6月8日、本文テキスト追加
CクラスだけでなくAクラスでも国語科からの厳しい課題が出た日の放課後、ロードは学園からそのまま喫茶店であるシュレディンガーへと向かっていた。
それは今日貧乳同盟内での会議の約束のためである。二人しかいないが毎週水曜日にはこうして集まることで名前だけでなく立派な会議として成り立っていることがわかる。
第一回の議題は『巨乳ランキング表の作成に関して』で、異様に素早く作られたその表を元にトップクラスのFカップであるエレインや西湘院先生を中心にアンリエッタやカイザなどきっちりとバストサイズがランクされていた。トップバストだけでなくアンダーバストの差で決めている辺り相当ガチである。というか何故知っているのか、どうやって調べたというのか⁉︎
ちなみに今回の議題は次の6月の試験で巨乳に負けない為の勉強会である。現・アグラヴェイン卿が授業予定などを決めているこの学園では今年の生徒はできがいいとしていつもに増して難しい問題となるらしい。この情報のソースはCクラスのマリアである。
さて、そんな同盟での会議を解説しているうちに、ロードは喫茶店へと着いた。
カランコロンっ!と入り口の木の扉に付けられた錆びたような色のベルが心地いい音を響かせる。店員に事情を話して先に席に座っているであろう彼女の元へと向かった。毎週のことだからか店員の手際が良くて助かる。
「J・・・お待たせしました」
「遅かったですね、L」
怪しげな黒いワーカーキャップを被り、帽子と同じ色で縁の白いマフラー、ジャケットなどを着込んでおり、極め付けに謎のヒロインJと大きく書かれた体操着を付けた彼女に、全くもっていつもよくやるな、と思うと同時に何故か妙にしっくり来るとも感じる。
本人曰くヒロインの正装であるらしいが、もっと胡散臭いものの正装に違いない。
コーヒーと少しのお茶請けとしてショートケーキとチーズケーキを注文すると、互いに教科書やノートを出して勉強会を始める。と言ってもロードの方はいつものように教科書を何度か読み通して書くだけで、専ら教える側に自分から回っている。まぁこれは、ロードが異様に賢いからこうなっているというだけなのだが。
ちなみに二人とも教科書の偉人の中であっても巨乳の人物の顔は塗りつぶしてある。
「J、そこ間違ってますよ。魔女狩りの最初の対象は愛の魔女メイビスで合ってますが、人理の華の結成は12月・・・」
「ありがとう御座います」
そうして、彼女らの放課後は更けていく。
寮の門限である7時には着くように6時ごろには喫茶店を出た。
「L、今日はありがとうございました」
「別にジルの為じゃなくて・・・巨乳に負けない為、だから」
ロードは珍しく少し照れくさそうにして、彼女の為ではない、と嘯いた。
「よろしければですが、今度の休みも集まりませんか?」
「・・・集まりましょうか」
夕日に照らされた二人の影は仲良く並んでいた。
次の日、職員室にはアナスタシア先生の姿があった。
「ペンドラゴン先生、風邪は大丈夫か?」
そう声をかけたのシグルド・アーディガン先生だ。自分から滅多に話しかける人ではないのだが、いつもは周囲が全員ダウンしてても来る彼女が来ないことで酷い熱なのでは?と心配したのだ。
マスクを少し下げ、彼女はすこしくぐもった声で答えた。
「ああ、私はもう熱は下がったし寒気もない。だが喉の調子がどうにも悪くてな」
苦笑いするアナスタシアにシグルドは安心した様子で席へと戻っていく。
それを見届けると彼女は教師用のタブレットを開いて昨日の休みの人数を見た。
やはりかなり多い、今日も何人かの生徒が熱を出して事前に休みを伝えていることなど考えると減るのはまだ先だろう。
確認を済ませた彼女はタブレットなどを脇に抱えホームルームの為、職員室を後にした。
その頃教室の方では、今日もアナスタシア先生が休みかどうか、なんて本人にバレたら礼儀がなってないとしばかれるのが目に見えている賭けが行われていた。
「オレは休む方にbetするぞ!」
「私もそっち、入れる」
休む方へは朝から鬱陶しいぐらいハイテンションなボルボ・リマックスが入れ、アホ毛をぴょこぴょこと揺らしながらスピルナ・バルバジェットがそれに乗る。
「賭けはやめておきませんか?先生が本当に来たら怒られますよ?」
そう言って調停に入る素振りを見せるヨハン。その様子に隣に座るフォード・アルバトロスが笑う。
「ちゃっかり自分は休まない方へ賭けてるくせによぉ?」
「・・・まぁね」
ちなみに彼も休まない派である。
賭けの話が始まった時刻が現在8時13分。いつもなら先生が来るのは25分頃であるために20分である今は勝負としても時間的にも5分である。
そういえば、とフォードが言う。
「なぁなぁ、皆んなあの国語の課題ってどこまでやったよ?」
「私は最初の方調べながらやりましたけどまだまだ終わりは遠いですね、お二人は?」
ヨハンの言葉に視線をサッと逸らすスピルナとボルボ。そんな二人の様子にフォードは苦笑いしながら聞く。
