君の、名前は――   作:えばんす

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第2話

「はぁ…」

 

何度ため息をついただろう。

自分でもそう思っていると――

 

「本日17回目のため息だね」

「う、うるさいなぁ」

 

向かいに座っている同僚から小馬鹿にされながら回数を教えられる。

でも、回数なんかは関係なくて、もっと大切なものがあって。

 

(立花…瀧…)

 

ため息の回数より何回も思っている名前を心の中で呼ぶ。

こっちこそ、本当に何回呼んだか数えきれないくらいに。

原因はただ一つ。朝に起きたあの出来事しかなかった。

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 

「「君の、名前は――」」

 

「「………」」

 

静寂に包まれる二人。

三葉は焦っていた。

初めてあった人、しかも男の人に話しかけたことに自分自身とても驚いていた。

その上に、どちらも名前を言おうとはしない。

訳の分からないこの状況に、おどおどしながら、ふと彼の顔を見ると自分より焦っているのがすぐにわかった。

しきりに首の後ろ側をさすって、口は開いたり閉じたりしているし、目はきょろきょろと、どこを向いているのか分からない。

 

「ふふっ…」

 

思わず笑ってしまった。

ちらっと彼の顔を見ると今度は真っ赤になっていた。

少し可愛いと思った。

 

「ごめんなさい。黙りこんじゃって」

「いやっ、全然、こちらこそ、あのっ…」

「三葉…宮水三葉です」

 

彼が面白いから、思わず名前を言っちゃったけど、なぜかもやもやした。

初めてあった人なのに、彼に名前を呼んでほしかった。

自分でもおかしいと思った。

それでも、名前を呼んでほしかった。

三葉と呼んでほしかった。

 

でも、言ってしまったことは仕方ない。

彼の名前を教えてもらおう。

そう思ったのに、いつまでたっても名前を教えてくれない。

怪訝に思って、彼を見ると涙目になりながらぼーっとしている。

おかしな人と思いながらも、嫌な気分には全くならなかった。

その感情は理解できてむしろ、嬉しい――そう思った。

 

「君の名前、教えてくれませんか?」

 

彼の反応に苦笑いしながら名前を聞くと、ぼーっとしている自分に気づいたのか、また少し顔を赤らめながら――

 

「瀧…立花瀧と言います」

「瀧…立花瀧くん…」

 

自分の口から彼の名前が溢れていることに気づいた。

でも、それを止めることはできなかった。

そんな些細なことを止めることができないくらい、大きな感情に心が支配されていた。

心に、体中に染み渡っていく。

いつの日からか、ぽっかりと空いていた穴に何かがぴったりとはまる感じが確かにした。

何かが頬濡らしていることに気づきはっとする。

 

「あれっ…なんでだろう…名前を聞いただけなのに…ごめんね?」

「俺も…君の名前を聞けただけで、ただそれだけが本当に嬉しくて…心が満たされる気がして…」

 

また泣いてしまった…。

彼に会った時も、声を聞いた時も、名前を聞いた時も、こんな小さなことで一々泣いてしまい、今度はこちらが顔を赤くしてしまう。

バレないように、ハンカチで顔を隠しながら涙を拭く。

 

でも、彼も私の名前を聞いた時に涙が出そうになっていたことを思い出し、彼と同じ気持ちを抱いていることが途方もなく嬉しかった。

名前を聞く、そんな小さなことが、私にとっては、いや私達にとってはとても大事なこと、何よりも大事なことなんだと理由もなくそう思った。

聞きたいことがいっぱいある。

何から話そうか。

そう思いながら口を開いた時――

 

「やばっ!三…宮水さん!時間が!」

 

彼が真っ青になりながらそう言った。

何を言っているのだろう?

だが、次の瞬間、言っていることはすぐにわかった。

 

「へ…?時間…?うわっ!」

「宮水さん!と、取り敢えず仕事に行きましょう!」

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 

「はぁ…」

 

本日18回目のため息をついてしまう。

会社には、当然の如く遅刻してしまった。

正直、会社を休んででも彼と話していたかった。

でも、あのまま話していてもどちらも混乱した状態で思うように話せなかったと思う。

だから、何を話すか、何を聞くかを考える時間にしようと思った。

 

(立花…瀧…)

 

しかし、彼に関することを考えようとすると、彼の名前が出てきてしまう。

何回も、何回も呼んだ名前。

でも、こうしていないと忘れてしまいそうで、消えてしまいそうで。

連絡先も交換した。

もちろん、名前も登録してある。

スマホを見たら一発で名前がわかるのに。

それでも、呼び続けるのは間違ってはいないと思う。

もう二度と忘れたくないから。

そこで疑問を抱く。

 

(あれ?彼の名前聞いたの初めてやよな?忘れるも何も、初めて聞いたはずやのに…)

 

二度と忘れたくない。

自然に出てきたこの言葉。

一度目はどこにいったのだろう。

不思議な気持ちを不審に思っていると――

 

「三葉ー。そろそろ仕事に集中しないと怒られるぞー」

「あ、うん…わかってる…」

 

上の空で返事をした三葉にダメだこりゃと同僚に思われているとは露知らず、彼のことを仕事中ずっと考えていた。

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