東方系愛譚   作:偏頭痛

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今メインで書いているものがちょっと詰まっているので、気分転換と生存報告を兼ねて上げてみます。こちらは気が向いたら更新するくらいのスタンスでやっていこうと思っています。


1話――私の、能力……

 此処は幻想郷。人間をはじめ、妖怪、妖精、神様など様々な種族が共存している小さな箱庭。忘れ去られた幻想が行き着く最後の楽園であり、全てを受け入れる場所。

 

 私は、こんな世界に生まれてから八年の月日を過ごした。今、私は人生第二の岐路に立たされている。とはいえ、進むべき道はもう既に決まっている訳でして。……状況整理も兼ねて、今までの事を少し振り返ってみましょう。

 

 

 

 

 

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 それは、遡ること私が五歳頃のお話。始まりは、私の両親が居なくなって寺子屋にお世話になるころ。もう少し正確に言うと、住み込みで寺子屋に通い始めた頃。何故、寺子屋に住まなければいけなかったのかと言えば、私の両親が居なくなってしまったから。

 

 お母様は、私が生まれて間もない頃に亡くなったみたいで、お父様の顔しか知らずに育った。そのお父様は、人里では知らない人は居ないほどの、凄腕の医者だった。本人は医者である前に薬師であると言っていたが、当時の私にその違いが分かる由も無く。

 

 ともかく、その最後の頼み綱であるお父様までもが、私を置いていってしまった。その時の心情を、未だに忘れる事は無い。凄く悲しかったとか、涙が溢れて止まらなかったとか、そういう類のものではなくて。目の前で何が起こっていたのか理解できない、といった非常に説明し難い、もやもやした気持ち。

 

 

 

 そんな感情を持ち歩いていた私。いよいよ踏ん切りがついたと思った時には、何時の間にか寺子屋で生活をしていた。

 

 ――不思議で仕方が無かった。そこに至るまでの過程を、全く覚えていないのだから。それなのに、私は此処での生活に順応している。慧音先生に聞いてみても、どういう訳か曖昧な返答で誤魔化される。それほどまでに私は酷い状態だったのだろうか。

 

 慧音先生というのは、この寺子屋を取り仕切っている人。正確には、半分妖怪の血が混ざっている、半人半妖と言う種族。人里の守護者とも呼ばれていて、非常に頼りになる女性。取り仕切るとは言ったものの、慧音先生ただ一人で経営されている。経営と言えるのかどうかは、甚だ疑問ではあるが。ちなみに、この寺子屋は暮らす場所としても機能している。客観的に見れば、慧音先生と私とで二人暮らしをしている状況になる。

 

 

 

 そんな生活に慣れ親しんできたとある日の授業の事。何時もやる語学や史学、算学といったものはやらずに、絵本というものを読んでくれる時間があった。この絵本、幼かった私達にはかなり取っ掛かりが良く、その授業だけは大好評であった。

 

 ……その日の夜、慧音先生が「何時もの授業はそんなにつまらないだろうか」と嘆いていたほどに。つまらないのではなく、単に分からないだけという単純な理由なんだけど……。張り切って授業の準備をしている先生を前に、そんな事が言える訳も無く。

 

 それからというもの、この絵本を読む授業の割合が増えていった。教える側も、教えを乞う側も共にやる気が上がっていった。斯く言う私も、絵本の授業を今か今かと待ち望むほどには好きになった。内容的には何でもない、人間が妖怪を退治するお話が殆どだけど。文章の他に絵があちこちに散りばめられてあって、直感的に理解を得易いのが売りなんだろうと思う。気付けば、授業以外の時間でも絵本を読んでいる私が居た。さらにそれだけでは飽き足らず、自分で絵の練習までする始末。それほどまでに、絵本の魅力に憑りつかれてしまった。

 

 

 

 繰り返すこと早三年。慧音先生にも自分の描いた絵を褒められる様になった矢先の事。――ついさっきのことだけど。通常授業を終えた私は、何時も通り絵の練習に耽っていた。ちょうどこの時は桃太郎の絵本を読んだ後だった。そして、そのお話に出てくる妖怪、『鬼』の絵を完成させて間もなく。

