レイカ像製作から4日後、カトレアは休みにも関わらず、学校へ入り浸っていた。
スケッチと設計図のようなものを組み合わせた図面の通り、水刃を使い少しずつ削っていく。
完成していくその像の服は、木像とは思えない柔らかな感覚がある。スカートを覗くとわかるが、裏地のミシン目やパンツの模様に至るまで再現されている。
水の流れる音と、木の削られるチリチリという音だけが部屋の中に響く。
「ふぅ・・・」
後は顔だけだ、とモルゲッソヨのように頭部から胸元あたりまでが丸みを帯びた楕円形になっているのを確認する。
「お疲れ様です」
そう労いの言葉をかけてきたのはレイカだ。
彼女の手にはコンビニのロンリーマートのレジ袋があった。
「差し入れです」
「あ、ありがとう」
受け取るとそれはカフェインがかなり入っている作業向けのエナジードリンク、オセアニアドリンクだった。
大体のオセアニアドリンクは苦手なのだけど、とパッケージを確認するとフルーツっぽい味わいで唯一苦手でない赤色だった。
こういうところで気がきく辺りは本当に委員長らしくて好意が持てる。
「幾らだった?」
「オイオイ、差し入れにそういうのは野暮って奴だろ?」
そう言ったのはリュート・D・ブレイブだった。一つ前に作った像の人物でもある彼の逆立った髪は、作る側から言わせてもらうと中々難しかった。
廊下をこちらへ歩いてくる彼を見る限り、レイカと一緒に来ているというわけではなく、ただ単にちょうどタイミングがあっただけなのだろう。
「・・・うちのクラスは案外暇な人が多いのね」
「ひっでえ言い草だな。俺のも作ったって聞いたからどんな腕前か見に来てやったのによ」
まぁ、作る時のモデルやった覚えはないけど、と笑う彼に冷や汗をかく。
そう、私は彼の像を作る時には許可を取っていない。つまり肖像権で訴えられれば私は都市内の法廷へと即座にドナドナされ、少ない貯金を吹っ飛ばされるわけである。
まさに龍の前の鼠(こっちのことわざ)というものだ。
「あ、そうだ。俺の見せてくれよ」
「え?今はレイカを作ってる途中なんだけど」
「私もリュート君の木像また見たいです!」
「・・・わかったわよ。出すからちょっと待ってもらえる?」
本人に訴えるつもりはなさそうね・・・。よかった。
生徒手帳の収納機能から、工芸品ファイルを開いて出す。色のつけられていないその像は写真で作っただけあってか、レイカの像と比べるとできが悪いように思える。
「君、色をつけるのはできないんだね」
「「⁉︎」」
「どっから湧いて出たのよアンタ」
突然リュートとレイカの背後から会話に参加したダ・ビンチに、二人は驚いて振り返り、カトレアは呆れている。
「で、何の用よ?」
「ははは、君の色気のない像に色をつけてあげようかと思って」
「あれ?リュート君の作ってた時いましたっけ?」
「・・・今考えたでしょ?」
「さぁ、どうだろうねぇ?」
「疑問文に疑問文を返すな!」
「あんまり怒らないでくれ給えよ。小皺が増えるよ?」
まぁ、そのままでも私の美貌には敵わないだろうけどね、と息巻くダ・ビンチに像を投げつける。
「色をつけるなら勝手にしなさいよ」
カトレアは捨て台詞を吐くとオセアニアドリンクを一息に飲み込み、作業へと戻っていった。
そんなことがあった真夜中-
「はぁ!はぁ!」
少年は怪物から逃げていていた。
白銀の糸くずを頭につけた怪物は悲鳴を聞いてその口を歪ませる。耳元まで大きく裂けたその口からは変わらず地響きのような、瓶の底を指で弾いたような低いながらも耳に残る声が溢れている。声は壊れたおもちゃのように繰り返す。
『待ちな、サイ、マチナサ、イ、待ちなさい待ちなさい待ちなさい待ちなさい待ちなさい待ちなさい待ちなさい待ちなさい待ちなさい待ちなさい待ちなさい待ちなさい待ちなさい待ちなさい待ちなさい待ちなさい。マヂナザイ』
必死に逃げる少年の背後をひたひたとついてくる怪物。窓の外からは歪んだ人影の群れが彼を嘲笑っている。
走る、走る、走る、走る。
だがー
「行き止ま、り⁉︎」
ー袋小路のような作りの廊下の端へと来てしまったのだ。もう逃げられない。もう逃さない。
『ツーかマーエたぁ♡』
足を、腕を、殺すためでなく痛ぶるために、何度も何度も繰り返し針がさし穿つ。
刺された場所には傷跡と痛みだけが残る。
足からじわじわと体を這い上がる痛みの数々と傷跡は呪詛のようでー
嘲笑いさし続ける怪物は悪魔のようでー
窓から人影の覗くこの場所が檻のようでー
何もかもが嫌いになりそうで。首まで続く傷跡の群れを顔も続けようとして、白銀の悪魔が針を振り下ろす。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁッ⁉︎」
-目が覚めた。
少年-メア・ナイトマイトは、魔術で深層心理を睡眠中覗いてしまう。
彼の魔法具である枕の暴発に近い魔術の発生は彼自身にはあまりコントロールできないらしく、今日のようにとんでもないものを覗いてしまうことだってあるのだ。
汗が酷く落ち着かないので、夜風に当たってくることにした。
「・・・また嫌なものを覗いてしまった」
寮の中庭のベンチに座り、自販機で買った飲み物を飲む。
ちょっとした庭園のようになっているそこは、昼は皆が集まる人気スポットでかなり落ち着く。
「あら、珍しいわね。私以外がこの時間帯にここにいるなんて」
コツコツと靴の音を鳴らし、近づいてくるのを感じる。
蛍光灯に晒された白銀色の髪といい、顔立ちといい、先ほどの悪魔を連想させてやまない。
「・・・確か、Cクラスの?」
「マリアよ。よろしく」
ベンチの横に座り彼女は言う。
「何かあったの?顔色すごい悪いわよ?」
「今日はちょっと悪い夢を見ちゃってね」
「そう」
自分から聞いた割には素っ気なく返す彼女。
それから少し話していると、すっかり夢のことは忘れてしまっていた。
何時の間にか飲み終わっていた僕の飲み物の缶をゴミ箱に投げ入れたマリアは寮へ帰っていった。
龍の君「お〜、色つけすげぇなぁ」
委員長「(い、色よりもリュート君が近い方が気になって⁉︎)
万能たる美しき人「次は龍を塗ろうか」
龍の君「おぉー!」(ガシッ
委員長「(南無三南無三南無三)」
水の彫刻師「(委員長大変ね)」