戦車とともに ~国防女子、秋山優花里の日誌~   作:名無し参謀

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2話 迷彩服、初試着です!

 班長の伊藤3曹に連れられ――もとい、連行されて、わたしはよろよろと廊下を歩き、2階に続く階段を上っていました。

 どこに行かされるんでしょうか、上に寝泊まりする部屋があるんでしょうか。

 あ、そういえばわたしのバッグ、廊下に置きっぱなし! 回収しないといけません。気づいていないようですし、まずは呼び止めて――

「あの、伊藤殿」

「……殿?」

 ――やってしまいました。至近距離で覗き込む、怪訝な顔。感情の定まらない表情は、2、3秒ほどで崩れ始めて。

「ぷ、くくっ、あははははっ、何それ!? 面白い呼び方! 時代劇かって!」

 大笑い。

「す、すみません……」

 腕が離れたので一歩離れて、わたしは頭を下げて俯きます。恐らく顔は真っ赤でしょう。

「……いや、あたしこそ笑っちゃったりしてゴメンね。 ただ、ここでは階級か『班長』で呼んでくれる? そういう決まりだからさ」

「すみません、伊藤班長」

「ん、結構結構。他の人も、名前分かんなかったら単に『班長』で通じるからね。で、何?」

「我々は居室に行くんですよね。わたし、カバンを下に置いてきてしまいまして。取りに行ってもよろしいでしょうか」

「あー、実は居室――寝泊まりしてもらうトコは別の建物でね。先にちょっと上に寄り道してから行くから、カバンはその後でいいよ」

「寄り道、ですか?」

「そ。ちょっと着せ替え人形になってもらうよ」

 

 2階に上がって廊下を進み、「第1教場」と記されたドアをくぐると、そこは学校の教室を2、3個繋げたほどの広さの部屋でした。部屋の中には沢山の段ボールが積まれ、それぞれの山の前には箱の中身の一部とおぼしき物が出されて並んでいます。

「わぁ……」

 迷彩柄の戦闘服、モスグリーンの制服、コンバットブーツ、戦闘帽……

 装備品の数々に目を移す度に、わたしは自分の瞳が大きく開かれ、キラキラと光るのを感じました。漫画やアニメだったら星が飛んでいることでしょう!

「よーし。これから被服の採寸と交付をやるよ。とりあえず上着は脱いで、ここのハンガーに掛けて」

「はい!」

「脱いだら、最初は戦闘服。それぞれの物品の前に班長がいるから、所属と名前を伝える。2区隊1班だぞ。入隊前に大まかな採寸は地本でやったと思うけど、採寸結果を元に近いサイズの物を渡してくれるからまずは試着する。違和感が無いならオーケー。合わない場合は小さいか大きいって言えば交換してくれるから、もう一度試着。後から交換するのは面倒だから、じっくりやんな。心配しなくても時間はたっぷりあるからさ」

「了解しました!」

 促されるまま、並んだ戦闘服の前に立つ女性班長の所へ。

「2区隊1班、秋山優花里です!」

「はい、入隊おめでとう。秋山、秋山――7Aね。はい、これを着てみて」

 受け取った上下セットの戦闘服。ズボンを一旦床に置き、上着を広げて眺めます。

 卸したての、渋い迷彩柄。日本の植生に合わせて開発されたその色合いは、本州の植生に対して最大限の効果を発揮するようになっており、専守防衛を旨とする自衛隊に最もふさわしいものであります。以前は冷戦下で対ソ連を重視していたため、戦場になると想定された北海道――熊笹を主体とした植生に対応すべくもっと薄い緑色の戦闘服を使用していましたが、ソ連崩壊後はこのような――

「……山。秋山。おーい、秋山ちゃーん」

「っ、は、はいっ!」

 またやってしまいました。自分の世界に入り込んでいたわたしは、後ろから肩を叩く伊藤班長に呼び戻されます。

「どうしたの制服眺めてボケっとして。早く着なよ」

「うぅ、すみません……」

 第一印象は完全に変な子で固まってしまったでしょうね……

 気を取り直して袖を通し、ボタンを留めます。新品のためか結構ゴワゴワしますが、袖や裾の丈は問題ないようです。ただ、やや胴回りが緩いような。

「どう?」

「あの……」

「あー、胴でしょ? ここはね、ボタンを使って絞るんだよ。ちょっと待ってな」

 胴の部分の生地をつまみながら返事をしたせいか、伊藤班長はすぐにわたしの言いたい事に気づいたようです。伊藤班長がボタンを手早く掛け替えると胴回りも綺麗なシルエットに変わり、まるでオーダーメイドのようにピッタリになりました。ズボンにも足を通してベルトを締めます。

「良さそうだな」

「似合ってるわよ」

 伊藤班長と、戦闘服担当の女性班長がほぼ同時ににこりと笑い、そう言いました。

 改めて下を向き、自分の全身を眺めます。自衛隊の戦闘服。コスプレじゃない、本物の戦闘服――!