 

 私は今までに完成させた絵の多さに困惑した。このまま書き続ければ、いずれ何がどの絵であったか判断が付かなくなると。そこで、絵に名前を付けてみようと思い至った。それが後に惨事を起こす事になるとは、露とも知らずに。

 

 

 「か、わ、い、い、お、に。……ふふ、全然可愛くないけど」

 

 

 ――すると、どうだろう。絵がするすると紙から浮かび上がって実体化を始めたではないか。それは鬼。紛れも無く鬼。頭の左右には大きな角が生え、口からは牙を覗かせ、右手には刺々しい金棒を持っている。身長は十に満たない私と大差ないほどに小さい。しかし、迫力は十分であった。

 

 

 「こ、こないでっ!!」

 

 

 咄嗟の事であった為か、私の口から無意識に発せられたこの言葉。すると、何を思ったのかその鬼は、首を縦に振って頷いてみせ、寺子屋から出て行った。

 

 

 「……え?」

 

 

 来ないでと言って来ない妖怪など何処にいるであろうか。何故私の言う事を聞いたのだろうか。などと考えていると、外から声が聞こえてきた。

 

 

 「きゃー、鬼よ!!!」

 「誰か、先生呼んで来い!」

 「よし!! 俺らだけで足止めするぞ!」

 「おいおい無茶言うな! 相手は腐っても鬼だぞ!」

 

 

 いきなり鬼が現れたのだ。大変な騒ぎになるのも致し方ない。事を起こしたのは確実に私であって、責任追及は免れない。慧音先生にも迷惑が掛かる。

 

 

 「なんとか……しないとっ!」

 

 

 そう思ってからの行動は速かった。兎に角、走らずにはいられなかった。そして後一歩踏み出せば寺子屋を出るといった既の所で、私の体に激痛が走った。お腹が抉り取られるかの様に痛い。誰かに何かをされた形跡も無いし、気配も無い。

 

 

 「あっ!……うぅ……」

 

 

 力弱くその場に倒れ込み、気を失った。

 

 

 

 

 

 次に目を覚ました時は、何故か布団の中で寝ていた。さっきは確かに痛みで気絶していたはずの自分の体に、不快感を全く感じない。痛みが最初から無かったかのように治まっている。しかし、一体この間に何が起こったのであろうか。目の前の理解できない現実に、また違う不快感を覚えていく。

 

 分からないと言えば、外で起きているはずの騒ぎも治まっている事。あの鬼は果たしてどうなったのか。寝かせられていた訳だから、安静にしていた方が良いのだろう。けれど、一刻も早く状況確認をしたい。私は被さっている布団を退け、立ち上がろうと――。

 

 

 「ああ、寿子(かずこ)。……良かった、心配したんだぞ」

 

 「ご、ごめんなさい」

 

 

 私が上半身を起こした瞬間、目の前の襖が開いた。声とともに現れたのは慧音先生。推測の域を出ないけど、倒れている私を発見して此処まで運んでくれたのは慧音先生だろう。

 

 

 「体に不調はないかしら?」

 

 「えっと……大丈夫です」

 

 

 慧音先生の後ろから、もう一人見慣れない人。最近、人里で人形劇をしてくれるようになったアリス・マー……。マー……? ……うん、アリスさん。人形を操る事で右に出る者は居ない、と専らの噂があるほどの腕前。片腕で複数の人形を操るなど、最早人間の成せる業ではないと純粋に思う。そんな彼女が何故この場に居るのかは、私には判らない。

 

 

 「それで寿子。一体何があったか、話してくれるな?」

 

 「……はい」

 

 

 私は描いた絵が実体になった事を掻い摘んで説明した。

 

 

 「成程、アリスの予想通りと言った所か。唯一つ、疑問が残る。何故、絵が実体化したのが『今日』なんだ?」

 

