ダンガンロンパX:行け!希望ヶ峰高絶望部 作:二階から牡丹餅
学級裁判の為の証拠品などを再検討するのが、意外と大変な件。
コロシアイ宿泊生活、三日目の朝。
モノクマによって、ホテル棟の館内が水道工事の為に断水し、食堂を除いた全ての水道が出なくなることと、部屋のトイレが断水時間の20時から翌7時にかけて施錠されることが伝えられたこと以外、誰もが口を開かなかった。
昨日から始まった朝食会の会場には、眠そうに眼を擦りながら現れた人間も含めて、全員が参加していた。そんなカツカツと金属と陶器がぶつかり合う音だけが鳴り響いくだけの静寂を打ち破ったのは、千賀元の一言だった。
「ねぇ、折角だから……明日にでも懇親会してみない?」
「……懇親会、だと?」
そんな千賀元の一言に反応したのは英蘭だ。いかにも面倒くさいと思っているのが分かるようなしかめっ面での反応である。そんな英蘭の言葉に同調するように、虎口や櫛名田、喉束も面倒そうな反応を返してきていた。
千賀元は、そんな反応も予想していたのか、一枚の紙切れを懐から取り出してきた。
「……その、これが理由なんだよ。なんでボクの部屋に届けられたのかは分からないんだけど……」
ただの紙切れだと思いきや、たった一枚の紙に書かれたたった一言の文言が僕達に重い沈黙をもたらしてくる。
本当に、たったの一言。文字にしてたったの十文字。『明日必ず殺人が起こる』と言う明らかな脅迫文。どうして千賀元の部屋にこの脅迫文が届けられたのかはわからないものの、確かにこれなら懇親会を開こうと言うのも理解ができる。
英蘭や虎口のような、懇親会が面倒だと言う反対派ですらも納得するような物証。千賀元は、殺人が起こらないように一日中懇親会を開こうと言っていると察したようだ。
「……面倒だが、致し方ないか」
「全員が集まっていれば、そこでの殺人事件を予防できるってわけね」
反対派だった英蘭が、降参とばかりに両手をあげると、千賀元の言葉を擁護するように綿折の言葉が続いた。『超高校級の犯罪者』である彼女が、全員集まっていることで殺人事件を防げると残したことを境に場は一気に懇親会ムードへと変わっていく。
「待て。料理は二人以上で作るように徹底しろ。毒殺でもされたら困る」
「ブレーカーが落ちないように、電気量も調整しておいてね。停電中にグサリ、とかいやでしょ?」
「一人になる時間を無くすのも大事なことだべ。一人になった瞬間を襲われたらひとたまりもないべさ」
千賀元が次々に出てくる要望をメモに取っていく。用心深い虎口が毒殺を警戒して、料理に毒を入れられないように二人以上での料理作成を求めたのを皮切りに、綿折が停電にならないように調整する必要性を述べる。ホテル中の部屋で電気を入れてしまえば電気の使い過ぎで電源が落ちる可能性もあるため、停電を警戒すると言うのも必要なことだろう。
停電ともなれば、その備えのないために周りを警戒することもできない。殺人を起こそうとしている犯人は停電に備えているはずだから、抵抗するもなく殺されてしまう可能性がある。犯人を見つけるのにも苦労しそうだから、綿折の要求も適切なものだと言えるだろう。
前泉が要請していたのは、一人で行動する時間を無くすと言うことだ。勿論、料理をするときは当然のことだけど、それ以外のときであれ、一人で行動をすると言うのは危険過ぎる。殺人事件が予告されている以上、一人で行動をすると言うのはカモがねぎ背負って歩いているようなものだ。どれも守るべき最低限のルールとして盛り込んでも良いだろう。
「……僕もそれに賛成だ。少しでも殺人が起きるリスクを減らすために、それを徹底するべきだろう。朝食会の後から二人組を決めれば、後は基本的に自由でいいと思う」
「んー、いいんじゃない? 折角の催し物みたいだし、今日と明日は食堂なども夜時間に開放しておいてあげるよ!」
