はぐみの兄ちゃんは苦労人   作:雨あられ

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第3話

「おかえり兄ちゃん!!!」

 

「おう、ただいま……ん?」

 

「やぁ、偶然だね」

 

そういってこちらに振り返ったのは、こたつに座っていた紫色の髪をポニーテールにしたイケメン、そう、瀬田薫……。はぐみと同じハロー、ハッピーワールドのバンドメンバーである。

 

「偶然もなにも、おれんちだよここは……よっこいしょ」

 

「今日は、薫くん、お泊りなんだ!!」

 

「へぇ」

 

部屋の隅に鞄を置いてこたつに足を突っ込むと、冷え切った手をなるべく中央付近に近づけて暖を取る……お。なんだこれ?

 

「ひゃん!?」

 

ビクンと震える薫の肩。さすさすと、何やら出っ張ったものを触ってみると、もぞもぞと薫が身震いする。

 

「ちょ、つめたぃ!」

 

「ははは、すまんすまん」

 

どうやら、薫の足だったらしい。足を引っ込めて、恨みがましくこちらを見つめている。

 

「兄ちゃん、薫くんはさっきまで一緒にお店を手伝ってくれたんだよ」

 

「え、そうなのか?」

 

「ふふ、子猫ちゃんの頼みとあらば、断れないよ」

 

「そうか……はぐみ、後一か月ぐらい手伝ってくれってお願いしてみてくれ」

 

「うん!!わかった!!!」

 

「ちょ」

 

薫が店番を手伝ってくれる時は、マダムたちへの肉の売れ行きが大変良いため、母ちゃんや父ちゃんもそんな薫の事を気に入っている。

しかし、慣れってのは恐ろしいものである、今でこそ、こうして同じ炬燵に入って呑気に談笑できるくらいにはなったが、はじめのころは大変だった。みかんを手に取り、皮をコロコロと回すと、親指をすっと底に突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はぐみの兄ちゃんは苦労人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄ちゃん!!特訓してよ!!」

 

確か、あれはまだ春の陽気がうららかな、休日の3時頃だったか。部屋で寝転んでいると、急に扉が開いてはぐみがそんなことを言ってきた。またいつものランニングか千本ノックかと背中を掻いて体を起こそうとしたとき、はぐみの隣に見慣れない長身の……女性?が立っていることに気が付いた。

 

「初めましてお兄さん。私は薫、瀬田薫さ。ハロー、ハッピーワールドでギターを担当している」

 

「あ、ああ、これはどうも」

 

寝転がっていた姿勢を正して頭を下げる、切れ長の赤い目に、スラリとした体躯、中性的な顔立ちをした美人だった。

 

「あのね、兄ちゃん!今日ははぐみと薫くんに特訓してほしいんだ!」

 

「特訓って……あぁ、ギターか?」

 

うんうんと、元気よく頷くはぐみ。

しかし、意外だ。はぐみの友達っていうのは、どちらかと言うと子供っぽい子が多かったからな。こういう大人っぽい女性は初めてなんじゃなかろうか。雰囲気から、どこか知的なものも感じる。

 

「最近独学で学ぶことに限界を感じてきてね、行き詰ってしまったのさ。それをこの子猫ちゃんが相談に乗ってくれてね」

 

……子猫ちゃん?いや、聞き間違いだな、きっと。

 

「まぁギターを教えるのは構わないよ、俺で良ければだけど」

 

「本当、ありがとー!!兄ちゃん!!!」

 

「ありがとうございます、お兄さん。」

 

ぺこりと頭を下げる瀬田薫を見て、もしかしたら、ウチのはぐみも彼女の影響を受けて、少し大人っぽくなるかもしれないと、そう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見てくれ」

 

薫がボロロロンと、俺が貸したアコースティックギターを、爪で流れるようにはじくと、こちらを流し目で一瞥し

 

「儚いだろう?」

 

そうつぶやいた。

……早くも、はぐみ知的化計画の雲行きが怪しくなってきた。

 

