はぐみの兄ちゃんは苦労人   作:雨あられ

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第19話

今日はいつにも増してツイていた。

 

当たり付きの自販機では珍しく7が揃ってもう一本貰うことができたし、予約していなかったアーティストのCDは最後の1枚でギリギリ買うことができた。自分は運のない人間だと思っていただけに、このバカヅキは我ながら珍しいと感心していた。

 

「え~、そんなところでアーム止めちゃうんだ?何か意味があるのかな~」

 

だが……それも長くは続かなかったようである。クレーンゲームのアームはお菓子についたリングにかすりもせず空を切る……自分の運を信じてやってきたゲームセンター、景品をとるどころか、投資は増える一方……そして、その不運に更に拍車をかけるのが隣で覗き見しているターコイズブルーの髪色に若草色の釣り目が特徴的な少女……

 

「あ~あ、100円無駄になっちゃった」

 

氷川日菜。おそらくこの少女、人をイラつかせる天才である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はぐみの兄ちゃんは苦労人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び百円を投入してクレーンゲームに向き直る。

今取ろうとしているのは市販のものより大きなベビーチョコやアポロといったお菓子たち、それがタワーのように高く積み上げられている。一見、簡単に全て落とせそうに見えるお菓子タワーであるが、こういったゲームセンターの筐体って、昔に比べてやけにアームの力が弱くなった気がする。というより、弱すぎる。今度はお菓子のリングにうまく引っ掛けられたが、アームはまるでやる気がないのか、お菓子をほんの1ミリ程度動かして仕事した気で帰ってくる。

 

「っく」

 

「あ!わかった!おにーさん、ワザと失敗してるんじゃない?」

 

「ワザと?」

 

「あんまり簡単に取っちゃうと、クレーンゲームって面白くないからね~」

 

うんうんと腕を組んで頷く日菜ちゃんを見て、百円をもつ手に力が入る。

……初めはツイてるなと思ったよ。ゲームセンターの入り口で偶然この娘に会ったこと。

出会うなり、目を輝かせて、俺のファンでまた会いたかったーなんていうじゃないか。こんな可愛い子にそんなこと言われて悪い気になる男子は居ないだろう。それで、その良い気分のまま当初の目的であったクレーンゲームをやっていたら……このザマである。この子、本当に俺のファンなのか?と疑いたくなるほどの煽りの連発……。しかも、無自覚らしいというのがなおさら性質が悪い。

 

「日菜ちゃんはあんまりこういったゲームをやらないのかもしれないけど、こういうのは一発で取れないようになってるんだよ」

 

「うそだ~。だって、あたしなら一回でできちゃうけどなー」

 

「アームが弱くて、少しずつずらさないと……「取れたよー!」……」

 

ドサドサっと、取り出し口に落ちている山積みになっていたお菓子たち。店泣かせのワンコインでの総取りである。一つ取るのに、既に700円も使っていた自分が馬鹿みたいに思える。

 

「はいおにーさん!これ、欲しかったんだよね!」

 

曇り一つない眩しい笑顔でお菓子を全部渡してくれる氷川日菜……。俺のために取ってくれたのだろうが……嬉しいのは嬉しいが、何とも言えないもやもやした気分である。

 

「ありがとう。でも、一個で良いよ……」

 

「そう?じゃあ、他のはおねーちゃんと食べよっと!」

 

お菓子を入れるためにぬいぐるみ用の大きな袋を渡してくれた店員さんは、笑顔であったが目は笑っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゲームセンターを出たというのに、俺の隣をニコニコ顔で引っ付いてくる日菜ちゃん。意味もなく交差点を曲がると同じように曲がって、走って点滅していた横断歩道を渡ると、同じように走って隣をついてくる……

 

「ねぇねぇ!おにーさん!どこ行くの~?」

 

観念してゆっくり歩き始めるとステップするように俺の前へと出てそう尋ねてくる。

 

「別に、暇だからフラフラしてるだけだよ」

 

「あたしも一緒!せっかくの休日なんだもん。家ん中にこもってたらもったいないしね」

 

こっちを向いたまま後ろ歩きをして顔を輝かせる日菜ちゃん。その歩き方、危なくないか?そう言ったのだが、平気平気~と、後ろに目が付いているんじゃないかと思うくらいスイスイ人の波を躱していく日菜ちゃん……。って!

 

「きゃ!」「あぶないっ!」

 

がッと段差に躓き、後ろに倒れそうになった日菜ちゃんの手を引いてこちらに思いっきり引き寄せる!ほら見ろ!言わんこっちゃない!

