「母ちゃん、父ちゃんとはぐみは?」
「もう待ちきれないって言って、とっくに出て行ったよ」
あくびをしながら居間に出てくると、台所に立っていた母ちゃんが洗い物をしていた手をエプロンで拭きながらそういった。
今日は商店街のお祭り当日。昔、中止になる案もあったらしいが今回も無事に開催されることになったらしい。その背景にはとある女子高生バンドの影響もあるとのことだが……。
「出て行くったって、出店はウチの目の前に出すんだろ?」
「はぐみは今日出し物をするからその準備だって言ってたねぇ、とーちゃんは、まぁそのうち帰ってくるでしょ。っと、それよりほら、はやく食べちゃって出店の準備をしとくれ」
どんっとおかれた大き目の皿の上には塩のかかった赤いソーセージとサラダに目玉焼き……続いて山盛りの湯気の立った白ご飯と味噌汁。手を合わせてソーセージを口の中に放り込むと、茶碗を持って温かいご飯を掻きこんだ。赤いソーセージが出る日は……大体決戦の日だった。
「おはよう、お兄ちゃん!」
眩しい朝の日差しを背に受けて、外で事前に渡されていた屋台を組み立てていると、すぐそこの珈琲店からつぐみが顔を出して、こちらまで挨拶にきてくれた。一度作業を中断し、立ち上がる。
「おはよう。つぐ。今日はよろしくな」
「うん!……お兄ちゃんの出店は、ステーキ串?」
ちょうど立てかけられていた「牛串ステーキ」という看板に目を落としてそう尋ねてくるつぐみ。
「あぁ、今年はコレだな。コロッケとどっちを出すか~って父ちゃんと母ちゃんで揉めたみたいだけど、結局母ちゃんが勝ってこっちになった。まぁ、父ちゃんのコロッケも並べるらしいから、結局いつも通りかも知れないけど……」
「あはは、そうなんだ」
折角のお祭りに、何時でも買えるコロッケを売っても芸がないだろう。とーちゃんも、とーちゃんの案を推してたはぐみも無計画すぎるんだよなぁ……。
「つぐんちは……」
「うちはね、かき氷、やるんだっ!」
「へー、いつものソフトドリンクじゃないのか?」
「うん、今年は別のお店がソフトドリンクをやるから、被らないようにって」
つぐの何処かウキウキとした語り口に自然と笑みが零れてしまう。かき氷と言えば、最近羽沢珈琲店のメニューに増えた新商品だ。値段の割に大きいからと、結構人気があるらしい。
「何か力仕事でもあれば呼んでくれよ。手伝うからさ」
「うん、ありがとう。お兄ちゃん。わたしも、手伝えることがあればなんでも言ってね」
「頼りにしてるよ」
やっぱり、つぐは良い子だ……。こんな妹が居れば、人生幸せかもしれん。いや、でもそうなると、妹を嫁に出すときに発狂しそうだ。っていうか、生半可な奴は絶対に認めないぞ、そんなの。
「あ、そういえば、今日ははぐみちゃん、アレ、やるんだよね」
「……アレ?」
そういえば、さっき母ちゃんも出し物をするとかなんとか言っていたな……だが俺には全く心当たりがなかった。
「あれ?今日やるんだよね、ハロハピ音頭」
「……ハロハピ音頭?」
なんだ。その聞いただけで頭の中がハッピーセットになってしまいそうな名前の出し物は。最近、はぐみとあまりギターの練習もやっていなかったし、飯の時も練習が大変だったとかしか言ってなかったから、そんな話きいたことがなかった。
「そんなヤバそうな催し物が開かれるのか?」
「う、うん。ウチの学校でも薫さんがぜひ見に来てくれ子猫ちゃんたちーって薔薇と一緒にチラシを配ってたよ」
「そんな大々的に「ソイソイ!盛り上がってるかー!二人とも―!」」
