はぐみの兄ちゃんは苦労人   作:雨あられ

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第8話

松原花音は後悔した。

 

「……」

 

「……」

 

大通りの中。思わず声をかけてしまったのは、ロゼリアのキーボードを担当している白金燐子ちゃん……。黒くて綺麗な長髪に、羨ましくなるくらいのプロポーションの持ち主だ。

クラスは違うものの名前は知っていたし、お互いバンドのイベントで顔を合わせることも多かったので、素通りするくらいなら挨拶くらいはしておこうと、そう思って声をかけた。でも……

 

「……」

 

「……」

 

ふえぇぇ、空気が重いよぉ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はぐみの兄ちゃんは苦労人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

えっとえっと、何を話せばいいのかな……。確か、燐子ちゃんは図書委員だったから、本の話とか……で、でも、あまり盛り上がらなかったらどうしよう……。

そう花音が頭の中でふえふえ言っている間、隣でだんまりを決めていた白金燐子もまた、同じように頭を悩ませていた。

そもそもから燐子には友達があまり多くなかった。親しい仲なのはあこをはじめ、せいぜいロゼリアのメンバーくらいなもので、他の誰かと話をするときにはコミュニケーション能力の高い人がリードをして話題を振ってくれるということがほとんどである。しかし……。

 

今、声をかけてくれた松原花音という人物はロゼリアとあまり共通点のないハロー、ハッピーワールドのドラム担当で、話をしたことすらほとんどない、それに自分と同じで内気で大人しいタイプなのだろうというのは今の様子を見ていてもわかる。そうなると、人見知りの燐子は途端に弱り果ててしまう。

 

((どうしよう、何を話せばいいのかな…))

 

((こんな時に、あこ(美咲)ちゃんが居れば……))

 

「松原さんって」「燐子ちゃんって」

 

ばっと顔をつき合わせる。

 

花音は燐子が何か話題を振ってくれるのでは?そう期待を持って次の言葉を待った。

燐子は燐子で、花音の声が自分の声よりわずかに早く大きかった……話題の権限は向こうにある……、そう思って次の言葉を待つ。

 

「……」

 

「……」

 

「「あの」」

 

またも言葉がかぶってしまった!二人はもう帰りたいと心底そう思った。

 

「……」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び、沈黙が続く。と、そんな時……

 

「ハピネス……カル……ハピネスハピィーマジカル!」

 

「っ!!」

 

ぶつぶつと、隣の花音が呪詛のように何かをつぶやいているのを見て、燐子は戦慄していた。

松原さんが、壊れた!?私とのおしゃべりが面白くないから……おかしくなってしまった……!そう怯えていると、花音が目を開いてこちらを見上げる。

 

「っひ」

 

「あの!ね」

 

「は、はい!?」

 

「え!?えっと、その、今日はいい天気、だね」

 

「あ、はい、そう、ですね」

 

「……」

 

「……」

 

沈黙は続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そういえば、先ほどから自分たちはどこに居るのだろう。ふと花音は疑問に思い、辺りを見回す……少しずつ、歩いているなーとは思っていたが、どうやら何かの行列に巻き込まれてしまったらしい。前を見ても、行列の一番先が見えないほどの長蛇の列。

 

「えっと、今日は何だか人が多いね」

 

「そう……ですね。でも、それだけNFOの人気があると思えば、嬉しいことだと思います」

 

「エヌ……エフオー?」

 

「NeoFantasyOnline、通称NFOの特典コード目当ての行列、ですよ?特にキーホルダーについてくるグルメパティシエ装備は性能もそうですが、ドレスアップ装備としても優秀なため、皆さんこぞってグッズを買いに……」

 

そこまで話してから、燐子は自分の話が一ミリも理解されていないことに気が付いた。もしかしたら、松原さんも自分と同じようにこのゲームをプレイしていて、今日はその為に……とそう期待していたのだが。

 

「えっと、みなさんゲームのグッズを買いに来ているんです。私もこのゲームが大好きで……」

 

「そ、そうなんだ。あ、じゃああの人のリュックについているのも、そのキャラクターかな」

 

「……いえ、あれは違いますね」

 

「そ、そっか。可愛いけど、なんのキャラクターだろう?」

 

「その、すみません、わかりません……」

 

「う、ううん!こ、こっちこそごめんね、その、ごめんね……」

 

「す、すみません。すみません……」

 

沈黙は続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そういえば、自分が今日、この行列に並ぶ意味は特にないのではないか?

それに花音が気が付いたのは、列がそこそこに進み、中ほどまで来た時であった。ただ、列は既にポールとロープで仕切られていて、蛇のようにうねっているところまで来てしまったために、今更出るとしたらたくさんの人をかき分けて出ていくことに……それに、それだと何だか気まずくなって燐子ちゃんと別れたみたいで……。

 

燐子もまた混乱していた。

何故彼女はこのゲームのことを知らないのに、この行列に?どうして話も区切りがついたのに別れないのか?

