名作だけあってマジ恋の根強い人気を感じました。
鉄は熱いうちに打て、ということわざの意味は今さら説明するまでもない。そしてそれは人の熱意にも同じことが言えると思う。
要するに身につけたいことはやる気がある時にやっとけ、ってことだ。
「巽、どうしたんだよその弁当」
昼休み。いつもの2人と学園の食堂で昼食をとる。
いつもと違うのは俺が学食のメニューを注文するんじゃなくて弁当を持参してることだ。
「最近料理を始めたんだよ」
といっても本当につい最近だし、まだまだ簡単なものしか作れないけどな。
ただ、やってみると意外に面白いのは新たな発見だった。もっと早くに始めてれば……って言えるような状況じゃなかったか。
「自作かよ。彼女のお手製じゃなきゃいいや」
「俺らに黙って彼女作ってたら市中引き回しの刑だからな」
何その取り決め。初耳だわ。
「じゃあ彼女できてもお前らには教えないし彼女の友達とかも紹介しねーわ」
「「紹介してくださいお願いします」」
即座に下手に出るあたり必死さがすごい。
川神学園にはイケメン四天王がいるおかげで女子が男子に求めるハードルが高くなってるきらいがあるからな。
特に四天王のうち3人が2年生にいるってのも大きい。その上3人ともフリーときたもんだ。
そのせいで他の男子には見向きもしない女子がことのほか多い。
……まあ2―Sの
などとくっちゃべりながら箸を進めていると、学食に納豆の行商人が現れた。
「なっ、とうっ!」
というかけ声と共に納豆をあらゆるものに振りかける。行商人というよりは通り魔的な犯行なのだが、これが意外と人気だったりする。
松永納豆自体の味はもちろん、納豆ってのは色んなものに合うらしい。まあ好評の1番の理由は押し売りしてくる松永先輩が可愛いからだろうけど。
さすが地方のご当地とはいえ納豆小町としてアイドルやってるだけのことはある。
「納豆ー、納豆はいらんかねー?」
「はい!買います!」
「俺も!」
そして案の定というか、同席していた2人は松永納豆を購入した。こいつら上客だからな。
「ありがとう。いつも買ってくれる君達にはサービスしてあげるねん」
サービスはもちろん納豆だった。まあ1パック分の料金で2パック買えるならお得ではあるが。
しかしまあよく顔を覚えてるもんだ。こういう細かいところが商売繁盛の秘訣なのかもしれない。
「君はどう?」
「今日は遠慮しときます」
当然のように同席している俺にも声がかかった。
が、丁重にお断りしておく
「んー、残念……って、おや?君は確かあの時の……」
「どこかで会いましたっけ?」
ちょっとすっとぼけて様子を窺う。
「あれれ、忘れちゃった?この前梅屋で強盗事件があったじゃない」
「……ああ、そういえばあそこに松永先輩もいましたね」
「そうそう。こんなに簡単に忘れられちゃうとちょっとショックかも」
そう言う松永先輩の表情に悲しみの色は全くなかった。
「強盗と川神先輩のブラックホールが強烈すぎてそれ以外の記憶が曖昧なんですよ」
アホみたいなセリフだが、強盗が押し入ってきた時に川神先輩は本当に小型のブラックホールを作って犯人をどうにかしようとしていた。
たぶん闘気を圧縮して擬似的に極めて高密度の物質を作ったんだろう。
結局それが犯人に向けられることはなく、しかし何かを吸い込まないと消せないとのことだったので釈迦堂さんが店のゴミを投棄して事なきを得た。
普通の人間からすりゃ衝撃的すぎる光景である。
まあ正直なところ驚きよりも便利だなって思ってたけど。独り暮らしはゴミを出し忘れてるとすぐ部屋に溜まるからな。
「おい巽、お前どこで松永先輩と知り合ったんだよ!」
友達が小声で叫ぶという器用な真似をする。まあそれ松永先輩にも聞こえてるけど。
