真剣で帰還者に恋しなさい!   作:晴貴

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梁山泊

 

 

「時間ぴったり。几帳面なことね」

 

 場所はお馴染みの屋上。そこで待ち受けていた最上先輩は姿を現した義経御一考にそう言った。

 相対する義経は緊張の面持ち。家臣2人となぜか一緒の直江は特に変わった様子もないが。

 

「義仲さん……それと、君は……」

 

 初対面の俺を前にして直江以外は『誰だこいつ?』みたいな顔をしている。当たり前だけど。

 

「私の家来よ」

 

「ということは義経達と同じクローン……?」

 

 やめろやめろ、変な勘違いを招くな。 

 

「最上先輩、無意味な嘘をつかないでください」

 

「あら、私の家来は嫌かしら?」

 

「主人なら考えてあげてもいいですが」

 

「その気概はとても素敵だわ」

 

 話が進まないな。

 いいからさっさと勝負して雌雄を決してくれ。

 

「あの、すいません」

 

 それを見かねてか直江が会話に割り込んでくる。

 

「小篠は最上さんの仲間ってことでいいんですか?」

 

「よくない。俺はただの審判だ」

 

「審判って、君にそんなことできるの?」

 

 弁慶からごもっともな意見が飛んできた。

 俺だって自信はないし、そもそもやりたくないんだが……。

 

「やれる限りはやるさ。最上先輩からのオネガイだからな」

 

「ああ~、そういうこと……」

 

 弁慶は俺の言葉を受けて何かを察したような顔をする。その視線に憐れみの色が若干見えたことを考えれば、俺が巻き込まれた人間だと分かってくれたらしい。

 できればそのまま運の悪い男子生徒という認識でいてくれ。

 

「とはいえ私が用意した審判だけでは不満も出るでしょうから義経にも中立な立場の生徒を連れてきてと伝えておいたでしょう?」

 

「なるほど。つまり俺と小篠でお2人の競い合いの判定をするってことですね」

 

「ご明察。さて、早速勝負といきましょうか。源氏同士の競い合い……どちらがより、優れた者であるか」

 

「……」

 

 義経がごくりと唾を飲む。

 

「1回目はコレで勝負を希望するわ」

 

 そう言って最上先輩が取り出したのは笛だった。笛、といっても当たり前だがホイッスルみたいなのじゃない。

 いわゆる龍笛(りゅうてき)だ。

 

「私はピアノを習っていたのよ。そこそこ自信があるけど、今はこっちにハマっているのよね」

 

「義経も笛が好きです。時々街でも吹いてます」

 

「知ってるわ。貴方と吹いてみたいからこれを種目に選んだのよ」

 

 さすが義経のライバルを自称するだけある。まあ史実を鑑みれば最上先輩が不利そうだ。

 今の義経も笛は嗜んでるようだし。

 

 それにしても芸術の分野となれば無知もいいところだ。音楽の知識なんてそれこそ学校の授業で習った程度のもんであり、笛の音色の善し悪しなんざ聞き分けられるわけがない。

 わざわざ今から音楽に関する見識を身に付けておいたことにする気も起きないし、普通にフィーリングで判別すればいいだろう。

 

 なんて考えている内に演奏が始まる。

 思わず感嘆が漏れそうになるくらい、最上先輩の奏でる笛の音色は澄んでいた。

 

「素晴らしい……義経もやるぞ!」

 

 それに感化されたように義経も口に笛を添えた。

 そして最上先輩の音に合わせるようにして吹いていく。

 

 平安の時代に流れていたかもしれない音色が、悠久の時を越えて平安の血を継ぐ2人によって現代に再現される。

 ……時間旅行といえば大げさだが、まあこういう形で歴史の一端に触れるのも悪くない。

 

 やがて2人はその演奏を終え、どちらともなくふぅ、っと息をついた。

 

「こんなところかしら。さすが、見事な笛の音ね」

 

「いえ義仲さんこそ!ずっと吹いていたい気になりました」

 

 お互いに認め合い、称賛を送る。

 理想的なライバル関係だった。それだけにどちらの笛が優れていたか、判定するのは難しい。

 

「ありがとう。でも白黒をつけましょうか」

 

 表情を引き締めた最上先輩が俺と直江の方に向き直る。

 

「小篠巽、直江大和。どちらの笛の音が良かったか、ジャッジしてもらえる?」

 

「……やっぱり、比べはするんですね。2人とも頑張ったじゃ駄目なんでしょうか」

 

「優劣をつけたいわ。何事にも」

 

 義経はこの競い合いにあんまり乗り気じゃないのな。日々挑戦者をなぎ倒してるし、勝負事が好きな奴なんだろうと思っていたが。

 

「俺は義経の友人ですよ。厳密には中立とは言えないかと」

 

「それぐらいは細かい事よ、気にしないわ。さぁさぁ」

 

 最上先輩がジャッジを求める。

 ……そういう気質の人だと言ってしまえばそれまでだが、どうしてここまで勝負にこだわるのかね?

