真剣で帰還者に恋しなさい!   作:晴貴

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九鬼のメイド

 

 

 風間ファミリーには金曜集会というものが存在する。

 廃ビルを根城――秘密基地にして時には楽しく語らい、時には全力でだらけて、時には文句を言いながら勉強し、時には真剣(マジ)になって遊ぶ。そんな集会だ。

 だからファミリーはこの金曜集会に関しては可能な限り参加するようにしている。そんな中で姿が見えない奴がいればまあ当然気にはなるわけで。

 

「あれ、今日はまゆっちいないの?」

 

 空いてるスペースでトレーニングしていたワン子がまゆっちの不在にようやく気がつく。

 

「今日は遅くなるってさ。友達と野球観に行ってるんだって」

 

「ほほー、まゆっちもファミリー以外の交遊が広がってきていい感じだな」

 

「でもなんで野球?C組の小篠くん……だっけ?彼が野球好きとか?」

 

「いや、まゆっちから聞いた話だと大和田さんっていう1年の友達が七浜ベイのファンらしくてさ……」

 

 その子が同じくベイを応援してるという小篠を野球観戦に誘った。そして小篠はそれを受けて、かつ一緒にいたまゆっちも行こうと提案したらしい。

 

「自分が孤立しないように気をつかってくれたってまゆっちが言ってたよ」

 

「まあ確かに自分の友達が自分を置いて遊びに行っていたらちょっと悲しいな」

 

「友達が少ないまゆっちは特にそうだよね」

 

「なるほどなぁ。大和もそうだけどやっぱりそういう気をすぐ回せる人は凄いなって感心するよ」

 

「俺は……どうだろう。男同士ならまだしもほぼ初対面で学年も違う女子を相手にそこまで積極に動けるかどうか」

 

 俺は基本的にギブアンドテイクの関係だ。社交辞令で一緒にどこかに行こうよ、という話の流れになることは多々あるが、実際にそこまで話が進むことは案外少ない。

 単純に遊ぶだけにしてもほとんど面識のない年下の女子を2人と、となるとかなりハードルは高いしな。

 

「てかそれって小篠の野郎が女2人侍らせてるってことだろ?やっぱ俺様の敵だぜ」

 

「どっちも年下だしガクト的には守備範囲外だろ?」

 

「だとしてもだ!男として相容れねぇ」

 

「はぁ……しょーもな」

 

 京がガクトの主張を一刀両断にする。

 過去に肉布団だのなんだのとハーレムを語っていた男が口にすると単なるひがみにしか聞こえなかった。

 

「しかしその話を聞いているとその小篠とかいう男は女性に慣れていそうじゃないか。本当に大丈夫なのか?」

 

「それはまあ、あまり心配はいらないだろう」

 

 すると意外なところから反論が飛んできた。

 

「モモ先輩?」

 

「皆にもこの前梅屋で強盗に鉢合わせたって話はしただろう?」

 

「おー、あれな。タイミング悪すぎて犯人が可哀想だったやつ」

 

 うん、あれは間違いなく地獄の釜に自ら飛び込んできたような所業だった。

 

「その梅屋で小篠って奴もバイトしてたんだ」

 

「え、そうなの?」

 

「ああ。そしてあいつは私や燕、それにまゆっちという美少女軍団を前にしても視線が全く泳がなかった」

 

 姉さんが言うには男の視線は多かれ少なかれ胸やお尻、足などに向かっているらしい。特に同世代であればほぼ確実にそういったところを見てしまうものだと経験則から語る。

 

「だけどあいつの視線にそういったものは皆無だった。私達のことを異性として一切見てない」

 

「それってつまりキャップレベルってこと?」

 

「そうだな。さすがにキャップほど純粋ではないだろうけど、それであそこまで無関心なのは逆に驚きだ」

 

 確かにファミリー内の女子相手でもふとした時に視線が吸い寄せられることは多々あるので姉さんの指摘はドキッとさせられる。

 けどそういう実感があるからこそ、それに釣られない小篠の異質さ、みたいなものを感じた。

 

「……もしかして男が好きとか?」

 

「それならばまゆっちは安全だな」

 

 俺がなんとなく放った呟きにクリスが反応する。

 

「それは知らんが女に見境のないタイプではないだろう」

 

「モモ先輩がそこまで言うとは珍しい」

 

「基本、モモ先輩は可愛い女の子の話しかしないからね」

 

「うーん……男としてどうこうはないけどな。ただ、多少気になることはある」

 

「ほう、どの辺が?」

 

「あいつは強盗はもちろん、私やヒュームさんを間近にしても臆している様子がなかった。普通なら怖がったり気圧されたりするものなんだが」

 

 言われて思い返してみれば、確かに小篠は普通に注文をとって普通に配給していた。

 ヒュームさんなんか気とか感じ取れない素人でも威圧感や凄みを覚えるものだけどな。

 

「つまり小篠はつえーってことか?」

 

「いや、それはない。気はほとんどないし体の動かし方を見ても一般人そのものだった」

 

「それってただ鈍感なだけなんじゃ……」

 

「まあそれもあり得る」

 

 そんなあっけらかんと……。

 でも姉さんの直感だ。常人を超越した武神の感覚というのは馬鹿にできるものじゃない。

 小篠がどういう人間か、少し興味が湧いてきたな。

 ……断じて姉さんが興味を持ったことに対する嫉妬じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はありがとうございました!」

 

 大和田さんが満面の笑みを浮かべてそう言った。七浜ベイが試合に勝ったのでかなり上機嫌である。

 ハマの番長こと三浦……ではなく、三崎投手の好投で勝ったのもテンションが上がってる一因だろう。

 七浜ベイはお世辞にも強いチームとは言えないからな。川神駅まで戻ってきても大和田さんはニコニコだった。

 

「こちらこそ色々教えてもらえて面白かったよ」

 

 大和田さんの豹変も含めての話だ。特に7回表ツーアウト2、3塁のピンチで三崎投手が相手の4番を三振にとった時の応援は凄かった。

 まあ意外な一面が見れた、って程度で引いたりはしてない。それは黛さんも同じ意見だろう。

 

「私も楽しかったです。また行きましょう、伊予ちゃん」

 

「まゆっち……うん!」

 

 なんかもう親友みたいだな。友達100人なんて作れなくても、大和田さんがいればいいんじゃない?

