はぐみの兄ちゃんは苦労人   作:雨あられ

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第6話

「わぁ、すっごいよ兄ちゃん!!一面真っ白、雪いっぱいだよ!!」

 

「本当だな」

 

絵に描いたような雪景色。

視界は一面の純白に覆われていて、いつも見ているはずの商店街が今日は別の場所のように思えてしまう。ザクザクと、白い雪に足を沈めると、通った道に自分の足跡が刻まれていく。はぐみは雪が嬉しくて仕方がないのか、さっきから跳んだ跳ねたの大騒ぎである。この寒い中、どうしてそんなに元気なのかね。

 

「はぐみ、あんまり走るとあぶないぞ」

 

「うん兄ちゃん!」

 

クルクルと回ってからこちらに敬礼をするはぐみ。頬っぺたについていた雪をとってやると、えへへと照れくさそうに八重歯を出して笑った。

 

「……それじゃあ、とっとと雪かき終わらせて中に入るぞ」

 

「え~、折角だからはぐみ、兄ちゃんと雪で遊びたいよ~」

 

「そうだなぁ……まぁ良いか、たまには。勿論、雪かきが終わってからだぞ」

 

「本当!やったー!!よーし、雪かきがんばるぞ~!」

 

壁に立てかけていた雪かき用の紫のシャベルに手を付けると、近くにあった赤いシャベルの方をはぐみに手渡してやる。はぐみはシャベルを手に取ると、早速何も跡のついていない真っ白な雪にシャベルを突っ込み、それ!と天高く放り飛ばす。

……当然、落ちてくる。

放った雪がはぐみの上にパラパラと降り注ぎ、それを2回3回と繰り返す……勿論これじゃあ、意味がない。

 

「……」

 

「あははは、それそれー!」

 

「ま、待て、はぐみ。兄ちゃんがいう所に雪は集めてくれ」

 

「うん!兄ちゃん!」

 

はぐみの頭や服についた雪をぱっぱと払いながらそういうと、両手をグーにして、はぐみ頑張るね!と元気と笑顔だけはいつものように百点満点であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

この街に雪が降るのは久しぶりだ。降ったとしても、ここまで積もるというようなことは滅多にない。最後に積もったのは4年前か?あまり覚えてないが、はぐみが雪を食べてお腹を壊したことだけはよく覚えている。

 

はぐみと競争などしながら、雪かきを進めていると…

 

「見てみて~有咲!商店街が真っ白になっちゃった!!」

 

「お、おい、香澄!あんまり走るとあぶねーだろ!」

 

ふぅ、どこにでも似たようなやつがいるもんだなと、手を休めて声のする方を見ると、元気な声を出していた猫耳のような髪型をした少女と、金髪ツインテールの少女がこちらへ走ってくる。

 

「あれ?はぐー!!」

 

「あ!?かーくん!それにあーちゃんも!」

 

タタっとかけて、パンパンと手袋を合わせる二人。続いて手を握ってピョンピョンと跳ねている。なるほど、はぐみの同級生の娘だったのか。どうりで騒がしいわけだ。

いや待てよ、一人は見覚えがあるな……。確か、あれは戸山香澄ちゃんじゃなかろうか。小さい頃はよくはぐみと公園で遊んでいた……そして、その親御さんは今もこの肉屋の常連客である。にしても、昔はもう少し素直ながらも内気な少女だったような気がするが……。と立ち呆けているわけにもいかず、こちらから頭を軽く下げて挨拶を一つ。

 

「こんにちは香澄ちゃん」

 

「あ、はぐのお兄さん!って、私のこと覚えていてくれたんですか!?」

 

「もちろん」

 

「嬉しいな~!ほら有咲!この人がはぐのお兄さん!」

 

「こ、こんにちは……」

 

声の小さくなったアリサちゃんにも笑みを作って見せる。どうやら向こうもこちらのことを覚えていてくれたらしい。俺に気が付くと元気に手を上げて挨拶をしてくれた。

 

「あそうだ!あのね、はぐ、今からみんなで雪合戦するんだけど、一緒にやらない!?」

 

「え!?雪合戦!!?うん!!やるやるー!!」

 

「げ、おい香澄、お前本気で言ってたのかよ!?」

 

「当り前だよー!有咲だって、満更でもないんでしょ~?」

 

「そ、それはその……」

 

