今日の最上家の夕飯は麻婆茄子と春雨スープだった。梁山泊の連中がいるから中華で攻めたのかもしれない。
本場の人間にあえて出す辺りが最上先輩らしい。
前も食べさせてもらって分かってることだけど、味は文句なしだ。俺もこれくらいできりゃなぁ。
ふと料理を覚えてしまうかとも考えたが、火急の事態でもないのにそこまですることもないかと思い直す。
ここには
ましてや不死性存在が0秒以下で殺されるような、狂った奴らが
料理なんて今すぐできなくても命に関わることはない。
ああいう世界じゃないのなら、人間らしく時間に縛られて物を学ぶのも悪くないだろう。
……なんて思いつつさっき棒術を身に付けちゃったけど。全く同じ技を返されれば精神的なダメージを与えられるだろうし、そうなればわざわざ痛めつける必要もなくなる。
そう思ってのことだったんだが披露する前に史進が折れたから使う機会はなかった。
その史進は記憶の混乱も治まり、今は恨めしそうに俺を睨みながら夕飯を食べている。
大人しくなってくれて何より。
「おい、何なんだよこの空気……」
史進は黙ったが、史進以外も黙った空間に耐えきれず、ロリっ娘こと
この重苦しい雰囲気の中で普通に食事を楽しんでるのは俺と最上先輩だけだった。
「史進に聞いてみたらどうだ?」
「ここでわっちに振るんじゃねぇ!」
「負けたからってイライラすんなよ」
「え、負けたの?こんな素人っぽいやつに?マジかよ……」
どうでもいいけど公孫勝が俺の皿にピーマンを乗せてくる。麻婆茄子の彩りとして使われてるんだろうけど、見た目通りお子様みたいな好き嫌いをする奴だな。
正直小学生にしか見えないが、これで18歳以上だってんだから驚きだ。
「負けてねぇって!あれは……なんか気の迷いだ!」
まあ自分にそう言い聞かせて納得するしかないわな。
戦闘中に武器を手渡すとか武士娘にとっちゃプライド的に許せなさそうだし。
「なあお前」
「なんだ?」
「どうやって史進……いや、パッドに勝ったんだ?」
「おいコラまさる、なんでわざわざ言い直した?」
史進のこめかみがひくついている。こいつにパッドという単語は禁句なのか。
貧乳って呼んだらどうなんだろ?……あ、なんか最上先輩が食いついてきそうだから止めとこ。
「よく分からないけど残念だわ」
「よく分からないなら黙ってた方がいいんじゃないっすかね」
最上先輩が唐突にぶっこんできた。やっぱ止めといて正解だったわ。
内心冷や汗をかきながら皿の端に積まれたピーマンを口に放り込む。
「あーちゃんとの間接キスね」
「媒介が油と香辛料まみれだと雰囲気もないですけど。というかなんであーちゃんなんです?」
「公孫勝は役職名みたいなもので本名はユアンというらしいわ」
そのユアンは史進に詰め寄られ、最後は武松に泣きついていた。
ほんと、小学生にしか見えんな。
「……あの、巽。少しいいだろうか?」
「林冲さんや史進を倒したからくりが知りたいんですよね?」
「あ、ああ……」
「ぶっちゃけ説明義務はないんですが」
というか説明したところで理解もできないだろう。
言葉としてなら理解はできても、その性質……概念そのものを獲得することはムリだ。
「そこをなんとかお願いできないだろうか」
実直。頼み込んでくる林冲さんの姿にそんな言葉が浮かぶ。
言い替えればただの馬鹿でもあるが、そういうマイナスな印象を受けにくいのは林冲さんの人柄かもしれない。
もしくは見た目か。ちょっと幸薄そうだけどかなりの美人だからな。
「なんでそんなに知りたいんです?単なる好奇心ですか?」
「それもないと言えば嘘になるが……1番は巽をスカウトしたいと思ったからだ」
「スカウト?まさか梁山泊にですか?」
「ああ。梁山泊というのは異能を持った人間の集まりなんだ。巽の力はよく分からないが、もし異能を持っているなら、と」
俺と接触しようとしてたのはそれが狙いだったってことか。
異能ってものがどの程度を指すかは知らないが、何にしろ首を縦に振る理由はないな。
「せっかくのお誘いで悪いが断らせてもらう」
「そうか……」
「理由を聞いても?」
俺の答えを予想していただろう林冲さんはしゅんと落ち込む。対してパンツ女……改め
何となく最上先輩に近い気質を感じる。
「梁山泊に入るってことは学園を辞めて、この国を出て、傭兵になって、戦いに身を置くってことだろ?したいことが1つもない」
行きたくない理由は山ほどあって、行きたい理由は全くない。断るに決まってる。
しかし楊志はニヤニヤしながらこう返してきた。
「……ちなみにだけどさ、梁山泊は108星って言って108人の異能持ちがいるんだ。しかも星を名乗れるのが108人ってだけでそれ以外にもたくさんいるの」
「それがどうしたんだ?」
「その全員が女の子なんだよね~」
「ハーレム作れますってか?興味ないね」
「私に気を遣わなくてもいいのよ?ちゃんと1番愛してくれるなら」
「どさくさにまぎれて正妻ポジションに収まろうとしないように」
「まさかホモ?」
「ありきたりなボケをどうも」
最上先輩と楊志のコンビは厄介かもしれん。
しかもこの2人にからかわれるだけでも疲れるってのに、さらに面倒そうなのが屋敷の外にいる。たぶん九鬼の監視だな。