「えっと、まず、どれくらい弾けるのか見せてもらって良いかな」

 

「ふ、もちろん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よく、それで今まで演奏出来ていたな……」

 

「かのシェイクスピアは言っていた、望みなしと思われることもあえて行えば、成ることしばしばありと……つまりは、そういうことさ」

 

滅茶苦茶なコードの覚え方で、パワーコードとか普通のコードとか混じりまくって何とかドレミファソラシドが出せるような、そんなギターの弾き方だ。それでライブまで出ていたというのだから、大物というか怖いもの知らずというか、本当に、或る意味才能がある。

 

「芝芝になる?……薫くん!芝生になるの!!?」

 

「私が芝生に?……確かに、それはとても……儚い。名前もなくただの草として世間にも疎まれる……あぁ……!っ……なんて儚いんだ……!はぐみ!君は詩人になれるよ!」

 

「しじん?はぐみ、しじんよりソフトボール選手になりたいな!!」

 

もうわかった、あれだな、キミもおバカだな?……はぐみとは少しベクトルの違うおバカだな!?こころとはぐみだけかと思っていたが……ハロー、ハッピーワールド、いよいよもって、やばい奴らの集まりだということが判明してしまった。それと同時に、はぐみが大人っぽくなるのは無理だろうなとそう思った。

 

「えーっと、薫君。まずはちゃんとしたコードを覚えてみよう。それから今の弾き方の方が馴染むっていうのなら止めはしないけど、変な癖をつけるのは演奏の幅を狭めて良くないと思うよ」

 

「おっと、了解したよムッシュ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが、Fコードの抑え方だ、慣れてきたら、ぎゅっと、そう、こう手を丸めて抑えるだけでもできるようになる。まぁ、はじめはなかなか出来ないかもしれないが、練習していたらある日突然できたりする。薫君は指も長いし、すぐにできるだろう」

 

「……ぁ、と、こ、こう……かい?」

 

「そう、上手だ」

 

「……あ、あぁ」

 

……なんか、二人きりになったら急に大人しくなったなぁ。

もう一つギターを用意して、コードの抑え方を教えてあげている間、先ほどまで閉まることをしらなかった薫君の口が、借りてきた猫のようにムの字に塞がれている。さっきまでの元気はどこへ行ってしまったんだ。

 

「後は、そうだな、こうしてグインと弦を揺らすと、ビブラートをかけて音に幅が出る」

 

「おぉ……」

 

ギュ~ンと、音にビブラートがかかる。ふぅむ、物覚えは悪くないな。むしろ早いくらいだ。

ちなみになぜ二人きりになったかと言うと、はぐみは散々騒いだ挙句に俺のベッドで寝てしまったからだ。友達を連れてきておいて何をしているんだとも思ったが、まぁ、せっかく来てもらったのだ、ただで帰すわけにはいかないだろう。

 

「……こうかい?」

 

「違う、指はここを抑えて……」

 

「っ!」

 

手を持ってコードを抑えるのを手伝ってやると、薫はその間、恥ずかしそうに顔を赤くして顔を背けていた。こいつ、もしかして……。

 

「結構、恥ずかしがり屋?」

 

「な、ななな、何を言ってるんだ。私は、その、別に」

 

「まぁ、何だっていいさ。今度は俺が抑えたコードの順番で一緒に弾いてみてくれ」

 

「あ、あぁ、わかった……」

 

それから、俺は薫君に必要以上に声をかけることをやめた。

薫君も、特に俺に話しかけることはなかった。

夕方の陽が入る赤い部屋で、ただ、ギターの音色だけが響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからも、薫はしばしばこの北沢家に来ては、俺と一緒にギターの練習をするようになった。はぐみもいるとよく喋る薫であったが、二人の時は基本的に無言だった。それが少しずつ、少しずつ口数が多くなって……今ではすっかりこの通りだ。

薫のわけのわからない言い回しや、女の子に対するホストのような態度も、慣れるとそれなりに面白かったりする。それに。

 

「薫、そこのティッシュ、取ってくれないか」

 

