よろしくお願いします!!!!
眩しいほどの日差しを受けて、甲子園ならサイレンが聞こえてきそうなほど大きな声であいさつをすると、チームのベンチに駆け足で戻っていく。早速、向こうの投手が何度かウォーミングアップに肩を慣らし始めるとこちらの1番バッターが打席へと駆けていき……。
「絶好球よ!」
キーンと、試合の始まっていない肩慣らしのボールにフルスイングで応えたのはハロハピの風雲児、弦巻こころ。打たれた相手も、打ったこちら側もぎょっと目を剥いている。慌ててネクストバッターズサークルに入っていたみーくんが相手のチームの人に頭を下げて謝罪と、どや顔を決めているこころに一言注意を入れに行く……。
「こころん!ナイスバッティン!」
「素晴らしいバッティングだよ、こころ!ムッシュ、今ので一点入ったのかい?」
隣でそんなことを言っているチームメイトを見て、俺は心の中で相手のチームの人に謝り続けた。
はぐみの兄ちゃんは苦労人
「いけ―!こころーん!」
「が、がんばってこころちゃん!」
「あら?みんなー!なにかしらー!」「ストライク!」
……事の始まりは全て父ちゃんだった。
商店街にある草野球のチームでは、月に1,2度、近くにあるアマチュアチームと試合をすることになっていた。そして、今回たまたま日程の調整をすることになった父ちゃんが相手チームとの試合の日程を電話で話していたのだが……どうも聞き間違えで、21日と27日を間違えてしまったらしい。当然、大人たちは全員父ちゃんの間違った日程で調整を進めていたからその日を空けていた人はほぼおらず……。
「こころ、前!!前見て前!!」「前?」「ストライク!」
その事情を聴いたはぐみが、いつものようにハロー、ハッピーワールドのメンバーに相談してしまい……俺と酒屋のおっちゃん、そしてハロハピ+黒服の皆さんという意味不明な野球チームが結成されてしまった。いつの間に作ったのか、お揃いのユニフォームまである。
ちらと隣を見ると、花音さんが思いのほか早いピッチャーの球を見て、膝が震え、ズボンがくしゃくしゃになるほど握りしめている。
「かのちゃん先輩。別に無理して打たなくてもバッターボックスに立つだけで良いから……」
「は、はい……」
「花音、怖がる必要はないよ。どうしても怖いというのなら、さぁ、私の胸の中においで?」
「う、ううん、大丈夫」
「遠慮することはないさ、さぁ!」
「う、うん、本当に大丈夫だから……」
……ちょっと、鬱陶しがられてないか、あの温厚なかのちゃん先……キーン「やったー!!」「まさか!」
打ったのか!ばっと身を乗り出すと、どうやらレフト線の良い打球が飛んで行ったらしい。こころは頭はともかく、運動神経は抜群だからな。このあたりならもしかすれば3塁まで……って。
「ちょ!おい!どこいくんだ!こころ!」
「こころーん!1塁の次は2塁ベースだよ!!」
ドドドドと勢いよく1塁ベースを蹴ったかと思えば、ファウルラインの続く限りどこまでも前進し続けるこころ。コーチャーズボックスに立っていた黒服の人が慌てて止めに行っているが……だ、大丈夫なのだろうか。本当。
折角の長打コースが、シングルヒットになってしまった。とはいえ、相手もこちらが素人だからと油断していたのだろう、少し雰囲気が変わった気がする。次の打席に立ったみーくんは、何度か素振りをして打席に立ったものの
「うわ、はや!?」
本調子になった相手ピッチャーの投球に完全に振り遅れている……。これは打つのは厳しそ……!?
「セカン!」
と、キャッチャーが送球したが既にこころは砂埃を上げて2塁ベースに到達していた。ま、まさか一球目から盗塁するとは。
「す、すっごいよこころん!あんな速い盗塁初めて見たよ!」
「と、とうるい?えっと、はぐみちゃん、美咲ちゃんは打ってないのに、こころちゃんは走って良かったの?」
「うん!野球ではね、ランナーが守備側の隙をついて今みたいに進塁してもオッケーなんだよ!」
「もちろん、塁に到達する前にボールを持ってタッチされたらアウトになるから、普通はよほど足に自信がない限りやらないんだけどな」
「そうなんですね」
それにしても、こころのやつ。よく盗塁なんてルールを知っていたな。あまり野球に詳しくないと思っていたが……って!?
「サードだ!?」
「え!?」
2塁手がボールをピッチャーに戻したのとほぼ同時に、再び走り始めるこころ。ピッチャーも、まさか一度盗塁に成功してまたすぐ走ると思っていなかったのか、2塁ランナーの慌てた声にようやく事態に気が付いた。3塁にボールを投げたが、球が大きくそれてしまい、暴投になる。こころはそのままの勢いで3塁を蹴って、ホームまで走ってくる……。
「ゴール!!イエーイ!」
「やったー!こころん!イエーイ!」
「ああ、こころ!なんて儚いプレイなんだ!イエーイ!」
バッターボックスのそばにいたみーくんにハグを決めると、ここまで走ってパチパチと皆の手を順番に叩いていくこころ。相手チームはいまだに何が起こったのかわからず、口をぽかんと開けている。ま、まさか、いきなり一点取れるとは……。
「それにしても、こころんナイススチールだったね!」
「スチール?なんのことかしら?」
「え?」
え?
