真剣で帰還者に恋しなさい!   作:晴貴

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強襲

 

 

 川神学園の体育祭にはいくつか種類がある。去年は学園を飛び出し、海まで出向いて水上体育祭が行われた。

 その名称の通り水や海にちなんだ競技が目白押しで、なんとも川神学園らしい体育祭と言える。

 

 そして今年は通常の、学園のグラウンドで行う体育祭に決定した。借り物競争で黛さんが松風連れてゴールして怒られたり(あとで聞いたらお題は『友達』だった)、教師陣による徒競走というちょっと珍しい競技もあったりしたが、まあここまでは普通の範疇だろう。

 だがしかし、やっぱり川神学園は川神学園だった。体育祭の最中に『川神戦役(かわかみせんえき)』なるものが開催された。

 

 早い話が特定のクラスが1対1で5番勝負を行い、3勝した方が勝ちというクラス単位の対抗戦である。

 そうなると戦う2クラス以外の人間はヒマになるのだが、ノリのいい学園の生徒は一進一退の川神戦役に声援や野次を飛ばして大いに盛り上がっていた。

 

 ちなみに戦ったのは2―S(エリート軍団)2―F(問題児集団)であり、延長戦(フリーバトル)までもつれた末にF組が勝利した。

 義経達やドイツ軍人がいるS組が有利と目されていた中でよく勝ちを拾ったもんである。

 その勝因になったのは延長戦で九鬼のメイド相手に見せた直江の踏ん張りだろう。

 

 まあそんなこんなで今年の体育祭もつつがなく終了した。

 そして日曜日を挟み、明けて月曜。6月29日、学園はまだ少しだけ体育祭の熱気と疲労を引きずっていた。

 

「あ゛ー、授業だっりぃ~……」

 

「なんかいつもより長く感じね?」

 

「体育祭明けだからな。2、3日後には慣れてるだろ」

 

 クラスのそこかしこで似たような会話が聞こえてくる。要するにまだ切り替えができてないってだけのことだ。

 授業を受けてれば嫌でも治るさ。

 

 何はともあれこれで今日は終わりだ。バイトもないし、放課後はどうするかな。

 ……なんて考えていた時だった。

 

「うお!?」

 

「な、なんだ今の?」

 

「背筋がゾクッとしたぞ……」

 

 クラスメイト達が急にざわめき始めた。その理由は明白。

 学園内に突如として壁を越えた人間が現れ、さらにその闘気を全開にしたからだ。

 壁越えの実力者がそんなことをすれば武道に疎い素人でも異変を察知することができてしまう、ってわけだ。

 

 つーかこの気に俺すっげぇ覚えがあるんだけど……。

 覚えがあるっていうか、完全にファントム・サンと同じ気だった。あいつなんで学園にいるんだよ。まさか学園生だったのか……?

 

「……それヤバくね?」

 

 小声で、しかし思わず声が漏れた。

 いやヤバいって。俺ファントム・サンに顔見られてるんだけど。しかも相手の殺気を斬り伏せて逆に脅しかけちゃってるし。

 

「おいテレビ、テレビつけてみろ!」

 

 俺がやっちまった!と後悔している間にも事態は進展していく。

 廊下からそんな声が聞こえてきた。そのただならぬ様子に、とりあえずテレビをつける。

 そこには九鬼の関係者らしき男が映し出されていた。そして男はこう語る。

 

『私達、九鬼財閥は5人目のクローンである(みなもとの)義仲(よしなか)を愛すべき皆さんにご紹介する』

 

 この気がファントム・サンのものなら、やっぱりあいつクローンだったんだな。

 そしてクローンってことは九鬼関係者であることが確定しているわけで、ファントム・サン改め源義仲から俺のやったことについて報告が上がってるかもしれない。

 警戒されて監視とか尋問とかされたらどうしよ……?

 

木曾(きそ)義仲(よしなか)の名でも知られる名将ですね。しかしなぜ今になって5人目の発表を?あの4人が全てではなかったのですか?』

 

『話題の継続だよ。本当ならば毎日だって世間を賑わせたいくらいだ』

 

 そんな理由のせいで俺は九鬼に警戒されるかもしれない地雷を踏んだのかよ。

 

『5人目は私の養女として日常生活を送っている。クローン達が社会での生活を適切に送れるかどうか前もってチェックしていたんだ』

 

 だとしたら不適切じゃない?ファントム・サンとして世の武道家をボコして回る活動してるけど。

 あれにも何か意味があるのかね?