 

「あ、ありがとう」

 

だから言ったのに……

引き寄せていた身体を離して、怪我がないか尋ねてみる。日菜ちゃんはどこか打ったのか、もじもじとしていて、先ほどまでと様子が違って見える……。

 

「どこか、痛いのか?」

 

「う、ううん、けどなんか、胸がキューンって、苦しい……っ!」

 

「さっきこっちに引き寄せたときに胸を打撲したのかもな……念のため病院に……」

 

「う、ううん!大丈夫、ちょっと、落ち着いてきた……から」

 

そう言いながらも、日菜ちゃんは俺と話すとき、明らかに目を逸らしていて、普通の調子ではなさそうだった。強く引っ張りはしたけれど、そこまで強くぶつかったわけじゃないはずなんだが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後も、少し様子のおかしい日菜ちゃんを連れたまま、江戸川楽器店へとやってきた。ドアを開けて中に入ると、涼しい風が、俺たちの事を出迎えてくれる。最近また暑くなってきたので生き返った心地だ。

 

「わー!すずし~!」

 

「いらっしゃい……ムム、メズラシイナ、「カノジョ」ヅレナンテ」

 

カウンターで「デベコ」とかいう悪魔のぬいぐるみと戯れたまま、こちらに声をかけてきたのは鵜沢リィ。Glitter☆Greenのベース担当にして、俺たちのバンドと同時期にデビューしたバンド同期である。リィの冗談に、日菜ちゃんは驚いたように顔を赤く染める。

 

「どこをどう見たらそうなるんだ」

 

「そう?結構お似合いよ、あなたたち」

 

「……えへへ」

 

ケラケラと笑うリィの茶々を聞き流しながらギターコーナーへと向かった。

所狭しと並ぶ楽器の数々、昔はこの妙に気取った空気というか、別世界のような楽器店の雰囲気が苦手だった。

 

バンドの皆と一緒に戦々恐々としながら楽器を買いに来たことを昨日のことのように思い出す。初心者の俺たちには試奏なんて言われても音の違い何てさっぱり判らなかったし、店員に言われるがままに高い楽器を買って……。それから、わからないなりに毎日楽器を練習して、夜にうるさいとかーちゃんに怒られたり、はぐみにギターを教えたり……。

 

「オキャクサン、オメガタカイ!そのフェイザー、今日入った新作よ」

 

「え、あぁ」

 

昔を懐かしんでいると、偶然立っていた目の前にあるフェイザーを勧めてくるリィ。思わず口元に手をやり、表情を隠す。いつの間にか、笑っていたらしい。

 

「ん~、これ欲しいの?カノジョが買ってあげよっか~!」

 

「ば、馬鹿言うな」「あはは」

 

口に手をやり、悪戯っぽく笑う日菜。段々と素の彼女に近づいていると、そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

音楽店を出た後も、日菜は俺の後をトコトコとついてきていた。初めは嫌な奴だと思っていたけど、向こうが俺の事を気に入ってくれているのは何となく感じ取ることができる。そう思うと、煽りのようなセリフなども段々と気にならなくなってきた。歩きながら江戸川橋駅近辺までやってくると、隣に居た日菜があ!と何かを思い出したような声を出す。

 

「ねぇ、アイスたべよーよ!」

 

「アイス?」

 

「うん!この先にあるアイスクリーム屋さん、ヒヤッとしてて、甘くてすっごくるんって感じなんだ~!」

 

「アイスかぁ……」

 

確かに、今日は暑い。冷たいアイスを食べるのにはもってこいかもしれない。行くか、と短く返事をすると、目を細めて日菜は手を叩く。

 

「あ!アイスと言えばね!この前、彩ちゃんが、かき氷をガガガ―ってしてキーンとしてフラフラしたと思ったらドガシャーンってなっちゃって!」

 

「へぇ」

 

かき氷をいっぺんに食べたら頭がキーンとしてしまい、眩暈で歩いているとイスか何かで転げてしまったらしい。確かにあの子、この前会った時に少しどんくさい印象を受けたけど、そこまでとは。そう思いながら話を聞いていると、上機嫌で話をしていた日菜ちゃんがあ!と再び声を出して、今度は暗い顔で押し黙ってしまう。

 

「どうかしたのか?」

 

「あ……えっと、あたしの話、わかりにくいよね?おねーちゃんにもよく言われて……」

 

「話?あぁ、別に、俺は普通にわかるけどな……気にしなくても良いよ」

 

