はぐみの兄ちゃんは苦労人   作:雨あられ

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第14話

「ただいま」

 

傘についていた水滴を何度かバサバサと払うと、すぐ隣にあった傘立てへと差し込んだ。家に帰るまでに何とか天気が持つか?と思っていたが結局土砂降りになってしまったか。背中ではいまだに暗い空に雨の音がザーザーとうるさい。

 

玄関から居間の方へと移ってくると、どこからか美味そうな匂いが漂ってきた。この匂いは……カレーか!?かーちゃんめ、いい仕事するじゃないか。

 

「あ、おかえりなさい、お兄ちゃん。ごめんね、ご飯、もうちょっと待っててね」

 

「ん、わかった」

 

2階へと上がろうとすると、ひょっこりとエプロン姿の羽沢つぐみが顔だけ出して再び奥へと引っ込んでいった。トントントンと子気味の良い包丁の音が聞こえ始める……。

 

……あれ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はぐみの兄ちゃんは苦労人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

居間に戻ると、帰っていたらしいはぐみが鞄を床に放りだし、ちゃぶ台に足をつっこんで宿題をしている所であった。苦戦しているのか、シャーペンの後ろでこみかめのあたりを何度か小突いており、うぅ~と犬のように低く唸っている。

 

「……はぐみ、かーちゃんととーちゃんは?」

 

「あ、おかえりにーちゃん!え?かーちゃんたち居ないの?」

 

そりゃ居ないだろ!少しは自分の親ではなく、友達が料理を作っている現状に疑問を持てよ。とそこへ、つぐがカレーの入った鍋を持って居間へと現れ、よいしょっと、鍋をカセットコンロに乗せている。何とも食欲をそそる匂いが……じゃなくて。

 

「つぐ、えっと、かーちゃんたちは?」

 

「え?今日は商店街の集まりがあるからご飯作ってあげてっておばさんが……」

 

……なんだって?

俺が事情を知っていると思っていたのか、困ったように答えるつぐみを見て、改めて記憶を掘り返してみる。しかし、かーちゃんがそんなことを言っていた覚えはない……いやまてよ。商店街の集まりの話もしてなかったから……さては二人とも直前まで集まりをあることを忘れてたな!?それで急遽つぐに晩飯の支度をお願いしたといったところか。

恥ずかしながら、俺もはぐみも料理はからきしな為、その線が濃厚だろう。

 

「そうだったのか……いや、ありがとう、つぐ」

 

「う、ううん!私も今日は一人になっちゃうところだったから、ちょうど良かったよ!」

 

そういって、頬を染めながらおたまでカレーを混ぜるつぐみ。

 

「ねぇ、つぐ、早く食べようよ~!はぐみ、さっきからお腹ぺこぺこで我慢できないよ~!」

 

対してはぐみはこれである。少しはつぐの女子力のようなものを見習ってほしい。

 

「ふふふ、うん、そうだね。今日は見ての通り、たくさん作ったからいっぱい食べてね」

 

「うん!こんな美味しそうなカレー!おかわりも余裕だよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が2杯。つぐがカレーを1杯食べ終わるころ。

 

「……」

 

カチャカチャと、無言でカレーを寄せているはぐみ。

さっきまで勢いよくカレーを食べ進めていて、一杯目はペロリといった。こんな美味しいカレーなら何杯でもいけちゃうよ!とそう豪語していたくせに。調子に乗っておかわりでカレーとご飯を盛りすぎたらしい。明らかにスプーンの進みが悪い。

 

「はぐみ、お前お腹いっぱいなんだろ」

 

「え!!?そ、そんなことないよ?」

 

はぐみは一口、スプーンにカレーとご飯を口に入れて何度か咀嚼したが、大きく呑み込んで、ふぅ、とお腹をさすっている。わかりやすすぎる。

 

「は、はぐみちゃん。無理に食べなくても良いよ?」

 

「!む、無理なんてしてないよ!つぐのカレー、すっごく美味しいからもっともっと食べたいんだ!」

 

そういって、頑張って2口追加して口の中に放り込んだが、明らかに勢いがない。眉を逆への字にしてもう無理です、と困ったような表情を向けてくる……。はぁ、何時のも流れか、まったく。

 

「……ほら」

 

スプーンでこちらに渡せとジェスチャーしてやると、ぱっとはぐみの目が輝く。ずいと、未だに山盛りのカレーの皿を俺に渡して、本人はちょっとトイレと、居間を後にしてしまった。どうやら、カレーを食べ切るという使命感から解放されて、身も軽くなったようである。

 

「カレー、あんまりはぐみちゃんの口に……合わなかった、のかな」

 

「え?まさか。はぐみも言ってたけど、美味しいからいっぱい食べたくなって、つい盛りすぎちゃっただけだよ」

 

カツカツと、カレーを掻きこむ。肉も野菜もちょうど食べやすいくらいに切りそろえられているし、じっくり煮込んだのか良い具合にルーに具材が溶け込んでいて白いご飯が進む進む。それに、なんだ、やけに食べやすいのだ、このカレー。なんでだろうか。