「あ、で、でも、今日は……」

 

ちらっと、小動物のような目でこちらを見るはぐみ。普段はあれだけ元気な癖に、こういう時だけしおらしくなるんだよなぁ……。

 

「良いよ、行ってこい。後は兄ちゃんやっとくから」

 

「本当!?……ありがとう、兄ちゃん!」

 

嬉しそうに八重歯を見せて笑うはぐみ。

こういうときのはぐみの「ありがとう!」は卑怯である。なんせ、本当に心の底から嬉しそうにするもんだから、また喜ばせてやろうと自然と態度が甘くなってしまうのだ。俺の言葉を聞いて喜んでいるのははぐみだけではなくて……。

 

「良かったね~はぐー!!それじゃあお兄さん、はぐをしばらく借りていきますね!レッツゴー!」

 

「ゴー!ゴー!行ってきまーす!兄ちゃん!」

 

「あ、おい、待てよ二人とも!つーか、良い年こいて電車ごっこはやめろ!!え、えっと、し、失礼します…」

 

「行ってらっしゃい」

 

肩に手を置いて連結すると、公園の方へと走っていく3人、やめろと言いながらもあのアリサとかいう子も一緒になっているあたり結構なお人よしらしい。あの二人に振り回されてきっと今日はくたくたになるだろう。

 

……さて、もうひと仕事か……

 

ザクッと、雪の中にシャベルを突き入れると、腰に力を入れてそれを持ち上げる。はぐみがいなくなった周囲は、途端に寒くなってしまったような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンクリートの地面にようやく再会したころ。遠くからまたも良く響く元気な声が聞こえてくる。

 

「すごいわ!花音、薫!!!これを全部かき氷にしたら、とっても美味しそうだと思わない!?」

 

「あぁ、こころ……君は相変わらず刺激的だね」

 

「こ、こころちゃん、道の雪って食べるには汚いと思うよ」

 

って、この声……

 

「あら、「おにぃ」がいるわ!こんにちは!」

 

「おう、こんにちは」

 

赤いセーターに白いニット帽に身を包んだハローハッピーワールドのリーダー兼ボーカル担当の破天荒娘・弦巻こころ。何を考えているかわからない金色の瞳も、天真爛漫なそのオーラも、引き連れている黒い服の方々も、彼女が「普通」ではないことの何よりの証明になるだろう。

そしてこの「おにぃ」というのは、どうやら俺の名前を「お兄」ちゃんだと思っているかららしい。マジか、と疑いたくなったがマジなのである。

 

「やぁ、久しぶりだねムッシュ」

 

「こ、こんにちは、お兄さん」

 

そして後ろにいるのはつい2日前にあったばかりの薫に……松原花音、ことかのちゃん先輩である。ドラムの腕は凄いのに、どこかおどおどとした弱気な少女である。

 

「どうして、おにぃがこんなところにいるのかしら」

 

「そりゃ、ここが俺の家の前だからだろうな」

 

っていうか、家には何度か来たことあるはずだが……はぐみの誕生日だったり、俺に会いに来たりとかで。

 

「そうだったかしら?じゃあ、はぐみもここに居るのね!」

 

「残念ながら、はぐみはさっき友達と出てっちゃったよ」

 

「そうなのね……でも残念じゃないわ。はぐみには会えなかったけれど、こうしておにぃには会えたんだもの!」

 

満面の笑みを浮かべるこころお嬢様。そう、弦巻こころとはこういうやつなのである。ポジティブシンキングの塊。毎日楽しいこと、笑顔になれることを探しているらしく、その突拍子も無い行動から、変人、という異名を持っているらしい……まぁそれは無理ないか。

それにしても、今日はこのやりとりに少し違和感が……あ!