思いがけないことを聞いた風に眉を上げる日菜ちゃん。そして、目をキラキラと輝かせる。確かに独特な擬音が多いなとは思うが、ウチの家族も大概である。代名詞やフィーリングだけで話すことが多いし、日菜ちゃんの喋り方を変に思ったりはしなかった。とーちゃんなんて偶に、アレだよアレ、だけで会話を成立させようとするから、それに比べたら全然ましだ。

 

「そんなこと言われたの初めてかも……!」

 

「そうか?」

 

「うん!えへへ〜……」

 

照れくさそうに頬を掻く日菜。不意打ちでそういう女の子らしい表情を見せるのはやめてほしい……。目のやり場に困り、全くの反対側に顔を向ける。……?雑踏の中、俺の目にはある光景が飛び込んでくる。

 

「……」

 

「おにーさん?」

 

「ちょっと待っててくれ」

 

道を逸れてそのまま駅の前まで向かっていくと、先ほど見つけた腰の曲がった御婆さんのところまでやってくる。さっきの様子を見るに、何か困っているみたいだったが……。

 

「お婆さん、どうかしましたか?」

 

「おーおー、お兄さん。ちょっと、道を聞きたくて……」

 

中腰の姿勢でお婆さんに話しかけると、肩を数回ポンポン叩いてから、俺の方に手を乗せて体重を預けてきた。結構、よれよれの見かけによらず重い……。

 

「え~、どこに行きたいんですか?」

 

「江戸川公園という所に行きたくて……」

 

「それなら、こっち側じゃなくて、反対側の出口ですね。駅を戻って反対側の出口を出て、そのまま左に歩いて3個目の信号を右に行けば……」

 

「なんじゃようわからんのう……」

 

そ、そうだろうか。結構わかりやすく説明しているつもりだったのだが……。ていうか、さっきから肩に手の甲の「骨」が食い込んできて痛くなってきた……。

 

「えーっと、じゃあ、近いし送っていきますよ」

 

「おーそうかそうか!悪いのうしかし」

 

そう言って立ち上がると、ぎゅっと御婆さんが突然しわしわの手で俺の手を握ってきた。驚きはしたが、まぁ良いかと前を向く。が、しかしそこで変わった連れがいたことを思い出した。さっき居た場所に振り向くと、そこに日菜の姿はなくて……

 

「江戸川公園だよね、行こう、おばあちゃん!」

 

「おうおう、すまんのうお嬢ちゃんも」

 

気が付くと、お婆さんの反対側の手を握って前を歩き始める日菜。鼻歌を歌いながら、そのつないだ手を大きく振って歩いていると、お婆さんは、痛いわ!と日菜に向かってキレていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「面白い御婆さんだったね~」

 

「あぁ、ああいう人ほど長生きするのかもな……」

 

お婆さんを公園に送り届けると、お礼をしてくれたのは良いのだが、その後、なんかよくわからない味の飴をもらって、立ち去ろうとする俺の手を握って、更に10分ほど延々と感謝の言葉を述べてきた。感謝に交じって、娘に邪険にされているという愚痴も混じっていたが……何にせよ、ちょっと、疲れた。

 

「あ、ほらほらアイス屋さんだよ~!飴まずかったから、口直ししないと!」

 

……ちょっと不謹慎だぞ、とは思ったが気持ちはわかる。暑さも大概にきつくなってきたし、そのまま店へと近づくと、どこかで、聞いた声が耳に聞こえてくる。

 

「う~ん、美味しいね~つぐ~。やっぱり来てよかったでしょ~」

 

「うん!甘くてひんやりしてて、すっごく美味しいよ!」

 

「そして、今日も冬に向けて着々とカロリーを貯めこみ続けるひーちゃんなのであった……」

 

「ちょ、モカ~!」

 

あははという楽し気な笑い声が聞こえてくる。どうやら……アイス屋の前に設置されてるテーブルに居るらしいが……とやっぱりこの声、アフターグロウの面々で間違いないみたいだった。今日は5人そろっているらしく俺に気が付いた巴が嬉しそうに手を上げてくれる。そして、次には驚きで目を白黒させる。

 

「日菜先輩!?」

 

「やっほーみんな!元気してる?」

 

「と、お兄さん~?ふ~む、なるほど~」

 

どうやら、日菜ちゃんも既にこの5人と知り合いらしい。気さくに両手を振って挨拶をしている。

 

「まぁ、なんだ、そこで偶々会って、そこからなし崩し的にな……」

 

どこか、説明を求めるつぐと巴の視線に答えるように口から勝手に言い訳めいた言葉が出てくる。って、別にやましいことなど何もないじゃないか、なのに、なんでこうも緊張するんだろうか……。よくわからない圧を感じて気が付くと、手にはべったりと汗が浮かんでいるようである。もしかしたら、さっきのお婆さんの汗かもしれないが。