 

「うん、美味い美味い」

 

「本当?……ふふっ、良かった。実は、おばさんに習って北沢家のカレーを私なりに再現してみたんだ」

 

「なんだ、そうだったのか」

 

何時の間に、と思ったが、これで納得がいった。確かにこれは普段かーちゃんが作るカレーの味に近い。通りで食べやすいわけだ。鍋に残っていた残りのルーも全部お皿に入れてしまうとつぐみが驚いたような顔をする。

 

「お、お兄ちゃん。無理しなくても……」

 

「無理なもんか、俺はまだ腹減っててさ」

 

まぁ、一日寝かせたカレーも美味いと思うが、折角つぐみが一生懸命作ってくれたカレーなのだ。全部食べ切るのが礼儀というものだろう。ご飯も炊飯ジャーの残りを全てかっさらってしまうと。どうだろう、さっきはぐみが残してた倍くらいの量のカレーライス大盛が出来上がってしまったではないか。

 

「美味い美味い……」

 

カツカツとカレーを掻きこむ。4杯目の、しかも大盛カレーである。ちょっと、腹の中は限界に近いような気もしたが……俺はそれを、夢中で掻きこんだ。

 

「……ふふっ」

 

つぐみは、何が楽しいのかわからないが、俺がカレーを食べている様子を頬杖を突きながらニコニコと眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つぐー、ここ教えて〜」

 

「ちょっと待っててね」

 

多少食べ過ぎたお腹をさすっていると、ちゃぶ台のはぐみが勉強を再開したようであった。奥に居たつぐみが膝を折ってはぐみの隣に腰を下ろす。

 

「これはね。教科書の……うん、このページにある公式を使うと解けると思うよ」

 

「えーっと、えっと、この公式って……」

 

「この公式は……」

 

はぐみの隣でやさしく勉強を教えてあげているつぐ。その姿はさながら母のようであり、世話好きの姉のようにも見える。

 

はぐみが勉強を見てもらっているうちに、俺はつぐみがテキパキと流しまで運んでしまった洗い物を片付けてしまうことにした。台所まで来て袖をまくって、水を出し始めると。居間の方から慌ててつぐみが飛んでくる。

 

「あ、お兄ちゃんは座ってて、私がやるから」

 

「何言ってるんだよ。料理まで作ってもらって、皿洗いまでさせられないよ」

 

「でも……」

 

「まぁまぁ、ここは旦那を立てて、たまには休んでくれよ。かーちゃん」

 

「え、えぇっ!?」

 

なんだ。冗談で言った一言につぐみはぼっと顔を赤く染める。つぐみの行いがかーちゃんっぽかったからそう言っただけなのに、何を慌ててるんだ。

つぐみの肩を持って居間に戻すと洗い物を始めることにした。遠くからつぐ、真っ赤だよ。とかいう会話が聞こえたような気がするが、水を流し始めたら聞こえなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いってらっしゃいと、つぐみに見送られ。やたらと良い匂いのする入浴剤の風呂入る。そして湯から上がると、はぐみとつぐみがパジャマ姿で並んで棒付きのアイスを食べているところだった。今日はどうやらつぐみは泊っていくらしい。

 

「はぐみ、お前お腹いっぱいだったんじゃないのか?」

 

「デザートは別腹だよ!にーちゃん!」

 

都合の良いお腹だな。

 

「おかえりなさい。お兄ちゃん」

 

風呂から上がっておかえりなさいも何もないと思ったが、手を小さく振って可愛らしかったので特に指摘しないことにした。

 

「ただいま。風呂に入ってた入浴剤は……」

 

「あ、うん。私が持ってきたんだ。どうだった、かな?」

 

「なんか、落ち着く匂いがしたな」

 

「うんうん、つぐの入浴剤、すっごく気持ちよかったよ!」

 

「本当?私もお気に入りの入浴剤なんだ」

 

会話しながら冷蔵庫へと向かうと、自分も冷凍庫に入っているチョコレートが周りにコーティングされたバニラアイスクリームを取り出す。我が家では、アイスクリームは風呂上りに一本と決まっている。居間に戻ってくると、適当なところに腰を下ろしてちゃぶ台をみる。どうやら、勉強は終わったらしい。

 

「かーちゃんたち、まだ戻ってきてないのか?」

 

「うん、カイギが長引いてるんだってー」

 

「新しい年度になるから、商店街で何かやろうって話があがってるみたいだよ。でも、それが中々決まらないみたいで」

 

「へぇ、そうなのか」

 

ぺりっと封を開ける。ちょっと前までアイスなんぞ食べる気にならなかったのに。暖かくなって、アイスも食べやすい季節になったよなぁ。

 

「ねぇ、にーちゃん、なにかゲームやろうよ!」

 

そういって、はぐみがテレビの横に片づけられているテレビゲームを指す。

 

