ここのところ周りが騒がしい。この2週間で黛さんや大和田さんと友達になって、川神先輩や松永先輩といった学園の有名人にはうっすらとだが顔を覚えられた。
しかし極めつけはやっぱり最上先輩関連だろう。あの人と知り合ってから加速度的に面倒事になりそうな人間と面識が増えてきている。
だからまあ、そういう厄介なしがらみが一切ない
「なあ巽、昨日お前と最上先輩が一緒に帰ってるとこ見た奴がいるんだが?」
「どういうことか説明してもらうぞ」
「……」
一応、まだ安息地である。
「俺ら言ったよな?無断で彼女作ったら市中引き回しの刑だって」
「それを了承した覚えはないけど、そういう関係じゃないから安心しろ」
「じゃあこの前、なんでお前に会いにきたんだよ」
最上先輩の正体が明らかになった日のことか。
そういや適当にはぐらかしたままにしてたな。かと言ってきちんと説明できることでもないが。
最上先輩に借りを作ってしまうことになるかと思うとため息が自然と出る。
「俺もこの間まで知らなかったんだけど、俺がいた孤児院って最上先輩の父親が関係してたんだとさ。その縁で昔、最上先輩は俺と会ったことがあるらしい。記憶にねーけど」
もちろん嘘だ。各種書類上は孤児院出身になっているだけで施設に居た事実はない。っていうか施設自体もあったという記録が残っているだけで、実際にはそんなもの存在してないが。
「そ、そうなのか……」
思いがけない内容に友人らの口調が弱まる。これでこの件に関して追求されることはあるまい。
「それで偶然、俺が川神学園に入ったのを最上先輩が知ったらしくてな。わざわざ顔を見にきてくれたんだ」
こんな話でも疑うことなく信じてくれるのはこいつらの美点だと俺は思う。
なんて話をしているとケータイが振るえた。
メールの受信。噂をすればなんとやら、その差出人は話題の最上先輩だった。
適当に断りを入れて席を立つ。
届いたメールの内容は『今から義経と勝負をするから空き教室まできてほしい』というものだった。
指定された教室まで行くと中で待ち構えていたのは最上先輩、義経、弁慶、与一、直江の5人。
そして本日の勝負は――
「腕相撲よ」
「俺要りますかね?」
直江1人で事足りる競技だった。審判が1人でも10人でも判定に違いは出ないだろ。
それとも肘や両足が浮いたり、自分の腕に体の一部が触れたら反則とか、そういう細かいところまで見ていくガチな勝負なんだろうか。
公式のアームレスリングも主審1人に副審2人でやるらしいし。
「それを言ったら俺なんてもっと来る意味はないがな」
やれやれ、とでも言いたげに与一が首を左右に振る。
「あんたは義経の家来なんだからついてくるのは当たり前でしょうが」
そんな与一に対して凄む弁慶。その迫力はなかなかのもので、与一はしっかりビビっていた。
力関係が非常に分かりやすい。
「まあいいや。休み時間も有限だしちゃっちゃとやりましょう」
教壇を挟み、最上先輩と義経が向かい合う。
武人同士だけあってそれだけで空気が張りつめる。まあこういう戦いなら平和的でいいんだが。
2人が教壇に右の肘を乗せ、互いの手を握り合う。
余程集中しているのか義経の表情は真顔だ。対する最上先輩はいつも通りの笑みを浮かべている。
さて、この勝負の結果は如何に。
「それでは、レディー……ゴー!」
直江の合図で試合が始まる。
「ふっ!」
「はっ!」
出だしは拮抗。
絵面だけなら女子高生同士の微笑ましい対決だな。教壇はミシミシと悲鳴を上げているが。
「さすがにやるわね、義経……!」
「義仲さんこそっ……!」
まるで少年漫画のようなセリフの応酬だ。まさしくライバル。
そのまま拮抗することしばらく、2人の額に汗がにじみ出した頃。
ついに情勢が傾き始める。
「くっ……」
優勢なのは最上先輩。義経もなんとか盛り返そうと踏ん張るが徐々に押し込まれていく。
そして形勢は逆転することなく決着がついた。
「勝者、最上さん」
直江がそうコールする。もちろんのこと異議を唱える声はない。
白熱した勝負の軍配は最上先輩に上がった。
「これで1勝1敗ね」
「はい……うぅ、負けてしまった」
義経が申し訳なさそうに弁慶達の方へ戻っていく。
小さな声で「義経はダメな主だ……」とか嘆いている。たかが腕相撲に負けただけで落ち込みすぎだろ。
勝った最上先輩の方はいつも通りの……いや、ちょっとドヤってるな。そしてなぜその顔で俺を見るのか。
「お見事」
「それほどでもないわ」
とりあえず賛辞を贈っておいた。
待ってましたとばかりの謙虚なお返事を頂く。なんだかんだ言って負けず嫌いなのは武士娘の性なんだろうか。
「ちょっといい?」
「何かしら、弁慶」
「勝負の結果だから主の負けは認める。でも家臣として主を負けさせたままにはできない」
お、なんか不穏な空気になってきたぞ。
しかし普段は川神水を煽って飲んだくれてるけど、弁慶って忠義に厚いよな。さすがクローン……なのか?