 

「みーくんは?」

 

「美咲ちゃんは、今日部活の合宿があるらしくて……」

 

「テニスに汗を流す美咲……さぞ可愛らしいのだろう。応援に行けなくて残念だよ」

 

なるほど、それで会話がフリーダムなのか。

みーくん、こと奥沢美咲ちゃんはこの問題児だらけのハロー、ハッピーワールドをまとめる保護者のような人物であり、クマである。

はぐみもいないこの3人組、会話が成立しているのかすら心配になる組み合わせだ……。

 

「そうだわ!はぐみのためにみんなで雪だるまを作りましょう!」

 

「え?」

 

「はぐみの家の前にこーんな大きなミッシェルの雪だるまを作っておくの!そうすれば、帰ってきたはぐみはきっと大喜びよ!」

 

「あぁ、こころ、なんて素晴らしいんだ!」

 

最高だよ!こころん!とはぐみならば続いていただろうが……そうとも言い切れないんだよなぁ。

そりゃはぐみは喜ぶだろうし、普通に雪だるまを作る分には全然かまわないのだが、この弦巻こころの言っている「大きな」のレベルが世間一般の大きなとかけ離れているのが問題だった。下手をすれば、家の前にどこの札幌雪まつりだと言わんばかりの、超巨大雪だるまを建造されてしまいそうである。それくらいこの「こころ」という人物は規格外だった。

 

「あ、あのね、こころちゃん。作るなら、もう少し小さな雪だるまの方が……」

 

「どうしてかしら。折角なら大きい方がきっとはぐみも喜ぶわ」

 

「はぐみはほら、意外と小さくて可愛らしいものが好きだからさ。今回は小さい方にしておいたらどうだ?」

 

「そうかしら?じゃあ、そうするわ!」

 

ほっと、かのちゃん先輩と目を合わせて一息つく。と思っていたら、急に俺の目の前にしゃがみこんでコネコネと雪を丸め始めるこころ。ココで作るの?やっぱり?ちょうど雪かきが終わりそうだったんだが……まぁ良いか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中々大きくならないわね」

 

こころは雪を拾って、パンパンと丸く固めようとするが、雪はみるみる分解していき、小さくなってしまう。そりゃパウダースノーじゃ固まらないだろうな。

 

「ちょっと待ってろよ」

 

持っていた雪かきシャベルを置いて、家の玄関に戻ってくると、台の上に置いてあった霧吹きを持ってこころの元へと戻る。そして、シュッシュとこころの持っていた雪に水を吹きかける。

 

「これで、同じように作ってみてくれ」

 

不思議そうにしているこころが雪を固めようとすると、さっきまで崩れていたはずの雪がどんどん固まって小さな雪玉となった。金色の瞳が、キラキラに輝く。

 

「すごいわ!おにぃ!」

 

「そんで、その雪玉を綺麗なところで転がすんだ」

 

「こうかしら?」

 

コロコロ―っと控えめにこころが転がした雪玉が雪のカーペットの上を通り、通った距離の分だけ雪がくっつき大きくなる。

 

「わぁ!雪だるまを作るには、魔法の水が必要だったのね!?」

 

「いや、ただの水だよ。今降ってる雪は水気がなくて崩れちゃうから、こうして最初に固めて作るんだよ」

 

「見てみて薫!どんどん大きくなってくわ!」

 

「あぁ、とても幻想的だね」

 

お前も適当な奴だな。と、心の中で突っ込む。この2人に加えてはぐみまでどう面倒見ているのだろう。美咲ちゃんの気苦労が計り知れない。

テンションが上がったのか調子に乗ってどんどんと雪玉を大きくし始めるこころ。こういう所、はぐみにそっくりだよなぁ……とそう考えていると、ちょいちょいとかのちゃん先輩が俺の袖を控えめに引っ張る。

 

「ん?」

 

「あ、あの、私にも、お兄さんの魔法の水……」

 

もじもじと照れくさそうに雪を持って両手を出すかのちゃん先輩。だから、ただの水だって……まぁ、可愛いけども。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらくして、皆に何か暖かい食べ物ものでも振舞おうと、家に入ってコロッケを作っていたら、何やら外が騒がしい。

 

「どうしたん……うわ!?」

 

恐れていた事態が起こっている。店の隣には、見事に大きくなった原寸大サイズのミッシェル雪像が完成していたのだ。そう、ちょっと怖いくらいに出来が良い……っていうかこれ本物?ミッシェルを埋めてるんじゃないだろうな、コレ。

 

「な、なんじゃこりゃ……」

 

「雪玉を大きくしたまま放っておいたら、いつの間にかこうなっていたのよ!きっと魔法の水のおかげね!」

 

チラリと黒服さん達に目をやると、どことなくやり切った顔をして額には玉の汗が浮かんでいる。アンタらのその無駄に卓越した技術をもう少し世界平和のために使ってくれ。

 

「かのちゃん先輩は何を?」

 

「私はその、雪ウサギを……」

 

しゃがみ込んでいたかのちゃん先輩が両手を開いて見せてくれたのは小さな雪……うさぎ?