「ん、俺は良いけど」

 

チラリとつぐみの方を見ると、つぐはよぉし、負けないぞ!と何やら張り切っている様子。そういえば、こう見えて結構ゲーム好きだったな、つぐは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……むにゃ……」

 

「はぐみちゃん、寝ちゃったね」

 

そういってつぐみが座布団を枕にして眠るはぐみに近くにあった昼寝用のブランケットを掛ける。はぐみは、9時を過ぎると瞼が落ち始め。9時半ごろには眠る。今日はまぁ、良く持った方だろう。

 

「はぐみ、寝るなら歯を磨いてから自分の部屋で寝ろ」

 

「ん~……」

 

折角つぐみがブランケットを掛けてくれたが、身体をゆすってやると瞼をこすりながら立ち上がった。大きなあくびをして、八重歯が良く見える。

 

「大丈夫かな。私も一緒に」

 

「まぁ、いつものことだし大丈夫だろう。それより、つぐの布団を敷いとかないとな」

 

そういって立ち上がろうとした、その時だった。

 

ピカッと、何かが光った。かと思えば、ドジャーン!と近くで雷が鳴った。かなり大きい!

 

「っひ」

 

びくっと、肩を震わせたのはつぐみだった。

はぐみにかけてやっていたブランケットにくるまると、あっという間にカタツムリのように丸まってしまう。そして、またぴかりと辺りが光る。

 

トラックでも地面にたたきつけたんじゃないかと思うほどに、ドオン!!と大きな音が鳴り響く。すると、再び、びくりと毛布の中にいたつぐみの体が跳ねる。気の毒なくらい、怯えている。

 

「つぐ、その、大丈夫か?」

 

「うぅ……お兄ちゃん……」

 

プルプルと子犬のような目で毛布の隙間からこちらを覗くつぐみ。

つぐみは、昔から雷が苦手だった。たまに、きゃー、雷こわーい。なんて面白がっている女子連中が居るが、つぐみのそれはガチのマジだった。雷が鳴れば誰よりも早く低い姿勢を取り、そして、隠れられるようであればこのように身を隠す。小動物的な本能がそうさせるのだろうか……。

 

などと考えていると、閃光がピカッと窓付近で走り、ガラガラ!!と再び雷が落ちる。「きゃああ!」……。

 

「つぐ、家の中に居るんだ。心配するな」

 

「う、うん、頭ではわかってるんだけど……怖くって」

 

何かを求めているつぐの小さい手をそっと握ると、そこで、またも辺りを光が包む、つぐの身体が緊張で固くなったのがわかる。

 

「つぐ、大丈夫だ。俺がついてる」

 

「……お兄ちゃん」

 

握っている手の力を強くすると同時に雷が落ちる。

しかし、それでつぐが慌てることはなかった。ただ、握っている手の力が強くなっただけである。

 

「ほら、大丈夫だろ」

 

「う、うん」

 

何度か深呼吸して、笑みを取り戻すつぐみ。それからも、暫く雷は何度か鳴り響いていたが、俺はずっとつぐみの手を握っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ大丈夫そうだな」

 

窓から外の様子を見る。ザーザーと、未だに雨はバケツをひっくり返したようではあるが、雷が降ってくるような気配はなく、どこか、さっぱりしているように見える。

 

「……あのね、お兄ちゃん。覚えてるかな」

 

「ん?」

 

もぞもぞと毛布から這い出てきたつぐみ。

 

「昔、小さいころ。雷の日にね、お兄ちゃんが同じように私の事、守ってくれたことがあるんだよ?」

 

「昔……?」

 

……そんな事、あっただろうか。生憎、そんな記憶は……。

 

「すっごく小さいころだったから、お兄ちゃんも覚えてないだろうけど、私はずっと覚えてる。震える私の手を持って、だいじょうぶだー兄ちゃんがついてるーって、ずっと言ってくれてたの。私、それを聞くとすっごく安心しちゃって」

 

「……」

 

……確かに、すごくいい話っぽいのに。全然記憶にない。

 

「だから、お、お兄ちゃんさえ、よければ……」「ただいまー!」「馬鹿!はぐみはきっと寝てるのよ?」「おっと、そうだっ……た……?」

 

つぐがこちらを見上げて何かを話そうとしたときだった。ガララと戸が開いて、帰ってきたとーちゃんとかーちゃんと目が合う。そして、凍り付いた二人を見て、はっと気が付く。潤んだ瞳のつぐみと手をつなぎ、ブランケットがはだけ……まるで。

 

「あ、すまん」

 

ガララと戸が閉じた。って、ちょっと待て!!

 

慌てて二人の誤解を解く羽目になったのだが、誤解を解く間、つぐみは顔を赤くしてずっと俺の服の端っこを摘まんでいた。

ちなみに、はぐみは歯ブラシを持ったまま階段で寝ていた。あの雷の中、よくもまぁ寝られたものだと、妹ながらに大物だと思った。

 


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