 

『発表されたら周囲の人間は驚くだろう。でも同時にどこか納得もするはずだ。あぁ彼女が、道理で不思議な魅力があったな、と』

 

『養女ということは女性なんですね?』

 

『もうすぐここに来てもらうけど、名前をまずは公開しよう。最上旭。現在、川神学園に在籍している3年生だ』

 

 男が口にした名前にクラス中の人間が騒ぎ出す。

 最上旭。それは川神学園評議会議長の名前だったからだ。

 

 評議会ってのは生徒会を補佐する組織である。生徒会が学園の表の顔だとするなら、評議会はその生徒会を裏から支える縁の下の力持ちみたいな役割を果たしている。

 現職の生徒会長が日本語いまいちの骨法少女なのにも関わらず学校行事が円滑に執り行われているのは評議会の存在が大きいからだ。

 

 というかこれでファントム・サンが学園の生徒だってことが確定したじゃねーか。

 できれば俺のことは忘れててくれると助かるんだけどなぁ……。なんて途方に暮れていると、未だに騒然としている教室の扉が開かれた。

 そして入ってきた人物を見て、まるで時が止まったように静まり返った。それもそのはず、現れたのは話題の渦中その人だったからである。

 

 最上先輩は呆気に取られる俺達を見回す。そして俺と目が合うと真っ直ぐにこっちまでやって来た。

 そうなればクラスメイトの視線も俺の方に集中する。

 

「こんにちは」

 

 しかしそんな周囲の空気など気に留めることもなく、最上先輩は優雅にそう挨拶してきた。

 まあそこまではまだいいんだけど、何よりも帯刀してらっしゃることが気にかかる。この場で斬りつけてくるとかさすがにないよね?

 

「……ど、どうも。はじめまして」

 

 とりあえず初対面だってことをアピールしてみた。

 

「ええ、はじめまして」

 

 ……あれ?もしかして俺のこと覚えてない?

 

「ところで巽、あとで少しだけ時間をもらえないかしら?ゆっくりと話をしたいのだけど」

 

 あ、これは覚えてますね。はいはい、知ってた知ってた。

 話ってのは……まあこの間の件についてだろう。

 もはや逃げられないと悟り諦めの境地に達した俺は、最上先輩のお誘いに力なく頷くことしかできなかった。

 ついこの間、目立たずに生きていこうと決意を新たにしたばかりなのに、それが早くも崩れ去っちまった瞬間である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃい。ここが私の家よ」

 

「はー、さすがに立派っすね」

 

 私が正体を明かしたその日の夜。

 巽は意外と素直に誘いに乗って私の家まで招かれてくれた。

 けれどそこに浮かれた様子はなく、かといってこちらを警戒している素振りも見せない。

 

「褒めても何も出ないけれど」

 

「お茶くらいは出るでしょう」

 

 そう、こんな言葉を返せるくらいには余裕があった。

 確かに落ち着きのある子だという情報はあったけれど、それにしたって落ち着き過ぎじゃないかしら?

 なんて疑問に思いつつもそのままリビングへと巽を通す。

 

「おや、お友達かい?旭」

 

「ええ、学園の後輩なの」

 

「はじめまして、小篠巽です」

 

「ふむ……ようこそ小篠くん。養父の最上(もがみ)幽斎(ゆうさい)だ。歓迎するよ」

 

「ご飯の仕度をするからそれまで男の子同士でお話していてね」

 

「お茶どころかご飯まで出るじゃないっすか」

 

「それはどういう意味なんだい?」

 

「実はさっき最上先輩に――」

 

 結構なキラーパスを出したつもりなのに、巽は臆することもなくお父様と会話を始める。

 いきなり異性の先輩の家まで招かれ、そこで先輩の父親と2人きりにされても平然としているなんて大したものね。

 まあ私を異性とは認識していない、という可能性もあるけれど。

 

 なんというか、掴み所のない子だわ。

 そんな風に感心しながら料理に取りかかる。まあ今日は慌ただしくなることを見越して昨日の内に手間がかかる部分は終わらせておいたから時間はかからないのだけど。

 手早く仕度を済ませてリビングへと戻る。

 

「へぇ、じゃあ九鬼の人達にも最上先輩のことは秘密だったんですね」

 

「愛する九鬼の皆へ試練を与えたくてね。おかげで今日はそれについての説明に追われて大変だったよ」

 

