はぐみの兄ちゃんは苦労人   作:雨あられ

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はぐみの兄ちゃんは苦労人

「にいちゃぁぁあああん!」

 

バンと、背にしていた扉が勢いよく開いた。

そして、ドタドタと勢いよく駆けてきたかと思えば、跳んだ勢いのまま背中に飛びついてくる!

 

「ぐえ、はぐみ、いつも言ってるけど、ノックくらいはしてくれ……」

 

「あ、ごめん、兄ちゃん……」

 

シュンと落ち込んでしまったのは、オレンジ色の髪をしたショートカットの似合う快活元気娘、妹の北沢はぐみである。運動神経抜群で、ソフトボールではキャプテンを務めて居たりもするのだが……ちょっとおバカ。いや、かなりのおバカである。そして、感受性が豊かで純粋だからこそこういったちょっとした叱責でも結構気にしてしまう。

 

「……良いよ、別に。それよりどうしたんだ、そんなに慌てて」

 

「あ、そうだった!あのね、兄ちゃん!」

 

 

「はぐみ、バンドはじめる!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はぐみの兄ちゃんは苦労人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ」

 

妹に渡されたチケットを持ってライブ会場へと向かう途中、青い空を見上げて一息ついた。

事の初めはなんだったか、はぐみがいきなりバンドをやる!なんてことを言い出したのが始まりだったか。

 

はぐみは小さいころからよく俺の真似をして何かを始めることが多かった。

野球をやっている俺を倣ってソフトボールを始めたし、サッカーやスノーボード、テニスなんかもやったことがある。俺が家で練習したりしていると、はぐみが寄ってきて一緒にやるといった流れになるのが常であった。

 

俺がスポーツ活動を辞めてバンドの活動を始めたときも、はぐみは一度スポーツと同じように真似をしてみようとしたみたいだったが……ちょっと一緒にギターを弾いてみたりしただけで、難しいと思ったのか結局はソフトボールに戻って行った。脳筋の父ちゃんに似て、身体を動かす方が性にあってるのだろう。

 

そのはぐみが、急にまたバンドのしかもベースをやりたいと言い出したのだ。

ソフトボールのベースとは違うんだぞ、と言ったら、でも似てるよね!と意気揚々と答えたのには頭を抱えた記憶がある。

 

 

 

 

渡された黄色いチケットにはハロー、ハッピーワールド!とポップ調字体で書かれており、クマとかトリとかがカラフルに描かれていて、バンド、というよりはまるでサーカス団のチケットのようにも見える。

 

バンドなんて文化祭か何かの出し物でやるくらいだろうと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。はぐみは俺にベースの弾き方を習いながら決して楽とは言えないソフトボールと家の精肉店の手伝いを両立し始めたのだ。夜遅くまでベースの練習をしていて、その本気度は十分に伝わっている。

 

よほど今のバンド活動が気に入っているのだろう。こころが~とか、ミッシェルが~とか、最近夕ご飯などでも毎日嬉しそうにバンドのことを報告してくれている。ただ、はぐみの話は事実が5割、勘違いが5割入っているときがあり、本当に良いバンドなのかどうかは直にこの目で見てみないとわからない。はぐみがそこまで固執するというハロー、ハッピーワールドなるバンドを、一度兄ちゃんとしてどんなものか確認しておこうと思ったわけだ。

 

「ここか」

 

このライブハウスは何度かライブをしたこともある、俺たちもよく使う所だ。

そこに自分の妹が……と思うと、心配やら期待やらいろいろと入り混じった複雑な気分だ。特に、ソフトボールの試合ならともかくバンドのライブとなるとはぐみも緊張して上手くできるかどうか……

 

「あ!兄ちゃんだ!!兄ちゃーん!」

 

「ぐぇっ、は、はぐみ、約束通り、来たぞ」

 

「うん!」

 

素晴らしいタックルをまともに食らってしまった。しかし、こんなものはもう慣れっこである。これで弱音を吐いているようじゃ、とてもじゃないがはぐみの兄ちゃんなんて名乗れないだろう……って、お。

 

「おぉ、似合ってるな」

 

「本当!?」

 

引きはがしたはぐみは赤色と白を基調にしたマーチングバンドのような衣装を身に纏っており、何とも可愛らしい。って、これがバンドの衣装なのか、初めて見たけど、なんというか変わってるな。

 

「ああ、良いんじゃないか?」

 

「そ、そっかな、えへへ」

 

「はぁ、はぁ、はぐみ~、急に走ったら危ないって……って、あれ」

 

次に走ってきたのは、クマだった。

いや、おかしいと思ったが、ピンク色のクマだった。このクマもはぐみと同じ衣装を着ているということから同じバンドのメンバーなのだろう。なるほど、うん、クマだ……。この人が話で聞いていたミッシェル、さん、なのだろう。クマクマとはぐみがいうから、てっきりクマみたいな人なのかと思ったら……本当にクマのきぐるみじゃないか!

