…………み…………
………………け……
…………みつけた…
………………………
本堂家は現在ゾンビパニックだった。家中にゾンビが押し寄せ、家の住人達はゾンビ退治に追われていた。
「おあああああ」
お圭が叫びながらゾンビを斧で両断する。お圭は本堂夕乃の忠実な部下であり、現在夕乃の行方を見失い、半狂乱に陥っていた。
「しねええええ」
手当り次第に斧で首を両断してゆく。お圭は自分でもわからずはしり、気がつけば何処かの和室にいた。ここは確か白狼の間だった。彼女はふと天井を見上げた。何者かの気配を察知したからだ。そして笑みを浮かべた。
「お幸どのぉ。」
お圭は天井に張り付いた老婆に話しかけた。この奇怪な老婆はお幸。天性の踊り子であり、また自身を踊り手であると信じて憚らない。しかし、その踊りは本堂家との交流を経て人外の魔術と化しており、こうして特に何の支えもなく天井に張り付く事も彼女にとっては列記とした踊りの一貫である。
「麻美乃お嬢様のダンス指南役であるあなたがなぜここに?麻美乃様をお守りしなくてはならないのでは?」
「私はピコピコ動画に踊ってみた動画をアップしてみました。」
お幸は何か言い出した。
「ワッツ」
お圭が狼狽する。
「数ヶ月前から動画の視聴者数は順調に伸びています。今や私はちょっとした有名人なのですよ。」
お幸は自慢した。お幸はこういった場の空気を無視して無理矢理和んだ空気に持って行くタイプのマイペース人間だった。いわゆる萌えキャラである。
「やはり私はダンスの世界で生きる人間。というより今は生放送中なのです。」
お幸の発言を聞いてお圭は机の上に置かれたパソコンを見た。知らなかった。お幸にそんな趣味があったとは。どうりで最近生き生きとしていたわけだ。インターネットは世界を繋げるのだ。老後の楽しみとしてもかなりいい趣味してる。
「これ放送事故じゃないの。」
お圭が言う。お圭は斧を振り回しながらゾンビを退治して行く。
「人生そう言う事もありますよ。あなたもあと二十年もすればわかります。」
お圭は60代だ。今だその気性荒々しく老成には程遠いと少し悩むお年頃である。だが、この時ばかりはパソコンの画面を覗き込んだ彼女も狭い島で争う事の愚かさを自覚した。世界はこんなにも簡単に繋がるのだ。後日二人の放送事故はネットを通じて世界中に知られる事になる。
客間跡では、本堂夕乃がジェットエンジン付き長刀を振り回していた。
「しねええええ。」
彼女は荒引博士の帰りを待っていた。だが、いくら待っても荒引は来ない。彼女は理解していた。荒引は最狂の剣士美濃一と相討ちになったのだと。ならば自分がする事は日常生活に帰る事だけ。
「うおおお悪霊退散っ!」
その時彼女は見た。林の中から駆けてくる少年の姿を。彼はその昔、寺内町の暗黒夏祭りで見た者の姿では無かったか。自らもまた幼少の時、お互い暗黒夏祭りで島の住民を殺して駆け抜けた荒引二水衛門の雄姿ではないか。ならば自らに迎えが来たのか。
いや、違った。林から出て来た子供は女物の着物を纏っている。
「お由ではないか。」
夕乃は叫んだ。とにかく叫んだ。
「母上。」
着物の子供もまた叫んだ。この者の名はお由。本名を由一と言い、彼こそは荒引博士と本堂夕乃の子であるが、男から女になった。
「ゾンビがおります。」
お由は言った。泣いているがこれは油断させて殺しにくる罠なので警戒が必要だ。それさえ看破すれば暴力に訴えて脅しながら接すれば差し支えない。
「おお、安全な場所に行こうな。」
夕乃は火炎瓶を投げた。ゾンビ達が燃え上がり、こちらに突っ込んでくるが、それすらも長刀で両断してしまう。
「姉上の子、姉上の麻美乃がいなければお主が当主であったものをなあ。」
「私は女の道に生きる人間。」
由一は冷たく言い放った。
話題の麻美乃は金庫にいた。金庫には本堂麻美乃と山岡修造、そして座禅を組む一郎丸藤正。外にはゴリラと幼女とおっさんと十一面観音のゾンビが。十一面観音ゾンビは口を開いた。
「あーうー」「あーうー」
「あーうー」「あーうー」
「あーうー」「あーうー」
「あーうー」「あーうー」
「あーうー」「あーうー」
「あーうー」
十一回言った!流石は十一面観音ゾンビだ。
「あれをどうする。」
修造は言った。今、金庫には殺戮者の藤正老。外にはゾンビ達。内憂外患とはまさにこのことである。
「誰かが囮になって何か逃げるとか。」
麻美乃が言った。適当極まりない提案だ。
「もうちょっと真面目に考えてくれ。」
「どうしろって言うのよ!」
麻美乃は突然キレた。
「なんだその、これでも私は自己防衛法くらい理解してますよ、そんな私に喧嘩を売るのですか?みたいな感じのアレは。それでも魔弥乃とまで言われた女なのか。」
