体が動かない。
朦朧とした意識の中で目の前の男を見つめる。
まだ話すべきことがある。
俺の口から伝えるべきことが、伝えなきゃいけないことがあるのに。
俺の口から出るのは独り言のような呟きばかりだ。
そして、過去に飛べたのなら一目だけでも……。
――あ。
『もう、いいんだよ』
『たった一人でよく頑張りましたね』
「ああ、シルフィ、ロキシー……くそう、相変わらず可愛い、なぁ……」
それが幻だったのか、この騒ぎを聞きつけて入ってきた本物だったのかは分からない。
でも……最後に二人の顔を見れたこと、ヒトガミの思い通りにならない可能性が出来たことに満足した。
ここでルーデウス・グレイラットの人生は幕を閉じた。
ーー
ーーー
ーーーー
「――い。おい、大丈夫か?」
「……え?」
目が覚めた。
……目が、覚めた?
待て待て待て。俺は確かに失敗とはいえ過去に戻った。
そして、過去の自分に未来で起こる出来事を伝えた後はシルフィとロキシーの姿を見て死んだ。
……死んだ、はずなんだ。
それに、ここはどこだ?
ヒトガミを殺すために様々な場所を見てきたけど、こんな所は知らない。
……てことは、ここが死後の世界なのか?
こんな、昔のフィットア領みたいな場所が死後の世界だというのか?
「……えっと、ここはあの世、なのか?」
「兄ちゃん頭大丈夫か?ここは俺の家前だ。さっさと起きてくれねえか」
多分まだ生きているってことでいいのかもしれない。
……失ったはずの肉体はしっかりと戻っている。
魔力も完全回復している。
そしてなにより、目の前の男は俺を「兄ちゃん」と呼んだ。
こんな年寄りを兄ちゃんなんて呼ぶやつはいない。
つまり、つまりだ……。
「……強く頭を打ったから、てっきり死んでしまったのかなと」
「そう簡単に人が死ぬもんか。ほら、しっかり目が覚めたならさっさと向こう行ってくれ」
起き上がり、軽く謝ると男は家の中に入って行った。
近くのガラスで確認してみたところ、疑問は確信に変わりつつあった。
……そこには若い頃の俺の姿が映っていた。
更に周りには俺の知らない言葉に、何故か通じる日本語。
どういうわけか、俺は死んだ後にルーデウス・グレイラットとしてまた異世界に転生……この場合は転移と呼ぶべきか。
別世界に飛ばされてしまったようだ。
「……は、ははは」
乾いた笑いが出た。
これじゃあ、若い頃の肉体に戻ったとしても、膨大な魔力が復活したとしても、倒すべき敵もいなければ守らないといけない人もいない。
……何もかも失ったあの時と全く変わらないじゃないか。
「……こんなことなら、いっそ死んで……」
楽になってしまおうと考えていた。
「衛兵さーーーーん!!」
なのに、どうしてだろうか。
「……ああ、クソ!」
数十年間、俺は怪しいと思った人間は見境なく殺してきた。
助けを求める声も全て見捨てて、ヒトガミを殺すためだけの醜い復讐鬼に変わり果てていた。
なのに、今更人助けをしようと思ってしまったのはなぜだろう?
「……あ」
不意に、背中にあった違和感を確認してみた。
そこには
……ああ、そうか。
この姿だからか。
地道な人助けなんかもして、人も殺せなくて、二人の妻と妹、リーリャさんにゼニスの皆と幸せに過ごしていた頃の俺の姿だから……。その記憶を汚さないように、咄嗟に体が動いてしまったのか?
綺麗事なのは分かっている。
でも、そういう感情が出てきたのはきっとシルフィとロキシー、若い頃の俺を見たからなんだろうな。
そう思うと少しだけ若い頃の自分を思い出したような気がした。
「……声は西の方からだよな」
宙に浮き、上から声のした方でなにか問題事が起きてないか確認する。。
するとチンピラに囲まれたジャージの男が……。
「……ジャージ?」
周りを確認しても、あんな現代的な服を着ているやつはいない。
となると、あそこにいるのは俺と同じ転移者か?
「俺と同じ、というよりはナナホシと同じっていうのが合ってるかな」
チンピラの近くに降りて、すぐさま泥沼の魔術を使う。
突然のことで混乱してるうちに、ジャージ男を連れて走り去った。
「おい、大丈夫か?」
「あっぶねぇ……また死ぬかと思ったぜ……」
また死ぬかとという言葉に妙な違和感を覚えたけど、おそらくそういう表現方法なのだろうと思った。
……とはいえ、ここは俺の知らない世界だ。もしかするとこいつはどこぞの狂戦士みたいに十二回ぐらい殺さないと完全に死なない能力とか持っているのかもしれない。
「……見たところお前は転移したばかりなのか?異世界じゃその格好は目立つぞ」
「……は?え、ちょ、待ってくれよ。異世界ってまさか……」
「俺の場合は前世で死んでるから異世界転生っていうのが正しいけど、お前と同じだ」
「え……はぁ!?」
男はかなり煩い声で驚いた。
ーー
ーーー
ーーーー
菜月昴。
転移したきっかけは唐突で、ある理由から捜し物を届けて、助けたい人がいるため、どうすれば助けられるか試行錯誤しているらしい。
どうして助けるのに試行錯誤が必要なのか聞いたが、それに答えようとはせずに話を逸らされた。
それからは俺の話をした。
……まあ、話したとはいっても殆ど省いてはいるが。
「……えっと、つまりだ。ルーデウスさんはトラックに轢かれて死んだ……と思ったらこの世界に転生してて……何十年も旅をしているのか?」
「そうなる、まさか他にも俺のいた世界から来たやつがいるなんてな。あと、俺のことはルーデウスでいいよ」
「そういうわけにもいかないですよ。俺より歳上なんスから」
本当のことを話せば色々とややこしくなるため、俺が転生者であることと色々な場所を旅しているということだけを話して他のことは伏せた。
旅をしたと言ったって、それはこの世界じゃないからそもそも基礎的な知識すら欠けている。
「それで、その助けたい人を助けるのに困ってることがあるんだよな?」
「……いや、そこまでは頼めねえスよ。あとは俺の力でなんとかやってみるんで」
「そうか。俺はもう少しこの辺を歩いているから、ダメそうなら頼ってみてくれ」
ナツキはそういうと立ち上がって表通りと思われる方向に走っていった。
……なんというか、あいつは放っておけない。
ナツキは絶対に何かを隠している。
その隠しているのは何かと考えた時に浮かび上がるのは……あの野郎だ。
この世界にも同じようなのがいて、そいつがナツキを利用しているのかもしれない。
……それを黙って見過ごすことは出来ない。
もはや何も残ってはいないのだ。
ならせめて、俺と同じように異世界に来た人が俺と同じような道を歩まないように導くのも、一つのすべき事なのではないか。
ナツキに気付かれないように後を追うことにした。