一応は全体を統括するような立場になっている僕と、夜時間の食堂の解放権を持つモノクマからの賛成が出たことで、千賀元は安堵したようだった。さっきまで無言であった食堂は、まるで嵐が来たかのような喧騒に移り変わっていく。
「まじっすか! だったら、私が初心者でもできるマジックを教えるっす! マジック大会でもやるっすよ!」
「わ……私も、マジックに挑戦して……みたいです」
「それじゃあ、パンフレットと言うか、しおりでも作ろうかな! そういうの作るの、結構好きなんだよね」
「パトリお飾りしたい! みんなで部屋の装飾をするなんて楽しみなんだよ!」
「料理はわちきに任せるべ! 腕によりをかけて作るべさ」
「超高級旅館の女将が、直々に腕を振るってくれる料理だなんて、これは話題性抜群ですよ! ややや、楽しみですねぇ」
手製のマジック用品を出して参加者を募る手妻と興味津々な喉束、宴会の為の案内状としおりを作ると言う此指、会場の飾りつけをするのが楽しみだと言うパトリ、料理を作ると宣言する前泉とその料理を楽しみにしている朝掛。
度合いは違えど、超高校級の実力者たちが集まっている宴会への期待は持っていると言うことだろう。宴会には興味などないと公言していた英蘭や虎口ですらも宴会の話に聞き耳を立てているのだから。
「それじゃ、娯楽関係は手妻さん。しおりに関しては此指君で、飾りつけに関しては浦白さん。料理は前泉さんを中心に動いていくことにしよう。必要に応じてボク達に仕事を割り振ってくれていいからね」
千賀元が四人に仕事を振り分けると、指定された四人は各々頷いた。早速作業に取り掛かるつもりなのだろう。
今日は二人以上での行動を義務付けることはしていない。脅迫状で指定されている日時は明日だからだ。勿論、誰かが焦って今日中に殺人事件を起こす可能性も否定できなくはないが、皆が警戒している中で衝動的な殺人が起きるとも考えにくい。
入念に準備をしているであろう、明日の殺人事件に警戒を向けている方が有効だろう。僕の他にも鋭い人間がいる。『超高校級の犯罪者』が警戒を怠っていない以上、そうそう殺人事件を引き起こすことはできないだろう。
敵であれば怖い『超高校級の犯罪者』だが、味方となるとこれ以上ないほどに心強いものなのだ。
昼間、特にやることも無い僕は、取り敢えずホテル内の巡回に出ることにした。明日の宴会が行われるのは、朝食をとったレストランだ。
レストランの飾りつけをしていたのは、飾りつけ班のリーダーとなったパトリと、既にパンフレットを仕上げた此指、そして優しそうな笑顔を浮かべたまま折り紙と格闘する綿折だった。ピッキングや殺害方法に精通しているくせして、手先は器用な方ではないらしい。
彼女が作ったと思われる、しわくしゃの折鶴が微笑ましい。
「……何か手伝うことはあるかな、パトリ」
「んー、大丈夫だと思うよ。ここは、泊ちゃんと綿折のおねーちゃんが手伝ってくれるから」
「意外と懐かれているみたいだね」
「ふん、気まぐれよ、ただの」
パトリにおねーちゃんと呼ばれたのがこそばゆいのか、顔を赤らめて視線を逸らす綿折。手元が狂って折鶴の首がぽっきりと折れてしまっている。
にこにこと笑顔を浮かべながら、パトリは綿折に向かって手を振っているし、此指はそんなパトリを温かく見守っているようだった。三人兄弟と言われてもしっくりくるような雰囲気を醸し出せるのは、パトリの純粋さと年下ゆえの可愛らしさなのだろうか。
「……これ、あげるわ。失敗しちゃったし」
「そんな失敗作、貰っても嬉しくないんだけど……」
パトリが此指の視線に気づいてわーわーと騒ぎ出したところで、綿折が僕の隣に近づいてきた。気恥ずかしさで失敗してしまった、首の折れ曲がった鶴を僕に押し付けるためだったようだ。