対象は最上先輩と、アンダーグラウンドじゃ有名だっていう梁山泊の連中だろう。
はっきり言って俺はおまけ以下だ。
……が、果たして九鬼の人間が取るに足らないとはいえこんな物騒な面子の中にまぎれる俺を見過ごしてくれるだろうか。
自問しといてなんだが、とてもそんなに甘いとは思えない。
はぁ、とため息ひとつ。
気乗りはしないが面倒事を避けるため、ここは俺を見逃してもらうとしよう。
「……なかなか動きがありませんね」
「これじゃ滞在先がホテルから最上家に変わっただけじゃねーか」
「しかし先ほどのはなんだったのでしょう?」
「さあね。梁山泊の1人が変な動きしてたようにしか見えねぇけど」
李ちゃんとステ公が食事を楽しむ最上旭と梁山泊を監視しながら愚痴をこぼす。あれがシェイラちゃん達の監視対象なんですけど……。
シェイラちゃん的にはそれよりも、あの場に不釣り合いな1人の少年――小篠巽っていう学園生が気になる。
むむー……どこかで見たような気がするんですけど……。
「おい毒蜘蛛」
「その名前で呼ばないでくださーい」
私にはシェイラちゃんっていう可愛い名前があるんだから。
「けっ、ぶりっ子が」
「あぁん?」
おっといけない、ステ公が失礼なことを言うからついつい口調が荒れちゃった。
ネットアイドルのシェイラちゃんはドスのきいた声なんて出さないんですから。
でも背中をざっくりやられた恨みは忘れないぞ☆
「今は仕事中ですよ。揉め事ならあとでお願いします」
ステ公が余計なこと言うから李ちゃんに注意されちゃった。
月夜ばかりと思うなよ、ステ公……。今日は満月なのが口惜しいですけど。
「お疲れさまです」
ステ公といがみ合っていると、不意に声がかけられる。
振り返るとそこにいたのは監視対象の1人、巽ちゃんがいた。
「あん?何の用だ?」
「差し入れですよ」
そう言って巽ちゃんが2つの紙袋を差し出す。片方にはサンドイッチ、もう片方には飲み物が入っていた。
「おー、気が利きますね!えらいえらい」
「ありがとうございます、巽」
「なんだ、ハンバーガーじゃねぇのかよ」
「いらないならシェイラちゃんがステ公の分ももらいますよ?ニヤニヤ」
「けっ、食うよ!……ありがとな」
「いえいえ。それで調子はどうですか?」
巽ちゃんも気になるんですかねー。
でも巽ちゃんは向こうにいるんだからわざわざシェイラちゃん達に確認しなくてもいいと思いますけど。
「なーんも変化はねぇよ。退屈すぎてファックだぜ」
「まあ監視ってそんなもんですからね。忍耐ですよ、忍耐」
「ステ公の苦手分野ですね☆」
「てめーだって得意じゃねぇだろうが!」
「まったく、あなた達は……」
「元気そうで何よりです。ところで上への報告ですけど、俺のことはいないものとしてお願いしたいんですが」
「大丈夫ですって。わざわざ巽ちゃんのことを報告したりしませんよ」
「ええ、そんなことをする必要はないですから」
「お前そんなこと聞くためにわざわざ差し入れ持ってきたのかよ」
巽ちゃんも心配性ですねぇ。
たとえ監視対象でも、最上家と私達の元の2ヶ所に同時に存在しているとしても、それで巽ちゃんを報告するはずなんてないのに。
「ありがとうございます。じゃあ俺は戻りますんで」
「はーい、お気をつけてくださいね」
去っていく巽ちゃんに手を振る。お姉さんに対するこういう心遣いができるところは可愛いですねぇ。
でも、それはそうと……。
「このサンドイッチとコーヒーはなんでしょう?」
「いや、知らねぇよ。お前が買ってきたんじゃねえの?」
「違いまーす」
いつの間にやら手に持っていた2つの袋に首をかしげる。こんなもの買ってきた覚えはないんですけど……。
「うーん、毒の類いは入ってないし……」
「じゃあ食っちまおうぜ。腹減ってんだ」
「ちょっとステイシー、あなたはもっと慎重に行動してください」
「李が慎重すぎんだよ」
「殺し屋、特に暗殺者は臆病なくらいがちょうどいいんです」
「シェイラちゃんやステ公とは正反対ですね!」
結局サンドイッチとコーヒーはステ公に毒見させて完全に安全だって確認できてからシェイラちゃん達も食べることにした。
でもこれは本当に誰が用意してくれたんでしょうねぇ。
これで九鬼の方に俺の情報は伝わらないだろう。にしてもメイドが監視とか目立つなぁ。
でもまあとりあえず……
「最上先輩はおしおきで」
「興奮するわ」
「せめて理由を聞いてください」
おしおきって言われてノータイムで興奮するとかどんな脳みそしてんすか。
「では理由は?」
「九鬼の監視。あること知ってて俺を呼んだでしょ」
「ふふ、巽の目は誤魔化せないわね」
いつも通りのクールな笑み。やっぱり確信犯だったか。
「本気で俺と信頼関係築こうとしてます?」
「しているつもりよ。でも貴方が優しすぎるから、ついついどこまで許してくれるのか確かめたくなってしまうの」
優しい、ねぇ。そんな風に接してるつもりはないんだけど。
……いや待て、特殊性癖の最上先輩のことだ。普通の優しいとは意味合いが違うかもしれない。
「……先輩」
「何かしら?」
「今日から1ヶ月、ノーパン禁止で」
「そんな……」
最上先輩がショックを受けてよろめく。
このリアクションがマジなのかノリなのか分からないのがまた。
変態の業は深いな。そんなことを思う夜だった。