 確かに生い立ちを考えれば義経との競い合いは最上先輩にとって生きる上で重要なファクターなのは理解できる。

 

 けどその判定を自分と義経の間だけで着けようとはしない。

 公平な判定を求めるという意味では正しいが、どうにも最上先輩が優劣を他人に委ねようとしているように見えるのは気のせいか?まるでどちらが優れているかを周囲に知らしめるようとしている気さえする。

 ……まあいいさ。俺は自分の役割を果すだけだ。

 

「じゃあ俺は源義経さんに1票」

 

 さして迷うこともなく俺はそう言い切った。

 

「え?」

 

 俺が自分の方を選ぶとは思っていなかったのか、義経は意外そうな顔をする。

 弁慶と与一、そして直江も同様の反応だった。

 

「あら、残念。浅からぬ仲だから私を選んでくれるかと思ったのに」

 

「何度か会話したことがあるだけなんだから充分浅い関係じゃないですか。だいたい中立な判定を希望したのは最上先輩だし」

 

 なんとなくだろうと義経の笛の音の方がよく思えた。

 だから俺は義経の勝ちだと判断する。仲がよかろうと悪かろうとそこは動かない。

 

「正論ね。大和はどうかしら?」

 

「……正直引き分けと言いたいですが、それでもあえて比べるとしたら俺も義経の笛の音の方がいいと思いました」

 

「2対0で源義経さんの完全勝利っすね」

 

「そうね、悔しいわ」

 

「でもでも、義仲さんだってすごかったです!」

 

「ふふ、慰めてくれるのね。ありがとう義経」

 

 負けても余裕を崩さない最上先輩と、勝ったのに狼狽えている義経。そんな義経を見ながら川神水を煽る弁慶。

 とりあえず俺もう帰っていいかな?

 

「なあ小篠」

 

「なんだ?」

 

 帰宅するタイミングを窺っていたら直江に声をかけられた。

 

「どうして小篠はジャッジを頼まれたんだ?実は最上さんと親しかったのか?」

 

「まさか。最近まで話したこともなかったよ」

 

「……それは最上さんの正体が発表されてからってこと?」

 

 歯にものが詰まったような聞き方だな。

 探りを入れてるってのは分かるけど、そもそもなんで直江がそこを気にするんだ?

 ……あ、いや待て。まさかそういうことなのか?

 

「安心しろ直江」

 

「え、何が?」

 

「俺は最上先輩と親しいわけじゃない。アプローチをかける邪魔はしないぞ」

 

「……は?」

 

 あれ、直江の反応が薄い。

 気になる女の子に男の影が見え隠れしてるから警戒してきたわけじゃないのか?

 

「面白い話をしているわね。大和は私のことが好きなの?」

 

「なにー、そうなのか大和ー?」

 

「いや別にそんなことは……ってそれは最上さんに異性としての魅力がないってわけじゃなくてですね。学園の先輩としては好きですが恋愛感情となると話はまた変わってくるっていうか……」

 

 ああ、直江が最上先輩と弁慶に絡まれだした。すまん直江。

 

「じゃあ俺は帰るから。直江によろしく言っておいてくれ」

 

「お、おう……」

 

 所在なさげに立っていた与一にそう告げる。

 与一は「こいつこのタイミングで帰るのかよ」とでも言いたげな顔をしていたが、気にしないでその場をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はずなんだけどなぁ……」

 

「何か言った?巽」

 

「……なんも」

 

 最上先輩の家に数日振りの来訪をするための足取りは重い。

 なんでそんなことになったかと言えば、なぜか未だに最上先輩ん家に滞在している梁山泊の人が俺に話したいことがあると言い出したからだ。

 

 はっきり言ってそれを聞き入れる必要はない。しかしそう伝えると最上先輩からこんな答えが返ってきた。

 

「そうなると彼女達、学園に転入してきそうなのよね」

 