正直に言えば、微笑ましくはあるけど失敗作を押し付けられても困るのだが、綿折はそれをひっこめることはしてくれないようだった。
「……後で、脱衣場で開いてみて。今朝の、犯行予告の続きかもしれない」
困った顔を浮かべる僕に顔を近づけて、監視しているであろうモノクマに聞こえないように囁いてきた綿折。彼女なりに他の仲間を守ろうとしているのだろう。
「分かった。……いざとなったら力を借りるけど、無理だけはするなよ」
「外で待っている家族の為にも、ここで死んでやることはしないわよ。それに……あんな気のいい連中が死んでいいはずないじゃない」
彼女がパトリと此指を見つめる視線は、本当に優しいものだった。彼女が犯罪者になってしまったのにも、きっと理由がある。彼女は本来、心優しい善の人間なのだと僕にははっきりとわかってしまった。
彼女は警察の敵である犯罪者だ。それも、世界中の警察組織から目の敵にされている超級の犯罪者。僕と彼女の道は交差することは無いだろう。
それでも、僕は彼女をかばいたいと思ってしまう。彼女の眼は、何か大切なものを守っている人の目だったのから。
昼過ぎの脱衣場には、手妻と喉束、朝掛の三人がいた。脱衣場には何故か監視カメラも存在しない。モノクマにしても中の状況をのぞけないため、モノクマに何かを隠し事をしたいときにはこの場所を用いるしかない。
とは言っても、手妻や喉束は別に隠し事をしているわけではない。どうやら、明日のマジックショーに備えて、喉束にマジックを手ほどきしているようだった。
「おっ、お巡りさんじゃないっすか! お勤め、ご苦労様っす!」
「結構皆さん物好きみたいですよ? 喉束さんは意外とスプラッターが好きみたいでして……」
「ち、違います……! 私は、此指さんみたいに吸血鬼にあこがれたりしていません! た、ただ……人体切断マジックを、してみたいな……と」
手妻が用意したのか、あるいはモノクマが用意したのかはわからないが、人体切断用のボックスと思われるものの中にマネキンを入れ、喉束が練習を重ねているところのようで、朝掛はスクープとでもしたいのか、その姿を懸命に写真に収めていた。
朝掛としては、カメラマンは本来彼の持ち分ではないそうだが、意外とこなれているのか、デジカメに映った喉束の懸命な表情は、一面記事を飾ってもおかしくないものだった。
個人的には、胡散臭い彼が撮った写真と聞くと、三流ゴシップ記事にリークされそうで怖いところでもあるけれども。
「あ、そうそう! お巡りさんは、まだ吹雪のマジック見てないっすよね? コインをペットボトルの中に入れるマジックでも見ていくっす!」
彼らがワイワイとやっている横で、静かに折鶴の中身に目を通そうとしていたところで、手妻に思考を遮られる。どうやら、全員に見せたマジックを僕にも見せたいようだった。
確かに、急いで確認しなくてはいけないものではないと綿折には言われていたし、殺人事件が起こるのは明日の筈だ。折角の『超高校級の奇術師』のステージを見逃すわけにはいかないだろう。
「……分かったよ。折角だから楽しませてもらう」
「うんうん、お話が分かるっすね! さて、取り出したるは何の変哲もないペットボトルで御座います!」
手妻が取りだしたのは、蓋の青いペットボトルと500円硬貨。ペットボトルの入口に比べても、500円硬貨のが大きいため、確かにこのまま入れると言うのは不可能なことだろう。
手妻が差し出して来たペットボトルを隅々まで観察する。タネも仕掛けもありませんと言う証明なのだろう。
確かに、彼女が差し出して来たペットボトルにはタネも仕掛けも無いと言って差支えがないものだ。500円硬貨も同様、隅々まで見てもタネが見えてこない。素人に見破れるほどのタネではないと言うことなのだろう。
「……ふふ、もうギブアップっすか? それじゃ、入れちゃいますよ? 入れちゃうっすよ?」