もしかしたら本当はゲームをプレイしていて、わたしには話辛かったのかもしれない。そういった経験は自分にもあるからよくわかる。

もしくは、なんとなく行列があったから並んだ……とか、でも、どうしてまだ並んでるんですか?なんてそんな失礼な事を直接聞くわけにもいかない……。

 

「……」

 

「……あ、あの松原さん!」

 

「ふぇ!?な、なぁに?」

 

「さ、最近、バンドの方はどうでしょうか」

 

「バンド……!」

 

燐子の意を決した渾身の一手に、花音は一筋の光を見た気がした。

そうだ、彼女と自分にはバンドという共通の話題があるではないかと。

 

「えっとね、新曲づくりもがんばってるんだけど。最近はみんなで雪だるまをつくったりして遊んだんだ。後は、水族館に行ったり……」

 

「そうなんですね、何だか楽しそう……」

 

「うん、すごく楽しかったよ!ロゼリアのみんなは……」

 

「ロゼリアのみんなは、その、ライブや練習以外で一緒に出掛けたりは……」

 

「そ、そうなんだ」

 

「はい……で、でも最近は今井さんやあこちゃんが誘ってくれるから練習の後にみんなでペットショップに行ったりすることも多くて……この前は友希那さんたちが一緒にこのNFOのゲームを一緒に遊んでくれて……」

 

「バンドのみんなで一緒にゲーム?すごく楽しそうだね!」

 

「そ、そうなんです、それで友希那さんが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花音の話を聞いていた燐子がうんうんと相槌を打つ。

 

「羊毛フェルトでくらげづくりを……」

 

「うん、クラゲグッズって、中々ないから……」

 

「その気持ち……わかります。無いものは自分で作るしかないんですよね」

 

「でも、中々自分の表現したいものが出来なくて……」

 

先ほどまで沈黙していた時間がもったいなかったと感じるほどに二人の話は弾んでいた。もう話題に困るなどということはない、話してみたいことが次から次へと溢れてくる。

 

「わたしも、NFOのキャラグッズがあまり出ていなかったころ、よく羊毛フェルトを作りました。それで、あこちゃんにプレゼントしたら、喜んでくれて……」

 

「そうなんだ、燐子ちゃんのつくった羊毛フェルト、見てみたかったなぁ」

 

「あ、あの写真があるので、こ、これが……」

 

「……!これ、すごく可愛い!美咲ちゃんのも上手だけど、それと同じくらいすごいよ!」

 

「そ、そうですか?色々とネットで調べながらだったのでわからないところも多かったんですが……」

 

「ううん。すごいよ!燐子ちゃんってピアノも上手だし、手先が器用なんだね」

 

「そ、そんなことは……そういえば、ハロハピの衣装って……」

 

列がまた一歩進む。二人は反射的に一つ進むだけで、話をするのに夢中になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたし、人ごみの中が苦手で……たくさん人が歩いているのを見ると目が回ってしまって……」

 

「うん……電車やお祭りなんかだと、人の波にのまれちゃって行きたい方向に進めなくて……よく迷っちゃって……」

 

「そうなんです!」

 

燐子は不思議であった。

この松原花音という人物に既に心を開き始めている自分が、である。つい先ほど話し始めたばかりだというのに、もう自分の欠点を話し合えるほどに、この花音という人物は話をするのが落ち着くのである。一体、どうしてだろうか。少し考えたがわからなかった。

 

「燐子ちゃんはこういう人の行列とかは平気なの?」

 

「い、いえ、あまり平気ではないです……だけど、自分の好きなもののためであれば、本を読んだり、携帯ゲームをしたりしながら待てるので、そこまで苦痛では……」

 

「ふふ、私も燐子ちゃんが大好きって言ってたゲーム、今度やってみようかな」

 

「!は、はい、是非!」

 

微笑ながら話を聞いてくれている花音の顔を見て、急に気恥ずかしくなってうつむいてしまう。今日の自分は饒舌で、きっと他の誰かに見られたら驚かれてしまうだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、松原さんは……」

 

……?

 

「松原さん?」

 

……!?き、消えた。

つい先ほどまで、隣で微笑んで居た松原さんが居なくなってしまったのである。

おかしいと、燐子があたりを見回してみるも、あの水色の髪色を見つけることはできない。この、列に並んでいたはずなのに、一体、どこへ……?

 

(そういえば、人ごみの中ではよく迷ってしまうってさっき言っていたような……)

 

だとすると、この列の中で迷子に?一体どうやって?

そんなことはあり得ない……と思う。とすれば、もう列を抜けて何処かへと行ってしまったのだろうか?