 潜入や侵入ではなく、転入である。つまり正規の手続きを経て面倒事を持ってくる恐れがある、ということだ。

 ふざけんな。大人しく祖国に帰れ。

 

 話を聞く聞かないは別にして、あの2人にそう言ってやるために俺は渋々ながらまたもや最上家にお邪魔することになった。

 そして玄関をくぐり、この前と同じくリビングの扉を開ける。

 

「よう、今日は遅かったじゃないか」

 

「おかえり。それとパンツ頂戴」

 

「ごめんなさい、今日ははいていないの」

 

「マジかよ。まさか変態が2人に増えるなんて……」

 

「梁山泊の方も増えてね?」

 

 俺の記憶が正しければ黒髪と赤髪のお姉さん2人だったはずなのに黒髪の貧乳と青髪のパンツ女、そしてロリっ娘が最上家のリビングを占拠していた。

 全員が同一の衣装を身にまとってるってことは新たな3人も梁山泊の人間だってのは分かる。

 

「あん?誰だお前」

 

 貧乳は口が悪そうだな。間違っても巨乳とは言えない最上先輩のおしとやかさを見習えよ。

 まあ先輩も性格がいいとは言えないが。いい性格はしてるけども。

 

「川神学園2年の小篠巽だ。梁山泊が何やら話があるって言うから出向いてきてやったぞ」

 

「わざわざ来てくれたのか。すまない」

 

 襲撃者の片方、最上先輩がりっちゃんと呼ぶ林冲が頭を下げる。

 落ち着きを取り戻したおかげかこっちは礼儀を弁えてるらしい。まあそれはいいとしてだ。

 

「最上先輩や」

 

「何かしら?」

 

「林冲さんの反応を見るに俺を呼んでほしそうにしていたわけじゃなさそうですが」

 

「まあ彼女から“呼んでほしい”とはお願いされてないわね。ただ5人でどうやって貴方と接触しようか話し合っていたのをたまたま聞いてしまったの」

 

「その中に学園に入り込むって案があったと」

 

「だいたいそんなところよ」

 

 なるほどなるほど。これ梁山泊の連中ギリギリで悪くねーわ。

 

「先輩、梁山泊をダシに使いましたね?」

 

「そういう言い方もできるかもしれないわ。じゃあ私は夕飯の仕度をしてくるから巽はゆっくりしていて」

 

 最上先輩はいつも通りの笑顔を浮かべながらキッチンへと消えていった。

 残された俺はため息しか出せない。こういうからめ手って1周回って新鮮だな。

 あいつらはこういう回りくどいことしないで強制的に死の概念を押し付けてきたり俺の存在を時間ごと無くそうとしてきたからな。

 ある意味究極の脳筋である。

 

「だ、大丈夫か?」

 

 林冲さんの心配が身に染みる。

 はあ……とりあえず気持ちを切り替えるか。

 

「問題ない。それで俺に接触したいって話だったらしいけど何か聞きたいことでも?」

 

「それはだな……」

 

「ちょいと待った」

 

 いざ林冲さんが話し出そうとしたところで横槍が入った。貧乳だ。

 どうでもいいけどこいつ何枚パッド入れてんだろ。

 

「お前が本当に林冲と武松を倒したのか?」

 

「ラッキーパンチが決まってな」

 

「嘘つけ。そんなもんでこの2人に勝てるわけないだろ」

 

 ですよねー。俺のわずかばかりの抵抗は通用しなかった。

 そもそも林冲と赤髪――武松というらしい――から直接話を聞いてるなら最初から誤魔化しようがないわけで。

 

「ならそうだとしてあんたは何が言いたいんだ?」

 

「お前の実力が見たい。わっちと勝負しな!」

 

「いいぞ」

 

「お、素直じゃねーか」

 

「ただし条件がある。負けた方は勝った方の言うことをひとつ聞くってのはどうだ?」

 

「はは、分かりやすくていいね!」

 

 この貧乳、自分が負ける可能性を考えてねーな。

 そりゃこいつレベルの手練れなら相手の気を察知することは容易だろうし、実際俺にはそういう気の類いなんざないから感じ取れるわけもないんだが。

 

 仲間を負かしたと聞いていてもなお心の底から警戒しきれないのは強者故の油断だな。

 まあ虎がどうやっても兎を警戒できないのはしかたないことだと言えばそれまでだ。

 最上先輩に許可をもらい、中庭に出て貧乳と対峙する。

 