少々卑猥な口上で、手妻のマジックは完成していった。コトンと音を立ててペットボトルに吸い込まれていく500円玉。どうやって入れたのかもわからないままに、すんなりと硬貨が吸い込まれていった。
舌を巻くしかない。たかがコインマジックだと侮っていたが、観客である僕に堂々とその手腕を見せつけながらマジックを実行するなんて信じられなかった。そして、簡単なマジックであるはずなのに、彼女のタネを見つけることが出来なかったことにも驚いた。
「……すごい、ものだね」
「当たり前っすよ! 私は、これで世界中のお客さんを笑顔にして見せるんす!」
マジックを前に唖然としている僕に、手妻は自信満々にふんぞり返りながら、胸を張ってそう答えた。彼女なら、世界中の観客を笑顔に出来るマジックを繰り広げてくれる、僕はそう確信できた。
だからこそ、殺人事件なんて起こさせてはいけない。こんな素晴らしい才能を、世に出る前に奪うような真似、許してはいけないんだ。
「あ……、そうだ、言っておくんすけど、私の道具を勝手に捨てたりしないでほしいっす! 特に、このペットボトルは私が幼いころから愛用してきた道具なんすから!」
彼女の使っているペットボトルは、頭部が透明になっている種類のものだ。確かに、青い蓋で頭部が透明のペットボトルは彼女が持っているものだけだし、気を付けておけば誤って捨ててしまうと言うことも無いだろう。
手妻の言葉に了解と返して、僕はマジックショーに背を向けた。ここで楽しい時間を過ごし続けるのもいいが、まだ二階の様子を見ていない。
僕はこっそりと折鶴を開いて中身を確認すると、二回へと駆け上がることになった。
折鶴には書きなぐったような文字で、一文だけ記されていた。「二階に、人を殺せる凶器がある」と言う、一文だけが。
二階にある大きい部屋、休憩室の内部には金霧と舞鳥の二人がいた。二人は、休憩室に備えられている冷蔵庫の中に補充されていたジュースを飲みながら、文字通り休憩しているようだった。
「あ、黒星君、お疲れ―! どう、皆の様子は?」
「……体調、崩している人はいませんか?」
昨日の朝は顔色が激しく悪かった金霧も、今日になれば幾分か回復しているようで、お茶の入っているペットボトルを口につけて喉を鳴らしている。
隣で元気いっぱいに問いかけて来た舞鳥は、コーラを一気に飲み干すと、別の炭酸飲料のボトルをこちらに投げよこして来た。
「……アメリカの、炭酸飲料?」
投げよこされた炭酸飲料は、アメリカのものと思われるデザインのものだった。パッケージの文字が英語であることから判断したため、もしかするとイギリスやシンガポールのものかもしれないけれど。
それにしても、日本以外の飲料水が置いてあると言うのには驚いた。モノクマはどうやってこんな飲料を補給しているのだろう。
「こっちは中国のだし、あっちは多分韓国の。これは……どこのだろう?」
「それは恐らくギリシャのだと思いますよ。……仕事柄、見たことがありますので」
彼女たちが色々と漁っているみたいだが、置いてあるペットボトルは種類によって蓋の色が違うみたいだった。炭酸飲料の蓋の色は白、お茶類の蓋の色は青に分かれている。これなら、名前が分からなくても炭酸かどうかの判断がつくと言うのは、モノクマなりの配慮なのだろう。と、そこまで分析してから、彼女たちが質問をしておきながらそのことをまったく気にしていないことに気付く。
質問を投げかけておきながら、勝手に話を進めている二人に頭を抑えながらも、僕は他のグループが順調であることを伝えておく。彼女たちはどうやら料理班に分けられたようだが、まだ作るまで時間があるからか、今は休憩を言い渡されているのだそうだ。
「んふふ、明日の宴会、楽しみだよね! 私も踊りを披露しちゃおうかな?」
「……そ、それなら私も、折角なので持ちキャラを生ボイスで」