出たなお祭り女。
ざっと現れたのは青い法被、白いハチマキ、赤い髪をポニーテール結上げた宇田川巴。手にはいつか見た名前入りの樫バチが握られていて、祭が始まる前からやる気満々のようである。
「おはよう、巴ちゃん」
「おはよう!しっかし、良い天気になったよなぁ!まぁ例え雨が降ってたとしても、アタシたちの気合いで吹き飛ばすだけだけどなっ!ははははっ!」
「いてぇって」
バシバシと豪快に俺の背中を叩く巴。祭の日はいつも以上に暑苦しい。っていうか痛い。
「今日も太鼓やるのか?」
「お!そうなんだよ~なんといっても、今日はハロハピ音頭だからな!」
そういって得意げに笑う巴。だから、なんなんだ、そのハロハピ音頭ってのは。
「って、まさか巴も出るのか!?」
「おう!アタシだけじゃないぞ。香澄に紗夜さんだろリサさんに、後今回はなんとあこまで出るんだ!」
いまいち統合性がないメンバーだと思う。っていうか、そのメンバーみんなでソイソイ言って太鼓を叩くのだろうか?想像できないというか……。おっと、それじゃ、アタシは準備があるから!と言って軽く手を上げると。巴は再び風のように走り去って行く……道中様々な人に挨拶しながら。まったく、呆れるくらい元気な奴だな。
「じゃあ、俺たちも準備に戻るか」
「うん!そうだね。今日は頑張ろう!」
ぎゅっと両手でガッツポーズを作ると張り切った表情を見せてくれるつぐみ。つぐ、お前だけが、俺の癒しだ……。
屋台を設置したり、交差点の中央にデカイ紅白の櫓を組み立てたり、道のわきに簡易ゴミ箱を設置するのを手伝ったりしていると、日が暮れ始め、街に夕焼けが差し始めた。そうなると、いよいよ辺りに祭囃子が聞こえ始め、商店街もにわかに活気づき始める。
大通りはすっかり出店と通行人で埋め尽くされており、フランクフルトにタコ焼き屋、金魚すくいにヨーヨー釣りなんて書かれた看板が立ち並んでいる。出店の店主は大体見知った人たちであったが、中には今日のためにわざわざよそから来てくれた見知らぬスタッフの人もいるみたいだった。商店街全体が、浮足立っている気がした。
「さてと、じゃあ、そろそろ始めるよ」
「ん」
母ちゃんの開始の合図とともに、軍手をつけて炭火の通った網の上に串の刺さったステーキ肉を置いていく。今日のために特製のタレで漬け込んだ肉は、煙と共に旨そうな肉の焼けた匂いを運び始める……正直、焼いている自分でも美味そうだなとおもう。
「一本、貰おうかな」
「はい!……って、なんだ、沙綾か」
くるりと焼き目が付いた肉をひっくり返していると、今朝も挨拶をしたはずの、やまぶきベーカリーの看板娘こと沙綾がオレンジ色の法被を着て姿を現す。純と佐南も、手を繋いで一緒に来たらしい。口を半開きにして俺の焼いているステーキ串に目線が釘付けになっている。
「あら、いらっしゃい沙綾ちゃん」
「こんばんは、おばさん。あの、これお父さんが差し入れですって」
「そんなわざわざ、どうもありがとうね」
沙綾が差し入れてくれたのはソースのかかった香ばしい焼きそばであった。プラスチックのパックに入ったそれを受け取ると、母ちゃんは白い発泡スチロールの皿を何枚か持って、俺が焼いた肉を素早い手つきで乗せていく。まぁ十分に火は通ったかな。
「はい、これ、持ってって!」
「え!いや、別にそんなつもりじゃ」
「良いの良いの!ほらほら、純君と沙南ちゃんも遠慮しないで!」
「わーい!」「ありがと!おばさん!」