 「……そうね。まず貴女の今の状況を整理してみましょう。今日、歴とした事実として貴女は自身の能力を開花させた。差詰め、『描いた絵を実体にできる程度の能力』と言ったところかしら」

 

 

 ――私の、能力……。

 

 この幻想郷で特殊な力を持つこと自体に然程珍しさといったものはない。この地を跋扈する名の知れた妖怪は、皆一様に特殊な能力を持っている。その種類は実に様々ではあるが。

 

 妖怪と言って直ぐに思い浮かべるのは、八雲紫であろう。妖怪の賢者なんて呼ばれ方もされる彼女。その保有する能力は『境界を操る程度の能力』と言って、この幻想郷の根幹を織り成す力とも言われている。

 

 

 「それで慧音の疑問についてだけど、あの鬼の絵にだけ特別な事が為されていた。それは、『名前』を付けるという事」

 

 「!!」

 

 「心当たりがあるみたいね」

 

 

 確かに、あの鬼の絵にだけは『かわいいおに』という、名前かどうか怪しいものを付けた。だけれど、それが実体化にどう影響するのだろうか。

 

 

 「名前を付けるという事は、その存在を認めるという事。とても重たい事なのよ。その存在を存在足らしめるのには、十分過ぎる理由になるのよ」

 

 

 ……迂闊だった。名前を付けるという事に、まさかそんな意味があるとは思いもしなかった。だとすると、意識はしてなかったにせよ、私はあの鬼の存在を認めたことになる。でも、来ないでなんて酷い事を言ってしまった。外が静かになっている事から察するに、あの鬼とはもう二度と顔を合わせる事が出来ないのだろう。

 

 

 「もしかして、私が気絶した理由って――」

 

 「あら、案外察しが良いのね。いよいよ本題に入れるわね」

 

 

 そういうと、慧音先生とアリスさんはお互いに顔を合わせ、何かの合図をした後にこちらに向き直った。先に口を開いたのはアリスさんだった。

 

 

 「あなたは自身の霊力を用いて絵を実体化させたの。ここまでは分かるかしら?」

 

 

 え、えっと? れいりょく? ……そんな言葉は初耳だ。慧音先生にも教わったことないのに。

 

 

 「……その様子だと、そこからみたいね」

 

 「いいか寿子。今から私たちが、霊力ではないが似たような力を見せるからな。良く見ておくん

だぞ」

 

 

 慧音先生がそう言った途端、ゾクッと背筋が凍るような悪寒を覚えた。二人の顔を見上げてみると、さっきまでと同じ穏やかな顔つきをしているものの何処か冷たさを感じる。体には霧のようなもやもやしたものが巻きついているようだった。これが『霊力』というやつなのだろうか。

 

 

 「どうだ寿子、分かったか?」

 

 「……なんとなく。二人の纏っている色が違うように見えました」

 

 「そう。それだけ分かるのなら十分よ」

 

 

 アリスさんがそう言うと、二人の体から先ほどのもやもやが消えていた。ちょっと――いや、凄く息苦しかった。ほぼ初対面のアリスさんに緊張を覚えていたせいか、ぐったりもしている。

 

 それに、いきなり霊力とか言われても正直反応に困る。普通の人間にはそんな不思議めいた力は無いのだから。

 

 

 「貴女にもこの類の力がちゃんとあるのだから、直に慣れるわ。……というより、慣れて貰わないと困るのよ」

 

 

 まるで私の悩みを見抜いたかのように、間髪入れずにアリスさんの弁。……ん? ちょっと待って今なんて言った? ……困る?