 

「ミッシェル〜!はぐみのお兄ちゃんだよ!」

 

「どうも初めまして」

 

「え、ああ、ど、ども……」

 

「兄ちゃん!これがミッシェルだよ!」バフ

 

「うわ、ちょ、はぐみ、急に抱き着いたら危ないって……」

 

「もふもふで、超気持ちいいんだ~!それに、すっごく良い匂いがするんだよ!」

 

「はぁ……はぐみちゃん~、あんまりくっつくと~せっかくのライブ前の衣装が皺だらけになっちゃうよ~」

 

「あ、そっか、ごめんね!ミッシェル!」

 

!……へぇ、あのはぐみが、本番前に笑顔を浮かべる余裕を……ああ、そうなのか、これ……そういうことか~……なんとなく見えてきたぞ……。

 

「ミッシェルさん、いつも、うちの妹がたいっっっへん、お世話になっております……!」

 

「え、あ、はい……?こちらこそ……」

 

「これ、良かったらみんなで食べてください、そこのスイーツ店で買ったドーナツなんで」

 

「ドーナツ!?わーい!ありがとー兄ちゃん!さっそくこころんたちといっしょに食べようよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「……それじゃあ、ライブ頑張ってください。はぐみも、リラックスだぞ。練習通りやれば、大丈夫」

 

「うん!」

 

「あ、はい、頑張ります……」

 

深々とミッシェルさんに頭を下げ、買っておいた少し有名どころのドーナツを渡しておくと、二人に別れを告げ、入場のためにスタジオの中へと入る。あのミッシェルさんからは、俺と同じオーラを感じる……そう、苦労人的な何かを……。あの人が上手くはぐみのコントロールを行ってくれているのだろう、もう少し高価な手土産にしておけば良かった。

 

「い、意外だ、はぐみのお兄さんって、その、すごく、まとも……!」

 

「兄ちゃんはね、はぐみの自慢だよ!頭も良いから、かーちゃんたちもなんで家の子にこんな賢い子が生まれたんだろうって、不思議がってたもん!」

 

「は、はは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ありがとうございましたー!』

 

パチパチパチと、拍手と歓声が入り混じった音が響く。ふぅ、次かぁ……何だか俺まで緊張してきた……と、そう思っていると。奥から、ハッピーラッキースマイルイエーイ!といった掛け声が飛んでくる。これ、最近家ではぐみがずっと言ってるやつ……バンドの掛け声だったのか……?

 

そう思っていると、暗闇の中、楽器の調整が入り……?

 

「みんなー!おまたせー!」

 

うわ、急に舞台袖から金色の髪をした少女が側転をしてステージに上がったと思ったら、大きな声でマイクも持たずに話し始める。客席のみんなも面食らっていると、奥からピンクのクマのぬいぐるみが出てきて慌てて止めに入ったようだった。それを見て、会場中にははははと、笑いが起きる……。……もしかしなくても、今のが……。

 

 

 

 

 

 

『みんな、元気――っ?あたし達、ハロー、ハッピーワールドよっ!!みんな笑顔になる準備はいいかしら?それじゃあ、ゴー!』

 

うぇ!?突然演奏が始まったと思ったら、今度は客席にダイブ!?

 

「うわ、駄目でしょ、ダイブはー……」

 

「禁止行為だよね」

 

何て言う観客の声が聞こえる、クマのミッシェルも慌ててその金髪の子を観客席から引きあげて……と、今度はクマの上に少女が馬乗りになって、もう、滅茶苦茶である。

 

「あはは、なにこれ」

 

しかし、曲は既に始まっている。前奏を部分が終わると、少女の歌が始まるが……うん、上手いな。それに、何より楽しそうだ。

 

ギターは、正直下手だな。ただ、なんというか、華があるというか、人を魅せる演奏の仕方をしている。俺の苦手とするところだから、そういうのは羨ましい。

そして、はぐみははぐみで、練習の通りきちんと弾けているようだった。もちろん、ところどころ、やっぱり間違えたかぁ、というコードの部分もあるが、それにもめげずにやり通しているので聞いていて変に思うほどではない。

何よりは、あのドラムの子だ。かなりの経験者なのだろう、なんだか泣きそうな顔をしているが、この騒ぎにも関わらず音一つ狂っていない。

 

「はは、面白いね、このバンド」

 

「うん、なんか他と違って良いね」

 

……へぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方、またもや背中の扉がノックもなしに開いたと思ったら、ドタドタとはぐみが飛び込んで来る音がきこえ、ぐえ。

 

「兄ちゃん!!」

 

「ぐ、お帰り、はぐみ」

 

「もう、兄ちゃんなんで帰っちゃうの!はぐみ探したんだから!」

 

「ああ、すまんすまん」

 

夜、家に帰ってきたはぐみは想像していたとおり、一番に俺が勝手に帰ってしまったことを怒ってきた。

 

「ライブ、すげー良かったよ」

 

「本当!?」

 

「ああ、はぐみも楽しそうで、兄ちゃん安心した」

 

「えへへ、うん!すっごくすっごく楽しかった!音楽って、魔法みたいなんだね、兄ちゃん!!」

 

目を細めるはぐみの頭に、ぽんぽんと手を置いて、撫でてやる。

あのボーカルの子を含め、結構問題児が集まったバンドなのだろうとは思ったが……それでも、あれだけはぐみが楽しそうにやっていたバンドなのだ。きっと大丈夫だろう。

 

「あとね、こころんが、今度兄ちゃんに会いたいって!」

 

こころん、ああ、あの弦巻こころとかいう、ボーカルの子か。

 

「そうか。まぁ、そのうちにな」

 

「うん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、早朝6時。

 

「……」

 

「兄ちゃん、こころんを連れてきたよ!」

 

「おはようはぐみのお兄さん!何だか、はぐみの話を聞いて、居てもたってもいられずに来ちゃったわ!」

 

どこの世界に、朝の6時に寝ている俺の枕元まで友達を連れてくる奴が居るんだよ……!

ここだよ!!

俺の妹は、おそらく、世界で1番おバカだろうとは思っていた。しかし、この金髪の子もきっと負けてはいないだろう。そして、気づいた。

 

これが、ハロー、ハッピーワールド(問題児の集まり)なのだと。

 


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