はぐみの兄ちゃんは苦労人   作:雨あられ

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第13話

「なぁ、曲とかって作れるか?」

 

夜。家族4人でテレビを見ながら晩御飯を食べていると、とーちゃんが不意にそんなことを聞いてきた。さっきまで静かに食べていたのに、急に何なんだ?

 

「まぁ、作った事はあるけど……」

 

「よし、ならウチのテーマソングを作っといてくれ」

 

「は!?」「えぇ!!ウチのテーマソング!!?」

 

驚く俺とはぐみを尻目に頬っぺたに米粒のついたままのおとーちゃんは漬物を放り込んで口を動かしながら事も無げに話を続ける。

 

「ウチは店内にBGMとかかけてないし、コリ、良いかと思ってな」

 

「とーちゃん、それ最高だよ!!」

 

「だろう?」

 

なにが、だろう、だ。

店内で家族の自作したテーマソングを流すだなんて、恥ずかしすぎるだろ!

なぜかドヤ顔のとーちゃんにちゃぶ台に手をついて目をキラキラさせるはぐみ。満更でも無さそうなかーちゃん。いや、いやいやいや

 

「ないでしょ、ないない……」

 

「コロッケ中心の曲が良いな」

 

「とーちゃんとーちゃん!どうせならライブやろうよ!うちのテーマソングを、たくさんの人に聞いてもらうんだ~!」

 

「それだ!」

 

「それだ!じゃないって!そんな恥ずかしいの絶対嫌だぞ!」

 

「そうか?」

 

「あ、ならはぐみが作るよ!」

 

「え?」

 

はぐみが作る……それイコール、ハロー、ハッピーワールドが作るという事ではないだろうか。こころや薫だけならともかく、みーくんやかのちゃん先輩をこんなわけのわからないイベントに関わらせたくない……!

 

「ダメだ、はぐみ。だめだぞ」

 

「え~、なんで~」

 

「ふむ、そういえば羽沢さんや山吹さんの娘さんもバンドをやっていたな……」

 

「っ!?」

 

「二人に頼むのも良いかもな」

 

そういって、今度はずるずると味噌汁を啜るとーちゃん。

さ、流石にそれは卑怯すぎはしないだろうか。つぐや沙綾を盾にするようなそんなこと……。

こんな身内の恥案件を、善良な二人に晒すわけにはいかない。無いとは思うが仮に、引き受けられでもしたら大変困ったことに……サっと血の気が引いていくのがわかった。

 

「ま、まて。わかったよ。俺が何とかするよ」

 

「おおそうか、なら頼んだぞ」

 

米と生姜焼きを口いっぱいに放り込んでそういうとーちゃん。

何だろうか、この敗北感は。嵌められた……わけではないだろう、とーちゃんにそんなスキルはない。ただただ純粋に最悪の流れになっただけである……。なんでこんなことに……。

 

「はぐみも手伝うよ!にーちゃん!」

 

「ん?あぁ……」

 

……まぁどうせ1週間もすれば忘れてしまうだろう。そう思い、俺自身、さっさと忘れてしまうつもりで目の前の生姜焼きを頬張った。最高のてーまそんぐを作ろうよ!なんて浮かれているはぐみをみて、かーちゃんは嬉しそうに微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はぐみの兄ちゃんは苦労人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、今回ははぐみのお店のテーマソングを作るわよ!」

 

どうしてこうなった……!?

腰に手を当てて堂々と宣言するこころお嬢様を前に、俺は早くも眩暈を覚えていた。

 

今朝、突然黒服の人たちが現れたかと思えば、半ば拉致同然にこの超豪邸の弦巻家へと連行されてしまった。案内された扉の先には、はぐみはもちろん、足を組んで薔薇を眺める薫に、やたらと辺りを見回して落ち着きのないかのちゃん先輩など……ハロー、ハッピーワールドのメンバーが勢ぞろいしている……。悪い夢でも見ているのかと思った。しかし、後ろからぽんと肩に手を置いて首を横に振っているみーくんの存在が、これは夢ではないぞ、と残酷に告げているようであった。

 

曲なんて、作る気なかったのに……はぐみが昨日、ことの顛末をこころたちに連絡したからか、もう行動に移ってしまったようであった。その行動力だけは素直に感心する。プランの段階がないのには絶望しかないが。

 

「はぐみ、曲は兄ちゃんが作るって……」

 

「うん!兄ちゃん!みんなで頑張ろう!」

 

なるほど、兄ちゃんが作る、はぐみも作る、みんなで作るってことか……。兄ちゃんとしては他の人の都合とかも考えて行動してほしかったが、まぁはぐみなりに真剣に考えた結果なのだろう。それに、こころたちもやる気のようだし……。