天微星(てんびせい)九紋龍(くもんりゅう)史進(ししん)だ」

 

「川神学園生、小篠巽」

 

 名乗られたので名乗り返す。

 といってもここじゃ大層な肩書きもないが。

 

「いざ尋常に、尋常じゃなくても、勝負!」

 

 そこはせめて尋常であれよ。

 なんてつっこむヒマもなく貧乳――史進が突撃してくる。

 

 手にしているのは(こん)

 目測でおよそ240センチくらいかね。まあ一般的な棍だろう。

 それが思いっきり振るわれる。

 

 

 

 ――誰もいない虚空めがけて。

 

 史進の棍は当然ながらなにものも打つことはなく空を切った。

 

「……は?」

 

 呆然としたような声が漏れ聞こえた。

 大方俺の姿が消えたようにでも見えたんだろう。

 

「どこ狙ってんだ?俺はこっちだぞ」

 

 俺は史進の真後ろからその背中に向けて声をかける。

 史進が勢いよく振り返った。その顔にようやく警戒の色が浮かぶ。

 

「驚いたぜ。まさかわっちの攻撃を避けるとは思わなかった」

 

「避ける?何言ってんだ?」

 

 俺は両手を広げて首をかしげる。

 そして史進に、答えを教えてやった。

 

「俺は最初からここに立ってただけだぞ」

 

「いや、お前こそ何言って――「ならよく思い出してみろ」

 

 史進の言葉を遮る。

 史進だけでなく、縁側で勝負の行方を見守っている他の梁山泊の3人も訝しげな表情だ。

 ちなみにもう1人のロリっ娘は興味ないらしくまだリビングにいる。

 

「勝負が始まった時、俺はどこに立ってた?」

 

「そりゃここに、決まっ……て?」

 

 否定しようとして、しかし史進は言葉に詰まる。

 当然だ。俺は史進と対峙して、勝負が始まってから1歩も動いてないんだからな。

 史進が、そして他の面々もようやく思い出したらしい。つい数十秒前の記憶を。

 

「言った通り俺はずっとここに立ってただろ?なのに勝負が始まった瞬間、お前が勝手に誰もいない場所へ突撃して攻撃した。それだけのことだ」

 

「……何をした?」

 

「お前も分かってるだろ?俺は何もしてないって」

 

「そんなわけあるか!まさか幻術……でも、わっちに異能が効くはず……」

 

「考え込んでるところ悪ぃけどさ、勝負に集中したらどうだ?」

 

 間合いを詰めるために1歩前に出る。

 それに対して史進は構え……ようとして棍がないことに気付く。

 

「探し物はこれか?」

 

 そう言って俺は手に持っていた棍を振り回す。なかなかよく手に馴染む。

 棒術はさっき一通り嗜んでいることになったからな。史進に劣らないくらいの技術はあるはずだ。

 

「い、いつの間に!」

 

「おいおい、また物忘れかよ。この棍はさっきお前が俺に手渡してくれただろ」

 

「んな、わけ……あるわけないのに……!」

 

「いくら否定しても無駄だ。それが事実だからな」

 

 史進が誰もいない空間を攻撃したのも、会話の最中に俺へ棍を手渡したのも、全て事実だ。

 幻術でも、異能でも、記憶の改変でも、時間の停止でもない。純然たる事実。

 ただそれに対して認識が追いつかなかっただけ。それだけの話だ。

 

「違う……違う違う違うっ!わっちがそんなこと、するはずが……ないのに……っ!」

 

 頭を振りながら史進がうずくまる。そんなことをしたところで記憶がなくなるわけもない。

 なんにしろ史進がこんな状態じゃ勝負にならないのは明白。勝負あり、だ。

 

「……お前は何をしたんだ?」

 

「何もしてないさ。ただここに突っ立って、史進から棍を受け取っただけ。見てたあんた達にもそれは分かってるだろ?」

 

「そんなはず……!」

 

「それよりも史進は大丈夫なわけ?」

 

「記憶が混乱してるだけだ。しばらくすればそれも治まるさ」

 

 青髪に棍を放り投げ、俺も縁側に上がる。

 リビングへと続くガラス戸を開けながら、動けないでいる4人を振り返って言った。

 

「中に戻ろうぜ。そろそろ夕飯もできるだろうからさ」

 

 これでもまだ、俺に踏み込んできたけりゃな。

 

 

 




史進の話し方の違和感が拭えない
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