というか知り合いってほどの仲でもないんだが。
「実は巽くん、バイト先で松永納豆を扱えないかお店に掛け合ってくれたんだよ。ね?」
松永先輩がさらっと嘘をついた。
そんな事実は一切ないが、これに乗っかれば面倒な追求は回避できる。そういう意味でも先輩が助け船を出してくれたのは間違いない。
ただまあ後でこの嘘を事実にしなけりゃいけないんだろうけど。
「松永先輩が言った通りだ。店長にサイドメニューに納豆はどうですかって勧めたんだよ」
了解しました、という意味を込めてそう言葉を返す。松永先輩は満足そうに頷いていた。
友達も俺のバイト先を知ってるのですんなり納得してくれる。
「興味無さそうにしておいて、まさか巽がそんは点数稼ぎをしていたとは……!」
「先輩、俺もそれくらいやりますよ!」
「本当?君はどこかにツテがあるのかな?」
なんか唐突に食堂の一角で商談が始まった。松永納豆の普及活動がどんどん進んでいくなぁ。いずれ川神全土を支配しそうだ。
とりあえず俺は一足先にその場から離れる。その際に「君にもサービスしてあげる」と言って3パック入りの松永納豆を渡された。
これでバイト先に売り込んでこい、ってことだろう。本当にどこの世界でも商人というのは逞しい生き物だ。
そのまま自販機で飲み物でも買ってから教室に戻ろうと窓際の方へと足を向ける。するとそこでも見知った顔に出会った。
黛さんが女の子と一緒に食事をしている。あれが1人目の友達だろうか。
「あ、小篠先輩」
「やあ黛さん、こんにちは」
声をかけられてしまったので素通りするわけにもいかず返事をする。
「あの、私はまゆっちの友達で
「俺は2年の小篠巽だ。黛さんの友達同士ってことでよろしく」
「はい」
いい笑顔だった。大和田さんは黛さんとは違って社交性が高そうである。
あいさつだけにしようと思ったが、大和田さんに席を勧められたので座っていくことになった。
「小篠先輩もお昼ですか?」
「もう食べ終わったけどね。ただ一緒に食べてた友達が納豆の奴隷になっちゃったから俺だけ脱出してきた」
納豆という単語に2人は何があったのか察したような顔になる。
「そういう小篠先輩も買ったんですか?」
「これは試供品だな。販路拡大のために渡されたんだ」
なんて会話から始まって俺のバイト先や黛さんのクラスでの様子についてダラダラと話す。普段から一緒にいる大和田さんが潤滑油になってか黛さんもいくらか口数が多く喋れていた。
「ところで先輩、つかぬことをお聞きしたいのですが……」
昼休みも佳境。そろそろ解散しようかと思っていたところで、大和田さんはやけに真剣な顔でそう切り出した。
「何さ」
「ノビのある直球でお尋ねしますが、先輩は野球に興味とかありますか?」
「あるよ。ニワカだけどサッカーとかよりは野球の方が好きだし」
「本当ですかっ!……ち、ちなみにセとパのどちらが好きですか?」
「セだね。俺は七浜出身だから七浜ベイのファンなんだ」
これは本当の話だ。元から生まれは神奈川だから七浜……というか横浜の球団はぬるくだけど応援していた。
だから不動の4番に座る漢や天才の右バッターが未だにベイに在籍していることに違和感を覚えてるけど……。
この2人もそのうち巨仁とハードバンクにFA移籍するのかもしれない。
「~~っ!!」
それはさておき。
なんだろう、大和田さんの瞳がめっちゃ輝いている。
もしかして彼女は熱狂的なベイファンだったりするんだろうか。そういえばいつだったかカープ女子って単語が生まれたくらいだし、最近は若い女の子が野球観戦に足を向けてるのかもしれない。
「こ、小篠先輩!」
テーブルを挟んでいる大和田さんがずずずいっと迫ってくる。