「納得はしてもらえたんですか?」

 

「帝様は寛大な方だからね。私の言い分もご理解してくれた」

 

「懐が広いというかなんというか……」

 

 ほんの30分ほど離れていた間に、お父様と巽はだいぶ打ち解けているようだった。

 私もその輪に加わることにした。

 

「あら、私のお話かしら」

 

「最上先輩が九鬼にも秘密にされてたってのは聞きましたよ。あと義経のライバルとして誕生したってことも」

 

「生まれながらにして英雄という肩書きを背負うことになる義経が心配でね」

 

「それでクローンをもう1人――ってなるスケールの大きさはさすが九鬼って感じだなぁ」

 

 食事をとりながら和やかな雰囲気で談笑は続く。

 巽は会話の合間にも言いながら料理を口に運び続ける。

 

「私はこれから義経と競いあっていくつもりよ」

 

「それは武将として?」

 

「そうね。でも競うのは戦いだけじゃないわ。もっと色々な分野でお互いを高めあって、人間として成長していきたいの」

 

「すごくいい話じゃないですか」

 

「なら巽には義経との勝負の見届け人になってもらおうかしら?」

 

「俺がですか?ムリですってそんなの」

 

「あら、私はそう思わないわよ。なにせ私の斬撃を弾き返したくらいだもの」

 

「それはあくまでイメージの中ででしょ。というか戦い以外の勝負じゃ俺にはどうしようもないですし」

 

「……誤魔化しもしないのね」

 

「ムダなことはしない主義なんで。人生諦めが肝心って言葉もありますからね」

 

 顔色ひとつ変えることなく、食事をしながら事も無げに巽はそう返してきた。

 バレてるなら隠さない、というのは剛胆で個人的には好印象ね。

 

「なら貴方の強さの秘密も聞いたら教えてくれるのかしら?」

 

「そこは黙秘で」

 

「秘密にされると余計に探りたくなるのが人の心情というものよ?」

 

 本音ではあるけれど、ほとんどからかうつもりでそんな言葉をかける。

 すると巽は真剣な顔つきで悩み始めた。

 

「ですよねぇ……でも九鬼の人、特に上層部の人達には知られたくないんすよ」

 

「私とお父様の心の中だけに留めておく、と言ったら?」

 

「その言葉を信ずるに値する信頼感はまだないですね」

 

「はっきりとものを言うのね」

 

「最上先輩こそ分かりきってて尋ねてきてるじゃないですか」

 

 ……平行線ね。まあ私としてもそこまで素直に教えてくれるとは思っていなかったけれど。

 そこで私達のやり取りを見守っていたお父様が口を開く。

 

「小篠くん、君は今『九鬼の上層部には特に知られたくない』と言ったね?つまり君は九鬼にとってよろしくない秘密を抱えているということかい?」

 

「そこは俺にも分かりません」

 

「分からない、とは?」

 

「俺の秘密を知った時に九鬼がどんな判断をするのか想像がつかないんです。危険視して排除しようとするのか、不干渉を決め込むのか、利用するために取り込もうとするのか」

 

 その言葉が意味するところは計りかねる。

 でも適当なことを言って煙に巻こうとしているわけでもなさそうね。

 

「君にはそれだけ危険な秘密があると?」

 

「それを判断するのは俺以外の人ですからノーコメントで」

 

「……そう。なら無理やり聞き出すのは野暮というものね」

 

「俺が言うのもなんですけどそれでいいんですか?」

 

「無理強いをするつもりはないの。それに九鬼がどうこうではなくて、これは単に私の興味本意だから」

 

「えぇ……」

 

 興味本意という言葉に巽は脱力する。

 よほど九鬼とは関わり合いたくないのね。そのわけは彼の秘密を聞かないと分からないけれど。

 

「それに信頼してもらえるくらい仲良くなれば教えてくれるのでしょう?」

 

「あー……ところで最上先輩」

 

「話の逸らし方が露骨すぎないかしら」

 

「逸らしたわけじゃないんで今は置いといてください。それより先輩って誰かに狙われたりしてるんですか?」

 

「そうね……確かに熱い視線を向けてくる男子に心当たりがないわけではないわ」

 

「んなことは聞いてないですよ。そうじゃなくて命を狙われたり身柄を拘束されたりする心当たりってあります?」

 

「今のところないわね。まあクローンという性質上、特定の宗教を信仰している人達からは快く思われてはいないでしょうけど」

 

