『お疲れ様でしたー!』
秘密基地にファミリーの声が響く。義経達の歓迎会は成功に終わり、主催者としては肩の荷が降りた気分だった。
そしてこれからは会の成功を祝しての二次会である。
「歓迎パーティーはおかげ様で成功したし……ほんとお疲れ様でしたっ!!」
俺の口から実感のこもった言葉が飛び出す。
「いやぁ、今週は色々あったね!マジマジ!」
「日曜日は東西交流戦で西の人達と戦って……」
「月曜日に源義経達が現れて……」
「さらに
キャップ、モロ、クリス、姉さんが今週の出来事を列挙していく。こうして聞くと本当に色々あったな。
「モモ先輩と戦えるなんて、凄い先輩ですよね」
校庭で行われた姉さんと燕先輩の手合わせを見ていたらしいまゆっちも感嘆していた。
「とにかく技が多彩で面白い。本人も面白いし」
強者を求めている姉さんは満足そうにそう言った。
そんな燕先輩でも姉さんには届かないという。恐ろしい人を姉貴分に持ったものだ。
「まゆっちは今日のパーティーで友達できた?」
「
「おーやるじゃん!大物を釣り上げたな!」
「ありがたいことに、私を九鬼財閥に誘ってくださってるんです。困った事があれば電話してこいと……」
「飛び級してきたとは思えない器量にオラ感動」
そんな彼女と連絡先を交換できたまゆっちにファミリーのメンバーから次々と賛辞が送られる。
「じゃあまだ友達、とまではいかないのかな?」
「はい。でもこれからどんどん話していこうと思います」
「実に建設的でいいではないか」
「明るい話題が多くてめでたいな」
「そうだね。それにまゆっち、もう一人友達もできたし」
「なに、そうなのか?」
「実は大和さんのおかげで、2年生の先輩と友達になっていただきまして……」
「おお、年上とはやるねぇ!」
自身もあまり人付き合いが得意とは言えないモロが感心したように言う。だが驚きはそれだけじゃない。
「しかも相手は男子だからね。異性の友達だよ」
「うお、マジか」
一部を除いたファミリーの面々が俺の言葉に色めき立つ。
ついでにどういう経緯でそうなったのかも説明しておいた。
「なるほど。料理を覚えたがっていたから、その辺をつついて友達になろうと」
「でも大丈夫なのか?まゆっちは美少女だし、変な男だったら大変だぞ?」
「び、美少女だなんてそんな……」
クリスが全くもってその通りなことを口にする。
だが俺も誰だっていいから友達にしようとしたわけじゃない。
「それはまあ心配しなくても大丈夫そうな人を選んだよ。C組の小篠くんって人なんだけど……」
「小篠……知らねぇな」
「C組の人っていまいち目立たないからね。まあ僕が言えたことじゃないけど」
「確かに目立つタイプじゃないけど、落ち着きがあってよく相談事とかされてるんだ。告白されてもずっとフリーらしいから女関係にだらしないってこともない」
何より目の前でいきなり松風と会話をし始めたまゆっちに対しても、驚きながら個性的で面白いと評したくらいだ。
その話をすると皆が感心する。
「それは凄いわね。松風をすぐに受け入れられるなんて……」
「でもまあ告白とかされてる時点で俺様にとっては敵だがな」
「そんなこと言ったらキャップはどうなるのさ?」
「キャップはいいんだよ。女より冒険だろ?」
「おうともよ!俺のことよく分かってるなガクト!」
「ガクト×キャップ……ありだ!」
「ねーよ!」
10点満点の札を挙げた
いつも通りの光景だった。
「まあ大和がそこまで言うなら納得するが……」
「心配ならついてくるか?月曜に早速料理部に場所を借りて料理を教えることになってるんだけど」
「さすがにそこに顔を出すのは不粋だろう」
「そうでもないさ。小篠くんからその時は俺も一緒に来てほしいって言われてる」
たぶんまゆっちが口下手なのを察して円滑に会話をするためにそう提案したんだろう。
その一言でまゆっちを心配していた面々の小篠くんに対する印象が変わったようだ。配慮ができて、気も回る人だというのが理解できたらしい。
「へぇ、それならまゆっちに対する下心はなさそうだな」
「まあ相手も男だし完全にないわけじゃないだろうけど、評判を聞く限りそこまで心配はしなくてもいいと思う」
「ならいいんじゃねえの?可愛い子には旅をさせろって言うしな!」
「
「はい、頑張ります!」
歓迎パーティーの成功とまゆっちの新しい友達、そしてモロが演劇部に入る報告などなど、それらをひっくるめて祝う二次会は夜更けまで続いた。
週が明けて月曜日。今日も川神学園は活気に溢れていた。
S組の前を通りかかったら弁慶が「今日は飲まなければやってられない!」とか言って川神水を煽っていた。
何事かと思ったが、考えてみれば本日6月15日は衣川合戦の日であり、史実によれば義経と弁慶の命日だった。
クローンとはいえ当時の記憶があるわけでもないだろうに、それでもやけ酒せずにはいられないのだろうか。
義経は今日も元気そうに挑戦者をなぎ倒してたけどな。
まあそんなこんなあって迎えた放課後。今日は黛さんから料理の手ほどきを受けることになっている。
家庭科室の一部を間借りして料理部に混ざっての作業になるが、すぐにこういう場所を整えられるのが直江の日頃の努力の賜物なんだろうな。