いや、雪ウサギって半球形の胴体をしているはずなのだが、花音ちゃんの見せてくれたそれは無駄に高さがあって円柱状になっていて、なんというかウサギというより……

 

「わぁ素敵よ花音!それは、ハニワね!」

 

ぶっと、吹き出しそうになったのをこらえる。まったく同じことを考えていた。なんか、ウサギ?の目の所がくぼんでてシュールなハニワに見えるのだ。

 

「えっと、これは一応ウサギで……」

 

「そうだったのね。ん~折角花音が素敵なウサギを作ったのだから、あたしも何か作ってみるわね」

 

「え?」

 

そういってこころがしゃがむと、こねこねーっと、花音の隣で雪をこね始める。そして、山を作ると、それを関節や指先を使い分けたりして、かなり器用に仕上げていく……あっという間にただの雪山から別の何かに作り替わる。こころって本当は天才なのでは?って!?

 

「じゃーん、出来たわ!ウサギのお友達よ!これで、花音のうさぎも寂しくないわね!」

 

「こ、こころちゃん、これ、ティ、ティラノサウルスに見えるんだけど……こんなの、うさぎさんたちが食べられちゃうよ……」

 

「そうかしら?きっと仲良く暮らしていけるわ!」

 

やたらクオリティの高い恐竜といびつな姿をしたハニワが店の隣に並ぶ。どこからどう見ても、侵略してきたティラノサウルスと襲われているハニワである。家の店が変な店だと誤解されなければ良いけど……。

 

「くんくん、ねぇおにぃ、さっきからとってもいい匂いがするの」

 

「ん?ああ、ちょうどコロッケ揚げてきたのさ」

 

そういって、一旦店に戻ると、包み紙に包んだカニクリームコロッケを持って戻ってくる。こころはそれを受け取ると、180度見回した後、パクりとかじりついた。

 

「お、おい熱いぞ」

 

「~!!はふはふ……ん~!とっても美味しいわ!あなたはコロッケづくりの天才ね!」

 

「はは、そりゃどうも。はい、かのちゃん先輩」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「熱いから気を付けてくれよ……はい黒服さんたちも」

 

わ、我々は仕事中ですので……と言って受け取らないのかと思ったが、ずいと、もう一回差し出すと素直に受け取ってくれた。そして、頬に衣をつけるくらいにすごい勢いでがっついてくれる。すぐに仕事に戻れるよう、さっさと食べてしまおうと思ったのだろうが……熱すぎたために、全員が全員あつ、あつと口を忙しなく動かしている……。この人たちも、はじめは怖い人たちなのかと思っていたが、見慣れてくるとそうでもない。自分の感覚がマヒしていってるのだろうか……。

 

「わぁ、本当だ!外はカリカリなのに、中はクリーミーですっごく美味しい!」

 

「食べると笑顔になれる、素敵なコロッケね!」

 

そう素直に褒められると悪い気はしない。それに、こころの場合は気を遣ってお世辞を言うことなどしないから尚更である。大きな口を開けて笑う彼女、それだけでこちらもつられてつい笑ってしまう。こうして彼女を見ているとハロー、ハッピーワールドの世界中を笑顔にするという途方も無い目標も、何だか簡単にできちゃうんじゃないか?とそう思えてしまうような、そんな不思議な魅力がこころにはあった。

 

「あれ、そういえば薫は?」

 

「薫さんなら……」

 

すっとかのちゃん先輩の指さした先には、目を瞑って俺が積んだ雪山の前に佇んでいる薫の姿が……。

悔しいが雪の光が反射して、天然のスポットライトを浴びた薫は中々に絵になるなと思った。黙っていれば、美人なのだ。

 

「あれは……何をやってるんだ?」

 

「その、薫さんが私自身が作品だーって……」

 

「なるほど、つまりは……」

 

「そういうこと、でしょうね……」

 

しばらく放っておいたら、何事もなかったかのようにコロッケを食べにきた。

構って欲しかったんだろうなぁ……

 

余談だが、こころたちの作った作品群ははぐみはもちろん、お客さんにも大好評であった。見てくれた人はみんな自然と笑顔になってくれていたのだから、本当、すごいやつらだよ。


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