 

 

 「寿子。おまえの能力がいつ暴走するとも限らないんだ。今回は大事には至らなかったが、次が無事である保証は何処にも無いんだぞ」

 

 「そうね。だから貴女は、自身の霊力と能力について使い熟せるようにならないといけないの。幸い、貴女の能力は私の『人形を操る程度の能力』に似ているの。そこで、どうかしら。私の下で修行してみないかしら」

 

 

 成程。詰まる所、私の生活に全く持って無関係だったアリスさんが今この場に居る理由。……でも、よくよく考えてみると私は感謝こそすれ、アリスさんには何の得にもならないような……。

 

 

 「人里との関係を悪くしたくないのよ。それに、貴女がどういう風に成長していくか興味があるの。……これで納得出来ないかしら?」

 

 

 またまた私の心を読んだかのように語りかけてくる。前に絵本で読んだ覚妖怪なのだろうか。姿形は全く持って違うけれど。寧ろ、人間に近いとさえ感じる。

 

 

 「ふふ。ある程度力のある者は、気の変化に敏感なだけよ。唯でさえ人間は顔に出やすいのだから、尚更ね」

 

 

 なんか釈然としないが、そういうものらしい。まあ、アリスさんも好意的に言ってくれている訳だから、色々と疑うのは失礼に値する。

 

 

 「少し、考える時間を下さい」

 

 「まあ、当然の反応ね。じゃあ、明日の正午にまた来るわ。それまでに決めておいて頂戴」

 

 「分かりました」

 

 「それじゃあ慧音、私はこの辺で失礼するわ」

 

 「ああ、気を付けてな」

 

 

 

 

 

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 諄いようだが、この幻想郷で能力を持つこと自体に然程珍しさといったものはない。しかし、それが『人間』となると話は別だ。私が聞いた中では『博麗の巫女』その人しかいないからである。

 

 ここで、博麗の巫女というのは、幻想郷の東に位置する博麗神社に住む巫女さんのことである。ここまではそのままの意味だ。では彼女は何をしているのか。――簡単に言えば、幻想郷の守護である。

 

 

 ≪妖怪は人間を襲い、人間は妖怪を退治する≫

 

 

 幻想郷ではこの構図が成り立つ。様々な種族が共存しているのだから、ある意味当然の関係とも取れる。しかしながら人里ではこの事について快く思われていない。冗談ではないと。この点、博麗の巫女は幻想郷の守護者であるが故に、人間と妖怪――他にも種族は居るが、便宜上纏める――に対して常に平等でなければならない。これがネックとなっている。

 

 

 ――博麗の巫女は人間の癖に妖怪の味方をするのか?

 

 ――寧ろ妖怪なんじゃないか?

 

 

 悲しいことに、少なからずそう思う輩が居るのも事実。だが、だからといって完全に人間の肩を持つ訳にもいかない。妖怪の反発は免れないからだ。とはいえ、人里の人間にとって彼女の事情など知ったことではないのも事実な訳で……。

 

 なので、彼女の存在を訝しがったり、疎んじたりする。現実は非常に残酷だ。中には、里長など事情を知っている一部の人間達は、今の状況を憂いているみたいだけれど。

 

 

 

 

 

 ……って慧音先生が言ってた。今のは只の請売り。

 

 つまり何が言いたいかというと、能力が発覚した為に今まで通りの生活をするのが困難になるのではないかという事。半人半妖の慧音先生だって苦労しているのを鑑みれば、想像に難くない。アリスさんはそれすら想定していたのかもしれない。

 

 ――最早、私に選択肢は無かった。

 

 

 「寿子。無責任かもしれないが、私には寺子屋の仕事がある。平行して寿子の特訓まではとても見切れない。仮に見れたとして、それが寿子の為になるとは到底思えない。だから――」

 

 「大丈夫、慧音先生。能力を持ってる事は遅かれ早かれ何時かは破れます。だから、気付かれない今の内に人里を出ようと思います」

 

 「済まない。……私は母親失格だな」

 

 「そんなことないよ。私にとって、頼れる格好良いお母さんだった。……だから、ね?」

 

 

 今思うと、最初で最後の慧音先生に対する我が儘になるのだろう。だというのに、こんな単純な頼み事で良いのだろうか。

 

 

 「今日は御馳走にして欲しいかな、なんて」

 

 「……全く、おまえは欲の無い娘だったな。……凄い豪勢にするからな、覚悟しておけよ」

 

 「……うん。有難う、お母さん」

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