「――これ、は……」
ルーデウスは自分の身に何が起こったのか理解出来なかった。
あのメイドが治したというのか?バカな。
神級の治癒と解毒魔術を使っても治せなかったんだぞ、あのメイドに治せるとは思わない。
……そもそもあのメイドももうすぐ死ぬところだった。
なにが、どうなっているんだ?
「……ロズワールがなにかしたのか」
あの道化なら何か知っているかもしれない。
この世界特有の魔法を使って治した可能性もあいつなら考えられる。
……それならよかったと思ったのだが、そうもいかないらしい。
「……転移魔術の陣がない」
人一人を転移させる程度の陣を作ってみたのだが、その跡がどこにもない。
もう片方のメイドが青髪を殺した怒りで壊しやがったのか。
……そう思いたいが、それにしては……。
とにかく、一度外に出よう。
「死体どころか、血の臭いも何もかも綺麗に無くなっている」
数分とはいえ、泥沼に岩砲弾まで使用したのだ。多少の跡はあるだろう。
それすら全く残さない、そんなことも可能なのか。
オルステッドのような男なら可能かもしれないが、ロズワールにはあの男のような強さはない。
そもそも、列強の強さすら持ち合わせていない。
俺は謎の症状としても、青髪は人を殺せるぐらいの岩砲弾で攻撃したのだ。エミリアならあの事態に気付くはずだ。
……何故、あんなお人好しが向こう側で呑気に青髪のメイドと話をしている。
なぜ、あいつは昨日のことをなかったようにしている?
せめて口封じぐらいとか思わないのか。
これではまるで……。
……ありえない。
一瞬考えたことはありえない、不可能だ。
どうかしている。
理論上それは……。
「……日記だ」
日記を読めば分かる。
もう一度部屋に戻り、日記を確認する。
二日目、昼
その内容で日記が終わっている。
……過去転移なんてものじゃない。
俺は、死んだはずなのだ。
そして、過去転移をすれば起きるはずの魔力を消費した感覚もない。
「だからって、受け入れろっていうのか」
もっと柔軟に思考をしろ。
柔軟になってみれば分かることは……。
考えれることは……
「……なんだよ、考えれば考えるほどこれしかなくなるだろうが」
何を考えても頭が痛くなる。
ただ、さっきの答えを使うと嫌なほどそれが正解だという気持ちになる。
死んで過去転移をした可能性。
原因は魔女とやらが関与している可能性が高い。
なんのメリットが魔女にあるのか分からないが、魔女的にここで死ぬ運命ではないと戻されたらしい。
……まあいい。死んで戻ってきたのならやり直しが出来るし、もっと上手くできるはずだ。
ついでに確認しておきたいこともある。
「ルーデウス様、お待ちしておりました」
「俺が最後だったか。……丁度いい、秘密を教えてやる」
青髪と赤髪の表情が驚きに変わる。
おそらく、場合によっては戦闘でも始めようとするつもりなんだろう。
生憎だが、俺はお前たちと戦う気は失せたがな。
エミリアは何のことかと頭にハテナを浮かべ、ロズワールはただ面白そうに見ているだけだ。
ナツキは……ナツキも驚いた顔をしている。
「まず、そこのメイド共が俺を不審に思っているな?……考えている通り、俺は魔女に魅入られた人間だ」
「やはりお前は……!!」
「――俺の目的はただ一つ、嫉妬の魔女を殺す」
メイドたちは呆気にとられる。
魔女に対してなんの恨みも怒りもない。なんなら俺にもう一度ヒトガミに対抗する猶予をくれた恩人……とまではいかないが、とにかく今は敵対する意思がない。
だが、魔女の部分をヒトガミに脳内変換するだけで魔女に対しての怒りを演じることが出来る。
「あいつは家族を、仲間を奪った。……復讐のために俺は魔女にあえて魅入られた。そうしていけば必ずやつは俺の手の届くところに来ると信じてな!!」
「なら、スバル君の臭いは!」
「俺が原因だ。これは俺の推測だが、俺の住んでいた村の人間は魔女に気に入られやすい体質なのかもしれない。それとも……。いずれにせよ、ナツキは無害だ」
「なっ……」
青髪は動揺を隠し切れないといった表情でたじろぐ。
このメイドは俺のような復讐鬼になる一歩手前だ。
メイドという立ち位置で姉妹一緒に働いているのが抑えになっているだけで、赤髪が魔女に殺されれば俺のようになるのは目に見えている。
『……ゆる、さない……お前たち、を……』
……それは、少しだけ哀れだ。
「魔女を利用して魔女を殺そうとした代償だ。ナツキには悪いと思っているから、魔女の臭いが消えるまではナツキと共にいる」
「……嘘は言ってなさそうだねぇ。放つ殺意がそれを証明している」
「ロズワール様……くっ!」
さて、こうして波乱ともいえる朝食前の会話が終わったが、まだ今日中に聞かなければならないことがある。
寧ろそれこそが今日のメインだ。
ナツキ・スバルについて。
今回の過去転移のそもそものトリガーとなったのはナツキの可能性が高い。
何度考えても俺の死因だけが思い付かなかった。
それは俺が、俺だけが死んで過去転移したからと考えれば思いつくはずがない。
そこでナツキのことを思い出した。
よくよく考えると彼の動きはおかしいと思うところがあった。
そう、おかしいのだ。
いかにも異世界転移したばかりの格好でエミリアもエルザもナツキを知らないのに、ナツキは二人を知っていた。
その理由がもし、ナツキが一度エルザに殺されて過去転移をしていたのだとすればあの表情も納得出来る。
ナツキにとって俺の存在と動きは初めてのことなのだろう。
それは過去転移できるのは自分だけだと思っているからのはずだ。
だから俺も前回と同じ動きをすると思っていて、全く別の行動を起こした。
俺は、その理由を同じ転移者としてナツキが死ねば俺も死ぬ――連帯責任形式に嫉妬の魔女が切り替えたと考えている。
「――とまあ、あくまで俺の推測になるがどうだ?」
「……色々考えることが多いってのに、本当にルーデウスさんって何者だ?」
「長く生きただけの異世界転生者だ。ここではな」
反応から察するに俺の予想通りだ。
そして、ナツキの表情が険しいものに変わる。
その雰囲気はたった数日異世界で生活しただけの学生が出せるものではない。
俺が考えているよりも多く、何度も死んでは過去に転移を繰り返しているだろう。
青髪メイドのことは話していない。
もし今回でもあいつが俺たちを殺しにくるなら、ナツキを多少強引にでもここから連れ出す。
俺だって今のところは何度も同じ日を繰り返したくはない。
「……でも、ルーデウスさんになら、大丈夫、なのか……」
「俺がどうかしたか?」
「……死に戻り」
死に戻り、過去転移の別の言い方か。
ナツキからすれば死んで過去に戻るこの現象を死に戻りと呼んでいるのだろう。
もしかすると既に嫉妬の魔女と出会っているのだろうか。
それで嫉妬の魔女を知っているのかとか聞かれるかもしれない。
昔俺もそんなことがあった。
どれだけ年老いてもあの死んだ時の恐怖だけは未だにある。
もしナツキがそういう感じの質問をしてきたのなら、知らないけど絶対にそいつを信用したらダメだし迂闊に人に話すなと言ってやろう。
そう言ってやる準備をしている時だった。
ナツキはよしと意気込むと少しだけ濁った瞳で口を開いた。
「――俺は、エミリアを王にする。そのための、手伝いをしてください」
そして、ゴム人間の兄みたいなことを言ってきた。