「つまり弁慶はリベンジマッチをしたいと?」
「そうなるね」
「でも私は義経と戦っているから本調子じゃないのよ?そんな私を倒してリベンジと言えるのかしら?」
「うーむ、そこを言われると……」
「じゃあこうしましょう。主同士が戦ったのだから、次は家臣同士が戦うというのはどう?」
「乗った」
おう頑張れ頑張れ。
俺は教室に帰るから。
「……最上先輩」
「なに?」
「制服の裾を離してください」
「ダメよ。貴方今出ていこうとしたでしょう?」
「そりゃもう勝負はつきましたからね」
「延長戦よ」
「それは先輩の家臣の役目では?」
「……私には頼れる仲間がいないの。巽以外には」
「俺に弁慶と腕相撲で勝負しろってんですか?腕がもげますよ」
「そこまではしないから安心しなよ」
「安心できない言い方はやめてくんない?百歩譲ってやるなら直江とにしてくれ」
「お、俺?」
唐突に名前を出されて直江は困惑する。
こいつ完全に蚊帳の外から眺めてたな。まあ立場が逆なら俺もそうしてるだろうけど。
「俺も直江も家臣じゃないが、一応それぞれの陣営側だ。男同士だしフェアな勝負だろ?」
「まあ姉御とやるよりははるかに平等だな」
弁慶の怪力の恐ろしさを知っているであろう与一が援護してくれる。
普通に考えたら勝負になんないのは明白だからな。弁慶だって最初から勝ち負けの決まった勝負は面白くないだろう。
「……大和、主の敵討ちを頼むよ」
「マジですか……」
「巽、初陣を勝利で飾りなさい」
「何さらっと継続的に戦力に数えようとしてんですか?」
初陣て。これが最初で最後だっての。
自然と漏れるため息が直江と重なる。お互い巻き込まれ事故に遭遇したようなもんだ。
まあ直江を巻き込んだのは俺だけど。
昼休み終了まであと5分。
俺は教壇に肘をついて直江の腕を握った。
「……ってことがあったんだ」
金曜日じゃないけどフルメンバーが揃った秘密基地で、俺は今日あった出来事を皆に話していた。
源氏勝負はトークのネタにもってこいだった。
「腕相撲対決ねぇ。確かに弁慶ちゃんと小篠じゃ勝負にはならないな」
「でも俺は弁慶と腕相撲してみたいぜ!」
「怪我するからやめときなよ」
「さすがに素人相手にそこまではしないと思いますが……」
「それでどっちが勝ったの?」
「接戦の末、なんとか勝利をもぎ取ってきました」
「さすが大和。結婚して」
「ありがとう京。お友達で」
「シコシコと筋トレしてる成果が出たな。まあ俺様にはほど遠いが」
ダンベルを上下させながらガクトが勝ち誇るように言った。
確かにガクトの筋肉は冗談抜きで鎧みたいだからな。ああなりたいかと聞かれればノーだけど。
「まあね。でもなんとなく姉さんの言ってた意味が分かったよ」
「ん?何か言ったっけ?」
「小篠が壁越えの人達に対しても臆さないって話。近くで観察してみたけど最上さんや弁慶、義経にもそういう様子がなかったよ」
ああいう特別な人を前にするとその雰囲気に気圧されたり、逆に舞い上がったりするのが普通の反応だ。接点が少ないならなおさらそうなる。
でも小篠はそれが皆無どころか誰に対しても同じ距離感で接していた。俺に対しても、義経達に対しても。
「あれは鈍感とかそういうんじゃなくて、何て言うか……精神的にすごく大人なんじゃないかと思う」
例えるなら小篠はたぶん京極先輩に近い人種だ。
学園の誇る美少女達を異性というより姉とか妹とか、下手をすれば小さな子どもを見るような目で見ているかもしれない。
そしてたぶん、ヒュームさんみたいな超人に対しても彼らの特異性を気にすることなく単に一個人として認識しているんじゃないか?