 ひゃっほぅ、最高だぜぇ! ……とは流石に口にだしませんが、ニヤニヤが止まりません。早く戦車乗員用の装甲戦闘服も着てみたいですね! アレは戦車からの脱出時に乗員を引きずりだせるように背中に取っ手が、ああそういえば靴も違うんでしたっけ――

「……山。秋山ー。ダメだ、アレか。こいつマニアってやつか」

「好きなんですね。自衛隊が。嬉しいじゃないですか。いい自衛官になるでしょう」

「一概にそうとも言えないんだ、これがなぁ……」

 班長達のやり取りは、またも自分の世界に入り込んだ私にはまるで聞こえていないのでした。

 

「すみません、荷物持っていただいて」

「いいのいいの。元からそういう予定だから」

 交付された物を、わたしの持ってきたものより一回り大きいOD色のボストンバッグ――これも衣のう、という支給品です――に詰め込んで、わたしが持ち。

 わたしのボストンバッグは伊藤班長が持って、居室がある女性自衛官生活隊舎へ向かい道路を歩きます。

「そういえば、飯ごうや携帯シャベルがありませんでしたが」

「採寸の必要ないものは最初から居室のロッカーに入れてあるよ。着いたら確認してみな」

「分かりました」

「色々詳しいね。マニアだな、マニア」

「ぅ……それは否定しませんが」

「高校では戦車道をやってたって? 地本から来た書類に書いてあったよ。強かったらしいじゃん……趣味が役に立ってるなら、結構結構」

「そうですかね」

「やりたいことやって人生生きられたら、それが一番さ」

 伊藤班長がふいと顔を背けます。

「伊藤班長は、どうして自衛隊に」

「まー、おいおい話すよ。着いちゃったから」

 班長の後を続き、道路を外れて左に曲がると大きな白い建物が30メートルほど前にありました。

 横幅は先程の女性自衛官教育隊の隊舎と同じぐらいですが、高さは8階建て。倍以上の大きさです。

「これが駐屯地中のWAC(Woman Army Corps)――女性自衛官が暮らしてる隊舎。入口はカードキーと暗証番号の併用で、男性隊員は立ち入り禁止。女の園、ってやつだね」

「おぉ……大きいですねぇ」

「最初はあたしの引率で入るから。ついて来な」

重いはずのボストンバッグを軽々と振り、スタスタと歩く伊藤班長の後を、わたしは服やブーツのたっぷり詰まった、これまたずっしり重い衣のうを両手で抱えながら追いかけました。

 

 厳重な電子ロックがされた玄関を抜けると、ピカピカに磨かれた白い大きなエントランスホールが目に入りました。

「新隊員はこの一番上の階だよ。エレベーターで上がろうか。――あぁ、マニア秋山は察しがつくかも知れないけど」

「はい! 新兵はウジ虫、エレベーターなどという贅沢品は使用禁止、ですね!」

「……正解だけどさ、何で喜んでんの……」

「班長は何階なんですか?」

「同じ8階だよ。部屋はあんた達と違って、他の班の班長と一緒に固まってるけどね。さ、乗るよ」

 

 エレベーターを降りて8階のロビーに出ると、カーテンのない窓から明るい陽射しが差し込み、綺麗な白い床面をさらに白く輝かせていました。窓から見える景色は、駐屯地の周辺に高い建物が少ないせいもあって上々のようです。新宿ぐらいまでなら見えるんじゃないでしょうか。

「2区隊1班の居室はこっちな」

「はい!」

 班長に続くと、廊下の左右にはいくつも部屋が並び、その内何個かの部屋からは既に着隊した子が居るのでしょう、ちらほら声がしてきます。

「新隊員は全部で何人くらいなんですか?」

「今年は第1共通教育中隊の一般陸曹候補生が90名ちょっと。第2共通教育中隊に入る、東部方面隊の自衛官候補生が200名ちょいだね」

「1個班は10名ですか?」

「当たり。10名か11名。班が4個か5個で区隊を組んで、それぞれ2個区隊と4個区隊で中隊になってる。ちなみにうちの班員は10人、もう既に2人来てるからね。たったの3か月だけど、最初の同期だ。仲良くやんな。さ、着いたよ」

 話しているうちに、「2区隊1班」とラミネートした紙の貼りつけられた部屋の前まで来ていました。

 伊藤班長がドアを開けて中に、続いてわたしもドアをくぐります。

「縫いもの中失礼、新しい仲間が来たぞー!」

「あ、失礼します……」

 中に入ると、まず目に入ったのは綺麗に並べられた2段ベッドとロッカー。危惧してはいましたが、2段ベッドですか……上じゃないといいですけど。わたし、寝相はあんまり良くないんですよね――

……って、そうじゃないです!

「「……」」

気配のする右に体を向けると、そこには小さなテーブルと4脚のソファーがあって。

 左手に針を、右手に糸を持ったショートカットの女の子と、左手に紙を、右手にペンを持ったロングヘアの女の子が、わたしをまじまじと無言で見つめていました。

 ――沈黙。

 ……きょろきょろと余所見していたせいで、何か言い出すタイミングを失ってしまいました……

「おい、秋山、挨拶」

 伊藤班長がつんつんと脇腹を付いて促します。挨拶、早く挨拶をしなくては。

「はっ、はい!」

 ――不肖、秋山優花里。高校生活でいわゆる「コミュ障」は治ったつもりだったのですが、

「お、大洗から参りました、一般陸曹候補生、秋山優花里であります! ふ、ふつつか物ではありますが――」

「「……『あります』?」」

――まだまだ、精進が足りないようですぅ……

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