「もしかして全くやってないのか?」
「・・・titleはクリアしたぜ」
「同じく・・・」
「つまり本文の方は全くやってないんですね?」
「そうとも、言う」
「「「・・・」」」
二人の酷い言い逃れに微妙になる空気。ちょうどその時、壊そうとしているかのような勢いで扉が開けられた。ペンドラゴン先生が来たのだ。
その破砕音にも似た戸の音で休まないに賭けたフォードが勝ち誇る。
「よっしゃ〜!俺らの勝ちだな!」
「Noooo⁉︎」
「そういえば・・・賭けの内容って、何だったの?」
「ん、知らないのですか?負けた側が勝った側に食事券何でも一枚奢る、ですよ」
ちなみに自腹で、という言葉が続いた時に最近金欠気味だったスピルナが顔を青くするが時すでに遅し。事前に何を頼むかを決めていたフォードに最高級のケーキセットを奢らされるという事実を、ただ緩い悲鳴をあげて受け入れさせられるのだった。
それを遠目に槍の少女はアホなことをしているなぁと一時間目の用意をするのだった。
8時半を告げる鐘の音が鳴り、HRをペンドラゴン先生が始めようとした瞬間、扉がまた開き、異常がハッキリとわかった。
「遅れてすいま・・・え?」
無属性の槍使いジルの姿が合わせ鏡のように教室と廊下に並んだのだ。
はてさて、並ぶ姿に惑う人々、少女は自身の姿似にどう動くのか、自分自身をどう証明するというのか。
これより幕の上がるは幻の怪人の物語。
騙り語られ継がれていく現のお伽話である。
Aクラスでは酷く険悪な雰囲気が流れていた。それは、隣り合って座らされている2人のジルのせいである。ちなみに頭に大きなたんこぶができている方が遅れてきたジル。たんこぶの理由は単純、偽物だろうが遅れた生徒には罰が必要だというアナスタシアの判断により拳骨が落とされたからだ。
そんな中アナスタシアは、校長へ二人のジルに対応のためデバイスから連絡をしていた。
「・・・では、結局どうしろと?」
『うん、適当に対処してくれ給え』
「いや、だからドッペルゲンガーの対処法をきいてー」
『大丈夫、大丈夫。君が思ってるよりも「その子」は悪いモノじゃないさ。それに何でもかんでもボクが答えてしまったら面白くないだろう?』
「いや、これは面白い面白くないなんて話ではなく!」
『まぁまぁ、そんな授業なら生徒達も絶対楽しめるさ!それじゃ、寝るから』
ブツリッ!会話の途中、一方的に切られたアナスタシアの顔から一瞬表情が抜け落ちる。次の瞬間、教師用デバイスを投げ捨て、疲れた雰囲気でユラリと生徒たちの方へ向き直る。
先程までの無表情とは打って変わり、その口角は不気味なまでに釣り上げられている。そしてもちろんその目は笑っていない。
「・・・ふふっ、ふ、ふふっ、私が、私が解決するから、安心しろ生徒諸君・・・」
(「「「「「苦労してんなぁ」」」」」)
流石に少しは校長が気を利かせてくれたらしく、Aクラスは実質休みに近い状態でどちらが本物のジルかを見分けることとなった。
そこでまず始めに上がった案、それは『魔力測定』だ。
入学試験時には受験者全員が受けたそれは起源を遡れば、むしろその人物が本人かどうかを判断する為騎士王が魔導師達に作らせた装置である。固有属性も含めて、『火』や『水』といった基礎属性でさえ誰もが同じものであるわけではなく、その個人の思想や意思によって大きく変わるのだから、今回のような偽物であれば必ずそういう類の属性を持っているはず。ならばこうして見分けるのは簡単!
そのはずだった・・・
華奢な破裂音がそこにいるAクラスの生徒人数とは釣り合わない広さのアリーナの空間に響いた。
「入学試験の時もそうだったじゃん」とは誰の呟きだったか・・・。
魔力測定が始まり、二人のジルがその魔力を測定用の水晶に注ぎ始めた途端、水晶が注がれた魔力の量に耐えきれず爆発したのだ。
破裂した水晶の破片を集め、床に刺さったものを引っこ抜きながらアナスタシアは言う。
「・・・これでダメか、なら仕方ない。校長の意見に従う他ないな。誰か意見があるものはいるか?」
数人の手が勢いよく挙がる。その中でも早かったリヒャルドが意見を出す。
「いくら偽物といってもさすがにあの胸の薄さは再現できn」
「「逝ねッ‼︎」」
意見を正面から聞いていたジル2人からの鋭い蹴りが左右から首を見事に捉える。彼は白目を剥き、泡を吹いて気絶した。
「うわー、容赦ねー」
「・・・息ぴったりね」
アナスタシアは2人を一応、と呼ぶ。
「念のためだ。保健室で測定するからこっちへ来い、1号2号」
「⁉︎先生、その、1号2号というのは?」
「たんこぶのある遅れて来たほうが2号、先にちゃんと来ていたほうが1号だ」
「・・・なるほど」
「そんなことよりも、とりあえず来い。本来は急患用だが、ある意味急患だし構わんだろう」
気絶しているリヒャルドを恨めしげにひと睨みし、ジル達はフィールドの転移装置の光に包まれていった。