修造は思ってた事を言った。
「あれよ。私もいっぱいいっぱい的なあれなのよ。だって家にいても一日中誰かに狙われてるのよ?なんなのあの人たち。おかしいんじゃないの。その上ゾンビよ?」
魔弥乃は戦闘力はそんなに無かった。少なくとも神になったり、意思の力のみで肉体を動かしたり、天井に張り付いたり、ジェットエンジン付きの長刀を軽々と扱える腕力をもってたりはしなかった。せいぜい他人よりも動体視力が良いとかそれくらいだ。それすらも普通に野球とかやってる人達よりも劣る。
そんな彼女は家では命を狙われ、学校では本堂家の人間として疎まれる二重生活を送っていたのだ。特に柿内多和子とかいう女は酷かった。あいつは積極的に自分を疎外していた。しかも家の事情とかも知らずに、ただ何となく魔弥乃の立場が学校では弱い事を察しての行動だ。今回の騒動でどうにかなっていれば良かっただろう。
そして、それらの事情を転校して来たばかりの男に一々知らせる程の余裕は無かった。
「とにかくこの島を出よう。」
修造が言った。これは現実的な意見ではなく、彼の願望である。
「外へ出る?私は本堂家の人間なのよ。」
「この島は滅びる。なら島を出る格好の口実になる。俺もこのは嫌だ。」
元々この島の住民でなかった修造にとって、この島は田舎に行ったら恐ろしい因習のせいで死にそうになった事と同じである。そもそもこの島に来たのは、高校に受かってしまったからだ。県立先負高校に受かってしまったが故、この島に住む羽目に陥ったのである。
「この島はおかしい。この島は異常だ。パンクはマジクールだがそれ以外は鬼畜以下の外道の世界だ。現代の日本ではない。俺はこの島を出たい。」
時刻はすでに23時である。
「うむ。そうだな。」
事ここに至って二人の目的は合致した。この島に見切りをつけ、一刻も早く退却するのだ。そのためにはまずゾンビに汚染されたこの島から脱出する以外の選択肢は無かった。この時、修造と魔弥乃の頭に同時に閃いた発想は、あの関ヶ原での伝説の退却戦、島津の退き口だった。
「ならばやはり誰かが囮になる他無いか。」
詳しい説明は割愛するが島津の退き口とは一言で言うとかっこいい囮の事である。
「よしっ!このジジイを犠牲にしよう。」
「えっ」
魔弥乃が驚く。
「このジジイを囮にしよう。ゾンビ達がこのジジイと戦っている間に逃げる。」
その言葉を聞いてジジイは起きた。
「若者達よ…話はすべて聞かせてもらった。」
藤正老は喋り出した。思わず二人は耳を傾ける。
「この藤正感服した。自ら永遠に戦い続ける修羅になってゾンビを殲滅しようとするとは…!今時の若い者には出来ぬ発想じゃ。よろしい。この藤正老も共に修羅と成ろうぞ。」
藤正老は寝てたので話を半分しか聞いていなかったのだ。しかも自分の都合のいいように話を改変していた。
「よしっ!ではまずこの金庫を破壊しよう。」
そう言うと藤正老は金庫を殴った。その衝撃で金庫の扉は四散した。金属片がゾンビ達に飛来する。
「今だっ!ゾンビ達を殴り殺せ!」
藤正老の合図と共に二人は一目散に駆けて行く。藤正老はわけもわからず一人でゾンビを殲滅した。
いや、追ってくる。ゾンビが一体、二人を追ってくる。そのゾンビは十一面観音ゾンビだ。なぜこのゾンビだけが二人を追うのか?その答えは、十一面観音像には、背面にも顔が付いているからだ。その顔は悪行を笑う面であり、仏像の類としては珍しく、常に破顔した面相をしている。この十一面観音ゾンビもまた、高らかに笑いながら、走り抜ける二人の姿を捉えたのだ。ゾンビになっても悪行を看過せぬその姿に読者は感動を覚えるべきでは無いか。
「ちょっと、あの仏像が追ってくるんだけど。」
魔弥乃が叫ぶ。修造が走りながら振り向くと、十一面観音ゾンビのさらに背後に、こちらに向かって走ってくる藤正老の姿が。
「ジジイも追ってくるぞ。」
二人は泣きながら一目散に駆けた。後門の狼とはこの事である。しかも二頭。
「とりあえず家の中に逃げるんだ。」
修造が促す。魔弥乃は、障子を突き破って外から家の中にダイナミック入った。
「早くっ!」
修造もまた、室内に入る。それにしても旧日本風の邸宅は和室ばかりで簡単に中に入れるようだと、修造は思った。これではゾンビ達も簡単に入ってきてしまうだろう。
だが、違ったのだ。どうも様子がおかしい事に二人は気付いた。修造は全力疾走した直後の頭で必死に考えた。十一面観音ゾンビは仏像なので両脚がくっついているのではないか?ならば家に入るという高度な行為は出来ないのでは。それに、この部屋は障子から入れるといっても、段差がある。