 でもどうしてそんなことを?と尋ねる前に巽は箸を置いた。

 

「敬虔な信者にしては殺気が洗練されてますね。傭兵か殺し屋か、なんにせよ不穏な2人組がここを目指してます」

 

「ふむ……もしかしたらそれは私のお客かもしれないね」

 

 不意にお父様がそう口にする。

 

「お客という割りには友好的な雰囲気ではなさげですけど」

 

「無理もないさ。私は試練を与えたわけだからね」

 

「……納得しました」

 

 巽が察したように言葉を漏らす。要するにお礼参りが来た、ということらしい。

 私はまだその気配を察知できていないのだけど、巽は当たり前のように話している。

 

「それなりに手練れっぽいですけどどうします?」

 

 巽はそう言って私を見た。その言葉の意味するところは“助力はいりますか?”といったところね。

 彼の強さを窺うチャンスではあるけれど、さすがにそこまではさせられないわ。

 

「私が1人で相手をするから巽はお父様を守っていて」

 

「いいんですか?」

 

 巽は意外そうに目を丸くした。それを見て少し笑いがこみ上げる。

 強さの秘密をあんなに隠したがっているのに、いざ危険が迫れば迷わず私を助けるために動こうとするのがおかしかった。

 

「貴方はお客様だもの。危ない目には遭わせられないわ」

 

 これは本音。

 彼は私の興味を満たすために呼び寄せられて巻き込まれたのだから、招いたホストとしてこれ以上不甲斐ないおもてなしをするわけにはいかないもの。

 不届き者を追い返して、せめて最低限の体裁は保たないといけないわね。

 

 愛刀を携えて中庭へと降りる。白玉砂利を踏みしめるとジャリ、という音を立てた。

 その音が闇夜に溶けるように消えていく。シン、と静まり返った空気が張り詰める。

 ……巽が言っていた通りね。殺気をまとった人間が近付いてきているわ。

 

 そしてその2人は私の眼前に姿を現した。

 どちらも剣を抜くのに値する実力者ね。普段なら喜ばしいところだけれど、今は望ましくないのよね。

 

「お前がM……ではないな?」

 

「ええ。まあその娘ではあるけど」

 

「ならばお前に用はない。そこを退いてもらおう」

 

 槍を携えた黒髪の女性の瞳が鋭く細められる。その隣に立つ赤い髪の女性もすでに臨戦態勢ね。

 

「そういうわけにはいかないわ。お父様に手は出させないし、今はお客様が来ているの。だから今日は帰ってもらえないかしら?」

 

「……そうか。では問答無用で通らせてもらう」

 

 言うが早いか槍を握った女性は一気に間合いを詰めて閃光のような突きを放ってくる。

 それを刀で弾き、いざ反撃を――

 

「って、きゃあっ!?」

 

 間髪入れずに赤い髪の女性も拳を見舞ってくる。それは威力も充分だったことに加え、拳と一緒に炎まで飛んでくる。

 一体どういう原理なのか、はたまた彼女の能力なのか。それを考えるヒマもないほど彼女達の攻めは苛烈で、防御に回ってしまう。

 

 燃え盛る業火と雷鳴のような槍による連撃。しかも決して刀の間合いには入ってこない。

 強さも、連携も、立ち回りも、間違いなくプロのそれね。

 アレを使う隙が一切ない。

 

 かといってこのまま防御に徹していてもじり貧になるのは分かりきっているわ。向こうに増援が現れればすぐに抜かれてしまう。

 巽がいると思えばなんとかしてくれるかもしれないけれど、ここで彼を頼りにするわけにもいかない。

 どうすれば……と、わずかに迷った瞬間。

 

 炎が壁となって私の視界を一瞬遮った。まずい!

 

「せいッ!」

 

 そう思ったのと同時に、炎の壁の向こうから槍が伸びてきた。

 

「くうっ!?」

 

 槍による横薙ぎが左腕に直撃した。

 鈍い痛みが走って剣を取り落としそうになるのを堪えて距離を空ける。

 

「痛めつけたな。私はメインターゲットに向かう」

 

「させないわ!」

 

「お前の相手は私だ!」

 

 私の行く手に黒髪の女性が立ち塞がる。

 その隙に赤い髪の女性が私の横を通り過ぎ――ようとしたところで声がかかった。

 

「無理はよくないですよ、最上先輩」

 

「誰だ!?」

 