「あたしはただ、美咲や黒い人たちに言われた通り、白いマットを順番に走っただけよ?」
「……」
じゃあ、全くの何の考えもなしに走ってただけ……?
こちらの事情など露ほども知らない相手チーム。円陣を組み、頭脳戦もできる油断ならない相手だと喝まで入れ直しているようだった。なんとなくいたたまれない気分になってしまった。
こころの1点の後、こちらに追加点のないまま今度は守備側になってしまった。
俺がピッチャーをやり、キャッチャー・おっちゃん。ファースト・薫、セカンド・みーくん、サードにはぐみ、センターにこころ、そしてライトにかのちゃん先輩。後は、黒服の皆さんである。
正直、攻撃側の心配はあまりしていなかった。攻撃は凡打や三振でも何事もなく終わるからである……それに、最悪俺とおっちゃんとはぐみが打てば一点は入る。だが守備ではそうもいかない。アウトを3つ取らなければ、いつまでたっても攻守が交代することはないのだ。こうなったら、意地でも三振でアウトを……。
「さぁ、みんな!楽しんでいきましょー!!」
後ろからこころの大きな声が聞こえる。楽しむ、楽しむか。ふと近くにいたみーくんや薫を見る。どうやら守備なんて初めてやるらしく、カチコチに緊張してしまっていたらしい。だが、こころの声を聴いてずるずると力を抜いていく。そしてそれは、肩に力の入っていた俺も例外ではない。
「そうだよ、みんな!!ハッピー!ラッキー!スマイル!イエーイ!」
「「「「「ハッピー!ラッキー!スマイル!イエーイ!!!」」」」」
両手を上げて、皆で叫ぶ。
……あ、しまった。ついつられて……相手側のベンチもキャッチャーのおっちゃんも、またもやぽかんと口を開けて不思議なものを見る目で俺たちを見ていた。お、俺だって、昔はそっち側だったんだ。俺だって……
キンと、甘く入った外角のボールがサード方面に向かって転がっていく。はぐみはそれを丁寧にキャッチすると、自慢の肩を使って薫に向かってノーバウンドで送球をした。
ばしっと、ファーストミットにボールが収まる……。どうやら、薫も運動神経は悪くないらしい。身体も柔らかく、長身だし、ファーストはちょうど良かったかもしれない。
「やった、チェンジだよ!」
だっと、駆けだすはぐみ。たった一回の守備なのに、こころがセンターから走ってきてピッチャーフライを取りに来たり、ワンアウトを取ってライトにいたかのちゃん先輩がチェンジだと勘違いして戻ってきたりと何だか疲れてしまった。
「ふ、ふぅ、これでようやく一回が終わったんだね、わ、私のところに飛んでこないで~って、ずっとお祈りしてたよ……」
「ははは……まぁ、あたしもそうでしたよ。でも、お兄さんの投げてる球も速くて簡単には打てないみたいだし、案外勝てちゃうかも……」
「う、うん、そうだね。がんばろう。美咲ちゃん!」
二人の微笑ましいそんな会話を背中越しに聞きながらベンチに戻ってくると、グローブを外してバットに持ち替える。二人はああ言っているが、別に俺の本職はピッチャーではない。
そのうち、球の速さに慣れたら三振を取るのは難しく、ゴロやフライは打たれてしまうだろう。なので、今のうちに少しでも多く点を取っておかなければ……。ぎゅっと、グリップを握る手に力が入る。何度かスイングをしてからバッターボックスに入ると、地面の感触を確かめて、構える。
ベンチからは兄ちゃん頑張れー!といった声や、ホームランよー!なんて声まで聞こえてくるが、次第に耳に入ってこなくなる。すぅっと、大きく息を吸うと、両目を開いて、瞬きもせずに相手の一投を待った。
「みんなお疲れ様~」
「あ、さーや!」
5回裏の守備を終えてベンチに戻ってくると、ベンチには帽子をかぶって応援バットを首から下げたパン屋の娘こと、山吹沙綾が座っていた。どうやら、差し入れを持ってきてくれたらしく、紙コップを渡すと皆に水滴の滴る容器から飲み物を配ってくれた。俺も注いでもらったそれをぐいと飲み干すと、キンキンに冷えたレモン水が渇いた喉をぎゅっと潤わせてくれる。美味い。
「おいし~!」
「ありがとう沙綾ちゃん。キミの心遣いが詰まった、とても優しい味がするよ」
「それはどうも」
「でも山吹さん、どうしてここに?」
「みんなが試合やってるってお父さんから聞いて、応援しようと思って。今はまだ出せないけど、試合後にはうちの焼きたてパンもあるからね」
「まぁ、素敵よ沙綾!」
「わ~い!よ~し、はぐみももっと頑張るぞ~!」
「あ、ほんとだこれ美味し……って、次のバッター薫さんでしょ!!相手の人たち待ってますよ!?」
「ああ、そうだったね、あまりに甘美なレモンの香りに、うっかり心だけでなく、腰まで落ち着けてしまったようだ」
「何言ってるんですか、早く準備してください」
そういって薫をバッターボックスに向かわせるみーくんに、コーチャーズボックスに向かって走るこころとはぐみ。って、はぐみはともかくこころは打順が近いだろ!?慌ててみーくんが止めに入っている。
「あはは、相変わらず賑やかだね~……で、どう?」
「ん?」
「勝てそう?今日」
「……さぁ、どうだろうなぁ」
6回表、こちらが3点、向こうが4点。まぁこれだけの点差で済んだのは俺としては上々の結果である。何せこっちのメンバーはルールすら碌にわからないメンバーがほとんどである。守備はそこら中ボロボロであり、外野に飛べば、大体ランニングホームラン状態……ゲッツ―何て高度な処理もできない為、一人ひとり確実にアウトにしていく他方法がなかったのだ。この試合は7回までと決まっているし、このままだと俺の打席になる前に勝負が決まってしまう可能性もある。折角のみんな初めてやる野球の初試合なんだ、どうにかして、勝たせてやりたいが……?