 

「それで、どんな曲にしようかしら」

 

「はいはいはい!はぐみ!うちのコロッケは美味しいってことを歌にするのが良いと思う!」

 

「良いわね、はぐみ!はぐみの家のコロッケは最高だもの!」

 

「うんうん、今日もみんなに持って来たんだ!食べながら考えようよ!」

 

「そうなのかい?ありがとう、子猫ちゃん」

 

わーっと、コロッケに群がる3馬鹿トリオ、はぐみは自分で持ってきたコロッケなのに、なぜか自分で二つも手に取って美味しい~!と衣を口の端につけながら満足げに微笑んでいる。薫はナイフとフォークで綺麗に切り分けながら食べ始めるしこころも議題そっちのけでバクバクと早食いを……。何とも頭の痛くなる光景だった。っていうか、美味しいわね~。とか言って食ってるばっかりで、具体的に曲を作り始める気配がないぞ……?

 

「……」

 

「うん、そうなんですよ。曲作らないの!って感じですよね」

 

みーくんは、何故かさっきから頭を抱えている俺の事を見て、満足げに頷いている。めっちゃ嬉しそうなのは多分気のせいではないだろう。かのちゃん先輩は、どこで言い出せばいいのかな?ど、どうしよう……といった感じでコロッケをちみちみ食べているばかりで話が進まない。このままでは曲のイメージすら決まらない気がする……。

 

「……なぁ、はぐみよ、みんなでテーマソングを作るんじゃなかったのか?」

 

「あ!?そうだった!コロッケが美味しかったから、つい~」

 

「うっかりしていたわ!」

 

「ふ、悪魔の罠にはまってしまっていたようだね」

 

……本当、大丈夫なのか、これ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこで……ここの幸せをジュワジュワ~!それから、ドッカーンっ……びよーん!」

 

「こころんこころん、ウチのお店を描いたよ!」

 

「良いわねはぐみ!素敵だわ!それじゃあ、みんなも描いて、はぴはぴ~!」

 

「はぴはぴ~!」

 

わけわからん。

さっきから、不思議な擬音と共にこころが絵や言葉をホワイトボードに書き連ね始めたのだが、さっぱりわけがわからない。しかし、こころが言うにはこれらは全て曲のイメージであり、歌詞なのだという。イメージから曲を作るってのは、テンポが速い曲だとか、バラード調にするとか、悲しい雰囲気にするとか、そういうものだろう。普通。

 

薫を見てみる。ふむ……なるほど、儚い……!などと言って感心しているようであるが、本当に理解しているのか疑わしい。かのちゃん先輩も、こころの描いているイメージを理解しようとはしているようだが、結局ふぇぇと頭をクルクル回している。そんな中……

 

「えーっと、つまり、コロッケ、はぴはぴジュワジュワ?」

 

「それよ美咲!そして~ふんふんふ~ん♪はぴ~」

 

「うわ、まってまって、それも録音してから……えっと、今のは……」

 

凄いなぁみーくんは。カリカリとこころの浮かんだイメージを歌詞に落とし込んで行っているみーくん。どうしてあの壁画みたいな暗号から歌詞が引き出せるんだ?

作詞・作曲の方法は数あれど、こんな曲の作り方は見たことがない。

 

「すまん、みーくん。これはちょっと、手伝えそうにないな……」

 

「え?いやいや、気にしないでください、お兄さん。正直、あたしも全部わかってるわけじゃないんで……」

 

「コード進行や編曲の段階になったら手伝えると思うんだが……」

 

「本当ですか?それだけでも十分助かりますよ」

 

「じゃあ「それから、ざくざくー!クロール!」「うわ、こころ、たんま!まって」」

 

「はぐみ、更にここで薔薇を売り出すのはどうだろう?コロッケを一つ売るごとに、薔薇の花が一つ……」

 

「は、その手があったよ!薫くん!」

 

「……賑やかだなぁ、ハロハピって」

 

「ははは……はい、そうですね……」

 

本当に騒がしいバンドだ。

ただ……隣で同意してくれたかのちゃん先輩含めて、みんな、楽しそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは、ふんふふ~ん♪ふふ~ん♬が良いと思うの!」

 

「ふぅむ、こんな感じか」

 

ジャジャーン、ジャジャン。とこころのメロディに合わせてギターを弾いて見せるとこころの金色の目がキラキラと輝き始める。

 

「そうそう、そんな感じよ!」

 

「ムッシュ、そこにさらに儚さを加えてみるのはどうだろうか?例えば、ふんふふ~ん♬ふふんふん~♪といった風に」

 