そう母ちゃんが言うと、純と沙南は素直に受け取って早速ステーキ串にかぶりつき、ん~!なんて幸せそうな声を出していた。それを見て母ちゃんは八重歯を出して笑っていたが、沙綾は少し戸惑っている。
「沙綾も、気にせず食べてくれよ」
「でもちゃんとお金……」
「沙綾ちゃんそんなの、気にしなくて良いから!」
「そうですか?……それなら、いただきますね」
ぱくっと沙綾が赤茶色いタレの滴るお肉を口に入れ、もぐもぐと食べ進めていくと曇っていた目が少しずつに光が宿る。
「美味しい!」
頬をさすって、大げさにそういう沙綾。
でもまぁ、確かに今年の牛串は美味いよ。父ちゃんも、あんまり儲けとか考えない性質だから輸入肉とか使わずに良い肉使ってるし。一晩漬けこんだ特製タレの匂いもあって、涎が染み出てくる。
「あはは、そうかい。良かったら、千紘ちゃんたちにも持って行ってあげて」
「そんな!悪いですよ」
そういって手を振る沙綾を無視して、かーちゃんはもう食べ終わった純と沙南を呼び寄せて、ステーキ串を持たせている。まぁ付き合いもあると言え、ウチの家族って気前がいいっていうか、なんというか。そんなのいちいち気にしてられない。網の上に再び肉を乗せて焼き始めると、気が付くと、沙綾以外にもお客さんが行列を作っていた。何本買うのか、何味を買うのかと聞いて3分少々かかる旨を伝えて、次のお客さんの注文を聞く。熱い風が、頬を照りつけこみかめ付近から汗が噴き出てきたのがわかる。。
「その、ありがとね。また、ハロハピ音頭で」
「おう……ん?ハロハピ音頭で?」
そういって一言だけ声をかけて手を振ると去っていく沙綾たち。まさか沙綾たちも出るのか?ってか何なんだよ、その、ハロハピ音頭ってのは!!
炭火の炎を肌で受けながら、ハロハピ音頭なる謎の催し物に、頭を痛めた。
日が完全に暮れて、辺りが真っ暗になったというのに、商店街の熱気は収まるところをしらない。辺りにはオレンジ色の提灯が付きはじめ、いよいよ祭りも本番といった空気が生まれていた。浴衣を着た少女に、安っぽい光るおもちゃをもった子供連中にビール片手に焼き鳥をぱくつくオッチャンたち。世代は違えど、みんな、楽しそうにしているのは一緒みたいだった。
「ふぅ……」
「あ!おにーさん!」
お客さんが来なくなったので、椅子に座って飲み物を飲み、少し休んでいると奥からカランコロンと音を鳴らして誰かが走ってくる。水色のスミレ模様の浴衣に紫色の髪留めをした少女、氷川日菜。ピタリと俺の前で止まると、どーだ!と言ってくるりといきなりターン……。
「おぉ、似合ってるな」
「えへへ、でしょでしょ!おねーちゃんと一緒に選んだんだ―!ねぇ、おねーちゃん!」
そう声をかけた方を見るとしばらくして、「日菜、あなた急に走らないでちょうだい…」と息を整えながらやってきた長い髪を、サイドからだらんとたらし、それ以外を結上げた髪型の氷川紗夜。日菜と似た白百合柄の紺色の浴衣を着ており、中々の和服美人だ。
それにしても、紗夜ちゃんははぐみと遊んでも疲れたことがないという恐るべき体力の持ち主だったのでは?なぜ息を切らしているのだろう。
「こんばんは、紗夜ちゃん」
「さ、紗夜ちゃん……!?」
赤面すると、何やら狼狽えたようすの紗夜ちゃん。
「ん?あぁ、紗夜さんの方が良かったかな」
「い、いえ、少しむず痒かったものですから。私は、どちらでも構いませんよ」
ちゃん、というのは子供っぽかったのだろう。
「紗夜さんだと、俺の知り合いと被っちゃってさ」