彼女達は彼女達で、宴会を楽しみにしている。そんな彼女たちの楽しみに不安をかぶせたくなかった僕は、二階に凶器が隠されていることを伝えられなかった。
新体操選手と声優と言う二人の超高校級の才能を目の前で見ることが出来るとなれば、僕としても楽しみでないはずがない。明日の宴会に水を差すことはできなかった。
休憩所に凶器がある可能性も否定はできなかったが、ぱっと見て鈍器や鋭利な刃物、紐の類は見つからない。一抹の不安を残しながらも、僕は二階を後にすることしか出来なかった。
夜。モノクマのアナウンスによって、夜時間が言い渡されたころには、まだ宴会場と食堂の中に全員が揃っていた。最年少のパトリも同様であったが、夜時間は午後10時に始まる。
まだ幼いパトリにとっては、既に眠くなってしまう時間だった。
「……すまないが、パトリを部屋まで送ってあげてくれないか?」
最初にパトリの異変に気が付いたのは薬仙だった。医療従事者と言うこともあって、人の行動の機微には敏感になっていると言うことだろう。
パトリの異変と言っても、病気がどうこうという問題ではない。単純に、パトリがうつらうつらと舟を漕ぎ出したのだ。流石に彼女をこのままここで寝かせておくわけにもいかず、僕が彼女を送っていくことになった。
「何、此方の準備は妾達に任せよ! 滞りなく、終わらせて見せようぞ!」
飾りつけ班の一人、櫛名田はミシンを器用に動かしながら飾りつけ用のクロスを作っているところだった。小さい身体で必死に指揮を執っていたパトリを、彼女がねぎらうように撫でると、パトリは嬉しそうに目を細める。
「それじゃ、お巡りさん、いこ?」
すでに半分眠りの淵に入っているパトリは、僕の腕に抱きついてきた。本能的に眠りやすいスペースを確保したいかのように。
僕が抱き上げると、パトリはすーすーと鼻息を出しながら、すぐに眠りについてしまったのだ。本当に疲れていたのだろう。こんな状態だと言うのに、ぐっすりと眠ってしまっている。
「……それじゃ、僕はパトリを部屋に送り届けた後は部屋で寝ることにするよ。明日に備えないといけないからね」
「はいはーい! おやすみーっす!」
今日の宴会準備を早めに切り上げ、明日の一日気を張り詰めていなければいけないからこそ、僕は皆より先に就寝することになっていた。パトリを連れていくがてらに僕も体を休めてしまった方がいい、と考えてのことだ。
実際、手妻を筆頭に準備に熱を込めている皆は明日の大変さを知っているからか、僕が就寝に移ることを咎めることもなく送り出してくれた。
「あー、えーっとさ……ちょっとだけ、いいかな?」
僕が宴会場の外に出たところで、僕に声をかけて来たのは意外なことに此指だった。他の人には聞かれたくないのか、廊下を歩きながら伝えたいことがあると言う。
此指の視線が時折パトリの方を向いているのは、彼が伝えようか悩んでいる事柄にパトリが絡んでいるからなのか。それとも、単純にパトリが起きていたときに聞かれたらどうしようと言う心配なのかはわからなかったが。
宿舎に上がるためのエレベーターホールに着いたところで、此指は一つだけ伝えたいことがあると、ようやく重い口を開く。
「その、さ。……僕は、『超高校級の幸運』なんだけど……実際は、身近な誰かが先に不運を受けるんだ」
此指が伝えたかったのは、自分の才能におけるコンプレックスだった。彼の合格が決まったとき、彼の祖父が突然死をしてしまったとのことだ。
彼が何かしらの幸運を受け入れる時、身近な誰かが不運を受ける。それが此指にとって不安なことのようだった。
「……ここで一番親しいのは、他でもないパトリだ。もしパトリに何かがあったら……僕は自分が許せなくなると思う」
パトリを自分の妹のように扱っている此指だからこその葛藤。パトリも、本当の兄を慕っているかのように、此指には懐いているようだったから、ある意味では当然なのかもしれない。