「ほ、本日はよろしくお願いします!」
黛さんは相も変わらず表情が険しい。
「よろしく。教えてもらう俺が言うのもなんだけど、そう固くならずに」
「そうだよまゆっち。寮でやってるようにすればいいんだ」
「あれ、直江も黛さんも寮なの?」
「ああ、俺は両親が海外を飛び回ってて……」
「私は北陸出身なんです」
「だからか。今さらながら俺も寮に入ればよかったな」
「小篠くんは地元じゃないの?」
「小篠でいいよ。生まれは神奈川だけど七浜の端っこだからな。学園に入るまで川神とは縁がなかった」
「あー、七浜だとこっちまで出てくる必要ないもんね。でもそれじゃ通学大変なんじゃない?」
「だから今は独り暮らししてるんだ。黛さんはなんで川神まで?」
「実は私、地元ではちょっとした有名人でして……」
「有名人?」
「ほら、聞いたことないか?剣聖黛って」
「あるな。もしかして黛さんは……」
「はい、剣聖
「だから友達を作るために川神までやってきたわけさ」
「友達100人を目標に頑張ります!」
友達を作るためにそこまでやるとは健気というか、必死というか……。あれ、でもこの間俺が2人目の友達とか言ってたけど果たして今のペースで目標は達成できるのだろうか。
けどまあこれで黛さんが帯刀しているわけや、壁越えの実力者である理由も知ることができた。
直江が黛さんに貸しを作ってるのは本人の武力や黛の家名を使いたいためかもしれない。
でもこうして一緒に作業してみるとあまり打算的なものは感じないんだよな。どちらかというと純粋に黛さんの力になろうとしているように見える。
まあ何にせよ俺にはあまり関係のないことだけど。
迫力に押される形で友達になってしまったが、対人スキルが壊滅的なことを除けば黛さんは常識人っぽい。友達として友好を深めれば固さも取れていくだろう。
どこかの武神のようにバトルに飢えているようなタイプにも見えないし、絡まれて無用な注目を集めることもあるまいて。
「そういえばまゆっち、今日は何を作るの?」
「小篠先輩からのリクエストで野菜炒めを……」
「……チョイスが渋いね」
「男の独り暮らしは野菜が不足しがちなんだよ」
気にはなりつつも外食メインだとやっぱり野菜の摂取量は少ない。それに野菜炒めっていざ作ってみても味付けに困るんだよね。
塩コショウだけだと味気ない感じがするし、かといってどの調味料を使えば旨味が出るとかさっぱり分からない。
定食屋で出てくるような野菜炒めが作れれば野菜を食べる習慣もできる……気がする。
「野菜炒めは栄養のバランスも摂れますし作るのも簡単ですから。最初に覚える料理としては適していると思います」
「言われてみれば確かに……」
「そういうわけでよろしく頼むよ。まずは野菜の皮剥きからだな」
せっかくの機会なので本当に初歩の初歩から教えてもらうことにした。
「そこはピーラーでいいんじゃ?」
「やるからはには桂剥きとかできるようになりたいじゃん」
「思いの外目指してるレベルが高い!?」
「小篠先輩パネー」
俺は形から入るタイプなのである。
そんな感じで直江と黛さん、そして松風とわいわい楽しみながら野菜炒めを作った。
味はそこそこだったけど作り方は覚えたし、今度から家でちょくちょくやってみよう。
ちなみに審査員松風と料理部2人の判定は1位黛さん、2位俺、3位直江。
直江が少し悔しがってたのがなんとなく意外だった。
――夕刻、
そこに一人の男が立っていた。その出で立ちは胴着姿であり、彼が武芸者であると一目で理解できる。
彼は自分を奮い立たせるように言葉を口にした。
「ここが川神か……武神、そして源義経がいる街」
武芸者として過去の偉人と手合わせをしたい。その一心で彼は川神の土地を踏んだのだ。
元より地元ではもう敵無しである自分がどこまでやれるのか試してみたかった。むろん、義経にだって勝てるという自負がある。
「俺は源義経に勝ってみせる。そして武神にも!そうすれば――」
俺こそが最強の武道家だ。
そう続けようとして、しかし遮るように言葉が重なる。
「貴方は腕試しに来ている武芸者ですね」
声がした。振り返れば架橋の陰から滲み出たかのような人影が立っていた。
フードを目深く被っているせいで顔は見えないが、声と体つきからして若い女性……いや、少女と呼ばれる年齢だろうというのは分かる。
「そうだが、君は?」
「私はファントム・サン。宜しければ一勝負いかがでしょうか?」
友人をお茶にでも誘うような軽い調子でファントム・サンと名乗った少女は勝負を提案してきた。
平時ならば鼻で笑うところだが、ここは武都・川神。ここでは街行く女学生ですら一線級の武道家であると聞いたことがある。
その噂が真実だとしたら、目の前の少女も油断ならない実力者かもしれない。
それでも遅れを取るつもりなどはさらさらない。
「いいだろう。俺も川神のレベルを体感しておきたかったところだ」
河川敷で2人は向かい合う。
そして勝負開始と共に男は腹部への強烈な衝撃を感じ、意識を手放す。完全に気絶する直前、彼の耳には亡霊の声がしっかり届いていた。
――ありがとうございました、と。