「そうなんですか、紗夜、というのは最近には珍しい名前だとよく言われるのですが……」
「あぁ、いや、たまたまNFOってゲームで同じニックネームの人とパーティ組んでるだけで、本当に人の名前かどうかは……」
「……えっ!?」
「すごく優しくて、話も合って、なんだか一緒に居て楽しい人なんですよ……って、こんなこと紗夜ちゃんに言っても仕方がないけど……」
「……」
「あれ~。何顔を赤くしてるのお姉ちゃん。あ、そうだおにーさん!ステーキ串、一本頂戴!」
「まいどあり、塩コショウとタレがあるけど」
「味が濃い方!」
じゃあ、タレだろうか。立ち上がると、休憩を終えて早速牛串を焼く作業に取り掛かり始める。その間、るんるんと目を輝かせながら俺が肉を焼いている姿を見つめる日菜に、何か腕を組んで思案した風な紗夜ちゃん。
「あの、もしやあなたはカツ『みんなー!お祭りは楽しんでいるかしらー!!!』」
こ、この声。思わず声のした方を見上げると、暗闇の中いつの間にか設置されていた電柱のスピーカー……こ、こんなの、昨日までなかったのに!?ざわざわと、通行人たちも音声を聞いてざわつき始める。こんなことを出来るのは、俺が知る中ではただの一人だけ……。
『そろそろハロハピ音頭!始まるよー!!』
『子猫ちゃんたちは、みんな、櫓がある中央ステージまで来ておくれ!』
『えっと、えーっと……その、ま、待ってます!』
『あ~、本当、すみません、急にびっくりさせちゃって。始めるっていっても、後20分くらいあるので、まだゆっくりしていてもらって『みんな~!待ってるわよ~!!』ちょ、ここr』
ブツっと、そこで音声は途絶える。たった、これだけを言うためだけに、スピーカーを設置するなんて大がかりな仕掛けを?人々のざわめきが一層大きくなったのを感じる……。
「あははは!さっすがこころちゃん!今の、最高にるるん!って感じだよ~!」
「弦巻さんたち、あんな放送をするだなんて、一言も……」
これが弦巻こころ。ハロー、ハッピーワールドのリーダーにして、規格外の主犯格なのだ。人々の群れが、アナウンスに導かれるようにして少しずつ中央の櫓へと向かっている。何か始まるであろう、ドキドキの予感に吸い寄せられるようにして。
「はい、焼けたよ」
「ありがとー!……っ!ん~!美味しー!出店のお肉って、堅かったり、まずかったりするのに、コレはるんってする!!はい、おねーちゃんも!」
「そんな、人前で……」
そういって、串を持って、所謂、あ~ん、というやつを紗夜さんに仕掛ける日菜。仲が良いなぁなどと思っていると、また見たことのある人物が人ごみをかき分けて走ってくる。というか、あれは、はぐみとかのちゃん先輩じゃないか。
「兄ちゃん!……あ!ステーキ串?すっごく美味しそ~!!」
「う、うん、でもはぐみちゃん今はステージの準備しないと……」
「そうそう、兄ちゃんも来てよ!」
「来てったって、何言って……、あ、おい、はぐみ?」
はぐみに手を引かれて、そのまま人ごみの中に潜り込んでいく。チラリと店の方を見やると、かーちゃんは目を細めて微笑んでいて、店は任せても問題なさそうだ。
昔は俺の方から手を引くことが多かったのに、ここ最近ははぐみの方から手を引かれることばかりのような気がする。って、まて、はぐみ!かのちゃん先輩があらぬ路地に突っ込んでいくぞ!慌ててはぐみの手を引いた。
「みんな揃ったわね!」