修造が室内で考え込んでいると、魔弥乃がいなくなっている事に気付いた。
「おい、どこにいった。」
まさかどこかではぐれてしまったのか。いや、この部屋に飛び込むまでは一緒にいたはずだ。ならば自分を見捨てて逃げたのか。十分あり得る。
「やべえ、じゃあ俺も早く逃げなきゃ。」
みると、部屋の襖が開いている。魔弥乃もそこから逃げたのだろう。ならばと、修造もまたそこから逃げようとした。その時である。
「お待ちください。」
誰かの声が聞こえた。修造は振り返る。誰もいない。
「こちらです。」
部屋を見渡すと、何時の間にか和服を着た男が立っていた。
「私です。」
男は微笑んだ。男といっても、まるで女のような優れた美貌の持ち主だ。長い髪を総髪にしている。まず間違いなく武士である。
「誰だあんた。」
修造はこの男から発せられる謎のオーラを感じ取っていた。
「私は十一面観音に宿る思念です。」
男は語り出した。
「故あってあなたをこの精神空間に呼ばせて頂きました。私は十一面観音に宿っていた思念の塊です。あの十一面観音を彫った者の魂やあの十一面観音を信仰した人間の祈願の集合体のような者と思ってください。」
修造はわけがわからなかった。つまり、修造が今いるこの場所は現実ではないという事だろうか。
「いや…今の説明ではわかりにくいですね。そうですね…私の事はタカシと呼んでください。」
タカシは結構気さくな人だった。
「それじゃタカシ…何で俺を呼んだんだ?」
修造は質問した。修造はタカシに殴られた。
「質問するのはこっちの方だ!この愚か者めぇ!話を勝手に進めようとするんじゃあない!」
こうして修造は精神空間でタカシにわけのわからない話を延々と聞かされる事になった。この島の歴史など。また、本堂家の成り立ちや村正の呪いは徳川幕府の流したデマであったが、徳川家康の長男は村正の打った鷹型巨大ロボットによって自害したのは事実という事。現代の本堂家は島の観光事業を独占していること。それに付随して、本堂家の島内での殺人を控えることで、島の住民に無理矢理恩を売っていること。本来は住民の味方だった寺勢力は現代では力を失い、鮫山和尚をはじめとする勢力の半分は本堂家に取り込まれている事など色々な話を聞かされた。
「つまり、本堂家は現代は島の癌扱いを受けていて、だから魔弥乃は学校で浮いていたのか。」
修造は納得した。タカシは頷いた。
「でも、何でそれを俺に説明したんだ?」
修造ははじめから思ってた事を質問した。
「私は長らく鮫山和尚の寺を訪れる人物達を見ていました。しかし、私はただの木塊に過ぎない。記憶は薄れ、消え行くのです。最近は熱心に寺を訪れる少女の事しか覚えていません。その少女をあなたは島の外へ連れて行こうと言った。ならば、せめてこれらの事情を知っていて欲しかったのです。」
タカシはロリコンである事を修造は理解した。
「わかった。把握しておくよ。」
「それは良かった。」
タカシは修造の顔面を掴んだ。
「少しあなたの精神を頂きますよ。今の私は意識の集合体で、仏像としての肉体を動かす事は出来ないが、あなたの精神を取り込めば、ゾンビ化した私でも肉体の支配権を取り戻せるかもしれない。」
「やめろおおおお」
気がつくと、修造は部屋に立っていた。魔弥乃が心配そうにこちらを見ている。
「助かったのか。」
修造は安堵した。見ると、魔弥乃はその手に灯油の見たされたバケツを持っていた。
「風呂場から汲んできたの。」
破壊された障子を見ると、十一面観音ゾンビが段差につっかえて部屋に入ってこれずにいる。魔弥乃は遠慮なく、灯油を十一面観音ゾンビにかけた。
「燃えるが良いわ。」
魔弥乃はマッチを投げる。すべては一瞬の出来事だった。十一面観音ゾンビは炎上した。
「あーうー」「あーうー」
「あーうー」「あーうー」
「あーうー」「あーうー」
「あーうー」「あーうー」
「あーうー」「あーうー」
「あーうー」
苦しそうに十一面観音が叫ぶ。さらに、十一面観音の背後から藤正老が走ってきた。藤正老は燃え上がる十一面観音ゾンビにパンチをお見舞いした。十一面観音ゾンビは砕け散った。
「やったわ。」
魔弥乃は両手を挙げて喜んだ。藤正老もまたガッツポーズしている。藤正老の機嫌もまた良くなったのだ。危機は去った。
「とりあえこの島から出なくてはな。」
修造は言った。この島はもうダメだ。あちこちで叫び声や爆発音が聞こえる。ヘリの音も聞こえる。
……………
まっ………………
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って………………
………る…………