儚さってなんだよ。薫の好きそうなのと言えばこんな感じか?と今度は薫の口ずさんだ通りにギターを弾いて見せると、あぁ、儚い…!とわざとらしく自らの身を抱いていた。どうやら満足したらしい。それにしても。

 

「はぐみ?眠いのなら兄ちゃんの膝の上じゃなくて、ソファを借りて寝ろ」

 

「……す~……そふぁ~…」

 

ダメだこりゃ。椅子をくっつけて、だらんと俺の膝の上に頭を乗せるはぐみ。暖かい季節になるとすぐこれだ。おかげでギターが弾きにくくてしょうがない……。

何だか、3人の子守りをしている気分である。近所の公園で小さな子供相手にギターを弾いていた時もこんな感じだった気がする。

 

「はぐみちゃん。お兄さんが居るといつもより張り切っちゃうみたいだね」

 

「うん。それにしてもすごいですね、お兄さん。あの3馬鹿をこうも簡単に……これから毎回来てください」

 

「いや、流石に毎回は無理だろう」

 

「ん?ところでその、今手元で書いてるのって……」

 

「あぁ、こころと薫が思いついたフレーズだよ。作詞はできないけど、あればメロディには使えるかもしれないし」

 

ぺらっと譜面を書いた紙を見せてやると、みーくんの目がカッと見開く。そして、ガシっと力強く俺の右手を両手で包む。な、なんだ突然……。

 

「たまにで良いので!本当、たま~にで良いので手伝いに来てください……!」

 

何もそこまで、と思ったが、みーくんのその尋常ではない気迫に押されてしまい、反射的に首を縦にふってしまう。ぱぁと笑顔が咲くみーくん……苦労、してるんだな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒くて長い車の中。一人、また一人と、家が近いものから車を降りていき、それに比例して、車の中は徐々に静かになっていく……。

あれから暫く作曲の作業をして、豪勢な夕ご飯をご馳走になったら黒服の人たちが家まで送って行ってくれるということになった。来るときはそれどころじゃなかったので気が付かなかったが、改めてみると本当に高価そうな車の内装をしている。他のみんなはどうやら乗り慣れているらしく、俺1人だけがソワソワしていた。

 

「じゃあ、またねはぐみちゃん。お兄さんも」

 

「うん!バイバイかのちゃん先輩!」

 

「また」

 

ブロロと車が動き出したが、はぐみは後ろを向いてずっと手を振っていた。かのちゃん先輩も車が見えなくなるまで手を振ってくれていたがやがて、見えなくなった。

 

「ふぅ、今日は疲れた」

 

「え?そうなの?はぐみ、まだまだ元気だよ!」

 

そりゃ、お前は俺の膝の上で昼寝してたからだろうに。おかげで足が今でもしびれているような感覚を覚えている。

 

「今日も楽しかったなぁ~!!」

 

「……」

 

バフっと柔らかい座席に座り直すと、小さく跳ねるはぐみ。

 

「兄ちゃんはどうだった!?」

 

「ん?俺は……まぁ普通だな」

 

「え~、でもにーちゃんもすっごく楽しそうに笑ってたよ」

 

「え?」

 

俺が?まさか。

 

「それにね、はぐみ。今日は一日兄ちゃんと一緒に作曲出来たのが、すっごく嬉しかったんだ!」

 

「は?なんでそんなこと……」

 

ぼふぼふっと、何度か座席で跳ねていたはぐみが止まる。

 

「だって、昔はにーちゃんとはスポーツやって色々と遊べたけど。にーちゃんがバンド始めてから、はぐみ、あんまり遊んでもらえなくって……」

 

「……」

 

「でもでも!にーちゃんみたいにバンド始めて、昔みたいに色々教えてもらって、今日は一緒に曲まで作って!……だから、今日もすっっごく楽しかったんだ!!」

 

「……」

 

「……北沢様。ご自宅に到着いたしました」

 

「え、あ、ありがとうございます」

 

いつの間にか車は止まっていた。バタっと、黒服の人がドアを開いてくれたのを見て、外にでると続いてはぐみも車から降りて、んー!と猫っぽく伸びをしていた。黒服の人にお礼を伝えると、ぺこりと綺麗なお辞儀をしてそのままさっさと帰ってしまった。

 

シンと、辺りはすっかり暗くなっており、街灯の明かりだけが頼りになっている。

 

「おうお帰り二人とも!曲は出来たか!」

 

「まだだよ!でもイントロだけちょっとできたんだ~!!」

 

「おぉ!いんとろ?すごいな!どんなだ!」

 

ガラガラと店の扉が開いて出迎えてくれたのはとーちゃんだった。

ぱちりと点いた店側の電気。さっきまで道を照らしていた街灯は、今はどこか、頼りないものに見えた。

 


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