 直江とか川神先輩とも仲良いみたいだし。

 

「もういい時間だし、今日はこれでお開きにしようか」

 

「あ、そうですね。もうこんな時間」

 

「では帰りましょうか。途中まで送っていきますよ、伊予ちゃん」

 

「俺は反対側だからここでお別れかな。2人とも気を付けて帰ってね」

 

 黛さんと大和田さんはしっかり「はい」と頷いて帰っていった。護衛に黛さんがいれば滅多なことは起きないだろう。

 この川神でも黛さんより強い人間は数えるほどもいない。だからこれといって心配することもなく帰宅しようとしたんだけど……。

 

「よお兄ちゃん、ちょっと金貸してくんない?」

 

「大人しく貸してくれれば俺らも優しくしてやるからさ」

 

 駅前から離れて人通りが少なくなってきたところで2人組の、いかにもヤンキーな奴らに絡まれた。まさか俺の方にアクシデントが起きるとは。

 俗に言うカツアゲってやつだが、こんなステレオタイプなヤンキーが未だに生息しているのも川神特有の生態系と言える。

 ただこういう手合いは治安が悪い親不孝通りにいるはずなんだけどな。

 

「お金はちょっと持ち合わせが……」

 

「あぁん!?」

 

「ナメてんのかコラァ!」

 

 やかましいし顔が近い。やたらと興奮してるしやんわり断って退散とはいかないみたいだな。

 いやまあここでビビってみせれば逆上することはないんだろうが、問答無用で殺しにくる理不尽な奴らと比べてしまってどうしても余裕をもって対応してしまう。

 あいつらに比べれば戦闘狂の川神先輩だって微笑ましく思える。

 

 だからといって構ってやるつもりもない。ここは逃げる1択……なんだけどなぁ。

 こいつらに絡まれた瞬間から感じられる視線がある。その視線の持ち主がしっかりとここに向かってきていた。

 間違いなく一般人じゃない。

 

 俺の存在を認識させなくすることもできはするが、さすがにそこまでするのは抵抗があった。

 なので俺はアクションを起こすことなく視線の主を待つ。

 そして現れたのはピンクの髪にメイド服、さらには猫の尻尾を装備した奇抜な格好の女性だった。

 

「はいはーい。ちょっと待った、でーす!」

 

「おお!?お姉さん可愛いじゃん!俺らと遊ぼうぜ」

 

 服装をガン無視してノータイムでナンパを試みる節操のなさはいっそ清々しい。

 だが南無三。そのお姉さんは格好だけじゃなくて中身も普通じゃないぞ。恐らくはいくつもの戦場を経験してる本物の兵士だろう。

 そこら辺のヤンキーが束になったところで敵う相手じゃない。

 

 なんて哀れみの目で見ているとヤンキー達がばったりと倒れた。いきなりすやすやと眠り始めたようだ。

 ……薬かな。なんか体から薬物を発生させたように見えたんだけど……。

 

「大丈夫ですか?」

 

「あ、はい。危ないところを助けてくれてありがとうございます」

 

「イエイエ、これもシェイラちゃんのお仕事ですから」

 

 にこやかにそう言ったシェイラさんは、しかしあまり目は笑っていなかった。

 どうやら観察されてるらしい。

 

「それにしてもあまり慌てていたようには見えませんね」

 

「まあ慣れてるんで」

 

「あんなのに絡まられることすら慣れるなんて、話に聞いていた通り川神はデンジャラスな街ですね☆」

 

 一応納得はしてくれたようだ。

 それにしても外見と話し振りからして海外からやったきた人だろうか?海外、メイド、戦闘能力ありとなると……。

 

「シェイラさんは九鬼財閥のメイドなんですか?」

 

「はい。武士道プランの関係で今は川神の治安を守るための警備中なんでーす」

 

 ああ……義経達への挑戦者が大挙してきて、お祭り騒ぎが大好きな川神の人間も浮かれ気味だもんな。

 それで何かしらの事件でも起きれば九鬼のメンツにも関わってくるか。

 

「大変ですね。でも仕事ってことはお礼とか……」

 

「残念ながら受け取れませんねぇ」

 

「ですよね」

 

 知ってた。でもこういうのはしっかり口に出しておかないとな。

 本音を言えば九鬼のメイドに関わりたくないけど、そういう露骨な態度を見せると逆に怪しまれるし。

 これくらい普通の対応をしておいた方が無難である。

 

「それではシェイラちゃんは彼らを連れていきますので。あなたも気を付けて帰ってくださいね☆」

 

 そう言い残して、シェイラさんは2人組のヤンキーをずるずると引きずりながら消えていった。

 ……九鬼従者部隊のシェイラさん、か。あそこも人材の宝庫だけあって厄介な人が多そうだな。

 義経達が転入してきてから俺の周りも少しずつ慌ただしくなってきたような気もするし、より一層目立たないよう、善良な一生徒として生きていこう。

 

 改めてそんな決意をする、6月の夜だった。

 

 

 


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