それが今日、小篠を観察して俺が出した結論だった。
「それは……ある意味で究極の無関心だな」
「まあ悪く言えば」
関心がないから関わらないんじゃない。小篠はクローンや壁超えの人間と関わってなお、そこまで関心を引かれてないってことになる。
無関心なのか、精神がすでに老成しているのか。どちらにせよかなり珍しいタイプなのは間違いない。
知っている範疇で小篠が興味を示しているのは料理くらいだ。
「キャップとは真逆のタイプだね」
「キャップはむしろ色んなことに興味ありすぎだろう」
「好奇心は冒険家の必需品だぜ!」
「それは豪運があってこそのセリフだな」
運という要素にも強さのような境界があるのなら、キャップの運は間違いなく壁を越えてる。じゃなきゃもう死んでてもおかしくない。
「しかし俺と真逆のタイプか。ちょっと会ってみてぇな」
「あぁ、キャップがまた新しいものに興味を……」
モロが呆れたように苦笑する。皆も似たような表情だった。
しかし、ふと思う。
恥ずかしいから口にするつもりはないが、キャップは……風間翔一という男は、俺が憧れた男だ。
俺にはできないこと、できない生き方が自然とできる。
そんなキャップとは正反対の感性を持っている小篠巽。
果たしてあいつはどんな人間なんだろうか。俺はなんとなく、そんなことを考えていた。
「……なーんか嫌な予感がする」
「おい、手が止まってんぞ」
公孫勝にせがまれてモンスターをハントするゲームを協力プレイしていると悪寒が走った。
これはあれだ、また新しい面倒事がやってくるやつだ。
九鬼財閥に梁山泊、川神院……心当たりが多すぎるな。川神だとそこら辺とは無関係なところから舞い込んできても不思議じゃないが。
つーかさ。
「お前いつまで俺の家にいんの?」
突然携帯ゲーム機2台を持って家にやって来て、狩りを手伝えと言い放った公孫勝に尋ねる。
もうかれこれ2時間以上やってるんだけど。
「しらねー。とりあえずしばらくお前のこと観察するみたいなことぶしょー達が言ってたけど」
「ふざけんな」
遊びに来たのかと思ったら監視員じゃねーか。
ぐうたらしてる公孫勝を小脇に抱えて最上先輩の家に叩き返しに行く。
そこで俺と公孫勝の夕飯がしっかり用意されてるのを見て、俺は謀られたことを知るのだった。
「さすがに回りくどくないっすか?」
「だって普通に呼んでも来てくれないじゃない」
「当然でしょ」
「なぁ、なんでもいーからさっさとご飯にしようぜ」
「……お前ってほんと末っ子らしさ全開だよな」
マイペースな公孫勝は、そんなことを言われても我関せずと席につく。
梁山泊はこいつのこと甘やかしすぎだろ。
俺の言わんとしたことを察してか、林冲と武松がどこか申し訳なさそうな顔をしているのが印象的だった。