「私もベイの大ファンなんです!な、なのでもしよかったら私と野球を観に行きませんか!?」
唐突な申し出。とはいえ七浜ベイの本拠地は隣街だし、電車に乗れば十数分の距離だ。
そう難易度の高いお誘いじゃない。……あくまで距離に関しては。
「俺と?選手の名前とか半分以上知らないような奴と行って楽しいかな……」
「関係ありません!誰だって最初はそうなんですから!」
大和田さんの圧が凄い。見れば黛さんもハラハラして見守ってる。
……まあ彼女がここまで言うんだから知識云々は気にしなくていいんだろう。後は俺の気持ち次第だな。
「なら行こうか」
「本当ですか!?」
「ああ。観ながら色々教えてよ」
「もちろんです!」
「そうだ、黛さんも一緒にどう?」
「わ、私もですか?」
いきなり話を向けられて黛さんは慌てふためく。
態度には出してないけど数少ない友達が自分を置いて遊びに行くのは寂しいもんなんじゃないのかね。
「い、いいんでしょうか……?」
「そこは大和田さん次第かな」
少し意地悪く笑いながら大和田さんに託す。
俺は構わないよ、という合図だ。
「うぅ……私ベイの応援になると人が変わっちゃうから、それをまゆっちに引かれたら……」
「だ、大丈夫です!私はそれくらいで伊予ちゃんを嫌いになったりはしません!」
「そうだぜ。オラのことを受け入れてくれたんだ、その程度で引いたりするもんかよ」
「まゆっち、松風……」
どうやら女の子2人と九十九神の絆がいっそう深まったようだ。
我ながらいい仕事をしたな。
とりあえず今週末は後輩の女の子達と野球観戦に行くことになったのだった。
小篠巽。2年C組、出席番号6番。
5月4日生まれ。身長176センチ、体重65キロ。血液型A型。
学内テストの順位は70位前後。
あまり目立つタイプの生徒ではないが、クラス内では年に見合わない落ち着きからか様々な相談を持ちかけられることが多い。
部活や委員会には所属しておらず、金柳街の梅屋でアルバイトをしている。
「……学園内で手に入れることのできる情報はこれくらいかしらね」
こうした情報から浮かび上がってくる小篠巽の姿は普通の生徒と言う他にない。
でもあれは……私の放った殺気をいなして反撃してきたという事実は残っている。偶然でもあり得ないことだった。
問題は経歴からそれだけの実力を持っているなんて計れないこと。だからお父様に協力してもらって学園生になる前のことを調べてもらったのだけど。
「……七浜市の児童養護施設出身。両親は所在も生死も不明。そして小篠巽が育った施設は彼が巣立ったのと同時期に潰れ、今や影も形もない……か」
さらに児童養護施設で育ったとされる彼以外の児童の行方が一切つかめない。これはどう考えても異常ね。
書類上では10人以上いたはずなのだけれど。
児童の受け入れ先となっているはずの家は存在せず、近隣の住民もそんな家は知らないと口を揃えているらしい。
そして施設の関係者の行方も誰1人として分からない。
極めつけは小篠巽が卒業した小中学校。記録としては在学していたはずなのに、彼の同級生にあたる人物は誰も彼のことをはっきりと覚えていない。
いたような、いなかったような……。誰しもがそんな曖昧な返答しかしなかったとお父様から聞いた。
果たしてそんなことがあり得るのかしら?
いくら目立たない人間だからといって誰の記憶にも残っていないなんて……。
「そんなものはもう、存在していなかったのと同義かもしれないわね」
小篠巽。明らかに壁を越えている実力を有しながら、その詳細はいくら調べても不明なことばかり。
まるで突如としてこの世界に現れた、世の
貴方は私への試練となるのかしら。
楽しみにしているわよ、巽。
ファントム・サンとしてではなく、
もうすぐ、会いに行けるから。