たくさんの提灯が垂れ下がった大きな祭り櫓の近くには異様なメンツが揃っていた。ハッピーと書かれたハッピを着たこころや薫、みーくんの3人はともかく。商店街のおっちゃん連中にそれに交じって談笑する巴。それから浴衣姿の沙綾につぐに香澄ちゃんにその妹まで勢ぞろい。他にも、彩ちゃんにイヴ、あこに燐子さんにと、どこかで見知ったメンツが大集結しているようである。
「い、一体何が始まるんだ?」
端っこで腕を組んでいたみーくんに尋ねてみるが、あ~とか、う~ん、とか歯切れの悪い返事をするばかり。とにかく、尋常でないことだけは確かなようである。
「まぁ、簡単に言えば、盆踊りの、ハロハピバージョンって、感じですかね?」
それは何となく名前と今の雰囲気から予想できている。俺が知りたいのは、どうしてそのためにここまで変わったメンツが揃っているのかということである。俺を含めて。
「もう、こうなった以上、腹くくるしかねーだろ……」
「まぁ香澄たちがやるって言った時点で、それは決定事項みたいなものだし……」
ひょこっと現れたのは、どこかでみた浴衣を着た金髪の少女と沙綾。それに続いて、自分も何をするのか全く知らされてなくて……といったメガネの少女や、本当、どうなっちゃうんだろーねと、ギャル風な浴衣美人……。
「みなさんほんっと!うちのこころがすみません……」
「いやいや、香澄が乗っかったせいで話が大きくなっちゃったわけだし」
「紗夜まで協力するって言いだした時は何事かと思ったよ~」
「それを言い出したら、彩さんが拡散したのも……」
みなで何故かそれぞれのメンバーの行動に対して謝罪を始めだす一行。これ、見たことあるな、子供が遊んでるときの母親たちが井戸端会議をするのとおんなじ光景だ。
「「ソイヤー♪」」
「ソイヤソイヤー!!」「ソイヤソイヤソイヤ!!」「ソイヤ~!!!」
もうあっちは見たくないな。櫓に乗っているこころや香澄の掛け声と共に叫ぶおっさん連中に巴やはぐみたち……と、そこで、ふっと一斉に提灯の明かりが消えたようであった。辺りが急に真っ暗になり、周りのざわめきが一層騒がしくなる。
「うそ、もうやるの!?ちょ、通してください、すみません、すみません」
そういって、暗闇の中をみーくんたちが櫓の方へと走っていくのが見える。しばらく収まることを知らなかったざわめきだが、その異様な空気とともに、少しずつ静寂に包まれていく……。なんだ、何が始まるっていうんだ。あまり周りが見えないのもあって不安な気持ちになっていると……。ブーとスピーカーの電源が入ったような音が聞こえてくる。そして……
『それじゃあみんな!始めるわよ!笑顔になる準備はいいかしら!?』
「ソイヤー!」「イエーイ!!」「ヤー!」
こころの合図とともに、一斉に櫓に向かって皆が叫び始める。
その瞬間、ドン!ドドドンドン!ドンドドドン!ドン!と地響きのように音を響かせて、太鼓の演奏が始まったようであった。大きな音に心臓までたたきつけられる太鼓の音。今度はギュ~ンと櫓の一部がライトアップして、いつの間にか立っていた薫が、櫓の縁に足をかけてビブラートを利かせたエレキ音を会場全体に響かせてはじめる。
ズズ~ン!と、次に聞こえてきたのは、地を這うような低音のベース、太鼓の音に合わせて細かくリズムを刻んでいると、身体の底からだんだん熱さがたぎってくる。ライトアップした先に居るのは、案の条、はぐみのやつである。
『さぁみんな、踊るわよ~!!あ、ソレ!ソレ♪ハ・ロ・ハッピ!』
ぴょんと櫓の上でこころが跳ねると同時に、一斉に辺りの明かりが点いた。櫓の上にはこころにかのちゃん先輩に、ミッシェル?
