郎が呟く。

 

 もはや人間としての形状を留めず、直立した鼬以外の何者にも見えない姿に変化した男――ドーパントは、飢えたように赤い口腔を開くと、けだものそのもののような雄たけびを上げた。

 

 それを見た翔太郎がフィリップを呼びつける。フィリップは翔太郎の横に立つや否や、懐からベルトのバックルに筒が二本ついたような奇妙な物体を取り出した。それと同じものを翔太郎も取り出し、二人同時にそれをそれぞれの腰にあてがうと、そのバックルからベルトが伸び腰に固定された。

 

 それと同時に、二人は手にあるものを握っていた。それは先ほど男が持っていたものと形状は違うものの、同じガイアメモリであった。それに気づいたドーパントは獣がうなるような声を混じらせて言った。

 

「……ガイアメモリだと。お前ら、何者だ?」

 

「言ったはずだぜ。ただの私立探偵だってな」

 

 翔太郎が言いながら、黒いメモリを構える。それと同じようにフィリップも緑色のメモリを構えながら捕捉するように言った。

 

「ただし、二人で一人の、だけどね」

 

「行くぜ、相棒」

 

 翔太郎の言葉にフィリップは頷き、メモリのボタンを押した。すると、『CYCLONE』という声がどこからとも無く響き、次いで翔太郎が黒いメモリのボタンを押すと『JOKER』という声が響いた。

 

 その声が響き終わると同時に二人は叫んだ。

 

「「変身」」

 

 フィリップがバックルにある筒状の挿入口の右側にメモリを差し込む。その瞬間、フィリップのメモリが消失し、翔太郎のバックルのフィリップと同じ位置にある挿入口に緑色のメモリが転送される。それと同時にフィリップはまるで糸が切れたかのように、その場に倒れ込んだ。しかし、それを気にするでもなく翔太郎は転送されたメモリを押し込み、自身のメモリももう片側の挿入口へと挿入する。

 

 翔太郎はその挿入口をそれぞれ外側へと「W」の形に開き、両手を広げた。

 

 瞬間、バックルを中心として出現した緑色と黒色の粒子が渦を巻きながら、翔太郎の身体を包み込んでいく。その粒子が完全にその身を覆った瞬間、光が二、三度瞬いたかと思うと、そこには探偵、左翔太郎の姿は無かった。

 

 そこにいたのは奇妙な人型をした存在だった。左半身は闇夜を纏ったような漆黒でありながら、右半身は草原のような緑色をしているのである。左右非対称のその奇妙な姿にドーパントとなった男も狼狽を隠せない。首に巻いた灰色のスカーフが軽やかに夜風に舞い、鋭い「W」の形のアンテナが刃を思わせる。その黒と緑の人型は昆虫のような複眼の赤い眼を光らせ、半身になって黒い左手を銃のように構えて言った。

 

「『――さぁ、お前の罪を数えろ』」

 

 それは二つの声が重なったような声音だった。

 

「罪、だと……。ふざけるな。私こそが、正義だ!」

 

 人型が発した言葉が気に障ったのかドーパントは先ほどまで感じていた恐怖も忘れ、獣の雄たけびを上げながら叫んだ。瞬間、大気が震え周囲の空気が圧縮されてドーパントの爪へと凝縮される。

 

「その半身、真っ二つにしてやろう!」

 

 叫び、ドーパントが爪を振るう。すると、爪に纏わりついていた風が三日月状の刃となって放出された。しかも片方の指にある爪の五つが同時にである。空気の壁を引き裂き、人型へと刃は疾走する。ドーパントはそれで勝負は決したと感じた。

 

 しかし、人型は緑色の右腕を掲げたかと思うと、目前まで迫ったその刃五つを、何の苦も無く虫でも払うかのように空中で叩き落した。

 

 その状況をドーパントは理解できない。反射的にもう一度、同じ技を放出するが、今度は蹴りでそれを粉砕された。

 

『無駄だよ』

 

 右半身の側にある赤い複眼が瞬き、声を発する。

 

『この距離ならば確かに風量も、風速も関係ない。それはいい判断だけど、読みが足りない。それは――』

 

 その声は先ほどのフィリップと呼ばれた少年の声だった。なぜ、人型の傍らに倒れている少年からではなく、目の前の相手の右半身からそれが聞こえるのか。ドーパントがそれに恐怖する前に、今度は左半身からの声が右半身の声を引き継ぐように言った。

 

「俺たちが、お前以上にこの街の“風”を味方につけているって事を、読めていないっていう事だ」

 

 刹那、人型の姿が視界から消える。そして次の瞬間、それは目前にあった。距離を一瞬にして飛び越えたその姿にドーパントは半ば混乱しながら爪を振るう。その爪が空気を凝縮し、カマイタチを撃ちだす前に、人型はただ薙いだだけのチョップで爪を叩き割った。

 

 その事実をドーパントが認識する前に、腹に一撃、蹴りが加えられる。近距離で放たれた強烈な攻撃になすすべなくドーパントは地面に倒れ伏した。

 

「よし。いくぜ、フィリップ。メモリブレイクだ」

 

 言った直後、人型は「W」の形に開いた挿入口を元に戻し、左側の黒いメモリを取り出した。それを右腰にある挿入口へと差し込む。すると『Maximum Drive』という声とともに、人型の周囲を風が包み込んでいく。その風は竜巻のように渦を巻き、人型本体を徐々に上空へと引き上げていく。

 

 それは十数メートル上がったかと思うと、人型の身体は斜めに空中に固定され、突風に乗ってドーパントへと驚異的な速度で片足を向け突っ込んでくる。

 

 その一撃を食らえば流石に無事ではすまない、ということを悟ったドーパントは即座に立ち上がり風を操って前方に空気の防御膜を作った。これで一撃は耐えられる。その隙に、この場は退散させてもらおう。

 

 しかし、男のその考えを打ち破るように、空中から落下してくる人型は突然、身体の中央を境目にして黒と緑の半分に分かれた。比喩ではなく実際に分割されたのである。

 

 それにドーパントが気づいた瞬間、黒い半身が風の膜を突き破る。そして時間差で突撃してきた緑色の半身がその身を貫く瞬間、男の耳に声が響いた。

 

『無駄だよ。僕たちは二人で一人の、〝W〟なんだから』

 

 それが残響する前に、男の纏っていたドーパントの表皮が砕け、地面へと激しくその身をぶつける。それと同時に、首筋からガイアメモリが射出された。それに気づいた男が手を伸ばす前に、メモリは半分に砕けた。

 

 二つに分かれた人型は空中で元の黒と緑で一つの身体に戻り、男の脇へと降り立った。そのまま歩き去ろうとする人型を呼びとめ、男は倒れたまま尋ねた。

 

「……お前は、何者だ?」

 

 その声に振り返り、人型は答える。

 

「この街を守る、二人で一人の仮面ライダー……〝W〟だ」

 

 その言葉を残し、Wはビルから姿を消した。

 

 しばらくして、男の身柄を押さえに来た警察の赤いパトランプが暗い街頭を一瞬染める。

 

 しかし、まだ風都の夜は明けず、深い闇が立ちこめたままだった。

 



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