此指の言いたいことは良く分かった。彼がいつ幸運を受け入れてしまうかわからないこそ、僕はパトリに気を配り続けてやる必要がある、ということだ。
パトリが不運に巻き込まれないように。この宿舎においては、事件に巻き込まれないように、と言った方が正しいだろうが。
「……任せておいて。パトリのことは、責任を持って守り抜くよ」
「ありがとう。やっぱろ、黒星君に相談しておいて良かったよ」
これが、僕と此指が交わした、この日最後の言葉だった。
次の日の朝。
やけに扉を揺する音が聞こえてきていた。ついでインターホン。まだ午前七時くらいだと言うのに、異常に慌ただしい。不審に思い、僕が扉を開けると手妻がなだれ込むようにして入室してくる。
「た、た、大変っす! 二階の、二階の遊戯室で!」
顔を青ざめさせた手妻の一言に、僕は何が起こったのかを悟った。先導する手妻の後を急いでかける。確かに殺人予告には、今日中に殺人事件が起こると書いてあったが、まさかそれが明け方に起こるとは思ってもいなかった。完全に僕の失態だった。
遊戯室には、既に朝掛がスタンバイしていた。記者として常に身に着けているカメラで、現場の写真を撮っていたのだ。
「……誰が、死んだんだ?」
「さ、流石にまだ見ていませんよ。その、死体がありそうな場所は血まみれで……」
珍しく顔を青ざめさせていた朝掛は、流石に遺体を直接見ることはできていないようだった。朝掛の言う通り、遊戯室の中央に置いてあるマジックボックスからはおびただしい量の出血が確認でき、床に垂れてしまっていた。
そのせいか、周辺が血まみれになってしまっているのだ。
「お、お巡りさん! な、何かあったの……? ぱ、パトリも目が覚めちゃって……!」
僕がマジックボックスのふたを開けようとしたところで、同じく目が覚めてしまったのだろうパトリが、最悪のタイミングで部屋にやってきてしまった。
彼女に、こんな凄惨な場面を見せることはしたくなかった。出来ることなら、他の夜勤組と同じく、もう少しだけ眠っていてほしかった。朝になるまでの残り一時間分くらい。
だが、もう遅い。僕は、既にふたを開けてしまったのだから。
「……そ、そんなことって」
「本当に怒ってしまうとは思いませんでした……」
「たちの悪い悪戯で済めば良かったんだけど……」
マジックボックスの中に収められた一人の遺体。彼の遺体を見てしまった僕達三人の反応はそれだった。出来ることなら、それが嘘だと信じたかった。
本当に殺人事件が起こるなど、信じたくはなかった。だが、その事件は実際に起こってしまったのだ。
「……ふぇ、こ、此指ちゃん? こ……この、此指ちゃんが! 此指ちゃん! ねぇ、嘘、嘘だよね! 此指……おにいちゃ、んが……」
僕達に遅れること五秒ほどで、パトリもマジックボックスの中身を見てしまった。
パトリにとっては、僕達よりもはるかに大きなショックを受けていることだろう。マジックボックスの中に入っていたのは、腹部を半分ほど切断され、おびただしい量の血の海に沈んで変わり果てた、此指泊の遺体だったのだから。
『死体が発見されました! 一定の捜査時間の後、学級裁判を開きます!』
そして、パトリの絶叫が始まるかどうかのところで死体発見アナウンスが鳴り響く。
もう、後戻りはできない。
中途半端になってしまった約束を、改めることはもうできない。今僕にできることは、死んでしまった此指の無念を晴らし、この事件を引き起こした犯人を見つけ出すことだ。
それしか、無実の人間が生き延びる方法はないのだから。
さてと、次回から【非日常編】です。
一応、第一章と言うこともあって、犯人は捜査段階で分かる……はずです。
少なくとも、誰が怪しいのかまでは分かるのではないでしょうか。
では、捜査編、学級裁判編とお楽しみください!