不安が波のように押し寄せてくるが、答えは出る気配がない。この列の並び具合からして、あと15分ほどもすれば自分もグッズを買えるようになるだろうし……

 

(き、きっと、帰ったんだよね、きっと……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぇぇ、ここどこ……?」

 

おかしい。

先ほどまで燐子ちゃんと一緒に列に並んでいたはずなのに、気が付くと彼女の姿が見えない。それどころか、自分が今いる場所すらよくわからなくなっている。

 

ど、どうしよう……

燐子ちゃんは今、列に並んでいるところで、きっとそこから動くことはないだろう。

連絡先も知らないから、こちらから連絡することもできないし……だとすれば、何とか元の居た場所に戻らないと……このままでは、また自宅にも帰れなくなってしまう……

 

(えっと、えっと、とりあえず、歩いて行けば知っている所に出るよね……?)

 

しかし、それで成功したためしがないことを、花音は何となく気が付き始めていた……。

 

「ま、松原さん!」

 

「!り、燐子ちゃん、ど、どうして」

 

はぁはぁと、息を切らせながら走ってきたのは、先ほどまで確かに隣にいた燐子であることに間違いはない。でも好きだと言っていたゲームのグッズを買うために、あそこに並んでいたんじゃ……。

 

「い、いえ、その、きっとはぐれてしまったのだと思って……列を抜け出して……」

 

「燐子ちゃん……」

 

思わず、涙腺が潤む。彼女に対して申し訳ないことをしてしまったと思うよりも、彼女のその優しさが何よりうれしかったから。

 

「ぐす、ありがとう。どうしようかと思ってたところで……」

 

「……良かった、です」

 

(松原さんがわたしと話すのに飽きて何処かに行ったわけじゃなくて、良かった……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめんね、グッズ買えなくて……」

 

列に戻ってくると、無情にも、グッズを売っていたゲームショップには完売の2文字が貼られていた。周りには、獲得した戦利品を見せあって喜びを分かち合う人や、買えないとなるや散っていく行列の人々……

 

「い、良いんです。この様子だと、このまま並んでいても買えなかったかもしれませんし……」

 

「燐子ちゃん……ありがとう!」

 

ぎゅっと、手を握る。

 

(それに、松原さんがわたしのために声をかけてくれて……一緒に行列に並べて……嬉しかった……から……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、しかし腹減ったな」

 

「おっかしいなぁ、確かこの辺に……」

 

「あれ、お兄さん……?」

 

「ん、おお、かのちゃん先輩」

 

「と、一緒に居るのは燐子さん?珍しい組み合わせですね」

 

かのちゃん先輩は、巴が燐子と呼んだ黒髪ロングの美少女と二人ゲームショップの前で手を握って立ち尽くしていた。俺たちの視線に気が付いたのか、二人は顔を赤くして恥ずかしそうに手を離した。

 

「実は巴のやつが行列を見つけて、絶対これはうまいラーメン屋の行列だ!っていうから行列に並んでたんだが、どうも、ゲームのグッズ販売だったらしくってさ」

 

「確か、この辺にあるってこの前ひまりが言ってたんだけど……」

 

まったく巴の言うことは相変わらず大雑把で困る。まぁ、途中までまかせっきりで並んでいた俺が言うのもなんだが。

 

「あ、あの、それならこの先にある路地を曲がったところに……評判のお店が……」

 

「お、そうなのか!ありがとう燐子さん!」

 

燐子さんとやらが自分のスカートの裾を握りながらそう言ってくれた。先ほどの行列とは全然方向が違う。これだけ並んだのに、また並ぶのか……ん、なんだ、妙に手元に二人の視線を感じるが……

 

「お兄さん、それって……」

 

「ああ、これか?これはさっき言ってた。並んで買ったゲームのキーホルダーだよ、途中でラーメン屋の行列じゃないって気が付きはしたんだが巴が……」

 

「このゲーム、あこがよくやってるやつじゃん、ってなってさ、折角だからお土産に買ってくことにしたんだ。って燐子さんは良く知ってるか」

 

ツギハギのクマがコックの姿をしたキーホルダーを出すと、燐子さんの目がキラキラと輝く。どうやら彼女もこのゲームのプレイヤーらしいな……。ちらと見ると、何だか困り顔のかのちゃん先輩。ふぅむ……。

 

「ほしいなら俺の買ったやつをあげるよ」

 

「え!?い、良いんですか?」

 

「あぁ、俺はこのゲームやってないし、並んだ記念で買っただけだしさ、はい」

 

「え、あ、お金……」

 

バタバタと手を動かしている燐子ちゃんの手を持って無理やりキーホルダーを持たせると、二人に別れを告げて巴を引き連れてラーメン屋へと足を進める。その間、巴の奴がニヤニヤと口元を緩めていた。

 

「なんだよ」

 

「別に~?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良かったね、燐子ちゃん」

 

「うん……!」

 

キーホルダーを見て満足そうに微笑む燐子。

しかし、これではもう一緒に居る理由が……

 

「……」

 

「……」

 

「「あ、あの」」

 

ぱっと顔を見合わせる。

しかし、今度はお互い黙り込んでしまうことなどはなかった。

 

「あのね燐子ちゃん、もう少しだけお話し、しないかな。その、そこのカフェででも……」

 

「松原さん……うん!」

 


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