 

「今日は、お兄ちゃんと二人で何を……」

 

「ん?ん~……デートかな!」

 

「で!?」

 

「デート~!?」

 

ガタンと席を立つ巴。いくら俺がモテないからって、そこまで驚くことないだろう。っていうか、これって、デートだったのか。

 

「デート、いいな~」

 

頬に手をあててうっとりとした目線を向けるひまりちゃんに対して、ニヤニヤ楽しそうなモカ、呆れたような蘭、そして、困ったようなつぐに、座った目をした巴……。不意に、巴がわざとらしく咳ばらいをした。

 

「おほん、えーっと、念の為に聞きますけど、二人はその、つ、つつつ、付き合ったりはしてないですよね!?」

 

「付き合う?ううん、してないよ?」

 

そりゃそうだろ、なんでそんなわかりきった事

 

 

「でも好きだよ」

 

 

 

「「「「「「っ!!?」」」」」」

 

空気が凍った。思わず隣に立っていた少女を見ると、その顔は冗談を言っているようには見えなくて……。俺と目が会うと、照れくさそうに初めてみる顔で笑った。

 

「えっへへー」

 

「お、おぉ~これは、意外な爆弾発言~……」

 

「ひ、日菜さん。好きってそんなストレートに……すごいね、なんか」

 

こ、この子、今日会ったばかりなのに、いや、正確には2回目だが、どうしてそんな事言い切れるんだ?喉のあたりがかっとなって、上手く言葉が出てこない。耳が熱い。

 

「日菜先輩!日菜先輩!ちなみどんなところが!?」

 

遠慮という言葉を知らないのかひまりちゃん。ずずいと身を乗り出して質問をしてくる。

 

「ん~っとね、理解できないところ!」

 

「理解」「出来ないところ……?」

 

口元に手を当てて思案した後、笑ってそう答える日菜ちゃん……。わけがわからないと頭に疑問符を浮かべているアフターグロウの面々……俺だってわけがわからない。ただ、立ってるだけなのに心臓の音は破裂しそうなほど早くなっている。

 

「へ、へぇ~……でも、アタシの方がコイツとの付き合いは長いですよ?」

 

立ち上がった巴が日菜の前に現れると、自分に向かって親指立てて喧嘩腰にそう言い放つ。

 

「え~、好きっていうのに、付き合いの長さとか関係あるのかな?」

 

「え?」

 

「あ!もしかして巴ちゃんもお兄さんのこと好きなの!?」

 

「なななななっ!!?何言ってんですかっ!!?」

 

そうなんでしょ~っと挑発的な笑みを浮かべる日菜に巴は動揺を隠せない。突然、そんな変なこと言われたら動揺もするだろうが、なぜだろうか、すごく胃がキリキリしてきたぞ。できることなら、この場を走って逃げ出したいような……。

 

助けてくれ、つぐ。

そう目を向けると……

 

「……」

 

自らの手を不安そうに胸元に当てて、なんだか泣きそうな顔をしているつぐみ。な、なんだ、どうしてそんな顔を……まさか

 

「つ」「なんかね、彩ちゃんみたいだよね!」

 

ピタッと、そこでまた空気が変わった。凍てついた空気から、どこかカラリとしたものに。

 

「あ、彩さんに?」

 

「うん!今度はどんなことやるんだろ~って、何するかわからないところとか!なーんの得にもならない人助けしたりして、理解できないんだよね~。ほんっと!面白い!」

 

「……と、友達、そ、そうだよな!日菜先輩がまさかな!アハハ!」

 

キラキラと目を輝かせてそう語る日菜ちゃんにはぁと大きなため息をついた蘭たち。どうやら、彼女の好きは、友達に向けるそれと同じってことらしい……何だか疲れてしまった。

 

「それと……あれ?どうかしたのみんな?」

 

「まぁまぁ、日菜先輩~、それより一緒にアイスクリーム食べましょうよ!お兄さんもほらほら~」

 

何だか残念なような、安心したような……?

 

「じゃ、一緒に食べようよ!おに~さん♪」

 

「「あーっ!!」」

 

ぐいっと俺に腕を組むと日菜ちゃんは楽しそうに笑う。

これも友達としてか、と思うと複雑だったが……こんなに可愛い子に懐かれて嫌なわけがない。

 

 

 

 

 

 

(うん、やっぱり彩ちゃんとは少し違ったかも。だって、こんなに、ルルン♪って、なっちゃうんだもん!!)


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