「あぁ、これだね」

 

「ありがとう、薫は優しいな」

 

「っ!?」

 

ゴンと、机に頭をぶつける薫。コイツは、散々人には歯の浮くような恥ずかしいセリフを吐けるくせに、いざ自分が言われると顔を真っ赤にして滅茶苦茶恥ずかしそうにする。それが、なんというか、年相応に見え、普通の瀬田薫に会えるって感じがして気に入っている。自分自身、こんなセリフを普段から吐くのは御免だが、まぁあの顔を見る為なら悪い対価ではない。これを俺は、心の中で瀬田薫ごっこと呼んでいる。

 

「き、キミはそうやってすぐに私を……」

 

「本当さ、手も白くて、雑煮みたいだ」

 

「雑煮……」

 

うっとりとする薫。これでうっとりする理由は俺にはさっぱりわからないが、薫には効いているようだ。儚いものや薫の好きなもので例えるとこうなる。この前言ったその服、カクレクマノミみたいで似合ってるよ、なんかもきいてたし…逆に薔薇のようだ、とか、白鳥のようだ、とかだと、そうだろう?などと言って普段の薫で逃げられてしまう。

 

「兄ちゃん、はぐみは!?」

 

「はぐみは、そうだな、こんなに寒くても絶対に風邪を引かなくてすごい、花丸一等賞だ!」

 

「本当?わーい!兄ちゃんに褒められた!!」

 

兄ちゃんは、薫をいじるのは楽しいけど、はぐみはいじりたくないな……。

嫌味とか、皮肉っていうのは相手が純粋なほど、言った後に自分に返ってくるものである。そんなもの、いまだにサンタを信じているはぐみに勝てるわけがない。

 

「それよりも、今日もギターの練習、良いかい?」

 

「おお、良いぞ」「この星空の下で」「え?」

 

薫は真顔だった。

 

「最近、星が綺麗だろう?だから、たまにはあの美しい星たちの輝きの下、演奏するのはどうかと、そう思ったのさ」

 

「す、すごいよ!薫くん!!それ、すっごく良い!」

 

かおる!なんて素晴らしいの!と、ここに金色がそろっていたらそう言いそうではあるが、あいにくこの凍えるような寒さの日に、外に出るような自殺行為はしたくない。

 

「寒いから家でやろう」

 

「あ!はぐみ、良いこと考えたよ!!外を走りながら演奏するんだ!!そしたら、体がポカポカして、寒さも吹っ飛んでくよ!!!」

 

「なるほど、はぐみ、キミは天才だ!!」

 

「そうか、じゃあ、俺は留守番してるから二人で行ってきてくれ」

 

「え?」

 

「うん!!わかった!!行こう!!薫くん!!」

 

こいつとの付き合いが長くなってくると、それなりにわかってくることもある。はじめは、ハロハピの3バカトリオだと思っていた俺だったが、こいつに関していえば、少し、そういうキャラを演じている節がある。もちろん、素で天然丸出しの時もあるが、今はまさに、偽っているとき……、スパン!と、はぐみが廊下へと続く戸を開けただけで、ひゅうと冷たい風が吹き抜けていく。ちょっと泣きそうな目で薫が俺の事を見ている。

 

「……かのシェイクスピアは言っていただろ、望みなしと思われることもあえて行えば、成ることしばしばありと……」

 

……そういって、チラリと薫を見てみると、今にもはぐみに手を引かれてギターを担ぎながら町内マラソンに連れていかれそうになっており、本当に泣きそうだったので、慌てて止めに入る。

 

「もうご飯の時間も近いし、やめておけ、はぐみ」

 

「あ!それもそうだね!!」

 

はぁ、全く。自分で苦労するなら演じる必要なんてないのに……ん?

薫の奴、なんでそんなに近づいて……

 

「ありがとう、お兄ちゃん」

 

そういって、頬を染め、俺の耳元で自分の人差し指にキスして見せる薫。

 

 

…………クソ、やられたわ。

 


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