「なんだよ、人の顔じっと見て」
「え、ううん。別に、なんでも~……いけー、薫さん!」
カンカンと持っていた応援バットを鳴らして立ち上がる沙綾。何かすげー優しい笑みを浮かべて見られてた気がするが……。
「フ」
お!キンと、打った。綺麗なセンター返しだった。それと同時に、いつの間にか集まっているベンチのすぐ近くにいた観客の薫親衛隊から黄色い声が上がる。
「ありがとう子猫ちゃんたち!」
ヘルメットを脱いで見せてそういうと再びキャーなんて、声を聞こえる。曰く、帽子を直すしぐさがカッコいいだの、ユニフォーム姿も凛々しいだの……軽く薫がウィンクでお返しをしたら、何人かがその場で卒倒していた。……大丈夫なのだろうか。
「花音~!薫が打ったのだから、次はあなたの番よ!」
「ふ、ふぇぇ、無理だよこころちゃん……」
バットを両手で持ってバッターボックスに立つかのちゃん先輩。
構えも、スイングも、はっきり言ってまるで期待ができない。相手チームもかのちゃん先輩が一番の安牌だと知っているからか、キャッチボールのようにゆる~やかな球を投げる。えい!とかのちゃんせんぱいは力強くスイングしているがとんでもないボールの球を振っていて当たるわけがない。相手は楽にストライクを一つ稼ぐ。
「かのちゃん先輩~!もっとボールをよく見てバットをバシッと振るんだよ!」
「そうよ、花音!目を閉じてちゃだめよ!ちゃんと前を向いて、ボールを見れば、後はバットが勝手に当たってくれるわ」
「で、でも……」
「大丈夫よ花音!ハピネスハピィマジカル!」
「「ハピネスハピィマジカル!!」」
こころの叫びに合わせて、はぐみ、薫がそれに続く。すると、俯いていたかのちゃん先輩の目に、徐々に光が宿っていく。
「……は、ハピネスハピィ、マジカル!ハピネスハピィマジカル!」
「「「「ハピネスパピィマジカル!」」」」
感動的な場面なのだがその呪文は何とかならないのだろうか。
何となく、聞いているこちら側は恥ずかしい。沙綾も少し恥ずかしいのか俯いて顔を赤くしていた……。
相手のチームはこちらのこのやり取りにすっかり慣れてしまったのか。投球を少し待ってくれている。もう何て言うか、本当、申し訳ない……。ぽいっと、軽い山なりのボールが今度はストライクゾーンめがけて飛んでくる……。
「えい!!」
「あ!!」
お!?キンと、ボールが転がる。しかし、当たりが弱い。かのちゃん先輩も一生懸命走っているようだったが、彼女の足では内野安打になるわけもなく。アウトになってしまう。しかし……その間、薫は1塁から2塁へ進んだ。それに……
「当たった、当たったよ!こころちゃん!」
「ええ、ちゃんと見ていたわ!すごいわ花音!」
「うん!でもアウトになっちゃって……」
「ドンマイドンマイ!」
「そうそう、ナイスファイト!かのちゃん先輩」
「かっこよかったですよ、花音さん」
「……そ、そうかな……えへへ」
未だに打ったバットの感触が忘れられないのか、ベンチに戻ってきたというのにバットを握ったまま、グリップをじっと見つめて顔を緩ませるかのちゃん先輩。その姿を見て、俺は何となく、はぐみに初めて野球を教えてやった時のことを思い出した。あの時、初めてボールがバットに当たったはぐみも、同じような顔をしていたっけか……。
「かっとばせー、こ・こ・ろ!」
「頑張って~!こころちゃん!!」
ふっと、我に返るとベンチの皆の声援が聞こえる。俺も、席から立つと、皆と同じように大きな声を上げた。はじめは嫌々であったが、今はもう、このチームで勝ちたいとそう思っていた。