櫓のてっぺんで踊る3人に、櫓の縁にはあこに先ほどの保護者ギャルに……あぁ、あれって、確かダンス部か!
「さぁ、いこっか」
「は?ちょ、待て沙綾、行くって……」
「決まってるでしょ、私たちも踊らなきゃ!『ソレ、ハ・ロ・ハッピ!!』」
沙綾に手を引かれ、櫓で踊っている人たちの群れへと混ざる。皆がほとんど初めて踊るからか見様見真似で、おぼつかない。しかしステップは、普通の盆踊りとさして変わらないうえ、手をぶらぶらしたり、手を上に向かってえいえいおーといった感じに振り上げたり簡単なものが多い気がした。俺たちだけでなく、同じフレーズを繰り返しているから、子供もおじいちゃんたちも皆踊れるようになっていた。だがそこで
『さぁ今度は輪になって踊るわよ~!ソレ、ハ・ロ・ハッピ♪』
今度は急に隣の人と手をつないで輪になって踊ることとなる。隣に居た沙綾やつぐみと手を握って、輪になって回りだす……なるほど、これがハロハピ音頭か……。普通の盆踊りとは、少し趣向がちがうらしい。
その後、ベースとギターを放棄して一緒に踊りだすはぐみと薫に、ミッシェルの顔をしたでっっかい神輿をふんどし一丁の父ちゃんや蘭の親父さんが運んで来たりと……存分に頭ハロハピな思いをすることとなった。
ただ……いつもみたいに頭を痛めるようなことはなくて、声をだして叫んだり、見よう見まねでへたくそな踊りを踊ったり、結構……楽しかった。
はぐみを背負ったまま、家へと向かう。はしゃぎまわって、遊び回って、片づけをしている最中に、はぐみは疲れて眠ってしまったようである。商店街の皆や黒服さんたちと協力しあって、片づけが大体終わるころ、大人たちは酒を酌み交わしはじめたようだったが、俺たちは家へと帰ることにしたのだ。
「じゃあな、つぐ。おやすみ」
「うん、おやすみなさい」
はぐみが寝て居るから、小さな声でそう言うと、笑顔のつぐに別れを告げる。そして、ずり落ちそうなはぐみを背負いなおすと同時に
「あれ、おまつり……」
むにゃと、目を開けたはぐみが眠そうな二重瞼をこすりながら目を覚ましたようであった。次に、にーちゃん。と呟き、現状を把握したのか、安心して背中に体重を預けてくるはぐみ。そして、目を閉じたまま、寝言のように何かを呟く……
「昔……はぐみが小学生のころと……おんなじ……」
「……そうだったか?」
「うん、あの時と一緒……兄ちゃんの背中、すっごくあったかいもん……」
眠そうな声で俺に回す腕の力を強めるはぐみ。朧気ながらに思い出したのは、昔、兄妹二人で行った夏祭りのことだ。はぐみが珍しく俺のお古の甚平ではなくてかーちゃんに買ってもらった下駄と浴衣何て着て行ったのだが、鼻緒ずれを起こして指の付け根を真っ赤にしてしまって、痛くて次第に泣き出してしまったのだ。
当時、俺も小さくって、わんわん泣くはぐみにどう接すれば良いかわからなくって。だから、黙って、はぐみに背中を向けて、背負ってやると無茶言って……。
「お祭り、終わっちゃった……」
「……来年もあるだろ」
「うん、来年……きっと、もっと楽しいよね……」
そういって完全に寝息を立て始めたはぐみを左手だけで支えると、右手で玄関の戸に手をかける。今日も祭りで疲れたが……どうせ明日からもお祭り騒ぎは終わらないのだ。この背中の妹とおかしなバンドが居る限りは……。
先ほどまで眩く輝いていた商店街は嘘のように暗く閑散としていた。しかし、楽しかった祭りの残り香はほのかにまだ残っているような、そんな気がした。
はぐみの兄ちゃんは苦労人 完