 3人の視線を一身に浴びて、巽は肩をすくめる。

 

「ただの後輩ですよ。最上先輩の助太刀をしに来ました」

 

「助太刀だと?何をバカな」

 

 2人の刺客はあきれたような表情を隠さない。

 ……まあ当たり前よね。初めて顔を会わせた時も、そして今も、巽には武人としての“気”がほとんどない。レベルとしては一般人のそれだもの。

 

 その気を感じ取れる実力者だからこそ見抜けない。

 巽の異質な強さを。

 

「……情けないところを見せてしまったわね」

 

「数的不利はしかたないんじゃないですか?」

 

 まるで日常生活の中の何気ない会話のように、巽は飄々と受け答える。

 そんな彼と反比例するように、2人組の雰囲気は剣呑なものへと変わっていく。

 明らかな格下に……いえ、武術を学んでもいなさそうな男に舐められているのが屈辱なのね。

 

「それよりも早く終わらせましょう。まだ食事の途中ですし」

 

「お前……しばらく流動食になっても後悔するなよ」

 

「ついでに大火傷してもな!」

 

 襲い来る隙のないコンビネーションによる一気呵成の攻め。

 しかし巽はそれをいとも簡単に防いでみせた。

 

「え?」「は?」

 

 何が起きたのか分からず……いえ、目の前で起きたことが理解できず、2人から戦闘中とは思えないような気の抜けた声が出た。

 でも、それもそのはず。

 

 巽が左手に持っていた“1本の箸”で槍による突きを受け止めたからだ。しかも素人だと思っていた子に、だ。その衝撃はいかばかりかしら?

 

 コンビネーションが崩されたことで隙だらけになった炎の剛拳を、巽は右手で鷲掴みにする。そのまま強引に引き寄せて回転しながら体の位置を入れ替えた。

 これで挟撃してきた2人組の姿が重なる。

 

「『紫電(しでん)(かいな)』」

 

 そして巽はその一撃で2人を同時に撃ち抜いた。

 そうとしか言いようがない。私の目にはその名の通り紫電のごとく振るわれた拳によって2人まとめて吹き飛ばされたようにしか見えなかった。

 ただし“直撃していないはずの拳”で、なのだけれど。

 

 結果だけを語るならまさに瞬殺。2人は完全に意識を手放したのか、重なって倒れたまま動かない。

 そんな相手を見下ろしたまま、巽は尋ねる。

 

「で、どうします?このお姉さん方」

 

「……九鬼の方でなんとかするわ。それよりも――」

 

 今のは何?……とは聞かない。

 もっと優先しなければいけないことがあるもの。

 

「火傷はしていない?思いきり炎を掴んでいたけれど」

 

「大丈夫ですよ。そんなに熱くなかったですから」

 

 それが嘘だということは彼女と対峙していた私にはよく分かる。

 ……まあ巽なら本当に大した温度じゃないと感じている可能性もあるけれど。

 

「でも制服は焦げてしまったわね」

 

 体は無事でも制服の袖口は一部が燃えてしまっていた。

 この制服で登校したら確実に注意されてしまうわね。

 

「……この人達に請求したら弁償してくれっかなぁ」

 

「その心配は無用よ。私が新調してあげるわ」

 

「え?でもそこまでしてもらう理由は……」

 

「あるのよ」

 

 巽の言葉を遮って、私はニコリと微笑む。

 情けなさや悔しさはあったけれど、それでも素直に笑えたと思う。

 

「危ないところを助けてくれたお礼をさせて。助けてくれて本当に嬉しかったわ」

 

 そう言われて、少し恥ずかしそうに頬をかく巽の姿は年相応の可愛らしさがあった。

 とても慌ただしい会食になってしまったけれど、そんな彼の姿を見ることができた。それだけで満足してしまった私がいる。

 

「でもよく助けてくれたわね。巽は自分の力を隠したいのに」

 

「さすがに目の前で知り合いが痛めつけられてちゃだんまりしてられませんって。まあ隠せるに越したことないのは間違いないですけど」

 

 苦笑しながらそういうことをサラリと言える辺りお人好しの部類なのかしら。自分の利益を守るより相手の不利益を防ぐために迷わず行動を起こせるのはとても素敵ね。

 

 ふふ……まったく、我ながら単純だわ。

 巽。私はもっと貴方に興味を抱いてしまったみたいよ。

 その武だけじゃなくて、男の子としても……ね。

 

 

 


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